第15話初配信

 大ムカデが、シャーッ!! と咆哮した。


 俺はそのさまを睨みつけながら、我知らず口元が緩むのを感じた。




「おーおー……フロアボスのムカデ、だいぶ怒ってるっぽいな。話によるとアイツ、Bランクのモンスターらしいぜ。噂によるとレベル2の覚醒者が五人はいないと倒せないとかなんとか」




:Bランクって相当ヤバいぞ


:大丈夫かダンジョンイーツ


:心配すんのはダンジョンイーツじゃなくてムカデの安全な件


:ムカデ終わったな


:ドラゴン殺した人間とはそもそも比較にならないだろ


:ムカデサン……ナムナム




「ところでここでお前ら視聴者にアンケート取りたいと思うんだが……あのムカデ、いたぶりながら引きちぎるのと、一撃で倒すの、どっちがいい?」




:!?


:Bランクモンスターに対してアンケートってwwwwwww


:一撃


:一撃必殺!!


:ちぎれ


:なぶり殺し!


:一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃


:一撃!


:一撃で!


:一撃必殺




「おっ、早速反応が……動画配信って便利なもんだな。うーん、見たところ、一撃必殺、っていう声が多い、かな?」




 コキコキ、と、俺は右手の骨を鳴らした。


 視聴者サマのお望みは一撃必殺――上等だ。




「それじゃあ――一撃必殺で、いっちょやるか……!」




 俺が両の拳を突き合わせたのと同時に、大ムカデが動いた。


 折れた牙を蠢かせ、口から毒液を発射した大ムカデの攻撃を、俺はその場を飛び退って避ける。


 『肉体強化』――ダンジョン内で使われる魔法としては初歩中の初歩の魔法だが、極めればこんなにも使い勝手のよい魔法はない。


 特に――ダンジョン内でまだ温かい料理を冷めないうちにお客様の手元へ届けるためには。




「オラオラ! どうしたムカデ野郎! そんな動きじゃ俺は殺せねぇぞ!」




 俺は肉体強化魔法を少しずつ強化しながら、次々と着弾する毒液攻撃を避け続ける。


 ヒュンヒュン、と風を切って跳び回る俺に、明らかに大ムカデは焦っている様子で次々と攻撃を仕掛けてくるが、それはまるで止まっているかのような速度でしかない。




:早ええええええええええええええ!!!


:ダンジョンイーツやべえええええええええ


:これで肉体強化!?


:瞬間移動じゃね―かwwwwwww


:アカン笑けてきたwwwwwww


:このレベルの肉体強化って人類最強クラスだろ


:カメラついていけてねぇぞ!!


:見えねぇ


:ダンジョンイーツ、カメラをドローン視点に切り替えて!!




「おお、俺が見えねぇって? これは失礼。視点ってどうすれば切り替わるんだ? 誰か教えてくれ」




:配信デバイスのドローンボタン押せ!


:ドローンボタン押せば俯瞰になるよ


:ボタン押せ




「おお、そうかそうか。左耳のコレね。……じゃあこれ以降、カメラはドローン視点になるぞ」




 ボタンを押した途端、俺の左目に見える光景が、俺を頭の上から映した映像に切り替わる。


 ほほう、配信機器というのはなかなか便利なもんだなぁと思いながら、俺は頭上を跳び回るドローンを見上げた。




 余裕綽々の俺に怒ったのか、ムカデが奇妙な咆哮を上げ、ぐっと身体をたわめた。


 毒液ではなく、その牙で直接俺を屠ると決めたらしい大ムカデの牙が、まるで砲弾のような速度で殺到してきた。




「肉体強化、30%解放――」




 俺はそう口に出しながら、大ムカデに向かって右手を掲げた。




 途端、ドゴォン! という轟音が鳴り響き、俺の右手と大ムカデの顔面が激突した。


 相手は人間の細腕一本だというのに、まるで巨大な壁に直撃したかのように、大ムカデの身体が止まった。




:止めた!?


:受け止めた!!


:嘘だろ!?


:はあああああああああああ!?


:腕一本でフロアボスを止めた!!


:受け止めてて草


:もうこれわかんねぇな


:バケモンじゃね―か!!




「おーおー、なかなかの衝撃だけど……ザンネン。俺の『肉体強化エクステンド』と喧嘩したかったら、これの十倍は必要だぜ」




 同時に俺は右足を振り上げ、大ムカデの顎下を鋭く蹴り上げた。


 途端に轟音が発し、蹴りつけられた大ムカデの頭が巨大な擦過音を奏でながら虚空に跳ね上がった。




「よーし、じゃあそろそろ、トドメと行くぞ。――『肉体強化エクステンド』、40%解放――!!」




:いっけええええええええええ


:やれえええええああああああ


:うおおおおおおおおおおお


:同接7万!!


:あああああああああああ


:行っけえええええええええ!!





 瞬間、俺は地面を蹴って跳躍すると――撥ね上げられた大ムカデの頭に向かって、渾身の水平チョップを見舞った。


 最大級に強化された一撃が大ムカデの外殻を叩き割り、ボン! という音と共に、大ムカデの頭が千切れて吹き飛んだ。




 俺が地面に着地して数秒後、虚空を舞った大ムカデの頭が、湿った音を立てて地面に墜落した。


 頭を吹き飛ばされてもしばらく痙攣していた大ムカデの巨体が、それとほぼ時を同じくし、土埃を上げて倒れ込んだ。




「はぁい、終了。……フロアボス、宣言通りにステゴロで仕留めたぞ、拍手!!」




:うおおおおおおおおおおおおおおお


:うおおおおおおおおおおおおお!!!


:SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE


:やべぇwwwwwwwwwww


:マジでやっちゃったよwwwwwwwwww


:人類最強じゃね―か!!


:素手で首ふっとばしてて草


:やべえええええええええええ




 俺の視界に、流星群のように賞賛のコメントが流れてきた。


 俺の見ている目の前で、動画視聴者は数百人単位で増えていっている。


 まるで爆雷のような称賛の嵐に――俺の全身が粟立った。




 ヤバい、これは、これは、癖になる――。


 あれほど嫌っていた【配信者ストリーマー】の醍醐味を知ってしまった俺は――そのあまりの快感に、思わず震えた。




 俺の中から、迷いが消えた。


 何年かぶりに感じる爽快な気持ちに酔いしれた俺は、ふと、視界の隅に映った人物を見た。




「あ、あう……お……」




 さっき撥ね飛ばした大ムカデの首が目の前に着地した堂島は――思いっきり腰を抜かしていた。


 蒼白の顔で、焦点が合わなくなった目を虚ろにさせ、俺が見ても放心したままだった。


 俺はカメラの視点をドローン視点から主観に変え、堂島を画面に映した。




「さて、後はコイツの処遇だけど……後はこれを見てる連中に任せられるか?」




 俺の言葉に、堂島が我に返った様子で俺の顔を見返した。




「ここは岩手県○○市にある、T-199736ダンジョンだ。……コイツ、なんだか知らないが、迷惑系とか呼ばれてんだよな? コイツの被害に遭った連中、近くにいるか? コイツは腰が抜けててしばらく立ち上がれそうにない。煮るなり焼くなり好きにしていいぞ」




:鬼畜wwwwwwwwww


:あーあ、ケンゴー終わったなwwwwwwww


:ひでぇwwwwwwwwwwwww


:おい誰か現地班向かえ


:鬼wwwwwwwwww


:ケンゴー終わったな


:ダンジョンイーツナイスwwwwwwww


 


「おっ、おいぃ上米内! てっ、テメェ、なんてことを……!」

「うるせぇな、動画バズらせてやっただろ。これぐらいは当然だ。……ということで、俺からの特別配信は終わるぞ。じゃあなみんな」




 俺は配信デバイスを耳から外し、無造作に堂島に向かって放った。


 それからくるりと踵を返し、帰る一歩を踏み出した俺に何事が叫んで追いすがろうとした堂島が、足をもつれさせて派手に転んだ。


 堂島に対して恨み骨髄の【潜入者ダイバー】たちがここに集まり、堂島を袋叩きにするのが早いか、それとも堂島の足腰が治って辛くもダンジョンから脱出するのが早いか。


 その想像に俺は笑みを浮かべながら、悠然と地上を目指した。







 地上に出ると、もう夜と言っていい空の色になっていた。


 ふう、とため息を吐いて、俺はスマホを取り出して耳に当てた。




 数回のコールの後、例の鈴を転がすような声で、ころころと笑い声が聞こえた。




『もしもし?』

「おう、お嬢様。今の俺の配信、見ててくれたか?」

『知人から連絡があって、途中から。――随分派手にやりましたね、ガンジュ君?』

「それはアンタにそう指示されたからだ。……どうだ、合格点か?」

『戦闘はすごく良かったですけど、配信自体はまだまだですね。大体、視聴者様は神様です。タメ口で配信ってことはないでしょう?』

「おお、そうか、それは失敬」

『それ以上に、私のことを知人呼ばわりしたのが一番の減点ポイントです!』

「え――?」




 藤堂アイリは憤懣やる形ないという声で俺を叱った。




『LINE交換までした私を知人ってなんですか! もう私たちは友達でいいはず、そうでしょう!? それともガンジュ君の中では私はまだその他大勢の一人ですか!? 全くもう!』

「あ、ああ、そこかよ……悪かったって」

『ふん、次から気をつけてくださいね。――それで、ガンジュ君の気持ちは決まりましたか?』

「ああ、決まった……」




 俺は決然と宣言した。




「お嬢様、俺は――」






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【VS】

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