第43話クソ野郎の思惑

「お、親父殿――!?」



 

 どうして、ここに。


 俺がそう口にして這い寄ろうとするのを、親父殿は手で制した。




「やめろ、貴重な体力を使うな。その場で黙って聞くんだ、ガンジュ」




 父親の声で語る親父殿は、静かに俺に言い聞かせた。




「お前は確かにここまでよく頑張った。俺もちゃんと見てたぞ。見えなくても、聞こえなくても、俺はお前や冬子のことは……面倒くせぇけど、これでもちゃんと見守ってやってるんだ。けどなガンジュ、白旗を上げるのにはまだ早ぇぞ」




 親父殿は無精髭の顎をさすり、俺を見た。




「【配達者デリバラー】ってのはな、ガンジュ。お客様にモノを届けるまで仕事をしたことにはならねぇ。お客様に会って、商品を手渡して、受領書にサインもらうまでが仕事だ。それまで何があっても諦めちゃいけねぇ。ここまで頑張ったからもう許してくれ……それは子供の理屈で、社会では通用しねぇぞ」




 配達者。今まで忘れていたその言葉が、なんだか強く重く、俺の胸に響いた。




「いいかガンジュ、お前は【配達者デリバラー】だ。地獄からお嬢様を助け出す英雄ヒーローじゃねぇ。お前の仕事はあくまでお嬢様にメシを届けることであって、それはまだ終わってねぇんだぞ。だから――嘆くのも、悔しがるのも、まだ早ぇ。男ならな、そういうのはてめぇの仕事を終えてからゆっくりとやるもんだ」




 そうだ、まだ終わっていない。


 俺が背負ったデリバリーボックスには、藤堂アイリと一緒に食べる予定の煮干しラーメンが、まだ冷めずに入っている。


 これを藤堂アイリと一緒に食べるまで――俺の仕事は決して終わらないのだ。




 けれど、こんなボロボロの拳で、これ以上どうやって――?


 ぎゅっ、と、俺は感覚が消えて久しい右手を握り締めた。




「それにもうひとつ教えといてやる。若いうちはそれでいいがな、腕っぷしだけじゃ社会は渡っていけねぇもんだぜ。――お前が大人としてこの仕事を終わらせたいなら、使。わかったな?」




 その言葉とともに、親父殿は俺の擦り剥けた拳に視線を落とし、再び俺の顔を見た。


 頭を使え。はっとした後、その言葉の意味がわかってしまった俺は、思わず笑ってしまった。




「社会とか仕事とか、どの口が言うんだよ、この人間力皆無のダメ親父め。よく客と揉めて殴り合いとかしてたくせによ――」

「何を抜かしやがる。あれも社会の付き合いって奴だよ。――人との付き合い方、とくにどつき合い方なら、お前にも存分に教えてやっただろ」

「ククク、やっぱり親父殿らしいなぁ。ゲンコツがダメなら頭を使え、ねぇ――」




 へへっと、俺は再び笑った。




「そこまで言うなら、試してみようじゃねぇか、頭を使うやり方ってやつをよ」

「おうおう、その意気だガンジュ。だからあんまりみっともなく喚くんじゃねぇ。お前ならきっとやり遂げられる。お前は――俺の息子だろうが」




 俺の息子。この人がそう言ってくれたことが嬉しくて、俺は血と土埃と、ちょっぴりの涙に汚れた顔を拭った。


 


「わかったよ、親父殿。俺、もう少しやってみるわ。……わざわざあの世からアドバイスありがとうな」

「よせよ、礼なんて必要ねぇ。親子じゃねぇか。……よし、そろそろ俺は帰るぞ。もう当分は起こしてくれんな。それじゃあ帰るぞ、母さん――」




 母さん。そう言った瞬間、ゆらりと親父殿の横の風景が揺れ――仏壇の中の写真でしか見たことがない、冬子さんそっくりの女の人が現れ、俺を振り返った。


 この人が俺の義理の母、夏川すみれさん――。やっと会えた、と嬉しくなって、俺は目だけで頭を下げた。


 夏川すみれさんは俺に深く深く微笑んで、頑張ってね、というように、俺に小さく手を振ってくれた――。







 ずいぶん長い夢の後――俺は目を開けた。


 目を開けると、吐瀉物と血とに塗れた床が眼の前にあって――俺の視界にコメントが続々と流れてきていた。




:しっかりしろ!!


:ダンジョンイーツ戻ってこい!!


:死んだ……よな? これ……。


:もう一時間も動いてねぇぞ!!


:死んだ? ダンジョンイーツ死んだの?


:おい、マジかよ! 放送事故じゃねぇか!!


:ダンジョンイーツが死んだ……


:放送事故すぎる




 俺ははっと正気に戻り、顔を上げた。




:あ、動いた!!!!!


:生きてたwwwwwwww


:死んだかと思った……


:うおおおおおおおおおおお生きてる!!


:ダンジョンイーツ無事か!?




「……おう、お前ら。ごめんごめん、ちょっとあの世に旅立ってた。……俺、どのぐらい死んでた?」




:一時間だよ一時間!!


:一時間も動かなかったから心配したよ!!


:今ニュースで大騒ぎになってんぞ!!


:え、っていうことは、マジで死んでたの?


:本当に、生き返った?




「一時間も……マジか。俺の体感だと五分ぐらいなんだけど……悪い悪い、けど、俺は無事だ。あの世から戻ってきたぞ」




:コイツ本当に人間やめてんな


:蘇生したのかよ


:マジであの世に行ってたのかwwwwww


:生き返ったって……


:ということは、今までガチで死んでたんか




「へへ、心配かけて悪かったなお前ら。でもよ、あの世の亡者からいいことを教えてもらったぜ。なるほど、頭を使え、か……」




 俺はボロボロになり、血と埃とで汚れきった両手を見つめた。


 もうこの手では、いくら強化したところで岩盤など打ち砕けまい。


 


「ごめん、お前ら。一瞬だけ、コメント見られなくなる。視点はドローン視点にしておくから……デバイス外すぞ」




 俺はそう断ってから配信デバイスを耳から外し、ポケットに押し込んだ。


 押し込んでから、深く深く息を吸い、慎重に魔力を掻き集めた。




「さぁ……行くぞ、《肉体強化》――!」




 ゆっくりゆっくり、既にボロボロの身体が俺に反逆しないよう、慎重に魔力を集めてゆく。


 細胞の一つ一つを宥めすかして、どうにか俺の最後の一撃に協力してくれるように要請する。




 頼む、これが最後だから、俺に力を貸してくれ――。


 俺の呼びかけに、既に限界を遥か超えて頑張ってくれている俺の全てが、最後の力を振り絞らんとしてくれた。




 ゆっくり、まるで風に飛ばされてきた砂埃が小さな砂山を作るように。


 俺の額に、最後の魔力が集まった。


 それはほんの少し、ほんの少しではあったけれど――。


 この最後の岩盤を砕くには十分な量の魔力だと思えた。




「行くぜ、最後の一枚――! 《肉体強化》、70%開放――!!」




 瞬間、俺は地面に四つん這いになったまま、大きく上半身を仰け反らせ――。


 全身の膂力を総動員して、思いっきり、地面に額を振り下ろした。




「必殺! 頭を使った強制フロアスキップ――!!」




 今までのどの一撃よりも重い、まるで地殻にまで突き通らんばかりの轟音が発し、ダンジョンの岩盤と、俺の頭蓋骨が、まるで火花を上げんばかりに激突し――。


 なおかつ、あまりの衝撃に、俺の目玉がぐるんと一回転しそうになった。




 うおぉ、これはキツい……もう一度あの世に召されそうだ……!!




 俺がそう思った、その途端。


 ミシ、ミシミシ――! と、叩きつけた額を中心に、岩盤の亀裂はあっという間に広がってゆき――。


 最後の岩盤が砕け、俺の足元が消失し――俺の身体が砕けた岩盤とともに下階層に落下を始めた。


 遂に、俺は1階から90階層までを、身体ひとつで貫き切ったのだ。




「……へへっ、やってやったぞ。ざまぁ見やがれ――!!」




 砕けた多数の岩石と一緒になって下層階へと堕ちていきながら。


 俺は今頃、雲の上から唖然呆然の表情で俺を見つめているのだろう何者かに向かって、薄笑みとともに中指を立てた。




 テメェの思惑なんざ知ったことか、クソ野郎め。


 人間には魔物と違って知恵があんだよ、どうだまいったか――。




 その何者かへの勝利宣言とともに、俺は90階に到達した。







やりやがった!!

マジかよあの野郎!!

やりやがったッ!!


そう思っていただけましたなら


「( ゚∀゚)o彡°」


そのようにコメント、もしくは★で評価願います。

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