第30話コラボ配信
徳丹城。それは古代律令国家時代の大和朝廷が、東北の蝦夷支配のために建設した城柵の名前。
現在はほぼすべての場所が学校の敷地や農地になっており、当時の繁栄ぶりを偲ばせるものは全く残っていないが、異様なのは公園として整備されている城柵跡地の、そのほぼ中心部に、巨大な青白い光の塊が渦を巻いていることである。
ワープゲート――異世界のダンジョンが混交している場所。
ここを潜り抜ければ、俺たちはゲートを介して、異世界に足を踏み入れることになる。
一千年の昔、この地にこの城柵を築いた古代人たちは、遙か未来においてこの城柵が異世界と繋がることなど予想しただろうか。
俺がワープゲートから吹き出る魔素を感じながらそんなことを考えていると、俺の配信デバイスとドローンをセットしてくれていた藤堂アイリが立ち上がった。
「……はい、これで設定は完了です。いつでも配信できますよ」
「おう、悪いな」
「使い方はわかりますよね? ドローンの方はほぼ操作不要です。配信デバイスの方は今回は画面を確認するだけ、ガンジュ君の主観カメラ機能は使いません」
「ほうほう」
あらかた配信デバイスの操作方法を教わった俺は、改めて徳丹城ダンジョンのワープゲートを見た。
「……俺が見たところ、これでCクラスってのは怪しいぞ。少なくともBクラス、いやもっと高難易度である可能性も有り得る」
「えぇ。私も実際に前にしたらそう思いました。魔素の量が普通じゃない」
藤堂アイリは澄まし顔の中にもどこか懸念を孕んだような表情でいる。
「これはかなりの大型ダンジョンである可能性も低くなさそうですね……30階層までが中層階、というのは見掛け倒しで、もっとありそう……」
「悪いけど藤堂、あくまで優先すべきは俺たちの安全だからな? 無茶して遮二無二30階層まで潜るのはやめろよ?」
「わかってます。ダンジョン内では決して己を過信せず、臆病であり続けること……それは【
「そうだな。あともうひとつ、言っておきたいことがある」
「はい」
「……なんで俺は配達でもないのにデリバリーボックスを背負ってなきゃいけないんだ?」
そう、これから配信に臨む俺の格好は、なんとか聖鳳学園からの支給品であるダイバースーツだけは着ているものの、その上にいつも配達時に来ているウインドブレイカー、短パン、そして『D Eats』のロゴが入ったキャップ、そして俺たちの昼食であるカレーが入ったデリバリーボックスという出で立ちであった。全て藤堂アイリからの指定である。
「何を仰るんですか。それこそがガンジュ君にとってダンジョン潜入時の正装でしょう? それなくなったら視聴者のみなさんががっかりしますよ」
「だ、だからってデリバリーボックスにわざわざカレー入れておくことはねぇだろ……こんなもんおにぎりでも持っておけば……」
「わかってませんねガンジュ君。ダンジョン配信において、食事、ないし料理というのは鉄板ジャンルなんです」
藤堂アイリは冴えた声を発し、人差し指を立てた。
「食べたい、というのは人間の三大欲求のひとつですからね。それに何より画面が映えます。中にはダンジョン内でわざわざ料理をしている様を配信して人気を得ている【
「ほーん、そんなもんか。じゃあ俺たちは人間の三大欲求の中で既に二つはクリアしてるから心強い、ってことか」
「え、二つ?」
「あ……いや、なんでもない」
俺はそう言って、無意識にガン見していた藤堂アイリのある部分からスイと視線を逸らした。
これからダンジョン内で激しく戦闘する様を配信すれば、そりゃさぞかし激しく大暴れするのだろう。
藤堂アイリのその部位を視聴目的にしている男性視聴者が多いのであろうことは先日の実技訓練の時に予想がついていたことだった。
「まぁいいです。とにかく、そのデリバリーボックスは看板や広告と一緒、ガンジュ君は今後本格的に事業を拡大してゆくD Eatsの宣伝アンバサダーそのものです。しっかりと宣伝をお願いしますね」
「ああもう、わかったよ。一応10億円で買われた身だ。業務命令は守るよ」
俺が頷くと、よろしい、と満足そうに頷いた藤堂アイリがワープゲートの方を振り返った。
「……よし、それじゃあいよいよ、行ってみますか! 徳丹城ダンジョンへ!」
「おう、行くか」
俺と藤堂アイリは、青白い光が渦巻くその只中へと歩いてゆき、その青白い光の中に全身を投じた。
◆
ワープゲートを抜けた後。
薄暗い徳丹城ダンジョンの入り口で、遂に配信が始まった。
「……はい、それじゃあやっていきます。皆さん見えてますか~?」
:うおおおおおおお始まった
: 待 っ て た
:仕事休んで見てるぜ!!
:うおおおおおおおおおお
:通知から
:キタアアアアアアアアアアア
:ダンジョンイーツがいる!!
:ダンジョンイーツだ!!
:ダンジョンイーツ! ダンジョンイーツ!!
「……ほらガンジュ君も、みなさんガンジュ君をお待ちかねですよ」
「あ、ああ、休日の昼間っからわざわざ俺みたいな人間の配信を観てくれてありがとうな。よっぽど暇なようで羨ましいぞ」
:出たよwwwwwwww
:皮肉wwwwwwwww
:先制パンチ強すぎだろ
:暇じゃねぇよ! 有給取って観てんだよ!
: 期 待
:相変わらずだなwwwww
:すげぇドキドキしてきた
「……お、おい藤堂、もうこれ同接1万超えてんだけど、これって普通か?」
「普通じゃないですよ。まだ配信開始して数秒しか経ってないし。皆さんそれだけダンジョンイーツの再登場を待ってたんですよ」
だ、だからって、それが一万人も……? 俺は物凄く困惑した。
何度も言うことだが、俺は【
いくらこれがインフルエンサーである藤堂アイリのチャンネルとはいえ、一万人以上が瞬時にやってきて俺の配信を観てくれるというのは……とにもかくにも、ありがたいことなのだということだけはわかる。
「お、おう、そうか。悪いなお前ら、暇人だなんて言って。……じゃあ今日は、一応、ほら、藤堂アイリと、その、アレだよ、コラボっていうの? そういうのでほら、ダンジョン配信をやってこうと思うから……うん。喜べ」
:滅茶苦茶緊張してんじゃねぇかwwwwwwwww
:可愛いwwwwwww
:可愛い
:かわいい
:ダンジョンイーツカワユスwwwwwwww
:どもりまくりで草wwwwww
:顔赤いぞ!!
「だあああ! うるせーよ!! こっちは配信なんてやったことねぇんだよ! とにかく俺は観られてりゃいいんだろ!? 藤堂、トークはお前頼む!」
「はいはい。……すみませんね皆様、ガンジュ君はこういう男の子なんですよ。みなさんもあんまりコメントでイジらないであげてくださいね」
:はーい
:りょ
:了解
:いや無理だよwwwwwイジるよこんなんwwwwwwww
:思ったよりダンジョンイーツ可愛いな
:了解です! でもたまにはイジると思います!
藤堂アイリの呼びかけに、コメント欄が素早く反応した。
これを考えると、藤堂アイリと、それを観る視聴者の間には、思ったよりも確かな信頼関係があるようだ。
【
「さて、前置きはいいとして、皆さん。ここは岩手県中央部にある、最近口を開けたダンジョンです。まだ政府記録に登録されていないダンジョンですが、私たちの感覚では難易度はC級以上……という感じですかね。いずれにせよ、新しく発見されたダンジョンなので何もかも手探りです」
:C級とは思い切ったな
:C級て
:普通配信なんてDランクダンジョンでも珍しいのに
:C級以上のダンジョンで配信するのか
:まぁダンジョンイーツいるから当然ですかね
:ダンジョンイーツの無双乱舞に期待
「今回の探索はその情報も加味しまして、30階層にいるフロアボスを撃破し、深層階の入り口を開放するところまで配信したいと思います。それまでだいたい4~5時間ぐらいですかね? それまでよろしくお付き合い願います」
藤堂アイリは流石熟練の【
「さぁガンジュ君、援護は任せて! 先行きをお願いします!」
「え……俺が先行?」
「え? 当然でしょう? ガンジュ君は近接戦闘タイプなんですから。飛び道具とか魔導師系の人は後衛で前衛を援護するのがパーティ戦闘の基本のキ、イロハのイじゃないですか」
「ええっそうなの? 知らなかった……ゴメン、俺、パーティとか複数でダンジョン潜るの初めてだからさ……」
:gdgdwwwwwww
:なんかダンジョンイーツ可愛いな
:可愛いなダンジョンイーツwwwwwww
:今までぼっちかよwwwwww
:ぼっちならしょうがないwwwwwwwww
:ぼっち・ざ・イーツ
:ダンジョンぼっち
ぼっち。そんな酷い言葉、面と向かってあまり言われたことがないが、できれば面と向かって言われないまま生きていたかった一言に、俺はびっくりするぐらい傷ついた。
うっ、と唸って胸に手を当てた俺を、藤堂アイリが不思議そうに見た。
「ガンジュ君?」
「……いや、なんでもない。コメントって結構辛辣なのもあるんだな。慣れてかないと……」
後半はほぼ消えかけの声でそう言い、俺は気を取り直した。
「まぁいいや、じゃあ攻略始めていくか、ダンジョン」
「え? は、はい。じゃあ、ダンジョン攻略始めていきます」
気後れしたような藤堂アイリの声とともに、俺たちはダンジョンに一歩踏み出した。
◆
すみません、明日更新できないかもです。
頑張ってみますが、毎日更新はそろそろキツくなってきた……。
よろしくお付き合いください。
【VS】
この作品も面白いよ!!
『魔剣士学園のサムライソード ~史上最強の剣聖、転生して魔剣士たちの学園で無双する~』
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