第35話消えた光

「め、メルトダウンですって――!?」




 藤堂アイリが素っ頓狂な声を発した。




「ああ、間違いねぇ、過去に親父殿が遭ったって言ってた。その直前に魔物が溶けたってな。おそらく、きっかけはさっきの赤爆石だ」




 俺はデッドリーボーンの一撃によって粉々になった赤爆石の欠片を睨みつけながら説明した。




「ダンジョンはそれ自体が巨大な生き物なんだ。中でなにか異変があれば、ダンジョンは自分で自分の構造を作り変えて、中に異物を取り込んでしまう。そうなったら最悪だ、こんな規模のダンジョンが更にデカくなって、なおかつそれに巻き込まれたら――」




 もう二度と、地上には戻れなくなるかもしれない――。


 その想像に、俺たちは蒼白の顔で見つめ合った。




「く……クソが! めっ、メルトダウンだと!? 冗談じゃねぇ――!!」




 そこで狂を発したような声で叫んだのは堂島だった。


 目をひん剥き、顔を爪で掻きむしりながら、よろよろと堂島は立ち上がった。




「クソが……! クソがクソがクソがぁっ! こっ、こんなところに死ぬまで閉じ込められてたまるかよ! 俺はこんな穴蔵と心中なんかしねぇぞ! 俺は一抜けだ!! 絶対に逃げて逃げて生き延びて……!」




 言うが早いか、堂島がふらふらとした足取りで部屋を出て行こうとした、その途端。


 ドン! と地面を突き上げるかのような衝撃が来て、俺たちは全員地面に転がった。




「うわっ……!?」




 途端に、ゴゴゴゴ……とダンジョンそのものが激しく震動し、堂島が転がったダンジョンの床に亀裂が入った。


 ぎょっと俺たちが目を見張ったのと同時に、足を取られて地面を転がった堂島がその亀裂からずり落ちそうになる。




「あッ――!?」




 悲鳴を上げて身体を捩り、なんとかその亀裂の縁に手がかかってぶら下がることが出来た堂島だったが――その時点で割れた地面は、俺たちの手の届かない、遥か下の方へと移動を始めていた。




 これが、これがメルトダウン――。


 その凄まじさ、ダンジョンという空間が秘める力に、俺は慄く他なかった。




「あ、ああ……! おっ、おい! 上米内! たっ、助けて! 助けてくれ!!」


 


 堂島が壮絶な恐怖に顔を引き攣らせながら俺に懇願したが――既に俺にはもう、どうしようもなかった。


 俺が下を見たまま無言で歯を食いしばると、亀裂にぶら下がったままの堂島が涙を流しながら絶叫した。




「あ、あう……! い、嫌だ! 俺は死にたくねぇ! こんな場所で死ねるか! たっ、助けて! 誰か助けてくれ! 俺はまだ16だぞ! やりたいことだって、したいことだってあるのに……! あ、あああああああああ……!!」

「もうダメですガンジュ君、逃げましょう! このままだと私たちまで巻き込まれますッ!!」




 藤堂アイリが絶叫し、俺の腕を強く引っ張った。


 俺はどういう気持ちでそうしたのか、二、三度振り返った後、亀裂を避けて地上へと走り出した。




「視聴者の皆さん、わかっていると思いますが緊急事態です! このダンジョンで事故が発生しました! 申し訳ありませんが、どなたか至急然るべき機関への通報をお願いいたします! 私たちもすぐ地上へ脱出します! 配信は切りませんのでこのままお待ち下さいッ!!」




:やべぇやべぇこれマジだよな?


:私通報してきます!


:迷宮統括省へ通報しろ! あと警察!!


:やべぇよ大事故じゃん


:お嬢様逃げて!!


:逃げろ!!


:逃げて逃げて逃げて逃げて




 猛然と、地上を目指して走りながら――俺は頭の中で計算していた。


 ここは三十階層で、ここに辿り着くまでにはときどきの戦闘や雑談を挟みながらも2時間程度を要した。


 いまから全力で走って逃げたところで、地上まで1時間はかかるに違いなかった。





「ガンジュ君、ガンジュ君なら《肉体強化》でもっと早く走れるでしょう!? 私は後から追いつきますから、ガンジュ君は先に逃げてください!」




 その藤堂アイリの絶叫に、俺はぎょっと藤堂アイリを見た。


 藤堂アイリの必死の表情は、どう考えても洒落や冗談、あるいは単なる遠慮でそんな事を言ったわけではない表情だった。


 ぎりっ、と歯を食いしばって俺は怒鳴った。




「馬鹿言うな! 俺だけ逃げられるわけねぇだろうが! それ、二度と言うんじゃねぇぞ、もういっぺんでも言ったら流石に俺も怒るからな!」




 今の藤堂アイリの声に倍する声で怒鳴りつけると、はっ、と息を呑んだ藤堂アイリが「す、すみません……」と呻いた。


 しゅんと顔をうつむけてすまなさそうな顔をした藤堂アイリに、俺も先程の大声を少し反省する気になり、藤堂アイリの頭に、俺は安心させるように手を置いた。




「え? が、ガンジュ君――?」

「いいか藤堂、絶対に、絶対に二人で生きて地上に出るんだ。少なくとも、お前は何があっても俺が守ってやるよ、わかったな?」




 そう言いながら、俺はかなり無理をして一発、微笑んでみせた。


 ここでニコッという感じで藤堂アイリが微笑み返してくれれば完璧だったのだけれど――藤堂アイリはちょっとムッとしたような顔で下を向いてしまった。




「え、藤堂――?」

「……ガンジュ君、最初に出会ったときもそう思いましたけど、そういうことはあんまり配信中にはポンポン言わない方がいいと思います。視聴者さんが勘違いとかしますから……」

「えっえっ? か、勘違いって何――?」




:アツアツだなコイツら


:この状況なのに惚気けてんなよ


:アイリとダンジョンイーツ、熱愛発覚!?


:何だ今の言葉ほぼプロポーズやんけ


:ダンジョンイーツって割とこういうこと言うよな


:ヒューヒュー


:ああああああああああああああブリブリブリビチチチィッ!!!!!!


:アイリ病患者だ射殺しろ


:射殺


:ダンジョンイーツ……ちょっとドキッとした


:俺が守ってやるって……


:ヒューカッケーッス(棒読み)

 



「あっ……! お、お前ら! 今のはそういう意味じゃねぇだろ! この状況だぞ! そういうこと言うだろうが! べっ、別にそんな意味で言ったわけじゃ……!」




 流れてくるコメントに俺が焦って反論した、その時。


 眼の前にズドンとばかりに岩盤が落ちてきて俺は悲鳴を上げ、身体に急制動をかけた。




「うおおおっ!? まっ、マズいぞ……! いよいよダンジョンが形を保てなくなってきやがったか!」




 俺がそう言うのとほぼ時を同じくして、ダンジョンの震動が更に激しくなった。


 頭上からは絶え間なく埃が降ってきて頭を汚し、俺たちが蹴る地面すら絶え間なく亀裂が入って、見る間に地形が変わっていく。




 これがメルトダウン――その名の通り、このダンジョンは溶け始めている。


 まるで芋虫が蛹から蝶になる時、内臓が一度溶けてドロドロになるかのように。


 この迷宮は俺たちという異物を無視して変態を始めているのだ。




「こりゃいよいよやべぇぞ、藤堂! 足元気をつけろ!」

「わかってます! ガンジュ君、あと少しで低層階に出られます! あともうひと踏ん張りです!」




 息が切れ、汗が目に入って痛いが、歩みを止める事はできない。


 ハァハァ、ゼェゼェ、という自分の呼吸音をうるさく感じながら走り続け、俺たちはようやく中層階を脱出する所まで来た。




 と――その時だった。


 ゴォン、という一際重い音が足元に発し、俺はぎょっと下を見た。


 ミシミシ……! という恐ろしい音と共に足元に一直線に亀裂が走るのが見え、俺がぎょっとした、その瞬間。


 ダンジョンの床が大きく裂け、地面が消えた俺の身体ががくんと下に下がった。




「うお――!?」




 俺は足元に急に口を開けた奈落を見た。


 しまった、ヤバい――!


 俺の血圧が急激に下がった、その時だった。




「ガンジュ君っ!!」




 悲鳴のような絶叫が聞こえ、俺の身体が強く強く、前に突き飛ばされた。


 藤堂アイリが、奈落に落ちそうになった俺を突き飛ばしたのだ。




「あっ――!?」




 突き飛ばされた地面にもんどり打って墜落し、背後を振り返った先で、まるでスローモーション映像のような光景が展開されていた。


 裂けた地面と地面の間、真っ黒な闇に塗り潰された空間に、俺に体当たりをした藤堂アイリの小柄が投げ出され――。


 ふわりと浮いた身体が、一瞬後には重力法則に従って落下を始めるのを、俺は確かに見てしまった。




「藤堂――!?」




 一瞬、俺は、その小柄に向かって手を伸ばしかけた。


 藤堂アイリも、俺に向かって手を伸ばした。




 だが――俺が伸ばした手は、あまりにも遅きに失した。




 俺と藤堂アイリの右手の指先が触れそうになったけれど。


 その指先は虚しく宙を掻き、俺の手を掴むことはなくて。


 藤堂アイリの身体が、一瞬の後には落下を始めた。




「藤堂!」




 驚愕の表情で俺を見つめたまま、藤堂アイリは闇に放り出された。




「藤堂!」




 そこで――スローモーションは唐突に終わった。


 ダンジョンとダンジョンの間に生じた断裂の、その常闇の中に、藤堂アイリが堕ちた。




:うわ


:あっ


:え!?


:嘘だろ!?


:アイリ!!!!!!!!!!!!!!!!!


:マジか


:うわあああああああああああ


:えっ




 嘘だろ、なんでだ。


 俺は頭が真っ白になり、伸ばしかけた右手が硬直した。


 何も考えられなくなり、呼吸の仕方さえも忘れて、気分が悪くなった。


 思わず地面に膝をつき、藤堂アイリを飲み込んだ虚無に向かって、俺は叫んだ。




「藤堂、藤堂ッ!」




 いくら俺が叫んでも、常闇は何も答えてはくれなかった。




 藤堂アイリが、奈落に堕ちた。


 俺を庇って。


 俺なんかを庇ったばっかりに。




 嘘だろ、返せよ。


 俺の――俺の光を返してくれ。




「おい、嘘だろ……!? 藤堂! 藤堂ッ! 返事しろ、返事してくれ! 藤堂! ――藤堂アイリっ!!」




 藤堂アイリを飲み込んだ虚無が、俺の絶叫すら飲み込んでいるのではないかと思わせた。




 光が、消えた。


 俺の前から。


 キラキラと俺の人生を照らしてくれていた光が。


 ――虚無に飲み込まれて、消えた。

 



「そんな……嘘だ……! 藤堂、藤堂―――――――――――――――――ッツ!!」


 


 俺の絶叫は、あまりにも虚しく迷宮の断裂に吸い込まれた。








いよいよ第一章もようやく佳境であります。


ここが踏ん張りどころと弁えてなんとか毎日更新したいと思います。

皆さん頑張りますのでなんとか下の方の評価欄から

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