第9話 十兵衛、ハイ=エルフと知り合う。
「ジュウベエ様!ジュウベエ様ぁ!」
「ええい離れんか!嫁入り前の娘が何をするはしたない!!」
「どなたの加護ですの!?教えて、教えてくださいましっ!!」
『だいたーん!』『すけべえるふ!』『いやよいやよも・・・?』
「やかましいぞ外野!」
「あああ!はっきりと聞き取ってらっしゃいますわ!!すっばらしいですわ!!!」
むうう、セリン嬢が腰に抱き着いて離れぬ。
なんという力じゃ、この細い体で!
敵ならば殴ってでも引き離すが、この場合はそうもいかぬのう。
仕方あるまい、この手は使いたくはなかったが・・・!
「っだいたい、なぜそんなにわしの加護とやらが知りたい!?」
「ひゃうん!?」
わしに抱き着くセリン嬢の、肩のツボを押し込んで腕を痺れさせる。
「まったく・・・少しは落ち着かぬか」
「あ・・・」
そのまま抱え上げて、地面にすとんと下ろす。
自分のしていたことに気付いたのか、セリン嬢は顔を赤らめて静かになった。
「・・・とにかく、ここを離れるぞ。村に報告せねばならんゆえのう」
「ああっ!お待ちになってくださいまし!」
ゴブリンの持っていた大剣を持ち、わしは村に向けて歩き出した
「なんと・・・!長がいたのですか!?」
村まで戻り、村長に今回の顛末を報告する。
「おう、これが証拠じゃな。廃村には死体がそのまま残っておるぞ」
「おお・・・この宝玉はまさに長の証・・・」
村長は恐る恐る長の宝玉を確認している。
ふむ、さほど恐ろしい相手とも思わんかったが・・・まあ普通の村人には脅威であろうな。
「最近、各方面の浅い場所にディナ級の魔物が増えているのですわ・・・」
「あの・・・こちらのエルフ様は・・・?」
「ふん縛られてとっ捕まっておった娘っ子じゃ」
「言い方ァ!もう少し言い方がありませんのっ!?」
にぎやかなエルフじゃのう。
わしの知識には、もう少し御淑やかというか物静かなイメージがあるんじゃが・・・
「と、とにかくこれで村は救われました!ありがとうございます、傭兵の方!」
場を仕切り直すように村長が言い、頭を下げてくる。
「なんのなんの、これが仕事じゃからの」
軽く手を上げて答える。
「村長様、これからも何かありましたらすぐにギルドへ依頼なさって?・・・どうも最近魔物の様子がおかしいんですの」
「はい、ありがとうございますエルフ様」
「しばらく休んではどうか」と勧めてくる村長に断りを入れて街に帰ることにした。
セリン嬢を送り届けねばならぬしのう。
「ありがとう!」「今度はゆっくりしていってくれよー!」「さよなら傭兵さーん!」
帰るわしらを、村の衆が総出で送り出してくれた。
ほう、なるほど若い娘が多い。
当面の危機は去ったが、たしかにこれでは村長も心配するじゃろうて。
しかし、この世界には美人が多いのう・・・目の保養じゃ。
娘たちに手を振り返していると、セリン嬢が軽く睨んできた。
「ジュウベエ様、随分嬉しそうですわね」
「おう、美人に感謝されると気分がいいわい。若返るのう・・・」
「言い方が年寄り臭いですわ・・・お若いのに、まるでおじいさまのようですわよ?」
そりゃあ、精神的には爺じゃからの。
エルフの年寄り連中もどうやらそうらしいし、男という生き物はどこでもあまり変わらぬものらしいのう。
「・・・それで、改めて聞くがわしの何が知りたい」
村から離れてしばし。
草原の間にできた轍を進みながら、そわそわしている様子のセリン嬢に聞く。
「はあああ・・・精霊が自然に懐いて・・・素晴らしいですわ・・・」
『めがこわい!』『やじゅう!』『こわえるふ!!』
当のセリン嬢は、わしの肩に乗って若干怯えている精霊共をぎらつく目で凝視しておる。
駄目じゃなこれは。
無視してもう少し進もう。
以前熊コロに襲われた地点まで来たので、休憩することにする。
・・・死体の類はさっぱり綺麗になっておるな。
河原の適当な岩に腰掛け、背嚢から取り出した革袋をセリン嬢に投げ渡す。
「ほれ、わしの飲みかけじゃが口は付けておらん。全部飲んでいいぞ」
「あ、ありがとうございますわ・・・」
くぴくぴと喉を鳴らして水を飲み、落ち着いた様子のセリン嬢。
「助けてくれた方にあのようなふるまいをして、申し訳ございませんでしたわ・・・」
どうしたことか、深々と頭まで下げてきた。
「ぬ、一体全体なんじゃ?」
「つい、あまりの興味深さに我を忘れてしまいましたわ・・・」
ふむ、きちんと謝れるのはよいことじゃな。
「うむ、わかればよいのじゃ。あたら若い娘があのように男の腰に抱き着くものではないぞ」
「ううう・・・申し訳ありませんわ・・・」
「わしが破廉恥な男じゃったらどうする?あの場で美味しく頂かれておったかもしれんのだぞ?」
「お、おいし・・・!?ああ、おやめになって・・・!」
「落ち着かぬか、物の例えじゃよ・・・」
「・・・それで、結局何が知りたいんじゃ?」
このままではずっと付きまとわれそうなので、ここらでしっかり話を聞いておくことにするか。
「・・・よろしいんですの?」
「話したくないことは話さぬ。それでもいいなら好きにせい」
「あ、ありがとうございますわ!それでは・・・」
セリン嬢は嬉々として話し出した。
研究者気質・・・というやつかのう。
「こほん、それで・・・ジュウベエ様はどちらの国からいらっしゃったんですの?」
「わからぬ」
「何故、人族でありながら精霊の言葉がおわかりになるんですの?」
「知らぬ」
「・・・あなたに与えられた加護はどなたからいいただいたものですの?」
「言いたくないのう」
質問は終わり、沈黙が場を支配した。
「・・・あんまりですわぁ!何もわかりませんわぁ!!」
地面に転がってジタバタとするセリン嬢。
・・・下着が見えるぞ、はしたない。
しかしのう、そうはいっても別の世界から来たと言うわけにも・・・
どこで面倒ごとに巻き込まれるかわからぬしのう。
『ジュウベー』
肩に乗っていた精霊が不意に話しかけてくる。
『だいじょーぶ』『えるふには、はなしても』『もーまんたい』
「ぬ、そうなのか?」
『えるふ、せいれいのこと』『たいせつ』『ひみつ、まもる!』
ふむ・・・そういうことであれば。
「のう、話してもいいが・・・他に漏らさぬと約束できるか?」
「しますわしますわぁ!なんでもしますわぁ!!」
恐ろしい速さで飛び上がって縋り付いてきおった。
何でもは駄目じゃろ。
神妙な顔をしたセリン嬢に、今までの顛末を話すことにした。
顛末といっても、別の世界から来たというのは流石に説明が難しい。
リトス様に加護をもらっていることと、エーテル渦に巻き込まれたのでそれ以外の記憶が曖昧だという話にすることにした。
傭兵も、故郷の情報を集める手助けになればと思ってやっているとも。
・・・実際は全く違うが、この程度で我慢してほしいものじゃ。
「い、いいい、今、リトス様とおっしゃいましたの・・・!?じゅ、ジュウベエ様は五体満足のようですが・・・」
「それ、前にも精霊に言われたのう。リトス様はそんなに目玉やら内蔵やらを貰うのが好きなのか?」
「リトス様は神の中でも気まぐれで移り気なお方です・・・今までに加護を受けた例もほとんどありませんし、決まって体の一部を代償にされていますわ。」
リトス様とは中々とらえどころのない方らしいのう。
まあわしは加護を望んだわけでもないし、過去のやつらとは違うのやもしれぬなあ。
貰ったのも翻訳の加護だけのようじゃし。
しかしまあ、この口ぶりから察するにこの世界は人と神の距離が随分と近いようじゃのう。
そのうちそこらの街角でバッタリ会うかもしれぬなあ。
『よくがないと』『りとすさまの』『おきにいりー』
「なるほどの、くれと言うのがまず悪いのか」
「なんですの!?精霊はなんて言っていますのっ!」
またにじり寄ってきおった。
鼻息が荒いのう、美人が台無しじゃ。
「欲深いものはリトス様に嫌われると言うとる・・・なんじゃ?ハイ=エルフなら精霊と話せるのではないのか?」
「あうう・・・わたくしのような未熟者では・・・まだ修行が・・・」
「ふむ、年を経ねば理解できぬということか・・・いや待て、では何故わしに加護があるとわかった?」
「ジュウベエ様の頬に精霊の魔力が多く残っておりましたもので・・・精霊の信頼の証なのですわ、それ」
なんじゃと?
あやつらがことあるごとに頬をこすりつけてくるのは、そういうことじゃったのか・・・
「ふむ、なるほどのう・・・おうい、セリン嬢に何か話しかけてみてくれぬか」
『にくしょくけいえるふー!』
「に、く・・・肉を食べてはならぬ・・・?そ、そんなぁ・・・」
「違うのう全然違うのう」
駄目じゃなこれは。
先は長そうじゃ。
疑問も解決したようなので、そろそろ街に戻るとしよう。
「あの・・・ジュウベエ様は傭兵でいらっしゃいましたわね?これからも護衛などをお願いしてもよろしいですの?」
「おぬしは魔物の調査をしていたのだったか?わしに手伝えることなどないようじゃが・・・」
「調査の他にも、標本の採取などもありますわ。道中も盗賊が出たりして危険ですし・・・あなたほどの腕があれば頼りになりますわ!」
なかなか理にかなっておるな。
わしとしても戦いの火種があれば喜んで飛び込みたいところであるし・・・
「・・・本音は?」
「ジュウベエ様がいらっしゃれば、いつでも精霊を近くで観察できますわぁ~!!」
『ジュウベー、あのえるふこわい』
精霊がわしの編み笠の上から怯えた声を出す。
なんとも、欲望に忠実なものじゃな・・・
「まあ、よかろう。戦いなら望むところじゃし」
「やりましたわぁ!大勝利ですわぁ!!」
『こわい』
「も、申し訳ありませんわ・・・」
「気にするでない・・・が、もう少し落ち着いて行動するとよいな」
「面目ありませんわぁ・・・」
あの後、はしゃぎ過ぎたセリン嬢はひっくり返って足首を捻ってしもうた。
こういう粗忽な所が、ゴブリン共にとっ捕まった原因かもしれぬな。
街まではそんなに距離もないので、背負って歩くことにした。
「お、重くありませんか・・・?」
「軽い、軽すぎるわい。もそっと肉をつけい、背負っておっても何も楽しくはないぞ」
「そ、それは申し訳・・・違いますわ!なんですのその発言は!!ジュウベエ様のスケベ!!!」
「暴れるでないわ・・・揺れても全く楽しゅうないぞ」
「むきいいいい!」
「すまんすまん、おぬしがあまりに美人なのでの。緊張して軽口しか叩けぬ」
「なっ!・・・そ、それでしたら仕方ありませんわねっ」
・・・これほど騙しやすいと心配じゃのう・・・
一抹の不安を抱えつつ、わしは急におとなしくなったセリン嬢を背負い直して先を急いだ。
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