第33話分不相応な世界

 赤爆石だと!? 俺と藤堂アイリは驚愕に立ち竦んだ。


 その反応に満足したのか、堂島健吾は壊れた笑みで嗤う。




「捨てないで取っておいてよかったぜぇ……ダンジョン内の魔石は、要するに結晶化した魔素そのものだ。その中でも赤爆石はとりわけ純度の高い魔石、資源としては危険すぎて使い道のない魔石だ。けれど――撒き餌としてならその限りじゃねぇ。一度砕ければ文字通りに魔素が爆発してダンジョン内の隅々にまで広がるってわけだ」




 ヒヒヒヒ! と堂島健吾は引きつった笑い声を上げた。




「濃すぎる魔素は全ての魔物を興奮させて凶暴化させる……ここで俺がこの魔石を砕けば、出てくる魔物の数も危険度もハネ上がる。お前らはこのダンジョンでピラニアみたいに喰われて死ぬことになるんだよ」

「……馬鹿なことはやめて。この規模のダンジョンでそんなことしたら、スタンピードが起きかねません」




 藤堂アイリが押し殺した怒りの声でいう。


 スタンピード――要するに、ダンジョンに溢れた魔物が地上に這い出て人々を襲うこと。


 過去、神災の発生と同時にそれが起こった東京都心は遂に首都機能を喪失し、今日に至るまで奪還されていない。


 そんな常軌を逸したことをやろうとするなど、どう考えても堂島は正気ではないし、正常な判断能力を完全に喪失している。


 かくなる上は――と握り拳を握りしめた俺に、「おっと、動くな」という堂島の釘を刺す声が聞こえた。




「いくらお前でも流石に無理だと思うぜ。肉体強化で俺から石を奪おうってんだろ? それより先に俺がこれを地面に叩きつけて割ったら一環の終わりだ。大人しくしてろってんだよ」




 堂島の声に、俺は歯ぎしりして拳を下ろした、その時。


 オオオオ……という唸り声とともに、ダンジョンの奥から足音が聞こえ、俺たちははっと奥を見た。




 まず、洞窟の壁に骨だけの手がかかり、それから窮屈そうに身を屈めた巨人が、ぬっと伸び上がった。


 全身骨だけの骸骨――身の丈が5メートルほどもある巨大な骨が、右手に錆びついた大剣を手に、中層階最下層の巨大空間に進み出てきた。


 あまりの迫力に息を呑む俺たちの前で、骸骨の仄暗い眼窩の奥に淡い光が灯り、あまりに矮小な俺たちを文字通り睥睨した。




 それを見た堂島が、ヒュウと口笛を吹いた。




骸骨の巨人デットリーボーン――中層階でBランクの魔物とはな。それもかなり大型の個体らしい。もしかしたらその上のAランクに相当するかもな」




:ええええええすらんく!?


:デケェェェェェェェ!!


:こんなん中層階の魔物ちゃうぞ!


:YABEEEEEEEEEEE!!


:なんだこれ本物の化け物じゃねーか!!


:デカすぎィ!!


:逃げろ!!




「まぁ、過去にAランクの魔物さえ素手でボコったお前だ。コイツだってそんなに怖い相手じゃないんだろ? けれど、この赤爆石の魔素をコイツが浴びれば――もうコイツのランクはAじゃ効かなくなるかもだよなぁ?」




 その言葉に、俺は堂島健吾の意図を悟った。


 堂島はこのフロアボスに赤爆石の魔素を浴びせかけ、俺を殺させるはらなのだ。




「テメェは確かに強い。それは認めるよ。けれどその強さが否定されたら? そこそこ魔力量は多いとは言え、中層階のフロアボスに手も足も出ずにボコられる光景が配信されてしまったら――みんなお前を見限るかもしれねぇよなぁ? やっぱりそうか、何かの間違いだったんだと目が覚めたら……バズりかけのテメェの人生は一巻の終わりだ」




 堂島は再び、壊れた声で嗤った。




「安心しろ、最後に大バズりさせてやるからよ。ただいまバズり中のダンジョンイーツが、大人気インフルエンサーの【配信者ストリーマー】と一緒に魔物にボコられる――最高の見世物じゃねぇか。テメェには俺と一緒に泥沼の中に沈んでもらうぜ。もう二度とキラキラした世界への夢なんか見られねぇように――!」




 堂島の言葉は、鋭い発砲音と共に途切れた。


 瞬間、素早く銃口を上げた藤堂アイリの魔導拳銃の一発が堂島の手を掠め、赤爆石が地面にこぼれ落ちた。


 つっ――!? と手を押さえ、しまった、と顔を歪めた堂島の足元に再びの一発が着弾し、その先の挙動を牽制する。




「あなたの犯行声明は、今しっかりと聞きました。私やガンジュ君だけでなく、全世界の視聴者さんもね。ここから先は立派な正当防衛です。人殺しはしたくありませんが――ダンジョン内では致し方ない場合もあります」




 本気だ、と俺はその声を聞いて確信した。


 藤堂アイリは更に続けた。




「クズだとは聞いていましたけど、ここまでとは。あなたのその虚栄心には救いがたいものがある。それを更に増長させてしまったのは、我がD Live社の大いなる恥です」

「な、なんだとォ――!?」

「あなたのような人間に、一度でもスターになれるかもしれない可能性を与えてしまった、夢を見させてしまった……。でも、それ自体が間違いだった。本来、あなたのような狭い人間には分不相応な世界だったのに……」




 藤堂アイリは顔を歪めて堂島を罵倒し、ちら、と洞窟の奥のデッドリーボーンを見た。




「仕返しはもういいでしょう? フロアボスもこれ以上は待ってくれそうにありませんから。大人しく私の言うことに従ってください。でないと……」




 再びの発砲音が発し、堂島のつま先のすぐ先に白い火花が散った。




「次は、当てます! 赤爆石から離れて!」




 その警告に、堂島が一転、気弱そうに笑った。




「お、おい、そんなマジになんなって、な? 綺麗な顔が台無しじゃねぇかよ」




 へへへ、と笑いながら大人しく従う構えを見せた堂島に、俺は違和感を覚えた。


 なんだ? 堂島は何を考えてる?


 俺が眉間に皺を寄せる間にも、堂島はなにかの頃合いを見計らうように、両手を上げ、落ち着けというように堂島は口を開き続ける。




「こんなのちょっとした配信のための余興じゃねぇか。そっちだって配信は盛り上げたいだろ? こんなんしたら盛り上がるかなって、少しイキっただけなんだよ、な? だからそんな物騒なもんは仕舞え。当たっちまったら人殺しになっちまうだろ?」




 そう言いながら、堂島は何かを調整するかのように、方向を微妙に変えながら後退り続ける。


 そして一瞬、その視線が藤堂アイリから離れ――背後の虚空に注がれた瞬間、俺は堂島の意図を悟った。




 瞬間、背後に巨大な何かが軋む音が発し、俺と藤堂アイリの注意が一瞬、背後に逸れた。


 振り返った先で――しびれを切らしたらしいデッドリーボーンが錆びついた大剣を大上段に掲げ、こちらに振り下ろそうとしてくるのを見た俺たちは、目をひん剥いた。


 同時に、堂島がニヤリと嗤ったのが見えた気がしたが――その思いは、振り下ろされた大剣が地面を割る轟音に半ば掻き消された。




 俺たちが地面を蹴って飛び退り、デッドリーボーンの大剣が振り下ろされた先には、堂島の手からこぼれ落ちた赤爆石があり――。


 その赤黒い結晶は、振り下ろされたデッドリーボーンの大剣によって、粉々に砕け散った。







今日はなんとか一区切りのところまで書き溜めたいと思います。


これからも鋭意執筆していきたいと思いますので、

皆さん「(゚∀゚)o彡゜」と応援よろしくです。

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