第14話ステゴロ再び

「て、テメェ上米内……! な、なんなんだよお前ぇっ!?」




 これが配信であることなどとうに忘れ去ったような声で、堂島が叫んだ。

 



「そ、ソイツは少なくともBランクのモンスターだぞ!? ソロならレベル3、複数なら少なくともレベル2が五人は必要なレベルのモンスターなのに、なんでテメェ如きがたったひとりで……!?」

「レベル2が五人必要? ならいざとなったら助けてくれる予定のお前はなんで一人なんだ?」




 俺が睨みつけると、堂島がはっきりと怯えた。


 あ、とか、う、という声で返答に詰まる堂島に向かって、俺は吐き捨てた。




「ホント、【配信者ストリーマー】は……おっと、お前は本当にクソだな。もしコイツにやられて俺が死んだら、お前はどうやって責任取るつもりだったんだ?」




 俺がのしのしと歩み寄ると、堂島が蒼白の顔で後ずさりした。




「どうせ責任取るつもりなんか最初からねぇんだろ? ん? 逃げちまえばいいんだ。ダンジョンでは死体が出来やすい。いざとなったら人間ですら襲いかかってくるモンスターの一部でしかない……そりゃダンジョンに潜ってる人間なら、飲み込まなきゃならない事実だしな」




 俺の一言に、堂島が一層顔を青褪めさせた。


 あっという間に滲んできた脂汗に顔中が濡れて、二目と見られない有り様になる。




「あ、あう……!? い、いや、その……!」

「どうした、もっとバズらせたくないのか? 今売り出し中の迷惑系D Liverが顔出しの上でボコボコにされた挙げ句、裸に剥かれてダンジョン最下層から決死の脱出――とかな。面白い企画だろ?」

「や、やめろ……! ふっ、ふざけんじゃねぇ!!」




 ぶるぶると堂島が震え、飛び退って腰に帯びた特殊警棒を抜いた。


 途端に、堂島のオレンジ色の魔力が特殊警棒から弾ける。


 俺はそうではないけれど、ダンジョンに潜る【潜入者ダイバー】は誰でも武装しているのが当たり前なのだ。




「ちっ、近寄るんじゃねぇ! おっ、落ち着けよ上米内! ――そっ、そうだ! お前、俺とコラボしないか!?」




 堂島は蒼白の顔を二、三度震わせて必死に笑顔を作った。




「そっ、そんなに強いなら、俺と組んで配信しようぜ! そうすりゃ絶対天下取れる! バンバンカネも入ってくるし、有名にもなれる! 今とは違う生き方が出来るさ! な? そっ、そうしようぜ……!」




 堂島は説得すると言うよりは懇願の表情と声で縋り付いてきた。




「そ、それなのにここで俺を殺しちまったら、それがフイになっちまうだろ、な? せっ、せっかく大スターになれるチャンスを潰すってのかよ!? 俺がいなけりゃお前は……!」

「同接」

「は――?」

「今何人が、何人がこの配信を見てる?」

「は……は?」

「いいから答えろ。答えないなら――」

「わっ、わかったわかった! 今確認する! だから絶対襲いかかってくんなよ!」




 堂島は商店の合わない目で自分の左耳の電子端末を見て――はっ、と声を上げた。




「さ、3万……? 同接、3万人……!?」




 この状況でなかったなら大喜びの声で、堂島は今自分が見ているものが信じられないという表情で虚空を見上げた。




「ば、バズってる……! 鬼バズリだ!! 今まで最高1万もいかなかったのに、同接3万……!! うっ、ウソだろ……!?」




 よかった、動画は無事、バズったらしい。


 これで、俺も迷いがふっ切れた。




「そうか、バズったか」




 ふう、と俺はため息を吐いた。


 あれほど嫌っていたのに、自分にはD Liverとしての才能があるらしい――。


 なんだか、不思議な気持ちだった。




 と――そのとき。ビュッ! という音が発し、堂島の手元に茶色い液体が降りかかる。


 堂島が左手に持ったまま忘れていた特殊警棒に、大ムカデの毒液が着弾したのだ。




「うっ……!? うわ……! 警棒が……!?」




 じゅう、と音がして、特殊警棒が根本から溶け落ちる。


 それと同時に、俺に蹴り倒されていた大ムカデが甲殻を軋ませながら鎌首をもたげ、起き上がろうとする。


 それを見た俺は、その場から無言で踵を返した。




「えっ!? かっ、上米内――!? どこ行くんだよ!?」

「動画はバズったろ。俺の仕事は終わった、帰る」

「え!? えぇ……!? ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺、武器が……! それに、それにコイツは俺一人じゃ……!!」

「安心しろ、レベル2の覚醒者だろ。死ぬ気になりゃ逃げるぐらい逃げれる。じゃあな」

「お、おい……! たっ、頼むよ! 頼むからトドメは刺していってくれよオイ!」




 堂島が素っ頓狂な声で俺に走り寄ってきて、俺の腕を掴んだ。




「おっ、お願いだ! ここで死んじまったらバズってもなんにもならねぇんだよ! ……そっ、そうかカネか!? いくら、いくら積んだら助けてくれる!?」




 やれやれ、またカネの話か。


 俺が睨みつけると、堂島は懇願の表情で俺を見つめた。


 さて、どうするか……。


 俺は少し考え――そこで妙案を思いついた。




「マスク外せ」

「は、はい……!?」

「その薄気味悪いマスクを外してカメラに顔を晒せ。それなら助けてやる」

「おっ、おいぃ……! そりゃマズいだろ!? 3万人以上が見てんだよ! その前で顔バレするなんて……!!」




 この期に及んで、そんな覚悟もないのか、コイツ。


 腕を掴んだ堂島の手を振り払い、放っといて帰る一歩を踏み出しかけると、「わっ、わかったわかった! 外す!」という半ばやけっぱちの声とともに、堂島がマスクを外して地面に放り捨てた。




:顔バレwwwwwwwww


:ケンゴー終わったなwwwwwwww


:面白い顔してんなwwwwww


:堂島wwwwwwww


:想像通りIQ低そうwwwwwww


:K君GJ!!


:K君ナイスwwwwwwww


:あーあ、終わったな


:迷惑系D Liverが顔出しかよ


: 退 学 確 定 


:デジタルタトゥーwwwww




 素顔を曝すことになった堂島が、案の定画面を見て泣きそうな表情になる。


 その余りにも情けない表情に思わず吹き出しそうになるが、ここで俺が笑ったら何かが台無しになる気がして、俺はじっと堪えた。




 瞬間、どうにか起き上がった大ムカデが、キシャーッ!! と鋭い咆哮を上げた。


 俺はスッ、と右手を掲げ、トドメを指すべく魔力を集中させた。




 と――そのとき。


 虚空を漂っていた撮影用ドローンが、魔力の放出を感知して俺の前に降りてきた。




 どうせ身バレするなら派手に――藤堂アイリからの忠告を思い出した俺は、覚悟を決めた。



 俺は眼の前の堂島の左耳から配信デバイスを奪い取り、自分の左耳に装着した。


 それから、傍らに放り捨てていた自分のスクールバッグから、【D Eats】のロゴが入ったキャップを取り出して、頭に被った。




 最後に、降りてきたそのドローンを両手で掴み、これを見ている数万人の視聴者に向かって、ニッコリ笑いかけて――などということが俺に出来るはずもなく、俺はムスッとした仏頂面で話しかけた。




「……はいどうも、はじめましての方ははじめまして。俺は友人K君こと、名無しの【配達者デリバラー】だ。今からこの配信は『ケンゴーのダンジョン漫遊記』改め、『祝!一億再生突破! 【Dダンジョン Eatsイーツ】特別出張配信』をやってくぞ」



 

:え!?


:今なんて言った!?


:ダンジョンイーツ!?


:おいK君マジか


:K君が!?


:K君ダンジョンイーツって言った!?


:え、マジで!?


:帽子! 帽子!!


:本物のダンジョンイーツ!?


:ダンジョンイーツだ!!


:ドラゴンステゴロのダンジョンイーツ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


:レベル5!!!


:同接4万!!


:ダンジョンイーツ!?




「なんかよくわかんないんだが……なんか俺、全世界で滅茶苦茶バズってるらしいんだよな。知人から教えてもらった。配信主のアホの堂島は武器も壊れちゃって、もう役に立ちそうにない。……ということで、お前ら視聴者を退屈させないよう、ここからは俺が代わりに配信することにする……うん」




 堂島がこぼれ落ちんばかりに目を見開いて、俺を凝視した。




「だ、ダンジョイーツ……!?」

「おお、やっぱり聞いたことあんのか? よく知らねぇけど、鬼バズリしてるらしいよな」

「あ、赤色の髪……! ま、まさか、テメェが……!?」




:ダンジョンイーツ! ダンジョンイーツ!


: 堂 島 終 わ っ た な 


:オイオイオイオイ死ぬわアイツ


:死ぬわアイツ


:終わったな


:今までドラゴンを素手でボコったヤツをイジメてたんか


:死ぬわ堂島


:ダンジョンイーツ激ギレ


:殺せ


:殺人実況か


:やべぇめっちゃドキドキしてきた




「まぁぶっちゃけ、今までの配信を見てた方なら、俺がコイツにどういう扱いを受けてたのか知ってると思うが……残念ながら俺は人殺しはしねぇぞ。その代わりと言ってはナンだが……」




 俺は体勢を立て直しつつある大ムカデに視線を向けた。




「今から――今からあのフロアボスの大ムカデを、ステゴロでぶっ飛ばしてみたいと思う。喜べ、お前ら」




:うおおおおおおおおおおおおお


:きたあああああああああああああ


:ステゴロ来たwwwwwwww


:ダンジョンイーツ! ダンジョンイーツ!


:ムカデステゴロ!!!


:うおおおおおおおおお


:88888888888


:やべぇめっちゃ興奮してきた!!!!!!!!


:あああああああああああ







人生で始めてカクヨムの総合ランキングに乗りました。

このまま遡上できるようにバンバン評価お願いいたします。


この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ下の方の★から評価をお願いいたします。


よろしくお願いいたします。



【VS】

この作品も面白いよ!!



『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』


https://kakuyomu.jp/works/16817330667711247384


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