第31話人道的な戦闘

 通称・徳丹城ダンジョンは、見た目からすれば、やはりかなりの大型のダンジョンと思われた。


 洞窟内を吹き抜ける風が普通ではないし、肌に感じる魔素の量も通常の低危険度ダンジョンよりもかなり多い。


 魔素とは他に、空気そのものに殺気のようなものが混じっていて、時折肌がひりつくような感覚があった。




 これは――やはり普通のダンジョンではない。


 撮影用ドローンが低いモーター音を奏でる中、俺は誰にともなく独りごちた。




「デカいな、このダンジョン」

「ええ、もしかしたら100階層近くあるかも……」




:100階層あるダンジョンで配信か


:大丈夫なの?


:大丈夫じゃないだろ


:まぁ今回は深層階行かないし


:それでも気をつけて!


:なんか物凄い魔物がいそう




「なんか魔素の流れも濃いな。いくら口を開けて時間が経ってないとはいえ、これだけの大型ダンジョンが未指定で放置されてるっていうのはなかなかないな」

「まぁ、普通は有り得ませんね。迷宮統括省が調査に入ったら一般人は立ち入りが禁じられる指定ダンジョンになるかも……」




 確かに、入り口付近でこれほどの規模を感じるダンジョンなら、その可能性は十分にあった。


 迷宮統括省専任の【潜入者ダイバー】が高危険度、もしくは国家的に重要な資源の埋蔵量が多いダンジョンだと判断すれば、以後そのダンジョンは立ち入りが禁じられ、そのダンジョンは政府の管轄になってしまう。


 だがこの日本に今この瞬間も次々と口を開けているダンジョンの内部確認は、数多くいる民間の【潜入者ダイバー】からの報告に頼り切りなのが現状なのも事実で、それ故に俺たちのような民間の【潜入者ダイバー】が存在できる余地があるのだ。




「この配信はもしかしたら結構貴重な映像になるかもですね。ガンジュ君、気を引き締めて」

「おう、わかってる」




 わかってる、と応じながら、俺は普通の用心とは別に、ある懸念を感じていた。


 おかしい――ダンジョン内で魔物同然の暮らしをしながら三年を過ごした俺のどこかが、俺に警告を発していた。


 魔素の流れがなんだか妙だ。普通はダンジョンの最奥部から中層階、下層階、そして入り口に向かって一直線に流れているはずの魔素の流れがおかしい。


 時折、変なところで滞留したり、淀んだり、流れが変わったりと、とにかく一定ではない。魔素の流れが不安定ということは、ダンジョンそのものが不安定な状態ということなのだ。


 こういうときは、ユニークモンスターが現れたり、ダンジョンが地殻変動を起こしたりと、ダンジョン内では思わぬ変化が起きやすいことも、俺は経験から理解していた。




「――藤堂、気をつけろよ。こりゃちょっと普通じゃねぇと思う」

「やっぱり、ガンジュ君もそう思いますか?」

「俺にはよくわかんねぇけど……配信って途中でやめたりできるのか? これは少し潜ってダメなら……」

「わかってます。視聴者さんたちには申し訳ないですけれど、その場合は潜入を中止します。それはご理解いただけますよね?」




:りょ


:そうしろそうしろ


:アイリさんもダンジョンイーツさんも、危険だと思ったら中止してください


:無理すんな


:おk


:死んじまったら洒落にならん




「おお、みんなお利口さんでいてくれてありがとうよ。……ん?」




 俺が次々と視界に流れてくるコメントを見ながら礼を言った、その時だった。


 ガサッ、という物音が進行方向から発し、暗がりから影が躍り出た。




「うぇぇ、ホブゴブリンか……」




 俺はうめき声を上げた。


 そこに躍り出たのは、十体近くの大柄な影だ。


 ダンジョンでは最もポピュラーな魔物であるゴブリンの上位種で、虫に毛が生えた程度の知能しか持たないゴブリンとは違い、防御のための武装をしたり、他の個体と連携して攻撃を仕掛けたりしてくる魔物。


 【潜入者ダイバー】の大半はまずこいつらと戦ってダンジョン戦闘のイロハを学ぶという、ある意味ダンジョン戦闘の指標となる魔物である。




 藤堂アイリが「おお、いきなりホブゴブリン……!」と声を上げ、チャキッ、と魔導製拳銃を構えた。




「ホブゴブリンは知能も比較的高い厄介な魔物……こういう魔物は魔法や飛び道具などで距離を取って攻撃するのが定石……」

「いや、いいよ藤堂。俺が相手するから」

「え――?」

「《肉体強化エクステンド》、30%――」




 言うなり、俺は全身の力を総動員して地面を蹴った。


 バチバチッ、という音とともに両手に魔力を集めつつ、コマ落としのような瞬間移動でホブゴブリンの一体と間合いを詰めた俺は、ホブゴブリンの頬を両手で掴んだ。




 一瞬、瞳のないホブゴブリンの目が、瞬時に眼の前に現れた俺をぎょっと見つめた。


 俺はその驚きが消えないうちに、気合いの一声と共にホブゴブリンの首をねじ切りにかかる。


 一瞬の後、メリッ! という鋭い音が発し、ホブゴブリンの頭部が消えた。




:は?


:うぇ?


:あれ?


:ん?


:消えた?


:なんか音したな


:また瞬間移動した?





 首から上が消えたホブゴブリンが、噴水のように血を噴き出させた。


 しばし盛大な打ち上げ花火のように鮮血を周囲に撒き散らした首なしホブゴブリンの身体が……やがて湿った音を立てて地面に倒れ込んだ。




 フゥ、とため息をつき、俺はホブゴブリンの首を持ったまま、人間の目から見ても呆然としているホブゴブリンの集団に向き直った。




「さぁ、次はどいつが俺に殺されるんだ?」




 俺の恫喝に、ホブゴブリンの瞳のない目にはっきりとした怯えが浮かんだ。


 そのうちの一体が低い唸り声を上げ、踵を返してバタバタと逃げ去ってゆくのに、全てのホブゴブリンが従った。


 遁走するホブゴブリンを見送ってから、俺は藤堂アイリを振り返り、ねじ切ったホブゴブリンの首を地面に捨てた。




「ホブゴブリンは集団で行動するし、知能も割と高いからな。そのうちの一体を手酷く痛めつけるのを見せると逃げてくんだ。今後のために覚えといたほうがいいぞ」




:まさか素手で首もぎ取ったんか


:首を引きちぎった……


:鬼畜……


:ダンジョンイーツ怖っ


:そうなんだ……ホブゴブリンにも恐怖っていう感情あるんだ……


:こいついつもこんな倒し方してんのか(ドン引き)


:ダンジョンイーツしか出来ねぇ方法だろソレ


:うわぁ、残酷だなぁ……


: ド ン 引 き 




「あ、ちょ……! ヒくなよお前ら! むしろ後の奴らは見逃してやってるし、戦ってもないんだからむしろ人道的だろうが!」




:人道とは


:首ねじ切っておいて人道的wwwwww


:彼は尊い犠牲となったのだ


:人道的どころか今まで見た中で一番残酷な倒し方だよ


:ホブゴブリンさん……ナムナム……


:うわぁ……


:ドン引きだよ




「おっ、お前らドン引きしてんじゃねぇ! これが一番安全な倒し方だろ! それに魔法や剣で倒すのはよくて素手で首をもぐのはダメなのかよ!?」

「も、もういいですガンジュ君。……とにかく皆さん、彼は万事が万事こんな感じの人なので、そちらで慣れていってくださると嬉しいんですが……」

「とっ、藤堂までなんだよ!? 今ののどこが残酷だってんだ!? お前らだってゴキブリ見たら新聞紙で叩き殺すだろ!? 俺だって同じことをやってるだけでな……!」




 その瞬間だった。ブブブブ……という地の底をも揺るがすような羽音が聞こえ、俺ははっとダンジョンの奥を振り返った。


 この羽音、そして奥の暗がりから現れた、体長50センチほどの巨大な蝿の群れ――ヒュージフライの大軍団だ。




「うぇっ!? ヒュージフライ……! まいった! 俺、アレ嫌いなんだよ……!」




 蝿は食えないからな、と、既のところで付け加えてしまいそうになったが、とにもかくにも、俺は虫系の魔物、とりわけ飛行系の魔物が大の苦手だ。


 気持ち悪いし、煩いし、何より空中を飛行されると、ステゴロが基本の俺には文字通り手も足も出ない。


 結局、倒さねばいけない時はそこらの石を拾って《肉体強化》で投げつけることになるのだが、それは空を飛ぶ鳥を撃ち落とすような話で、物凄く時間がかかるのだ。


 重力操作魔法で一挙にボタボタと落としてもいいが、踏み潰す必要があるし、靴も汚れるので絶対にやりたくはない。




 どうしよう、隙を見て逃げてしまおうか……と考えた、その時。


 チャキッ、という金属音が聞こえたと思った途端、発砲音が響き渡り、ヒュージフライの一匹が弾け飛んだ。




「あまりガンジュ君にばかり任せてられませんからね。これは私の本領発揮です!」




 藤堂アイリの言葉とともに、次々と発射される魔弾が、文字通り雲霞の如くに押し寄せるヒュージフライを次々と撃墜してゆく。


 おおっ、と声をあげた途端、俺の頭上をすり抜けたヒュージフライの一匹が、藤堂アイリに向かって毒針を射出した。


 麻痺毒が含まれた毒針――喰らえば半日はその部分の感覚が戻らない毒針を、藤堂アイリはネコ科動物の俊敏性で避けた。



 

 相変わらず身体が利くなぁ……と半ば呆然とそれを見ていた俺の視界に、突如大量のコメントが流れてきた。




:うおおおおおおおおおおおお


:きたあああああああああああああ


:ばるんばるん!


:物凄く揺れよる


:うっ! ……ふう。


:マグニチュード10.0


:デカい(確信)


:ぶるんぶるんしてるな!!




 コイツら……俺は半ば呆れながら、数十匹のヒュージフライ相手に奮戦する藤堂アイリを見た。


 確かに――コメント欄で男性視聴者が大喜びするのも仕方ないほど、藤堂アイリのある一部はそりゃもう盛大にばるんばるんと大暴れしていた。あまりの激震故にダイバースーツが引きちぎれないのが不思議な有り様である。


 だが盛り上がるコメント欄とは対象的に、次々と撃墜されるヒュージフライは十数秒の戦闘で既にかなり数を減らしており、既に藤堂アイリの敵ではない。


 最後の毒針を藤堂アイリは、地面に片膝をついて目を細め――最後の一匹に向かって引き金を絞った。




 ドチャッ! という音と共に、最後の一匹が肉片を撒き散らしながら四散した。


 その様を見つめ、藤堂アイリは銃口を下に向けて構えを解いた。




「……ふう、なんとか対処出来ましたね。皆さん、どうでしたか?」




:よかった。すごくよかった


:ものすごかったです


:かわいい


:セクシーすぎる


:エロすぎました


:ありがたく使わせてもらいます




「あははは、ありがたく使わせてもらいます、ですか。切り抜き動画を拡散する時は節度を持って! あと、このチャンネルの宣伝も一緒にお願いしますね!」




:可愛い


:天然系お嬢様


:ばるんばるん


:(゚∀゚)o彡゜


:(゚∀゚)o彡゜


:お前らあんまりからかうなよ……(゚∀゚)o彡゜


:(゚∀゚)o彡゜


:(゚∀゚)o彡゜


佐々木鏡石:(゚∀゚)o彡゜




「ホラ見てガンジュ君! 私が頑張るとみんなこうやってフレーフレーって顔文字で応援してくれるんですよ! 私の視聴者さんってとってもいい人ばかりでしょう?」

「うん……そうだな。みんな物凄く盛り上がってるな。でも、そんなにはいい人ばかりではないと思うぞ。むしろ結構汚れてるというか……」

「えっ? どういう意味ですか?」

「いや、解説はしない方がいいと思う。お前がしたい解釈のままでいようか。……さぁ、ダンジョン攻略を続けようぜ」

「え? は、はい。そうですね」




 俺が強めに促し、俺たちは更にダンジョンの奥へと踏み込んでいった。

 






なかなか更新が厳しくなってきたかもです。


なんとか休日中に書き溜めようと思いますので

皆さん「(゚∀゚)o彡゜」と応援よろしくです。




【VS】

この作品も面白いよ!!


『魔剣士学園のサムライソード ~史上最強の剣聖、転生して魔剣士たちの学園で無双する~』

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