第34話メルトダウン

 途端に、ブシューッ!! という鋭い蒸気のような音とともに、赤黒い霧がデッドリーボーンを包みこんだ。


 愕然とそれを見つめた俺たちの前で、赤爆石から迸った赤黒い霧は一瞬にして大広間に拡散し、俺たちが踏破してきたダンジョンの隅々にまで拡散して、大気と混ざりあった。




「ヒャハハハハハハハ!! 上手く行ったぜ! どうですか皆さん、最高のショーの始まりだぜ!!」




 正気を失った声で堂島が嗤い、まさしく狂人の声と表情で両手を広げた。




「これでこのダンジョンの難易度は跳ね上がるぜぇ! Cランクなんてもんじゃねぇ、Aランク、いや、Sランク級のダンジョンに様変わりだ! さぁ、今から大人気インフルエンサーであるダンジョンイーツとAiri★がフルボッコにされるところを配信いたします! 皆さん乞うご期待――!」

「《肉体強化エクステンド》、10%」




 瞬間、俺は地面を蹴って一瞬で間合いを詰め、堂島の顔に真正面から拳を叩き込んだ。


 パッ、と、鼻血の花が咲き、その雫が地面に落ちるよりも先に、今度は堂島の腹に右膝を叩き込んだ。


 いつぞやどこかの田舎道でカエルを踏んづけたときのような、グエェ、というくぐもった声を上げて、堂島が地面に膝をついた。




「堂島ァ、お前、とうとう堕ちるところまで堕ちたな。この間の配信の時に助けるべきじゃなかったよ……」




 したたかに蹴り潰された腹を両手で抑え、堂島はカ……カ……! と呻いた。


 俺はその右目から配信デバイスを取り上げて地面に落とし、容赦なく踏み潰した。




「みすみす配信なんかさせるかよ、クソが。もういい、やっちまったもんは仕方ねぇ。そこでしばらくくたばってろ。後で警察でも迷宮統括省でもいい、ふん縛って突き出してやるから覚悟しとけ」




 俺の恫喝に、堂島は激痛にぶるぶると震えながらも、血走った目で俺を見上げ、ニヤリと嗤った。


 その顔に真正面から唾を吐きかけ――俺はデッドリーボーンに向き直った。




 赤黒い霧を浴びたデッドリーボーンの身体がメリメリと音を発し、その肩から更に二本の腕が生えて伸び、魔素が結集して巨大な剣を形作る。


 と同時に頭蓋が割れ、頭の両脇から牡山羊のようなツノが生えて、仄暗い眼窩に灯る淡い光が真っ赤に染まった。


 身体自体も更に巨大化しているようで、先程は5メートルほどだった身の丈は、今や高い天井に触れんばかりになっていた。




 この殺気、噴出する魔素、そしてこの巨体――どう考えてもAランクと同等、いや、それ以上か。


 俺は右手に魔力を集めながら重苦しく宣言した。




「藤堂、どうやらこりゃ相当に厄介な事態になっちまったぞ。――俺が相手するから、お前は下がってろ」

「がっ、ガンジュ君、こんなのを一人で相手するつもりですか!? いくらなんでも無茶な――!」

「大丈夫だよ、大丈夫」




 俺は巨大化したデッドリーボーン、いや、「ドス」デッドリーボーンとでも呼ぼうか――を見上げながら、啖呵を切った。




「確かにコイツはこの間のドラゴンより強そうだが――俺はそれよりも更にちょっぴり強い……と、思う」




:うおおおおおおおおおお


:ウッソだろこんな奴に勝利宣言!?


:うわあああああああああマジか!!


:ダンジョンイーツ! ダンジョンイーツ!!


:こんなん素手で倒したら世界中大騒ぎになるぞ


:同接25万突破!




「悪いけど、コイツ相手じゃ派手な見せ場は作れそうにねぇ。視聴者サマ、あんま期待すんなよ。――それじゃあ、始まるぞ。《肉体強化》、40%――!」




 ドスデッドリーボーンが大剣を振り上げ、真正面から俺を両断しようとする。


 両足に魔力を掻き集めてその場から飛び退ると、ドスデッドリーボーンの大剣が深々と地面を叩き割った。


 着地し、返す刀で地面を蹴って間合いを詰めようとするが、四本ある剣が横薙ぎに振るわれ、俺は既のところで身を翻した。


 危うく一撃を避けたところに、更に三撃目の刺突が入り――俺はうわっと悲鳴を上げながら跳び、間合いを切った。




「ちっくしょう、腕が四本になったからって攻撃回数も防御力も四倍かよ……! そんな単純にパワーアップすんのか……!」




 俺が悪態をつくと、地面に突き刺さったドスデッドリーボーンが大剣を引き抜き、俺に向き直った。


 どうする、こりゃ思ったよりも厄介だぞ――と俺が密かに焦っていると、チュイン! という音と共に、ドスデッドリーボーンの額に火花が散った。




「藤堂――!」

「私がなんとか援護して注意を引きます! ガンジュ君はその隙に急所を探して攻撃して!」

「は――?」




 その一言に、俺は一瞬驚いてしまってから――ふ、と半笑いの声を漏らした。




「そうだったな、今は二人いるんだった。一人で何でもこなす必要はねぇんだよな……」




 頼もしい。俺の頭に浮かんだのはその一言だった。


 いつもはなんでも自分でこなさなければならなかった戦闘だが、今は藤堂アイリという熟練の相棒がいる。


 任せておける、と確信した俺は、再び地面を蹴ってドスデッドリーボーンに飛びかかった。




 その巨体に相応しくない俊敏さで剣が振り抜かれるのに向かい、俺は微妙に歩幅を変え、瞬間、横に向かって地面を蹴った。


 再び、反復横跳びの要領で次々と軌道を変え、振り抜かれる大剣の峰を蹴り、俺はドスデッドリーボーンの目の高さまで跳躍した。


 そのまま、右手にありったけの魔力を掻き集めた途端、ドスデッドリーボーンが素早く反応し、俺を真正面から見た。




 やべっ、思ったより反応が早い! 俺がしまったと思うのと同時に、ドチュン! という音とともにドスデッドリーボーンの右目が弾けた。


 藤堂アイリからの援護だ。右目を撃ち抜かれたドスデッドリーボーンが怯んだその隙に、俺はその真っ白な額を、真上から殴りつけた。




「うるぁぁぁァァァアアっ!!」




 怒声とともに、拳に充填された魔力がアーク溶接のような青白い光を放ち――俺渾身の一撃がドスデッドリーボーンの頭蓋に突き立った。


 ゴォン、と、分厚い金属製の一枚板を一撃したような轟音が発し、骨だけの巨体がはっきりと揺らいだ。




「グオオオオオオ……!!」



 

 その一撃が余程効いたのか、思わずというようにドスデッドリーボーンが大剣を取り落とし、殴られた額を両手で覆った。


 こう見えて、コイツは意外にダメージが通りやすいらしい。俺は地面に着地し、悶絶するドスデッドリーボーンを見上げた。




「……へっ、図体だけデカくなっただけで、思ったより痛みには弱いらしいな。そんなに効いたなら、次はもっと痛い一発をお見舞いしてやんよ」




 少し余裕の出てきた俺が軽口を叩くと、俺の視界に物凄い勢いでコメントが乱舞した。




:やべえええええええええ


:やべぇ、やべぇとしかいいようがない


:あのデカブツがグラついた!!


:明らかに効いてる!!


:マジかよステゴロでこのボス倒すのかよ


:WTF!! FUUUUUUUUUUUCK!!


:わかってはいたけどダンジョンイーツ強すぎる


:И на меня тоже обрати внимание!!


:もう地上最強だろこれ




「やれやれ、地上最強とは嬉しいこったな。……おいお前ら、俺がコイツをステゴロで倒したら、ちゃんとチャンネル登録してくれよ。俺の生活がかかってんだからな」




 俺が更に軽口を叩くと、コメントの量が更に増えた。


 日本語ではないコメントも多くなり、この配信がリアルタイムで全世界に拡散しているのがわかる。


 これが【配信者ストリーマー】の醍醐味――再び味わうことになったその快感に俺がますます気を良くしようとしたその瞬間、それは起こった。




「オオオオオ……オオオオオオオオオオオ!!」




 両手で額を押さえていたドスデッドリーボーンが、先程に倍する悲鳴を上げ、激しく身を捩り始めた。


 え――? とその豹変に目を丸くした俺の前で、ドスデッドリーボーンはそれでも止まらず、遂にはがっくりと地面に膝をついた。


 四本あるうちの二本の腕で地面に手をついてうめき声を上げ、それでも軽減されないらしい苦痛に、ドスデッドリーボーンはますます大騒ぎを始めた。




「が、ガンジュ君、なにか様子がおかしいですよ……!」

「ああ、なんか変だな。俺の攻撃が効いたって感じじゃねぇぞ、これは」




 この尋常ではなさそうな苦しみ方、なにか理由が――と思った、次の瞬間。


 ボトッ、と湿った音がして、ドスデッドリーボーンの眼窩から目玉と思しき塊が落ちて、俺はぎょっとした。




 その間にも、身を捩るドスデッドリーボーンの身体は次々と崩壊を始めた。


 関節がバラバラと外れ始め、まるで死体が朽ちてゆくのを早送りしたかのように、あっという間に骨の巨人は人の形を失い、ただの山積みの骨と化してゆく。




「こっ、これは――!? で、デッドリーボーンが崩れて……!? い、いや、溶けてる……!?」




 藤堂アイリが悲鳴を上げる間に、骨の山積みになってしまったドスデッドリーボーンの骨そのものがドロドロと溶けて、形を失い始めた。


 そのまま、地面に白茶けた液体を広げながら――ドスデッドリーボーンは、俺たちの見ている眼の前で完全に消滅した。




:え?!


:溶けた!?


:何が起こってる!?


:モンスターが溶けた!!


:え、モンスターって溶けるの?


:なんじゃこりゃ


:え、今なんかすげぇもの見てない?


:ダンジョンイーツなにかした!?




「い、いや、俺は何もしてねぇ。普通に殴っただけだ。けど、これは――!?」




 一体何だ、何が起こっている?


 何故魔物が溶けたりするのだ?


 これではまるで悪趣味な実験映像だ。


 まるで、まるでダンジョンそのものが魔物を消化し、吸収せんとしたかのような――。


 


 吸収。素の単語に思い至ったとき、はっ、と俺は虚空を見上げて、あることを思い出した。


 そう、それは過去にたった一度だけ、親父殿に聞かされた話。


 かつて親父殿の所属していたパーティ《イザナギ》が遭遇し、そして辛くも逃げおおせたという、ある特大級の危険を孕んだ現象。

 

 親父殿が迷宮統括省を去るきっかけとなった、ある事件――その事件の際、親父殿は同じく【潜入者ダイバー】だった自分の奥さんを失ったのだ。




『いいかガンジュ、一度しか言わねぇぞ。そして今から言うことは決して忘れるな。――ダンジョンに潜ってる時、いきなり魔物どもが消えたり、眼の前で溶け出した時は、何があってもすぐに地上に戻れ。絶対に振り向かず、死ぬ気で逃げるんだ』




「ヤバい――」




『ダンジョンはそれ自体がひとつの生き物で、中にいる魔物は俺たちの腸内にいる細菌と同じだ。なおかつ、ダンジョンは自分の体内に異変を感じた時、中にいる魔物の存在を全て溶かして飲み込み、己で己の身体を作り変えることがある。俺ら【潜入者ダイバー】にとって最悪なのは、潜入中にそのダンジョンの地殻変動に巻き込まれちまうことだ』 




「ヤバい、藤堂――!!」




 俺は溶け落ちたデッドリーボーンを見つめて呆然としている藤堂アイリに向かって怒鳴った。




『ダンジョンの地殻変動に取り込まれること――それを俺たち【潜入者ダイバー】はメルトダウンって呼んでる。だから絶対忘れるな。俺みたいな馬鹿野郎にはなるなよ。……あの時、俺はもっと早くその兆候に気がつくべきだったんだよ。冬子の母親で俺のカミさん、夏川すみれは――俺が殺したようなもんなんだ』




 俺の大声にぎょっと振り返った藤堂アイリに、俺は叫んだ。




「やべぇ、やべぇぞ! 今からこのダンジョンでメルトダウンが起こるぞ!」







気温が暑すぎてそんなに書き溜められなかったよ……。


ここが踏ん張りどころと弁えてなんとか毎日更新したいと思います。

皆さん頑張りますのでなんとか下の方の評価欄から

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