第18話有名人
それから一時間とちょっと。
車が停まり、俺は車の窓から白亜に輝く校舎を見上げ、ほう、とため息を吐いた。
これが、聖鳳学園――。
教育機関というより、あまるでオリンピックスタジアムだ。
それほど現実感のない巨大さと、広大さを誇る施設は、今までの人生ではちょっとお目にかかったことがなかった。
「どうです、気に入ってくれましたか?」
「……まだ見上げただけだ。気にいるかどうかは、中で這い回ってる連中による」
「全くもう、本校の生徒をダンゴムシ扱いしないでくださいよ」
たしなめる言葉とは裏腹に、藤堂アイリの声は嬉しそうだ。
俺の表情と声色から、俺の第一印象が決して悪くなかったことを察知したらしい。
しばらく見惚れるかのようにその白亜の校舎を見上げた後、俺たちは車から降りた。
「まずは理事長に挨拶してもらいます。まずは理事長室へどうぞ」
藤堂アイリに連れられて、俺は校舎内に入った。
凄い、俺が今までいた底辺校とは雰囲気が違う。
とかくあの学校には隙間なくたるんだ空気がすし詰めになっていたけれど、ここにはそんな淀んだ空気など少しもない。
学校の空気そのものがひんやりとしていて、なにかこう、ビシッと一本筋が入っているかのような、引き締まった雰囲気があった。
覚醒者ばかりを集めた学校、将来ダンジョンという厳しい環境を中心に生きていく人々の集まりというものはかくも雰囲気を変えるものか、と俺が感心していると、俺たちとすれ違った男子生徒が、俺の顔を見てあっと声を上げた。
「あ――!」
「え?」
「きっ、君! アレだろ、ダンジョンイーツだろ!? 配信見てたぞ!!」
へっ!? と、今度は俺が驚いてしまうと、男子生徒は途端に顔をパッと輝かせ、右手を差し出してきた。
その右手と男子生徒の顔に視線を往復させると、男子生徒が口を開いた。
「握手だよ、握手! 俺と握手してくれ!」
「えっ――? な、なんで?」
「なんで、って――君、レベル5の覚醒者なんだろ!? そんな人と握手できるなんて凄いことじゃないか! ダメか!?」
「え? あ、ああ、別にいいけど……」
俺がびっくりしたまま右手を差し出すと、男子生徒は両手で俺の手を掴んで笑顔を浮かべた。
「ダンジョンイーツ、もしかしてこの学校の生徒になるのか!?」
「うん? あ、ああ、一応その予定だけど……」
「おおっ、マジかよ! いつか一緒にダンジョンに潜ろうぜ!! あのアレ、肉体強化魔法の使い方! もしよかったら教えてくれるか!?」
「べ、別にいいけど……」
「よっしゃ! これでまた強くなれるぞ! いいかダンジョンイーツ、絶対だぞ!」
「おっ、おう……」
なんだかよくわからない会話の末に、男子生徒はルンルンという感じで歩いていってしまった。
なんなんだ、一体……? と思っていると、背後に女子の話し声が聞こえ、俺は振り返った。
振り返った先に、如何にも引っ込み思案でござい、というような雰囲気の女子生徒が二人いて、その手には大学ノートが握られていた。
うん? と俺が眉間に皺を寄せると、そのうちの一人が「あ、あのっ!」と意を決したように口を開いた。
「あの、ダンジョンイーツさん、ですよね?」
「そ、そうだけど……」
「はっ、配信、私たちも見てました! 凄く強くて、カッコよかったです! ……あの、もしよかったら、サインいただけますか!?」
サインだと!? 俺は仰天してうろたえた。
「えっ!? さ、サイン……!? なんで俺なんかの!?」
「俺なんかの、って……ダンジョンイーツさんのサインだったら、この学校の生徒は絶対喜ぶと思うんですけど……」
「えっ、ええっ!? そんなバカな! 俺、ただの学生だぞ!?」
「ただの学生なんかじゃありません! ダンジョンイーツさんはドラゴンだって拳ひとつで倒しちゃう凄い人です!!」
とんでもない卑下の仕方をするな、というように叱られて、俺の方が却って絶句してしまった。
ほら! というように大学ノートを突きつけられた俺は、慌てて開かれたページを見た。
サインなんて求められた機会がクロネコヤマト以外にない俺は、とりあえず、下手くそな字で自分の名前を漢字で書き、その日の日付を入れた。
そのサインを見た女子生徒二人は恥ずかしそうにはにかみ、ありがとうございます、と小さな声で言うなり、トコトコと駆けていってしまった。
俺は少し不気味なものを感じ、ちゃんと立ち止まって待ってくれていた藤堂アイリに話しかけた。
「な、なぁ藤堂――この学校の生徒、ちょっとアレなんじゃねぇのか? 俺、大丈夫かな……」
「何を言ってるんですか、ドラゴン相手にステゴロ一本で勝っておいて。この学校ではあなたは滅茶苦茶な有名人ですよ」
今更気づいたのか、というように藤堂アイリは笑った。
「どんな界隈にも有名人はいます。ダンジョン界隈ではそれがあなたです。濃度が高まって最初は驚くかも知れませんけど、今日からそれがあなたの日常ですよ」
ええ……!? と、俺は驚くよりも呆れてしまった。
まさか、俺本人の知らないところで、俺はそこまで有名人になっていたというのか。
というか、今後はまさかこれがずっと続くのか。
驚いている俺の顔を楽しそうに見上げて、藤堂アイリは「さぁ、理事長室へ向かいましょう」と涼しげな声で言う。
俺がその後を追って歩き出しても、すれ違う生徒たちが俺の顔を見て、次々と驚いたり、喜んだりする。
俺の人生、マジでこれからどうなってしまうんだろう――。
俺は一抹の不安を感じながら聖鳳学園の廊下を歩いた。
◆
やがて、校舎の奥、重厚な扉の前に来た。
ここが理事長室、であるらしい。
「一応、言っておきますが」
藤堂アイリは俺の目を見つめ、言い聞かせた。
「理事長はこんにちの【
「……お前は人をよく噛みつく野良犬かなんかだと思ってないか? いくら俺だって初対面の人間相手にそんな失礼働いたりしねぇよ」
「それでも、です。特に理事長はあなたに期待していますから。それを失望させるようなことだけはよしてくださいね?」
「わかってるよ……もう、お前は俺のお母さんかよ」
俺が緊張して待っていると、藤堂アイリはドアをノックし、中にいる人物に語りかけた。
「理事長、例の彼をお連れしました」
「おお、入ってくれ」
簡潔な声に促され、俺は部屋の中に入った。
入った途端――ピリッ、と、肌に焼け付くような何かを感じ、俺は身が引き締まる思いがした。
この中にいる人物は、只者ではない――。
この理事長室という部屋に満ち満ちている空気がその部屋の主のものであるなら、そういうことになるだろう。
ますます緊張しながら部屋の中に入った俺は、出迎えてくれたスーツ姿の老人を見た瞬間、少し驚いた。
あれ、この人、どこかで見たことがある――?
俺はその老紳士の顔をまじまじと見つめた。
真っ白な白髪に口ひげ、そして何よりも、顔中に斜めに走った、まるで怪獣の爪に引っかかれたかのような傷。
放っているオーラは只者のそれではないが、反面、目は穏やかで、この人が酸いも甘いも噛み分けた人間であることはひと目で知れた。
「
藤堂アイリに促されて、俺は老紳士に向かって一礼した。
「は、はじめまし、て? 上米内願寿、と言います。今日からお世話になります」
一礼して顔を上げた俺に、汀という珍しい苗字の理事長は、なんだか驚いたような表情で俺を見つめていた。
そして「君は――?」と、何かを思い出す声とともに眉間に皺を寄せた。
「上米内、という珍しい苗字でまさかとは思っていたが――。君、まさか、夏川の――?」
夏川。それは俺を拾ってくれた親父殿の名字だ。
はっ、と息を呑み、俺は老紳士に問うた。
「やっぱり、俺の方にも見覚えがあります。理事長さんは親父殿を――夏川健次郎を知ってるんですね?」
やはり、俺はこの人と顔を合わせたことがある。
どこでだったか。当時はこれほど老いてはいなかったと思うが、この顔に走った傷に見覚えがある。
俺の問いかけに、老紳士は全てを納得した表情で頷いた。
「ああ、もしかしたら君以上に、な。それに私は君とも会ったことがある。二年前、夏川の――君の親父殿の葬儀の席で、だったのではなかったかな?」
そう言われて、俺はようやく、その老紳士のことを思い出した。
そうだ、この人は親父殿とは旧知の仲。
かつて「ダンジョン探索技術の父」と呼ばれた、伝説的なダンジョン潜入者の一人――夏川健次郎が所属していた政府所属のパーティ、【イザナギ】のメンバーだった男、
◆
現代ファンタジー日間ランキング1位、感謝!!
このまま総合週間でも1位取りたいのでガンガン★入れてください。
もう直球でお願いします。
ここまで来たらイッパツ1位取りたいです。
あと、書籍化打診お待ちしております。
よろしくお願いいたします。
【VS】
この作品も面白いよ!!
『転生・櫻井◯宏 ~最後に裏切って殺される乙女ゲームのCV:櫻井◯宏キャラに転生した俺、生き残るためにこの魔性の声を武器に攻略キャラ(男)とフラグ立てまくります~』
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