第32話先行者

 それから一時間とちょっと。


 モンスターの出現もなく、藤堂アイリと言葉を交わしながら歩き、俺たちはダンジョンの中層階にまで降りた。




「なんだかずいぶんアッサリと中層階に降りられたな……フロアボスもいないのかよ?」

「まぁ、そういうことは極稀にありますけど……普通はちょっと考えられませんね」




 藤堂アイリも怪訝な表情で答える。


 通常、ダンジョンは下に行けば行くほど魔物の栄養分となる魔素が濃くなり、魔物にとっては居心地が良い。


 つまり低層階、中層階、深層階と分けられた中で、一番魔素が濃い下階層は生存競争に勝利した強い魔物が独占しており、それが結果的にフロアボスということになる。


 だが、このダンジョンは十階以上潜っても、それらしいボスがいなかった。つまり、何者かによってフロアボスが殺されたか、立ち去ったか、もしくは何者かに倒されてまだ代わりがいないか、だが、まだ口を開けて日数がないこのダンジョンでは後者の可能性は限りなく低い。


 ということは……俺はこのダンジョンに立ち入ってから感じ続けていた嫌な予感が徐々に形を作り始めるのを感じていた。




「藤堂、これは……」

「えぇ、なんだか嫌な感じですね……」




 スン、と、藤堂アイリは鼻頭を動かした。




「なんだか、複数の嫌な匂いがします。こういう感覚は大事にしたほうがいい」




 匂い、か。確かに、ダンジョンという日光が差し込まない閉鎖空間では、人間の持ち得る感覚が鋭敏になるものだ。


 中でも嗅覚は、時に視覚よりもハッキリと違和感を捉えることが、往々にしてある。




「これは……藤堂、まだ潜るか?」

「もう少し、中層階の半ばまで行けば、これ以上は危険かどうか判断できると思います。もう少し進みましょう」

「了解。視聴者のお前らも何が起こるかわかんねぇから驚くなよ」




:ゴクリ……


:なんか変なの?


:モンスターもいないよな?


:モンスター消えた?


:めっちゃ拡散されてるぞこの配信


:なんか静かだな


:同接12万!!




「なんだか、めっちゃ観られてるらしいな、俺たち。それなのにこれは盛り上がんねぇ展開というか……」

「それは仕方がありません。ダンジョンでは何が起こるかわかりませんから」

「そりゃそうだけど……」




 俺が言ったその時、カラン、と、つま先になにかが当たる感覚がして、俺は下を見た。




「ん? なんだ?」




 俺の視線の先にあったのは、一本の空き缶。


 ダンジョン【潜入者ダイバー】がよくダンジョンに持参する魔力補給のための安価なドリンクの缶である。


 あちゃあ、と俺は顔をしかめた。




「藤堂、どうやら先行者がいるらしいぜ。道理でモンスターが出ないわけだよ……」

「えっ、先行者が?」

「ほら、このドリンク缶」




 俺が示すと、藤堂アイリががっかりした表情を浮かべた。




「なるほど、さっきからの違和感のひとつはこれですね。なんだか未踏破のダンジョンにしては静かだと思ってたので……」

「こりゃあちょっと盛り上がらない展開だぞ。どうする?」

「とりあえず、この先行者も中層階最深部までは到達していないはずです。フロアボス撃破はレイドということに出来ないか交渉してみますか」




 レイドとは、複数の【潜入者ダイバー】パーティ、ないし個人が協力して魔物を討伐する戦闘形態である。


 ただでさえ無法がまかり通りやすく、血の気の多い奴も多いダンジョンにおいて、報酬や成果の総取りはご法度。


 後からダンジョンに潜入した【潜入者ダイバー】が先行者に追いついた場合は追い越さず、先行者に魔物や鉱物を譲る、もしくはレイドという形態で協力を打診するのがいわばマナーなのである。




「しかし、俺らは配信してるからなぁ。配信にまで出てくれるかな?」

「それも含めて交渉ですね。まぁ、無理ならば諦めましょう」




 藤堂アイリは前向きにそう言ったので、俺もそれ以上は懸念を口にしないことにした。


 しかし――マナーの悪い【潜入者ダイバー】もいるものだ。いくらダンジョンは定期的な地殻変動によってゴミが一層されるとはいえ、ゴミのポイ捨ては褒められたものではない。


 ダンジョンとは人間の住む世界ではなく、そこに人工的なものを放置しておくと、後でどのような影響が出るかわかったものではない。


 このドリンクのような魔力を含むものの投棄は特に危険で、迷宮統括省もダンジョン内でのゴミのポイ捨ては厳禁であるとしつこくキャンペーンを張っているぐらいなのに。




 チッ、と舌打ちをして、俺はドリンク缶を拾い上げてポケットに突っ込んだ。




:ダンジョンイーツいい子


:偉い!


:ゴミ拾いね。ダンジョンイーツもそういうことするんか


:偉い


:マナー悪いやつもいるからなぁ


:偉いぞ!




「うるせーよ。たかがゴミ拾いで盛り上がるな……」




 なんだか褒められてしまった俺は照れくさくなり、ついつい口が悪くなるのを、藤堂アイリがふふっと笑った。


 その笑い声でますますコメント欄は盛り上がって間の悪さに拍車がかかり、結局俺は先をゆく藤堂アイリに無言で従うことにした。







 それから約一時間、中層階の奥――目的の30階を目前とする場所まで来た。




「いよいよフロアボスの部屋が近づいて来ましたね。ガンジュ君、気を引き締めて」

「おう、わかってる」




:いよいよボス戦か


:なんか今まで随分あっさりと来たな


:先行者がいるって


:なんだ先行者がいるのかよ。そりゃ残念だったな


:でもそれにしても静かすぎね?


:どっかで同じダンジョンで配信してる奴いるか?




「しかし、先行者とは出会わなかったですね。どこにいるんだろう?」

「それは俺もわかんねぇ。途中で引き返したなら会ってるはずだけどな」

「まさか、遭難してるとか、フロアボスにやられちゃってたり……」

「考えたくはねぇけど……その可能性はあるな。ちょっと急ぐか」




 そう言って、俺は早足でダンジョンの奥に急いだ。


 今まで鰻の寝床だった天井が徐々に高くなり、風の動きを肌に感じる。この先にフロアボスが待ち受ける大空洞が近づいている証拠だった。


 俺たちはほぼ無言のまま階層を降り――遂に目的の30階に到達した。




 壁際に身を隠して先を覗いても――何も無いし、誰もいない。


 


「誰もいねぇな……」

「ど、どうして……もうフロアボスを撃破して深層階に踏み込まれちゃいましたかね?」

「いや……その可能性はないな」




 俺は部屋の奥から漂ってくる異様な殺気を感じながら答えた。




。なんだか物凄いのが、倒されずに」




 これは――かなりの大型ダンジョンだとは思っていたが、フロアボスクラスでもこれほどの殺気はなかなかない。


 少なくとも、この階層に潜むフロアボスはB級以上――地上に這い出れば数百人単位の被害をもたらす可能性のあるボスとしか思えなかった。




「まぁ理由はわかんねぇけど、先行者がいないのならちょうどいい。藤堂」

「えぇ、気を引き締めていきましょう。……視聴者の皆さん、いよいよボス討伐です。気合いを入れてください」




:おおおおおおおおお


:きたあああああああああ


:ゴクリ……


:先行者はどこ行ったんだ?


:フロアボス来たか


:きたあああああああ




 一瞬、深く息を吸い――俺たちは意を決してフロアボスの部屋に足を踏み入れた。

 

 周囲の高い天井を見渡し、しばらく待つと……奥の光の届かない暗がりの中で、何かが蠢く気配がし、ズリ、ズリ……と何者かが這い出してくる音がした。




「藤堂、来るぞ」

「えぇ、戦闘開始、ですね」




 藤堂アイリが拳銃を構え、俺は拳を握った。


 その拳に青色の魔力が集まり、バチバチッと弾けた、その瞬間――。







「はいどうもー! お待たせいたしました! ケンゴーのダンジョン漫遊記、これより久しぶりの配信となります!!」







 ――あまりにも予想外の言葉が背後に発し、俺たちはぎょっと背後を振り返った。


 同時に、今まで《隠密》スキルで息を殺していたらしい男――堂島健吾が、部屋の隅から、異様な風体で現れた。




「いやぁ、会いたかったよ上米内ガンジュ君。君、随分短い間に物凄いインフルエンサーになっちゃったじゃない。俺にも少しマージン入れてよ、ね?」

「ど、堂島……!?」

「うはははははは! めっちゃ驚くやんコイツ! それに、始めましてAiri★ちゃん! ゴメンね急にコラボってことにさせてもらって! でも260万人もフォロワーいるんだもん、少しぐらい分けてくれてもいいよね!?」

「あ、あなたは……!?」




 藤堂アイリが、驚きというよりは恐怖の声とともに顔をひきつらせた。




 暗がりから現れた堂島健吾は――頭のてっぺんからつま先まで、血みどろだった。


 彼が得物としていた特殊警棒からはまるで重油のような赤黒い鮮血が滴り、服はところどころ破け、身体のあちこちには、まだ塞がっていない生傷の数々。


 右目は腫れて閉じられ、左手の薬指はなんと中程から千切れ飛んだまま、止血も被覆もされていない有り様だった。




:え、ケンゴー!?


:え!?


:なんでここにいるの!?


:えぇ……これで生きてるんか……!?


:え、なにこれ仕込み?


:これ半分死んでるだろ


:うわ、俺こういうのダメ


:放送事故やん


:映しちゃダメー!!




 この、生きてるのが不思議なほどの満身創痍の有り様、まさか――。


 こいつ、レベル2の覚醒者でしかないのに、まさかこの階層まで単独で踏破してきたのか――?




 その想像に流石の俺もゾッとした途端、堂島の正気を失った目がぎょろりと光った。




「俺はねぇ上米内ガンジュ君、君のせいで人生が破滅しちゃったよ! ダンジョンで手に入れたもの全部! 全部、君がフルスイングでブチ壊してくれた! その責任を取ってもらおうかな! 今日はそのための配信だから! 最後にいっぱい協力してくれよな! うはははははは!!」




 堂島のその素っ頓狂な大声は明らかに正気の沙汰ではなかった。


 ゆらり、ゆらりと、奇妙に痙攣しながらこちらに歩み寄ってこようとする堂島に、藤堂アイリが動いた。


 堂島に銃口を向け、藤堂アイリは鋭い目で睨みつける。




「どういう経緯かは知りませんけど、どうやら既に正気ではないらしいですね……! 襲ってくるつもりなら撃ちますよ! 正当防衛の証拠も動画で配信されてます!!」

「証拠ォ? それの何が怖いっての? 俺なんてもう顔バレも身バレもしてんだよ? これ以上失うもんなんかないって」




 ケタケタと、実に面白おかしそうに堂島は笑った。




「アイリちゃんさぁ、たった16歳で人生が破滅する感覚ってどういうのかわかる? 俺は今後、どこへ行っても、何をしてても、もう幸せになれないんだよ? もとからなんにも持ってなかったのに、人生を駆け上がるための手段まで盗られちゃった。君みたいななにもかも持ってる人間にはその気持ちなんかわかるはずないよねぇ?」




 堂島は次に俺を見た。




「わかるとするならガンジュ、お前だよなぁ? お前だってもともと何にも持ってないクズだもんなぁ? 俺と同じ、恵まれなかった方の人間だ。それなのに何もかも、そこの女に与えられて……」




 堂島の正気を失った目に、凄まじい嫉妬と憎悪の炎が渦巻いた。


 その目の放つ、捩じ曲がった殺気の凄まじさに、俺は息を呑んだ。




「何もかも与えられただけで、それで人生を駆け上がっていってる途中のお前なら、今の俺の絶望だってきっと理解できる! だから俺に台無しにさせろよ、な? いいよな!?」

「ふざけないで! ガンジュ君とあなたなんかが同類なはずはないッ!!」




 今まで聞いたこともない大声で藤堂アイリが怒鳴った。




「ガンジュ君は色んなものを、たくさんのものを持ってる! 強さだけじゃない、辛い過去も、楽しかった思い出も、優しい人々との絆だってちゃんと持ってる……! 私はただきっかけを与えただけ――今のこの状況は全部全部、ガンジュ君本来が持つ力の結果ですッ!!」

「あはは、めっちゃ擁護するやん、ウケる。なら一緒にお前も台無し決定だな。その綺麗なツラを二目と見れない顔にしてやんよ」




 そう言って、堂島は裂けたポケットに薬指のない左手を突っ込み――何かを取り出した。


 なんだ――? と目を凝らした俺は、瞬間、堂島が手に持ったものを見て驚愕した。




「わかるかなぁ、これ。赤爆石せきばくせき。今からこれを使って、君たちの人生を台無しにしたいと思いま~す」







なかなか更新が厳しくなってきたかもです。


なんとか休日中に書き溜めようと思いますので

皆さん「(゚∀゚)o彡゜」と応援よろしくです。




【VS】

この作品も面白いよ!!


『魔剣士学園のサムライソード ~史上最強の剣聖、転生して魔剣士たちの学園で無双する~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093075506042901

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