第13話鬼バズリ

 次の日の放課後、俺は一人で家に帰る道を歩いていた。


 とりあえず、普段は切っている魔法感知野に、俺をけている人間の気配はない。


 けれど、堂島はこの瞬間も俺を付け狙っている。用心に越したことはなかった。




 俺の勝手な離脱と言葉に怒り心頭だった堂島は、必ず数日中になにかを仕掛けてくる。これは確信だったし、それはきっとダンジョン内部でのことなのは察していた。


 市街地での魔力使用は基本的にご法度だ。市街地で俺を急襲すれば警察沙汰になるかも知れないし、如何にアイツだって停学や退学は避けたいだろう。


 それに、何よりもアイツはD Liverである。俺にするつもりの「なにか」を視聴者数につなげたいという思惑は、はからずも驚天動地の鬼バズリを記録中であるらしい俺にも透け見えていた。




 だが、堂島はどうやって俺をダンジョンに誘導するつもりなのだろう。


 今の俺はいくら恫喝されても、もう金輪際、堂島と一緒にダンジョンに潜る気はない。


 つまり、堂島は俺をどうにかしていずれかのダンジョンに連れてゆく必要があるのだ。




 まぁ、どうするつもりなのかはわからないが、そんなに構えなくていいか……。


 俺がそんな楽観とともに通学路を歩いていると、ふと、喉の渇きを覚えた。


 顔を上げたところにちょうど自動販売機があり、俺はそれをじっと見つめた。




 普段ならカネを使うので自動販売機でジュースを買うことは滅多にないが、藤堂アイリが振り込んでくれた1000万円のお陰で、その時の俺の心には些かばかり余裕があった。


 コーラでも買うか……そう思って制服のズボンのポケットに手を伸ばした瞬間、中に違和感があった。


 俺は指に触れたそれを摘み上げ、しげしげと眺めた。


 この真四角であったものを二つに割った形跡のある、様々な意匠が彫られた石は――。




「転移石――?」




 そう、転移石。ダンジョンに潜る【潜入者ダイバー】が持ち歩く、ダンジョン産のマジックアイテム。


 ダンジョンから撤退する時、この転移石を二つに割って置いておけば、以後その転移石を置いた場所に瞬間移動テレポーテーションできるという、とびきり高価な魔道具である。




 こんなもんが何故、いつの間に俺のポケットに――?


 俺が眉間に皺を寄せた瞬間、足元が発光したような気がして、俺は視線を下げた。




「おっ――!?」




 見ると、俺の足元に光り輝く魔法陣が出現していた。


 それを見て、俺はこの転移石が誰のものなのか理解した。




 なるほど、そういうことね――。




 こんな高価なものを使ってまで、俺をボコるつもりなのか。


 その情熱と執念に呆れ果てた瞬間、視界が揺らぎ――俺はどこかに転送されていった。







「はーい、皆さんお待ちかね! ケンゴーのダンジョン漫遊記のお時間です! 今日は再び特別編! 友人のK君シリーズで~す!!」




 気がつくと、俺はどこかのダンジョンに立っていた。


 俺が周囲を見渡したのと同時に、アホな声が背後に響き渡り、堂島は自分の顔の高さで浮遊している配信用ドローンに向かって嬉々とした声で宣言した。




「ね~みなさんね、K君酷いんですよ! もう俺の動画に出てくんないって言われちゃったもんですからね、今回はどうにか考え直してくれるように、なんとか説得してみたいと思います!!」




 途端に、ダンジョンの暗がりの方から地鳴りが聞こえ、俺は眉間に皺を寄せた。


 ザザザザ、という音とともに暗がりから這い出てきたのは、一匹の大ムカデだ。


 どう見てもフロアボス級と見える巨大さを誇る大ムカデは、俺の姿を視界に入れるなり、大顎をカチカチと打ち鳴らしながらこちらを威嚇した。


 


「おおっ、来た――! このダンジョンのフロアボス、大ムカデです! K君には今からこのフロアボスと戦ってもらおうと思います! そしてなんとか俺の動画にまた出演してくれるようになるまで、ちょっと痛い目を見てもらおうかなと!」




:オイオイオイオイ


:説得とは


:リンチ配信かよ


:通報しました


:K君に見限られてて草


:っぱK君付き合うのイヤだったんだな


:K君が落ち着き払ってて草を禁じ得ない


:K君逃げて~!!


:これ犯罪だよな?


:やってしまいましたなぁ




「あのね~コメント欄にリンチだの犯罪とかアホなこと言ってる人いますけどね、最終的にK君が考え直してくれれば全部同意の上! 俺たちは友達です! だから考え直してくれるといいんですけどねぇ~」




 堂島は滅茶苦茶な理屈を唱えながら俺を見つめた。




「おい、おいK君! ということで、配信付き合ってくれるか!? それとも今のうちに考え直してくれるか!? 考え直してくれるなら助けてあげてもいいけど――どうかな!?」




 堂島の覚醒者レベルは2。大した覚醒者レベルではなく、フロアボスは同レベルの覚醒者と複数協力してなんとかというレベルだろう。


 だからコイツには真剣に俺を助ける気などないし、助けられない。自分がやられそうになったらそのまま捨てて逃げるつもりなのだろう。




「ごめんごめんごめん、俺だって本当は手荒なことはしたくないんだよ!? でもあんまり頑なな態度取られちゃったからさ! これはK君が悪いんだぜ! さぁ、ここで素手で大ムカデと戦うか、それとも俺に協力するか、選んでくれよな!」




:コイツホンマにクソだな


:ついにここまで来たかこのゲロ


:みんな! 右上のボタンからチャンネル通報できるぞ!


:今ガチで通報した、警察に


:K君逃げて!


;K君やべぇよやべぇよ…


:特定班ダンジョン特定いそげ


:K君逃げて~!!




 堂島はニヤニヤと笑ったまま、あくまでこれが「リンチ」ではなく「企画」なのだと言い張っている。


 そう、こいつら【配信者ストリーマー】は、ただ一言頭に「配信」という枕詞をつければ、ダンジョン内でやること全ては天下御免だと思っているのだ。




 やはり――【配信者ストリーマー】はクソだ。


 そして、そんなものを有難がって見ている連中も、やはりクソだ。




 だがそう言えば――藤堂アイリが不思議なことを言っていた。

 

 俺の場合、配信するに当たってトークの軽妙さや見た目の麗しさなど、全くもって要らないのだと。


 俺がただただダンジョンの魔物相手に無双するところを見せるだけ――俺の配信は、たったそれだけでいいのだと。




 それは本当の話なのだろうか?


 こんな手負いの野良犬のようなヒネた性格の俺が、本当に一億人以上の人々を白熱させたというのだろうか。


 こんな夢もなにもない、ただの配達員バイトでしかない俺に、本当にそんなスター性があるというのだろうか。


 ダンジョン配信とは、何もなくとも、度胸さえあれば成功できる世界だという藤堂アイリの言うことは本当なのだろうか。


 俺は数百本の足をざわざわと蠢かせている大ムカデを見上げた。




「堂島ぁ――今、この配信の視聴者は何人ぐらいだ?」




:堂島wwwww


:本名ゲロられてて草


:堂島wwwwwwww


:K君ブチギレで草


:K君wwwwwww


:K君はっちゃけたwwwwwwwwwww


:ケンゴーの本名って堂島?


:K君ノリノリwwwwww




「ばっ……馬鹿! 俺の本名バラしてんじゃねぇよクソ!! あ、あの皆さん、今のは……!」

「ああ、ごめんごめん、配信してるときはケンゴーなんだっけっか、堂島。悪いなぁ、俺ってあんまり配信って得意じゃないからさ」

「てっ、てめぇ! 何回も連呼すんな!」




:堂島wwwwww


:堂島wwwwww


:焦ってんじゃねぇぞ堂島


:おい堂島どうした


:K君堂島連呼してて草


:堂島、お前ってホントクソだな!!


:堂島! 堂島って人間のクズだよな!!


:迷惑系堂島


:見てるか堂島~




 刻一刻と増えてゆくコメントの嵐に、堂島はよっぽど焦ったらしかった。




「クソ……! テメェのせいで身バレすんだろうが! 黙れよクズ! いいか、それ二度と言うな!」

「ああゴメン、もう二度と言わねぇから許してくれ。それで、答えてくれ。今、何人がこの配信見てる?」

「は、はぁ――!? な、なんだよ、随分余裕だな……!? えっと、800ぐらいだけど……それがどうかしたのかよ?」

「そうか。そんなもんか――」




 俺は再び深く息を吸い、右腕に魔力を集中させ始めた。




「なら――この動画、今から俺が鬼バズりさせてやるよ」




 決めた。


 今ここで、コイツ――フロアボスをボコる。


 そしてその光景を配信したこの配信動画が、もしもう一度バズったなら――藤堂アイリの手を取り、【配信者ストリーマー】になる。


 そして――もう一度だけ、冬子さん以外の人間を、ほんの少しだけ、信頼してみる。




 バチバチッ、と、右手に集まった魔力が弾けた途端、大ムカデが動いた。


 その巨体に見合わない速度で鎌首をぐっと縮め――大顎で俺を狙った。




「『肉体強化エクステンド』。30%解放――」




 瞬間、俺は地面を蹴った。


 大ムカデの牙は俺を捉えることなく、ダンジョンの床に突き刺さる。


 俺はその真上に跳躍しながら、思い切り体を捻り、右足を大ムカデの頭上に振り下ろした。




「『重力操作』、30%増――」




 途端、重力操作によって十二分に重さを増した踵落としが、ものの見事に大ムカデの頭に直撃した。


 


「キシャアアアアアアアアッ!!」




 砕かれた外殻から凄まじい色の液体を拭き散らしながら、大ムカデが巨体をのたうち回らせた。




「は――!?」




 堂島が一瞬、驚きの声を上げたのを確かに聞きながら、俺は地面に着地した。




:は!?


:K君!?


:K君早えええええええええええ


:K君やべぇ


:え、何?


:踵落とし!


:すげぇ!!


:K君何者!?


:YABEEEEEEEEEEEEEEE


:同接2000突破!!


:K君すげぇ




「んな、ななな……!」

「どうした堂島、何ビビってんだよ。俺じゃなく画面見てろよ」

「な、なんだよテメェ! なんだよ今の動き!?」




 堂島は目を白黒させながら俺を見つめている。




「て、テメェ、まさかそんなに強かったのか!? なんで今まで黙ってたんだよ!?」

「あぁ? なんでお前みたいな人間にそんな秘密話さなきゃならねぇんだ。それに今のだってただの肉体強化魔法だ。お前だって使えるだろ?」

「だ、だからって、フロアボスを素手でボコるなんてそんな――!」

「おっと、やべぇ」




 俺たちが会話している間に、体勢を立て直した大ムカデが俺を睨みつけ、ぐっと身体をたわめた。


 俺が地面を蹴ってその場を飛び退るのとほぼ同時に、毒々しい色の液体が大ムカデの顎から迸った。


 じゅう、と音がして、液体が着弾した箇所から焦げ臭いような臭いが立ち上る。




「うわぁ、毒液かよ……これだから虫系の魔物は相手にしたくねぇんだよな……」




 俺がうんざりした声で言うと、大ムカデは次々と毒液を吐き散らし始めた。


 俺が『肉体強化』で再び床を蹴った一瞬後、そこに毒液が着弾し、飛沫を上げる。




 俺にはよくわからないが、これは配信だ。


 ということは、派手な見せ場を用意して視聴者を喜ばせる努力が必要になる。




 妙案を思いついた俺は大ムカデに向かって手を伸ばし、クイクイと手招きして挑発した。




「おら、そんなんじゃ朝まで経っても俺は殺せねぇぞ。……もっと本気出せや」




 言葉は通じなくとも、小馬鹿にされたことは伝わったらしい大ムカデは、当たるが幸いという感じで、次々と毒液を連射し始めた。




 俺は『肉体強化』のレベルを上げ、超高速の反復横跳びの要領で毒液を避け続ける。


 まるで悪趣味な追いかけっこのような光景に、堂島がますます困惑するのが雰囲気で伝わった。




:どうなってんだよ!? どうなってんだよ!!


:はええええええええええ


:わけわからん


:K君人外wwwwwwwwww


:もう見えないじゃん


:K君何者?!


:K君早ええええええええええwwwww


:K君明らかに堂島より強くね?




 十回も毒液を避けただろうか、俺はもう一度床を蹴って飛び上がり、今度は膝で大ムカデの大顎を撥ね上げた。


 バキン! という重苦しい音が鳴り響き、大ムカデの牙が折れて吹き飛んだ。




 流石にこれは効いたらしい大ムカデが、湿った音を立てて床に倒れ込んだ。







人生で始めてカクヨムの総合ランキングに乗りました。

このまま遡上できるようにバンバン評価お願いいたします。


この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ下の方の★から評価をお願いいたします。


よろしくお願いいたします。



【VS】

この作品も面白いよ!!



『俺が暴漢から助けたロシアン美少女、どうやら俺の宿敵らしいです ~俺とエレーナさんの第二次日露戦争ラブコメ~』


https://kakuyomu.jp/works/16817330667711247384

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