第19話ダンジョン探索の父
「えっ、ええっ!? な、夏川健次郎――!?」
そこで素っ頓狂な声を上げたのは、俺ではなく藤堂アイリだった。
藤堂アイリは怪物に出会ったように俺を見た。
「が、ガンジュ君の親父殿って、まさか、あ、あの夏川健次郎なんですか!?」
「え――お前は知らなかったのか?」
「な、夏川……! 『ダンジョン探索技術の父』が、ガンジュ君の父親――!?」
「なんだよ、俺と俺のバイト先のこと調べたんじゃないのかよ」
「そっ、それは……! 確かに名字は同じだと思いましたけど……! まさか本人だとは……!」
「そうか、君はあの夏川の薫陶を受けたのか……君のあの強さは、それ故か」
慌てている藤堂アイリとは反対に、老紳士――汀理事長は落ち着き払い、何かを納得した表情で頷いた。
「全く……あんなタイミングで表舞台から去るにはつくづく惜しい男だった。せめてあと五年、夏川が迷宮統括省にいたならば、今日のダンジョン界隈はもっともっと発展を見せていただろうにな……」
汀理事長は懐かしそうに、そして至極残念そうに言う。
そう、俺から見たらあの無頼と無精の塊でしかなかった親父殿は、ああ見えても元はれっきとした国家公務員だったのである。
当時、日本全域に出現したダンジョンが調査され、その中に異世界産の豊富な資源が埋蔵されていることがわかったために設立された組織――迷宮統括省の所属だった親父殿は、その統括省初、そして専属の【
そんなことを思い返していると、汀理事長が俺を見た。
「統括省を去った夏川はあの後、なにか事業を始めたと聞いていたが――君はその内容を知っているかね?」
「は、はい。親父殿――夏川健次郎は、ダンジョン専門のフードデリバリーサービスの事業を立ち上げました。ダンジョンイーツ、という事業です。それは今は俺が継いでいます」
「ダンジョンイーツ?」
その事業内容に失笑してもよかっただろうに、それを聞いた汀理事長は少し意外そうな表情をした後、何かを悟ったように、大きな大きなため息を吐いた。
「そうか、アレはそんな事業を立ち上げていたのか。ということは、やはりあのレイドが引退のきっかけということか――」
汀理事長は悼ましいという口調で視線を伏せた。
そう、
それは政府専任の【
それについては俺も一度だけ、親父殿に聞かされた事がある。
それまで積み上げてきたキャリアの一切に背を向けた親父殿が、ダンジョン専門のフードデリバリーサービスなどという、一聞してトチ狂っているとしか思えない事業を始めるに至ったきっかけ。
それには親父殿が過去に経験した、ある事件が関連しているのだと。
そして、親父殿はその事件の際、冬子さんの母親――自分の妻であった人を亡くしているのだと。
しばらく何かを考えていた汀理事長が俺を見た。
「まぁ、過去のことはもういい。とにかく、君がこの学園の生徒になってくれるというのは非常に心強い。何しろ、あの夏川の技を一番近くで見ていた人間なのだろうからな」
そこで老紳士は、始めて微笑んだ。
「わかっていると思うが、今やダンジョンは沈みゆく日本の生命線だ。ダンジョン探索の技術の進歩、そしてそれに関わる人材の育成には、比喩でなく日本の未来がかかっている。今日からは君もここで日本の未来を担う人間の一員となる」
汀理事長の言葉には、圧倒的な経験故の重さがあった。
今まで出会ってきたどの大人の言葉よりも、真摯で、そして真剣な言葉に、思わず俺の方も身が引き締まる思いがした。
「ここはダンジョンのことを学ぶのならば、おそらく世界一の教育機関だ。何でも自由に、そしてしっかりと学びなさい。ダンジョンは決して生半な技術や知識のままに足を踏み入れてはならない場所だ。それはわかっているね?」
俺が大きく頷くと、汀理事長は傷だらけの顔でにっこりと微笑んだ。
「ならば学ぶことだ。真剣に、そして謙虚に。それが約束できると言うなら、君も君の親父殿に劣らぬ【
汀理事長はそこで俺に向かって握手を求めてきた。
大人にこんな厚遇を受けたことのない俺は戸惑ったが、ズボンで掌を拭き、両手でその手を握った。
その手を握った途端――この人はやはり只者ではない、と俺は思った。
流石はかつて共に親父殿と闘った男。まるで地の底までに根を張る大樹のような重心の低さ、そして掌の頑強さに、俺は舌を巻いた。
「さて、堅苦しい挨拶はもういい。――藤堂君、彼をよろしく頼むぞ」
はい、と、藤堂アイリが頷き、俺たちは理事長室を後にした。
一度だけ、俺は廊下から理事長室を振り返った。
あの人も、きっと表舞台から姿を消そうとした親父殿を止めたんだろうな――。
俺はそんな納得とともに、藤堂アイリの後を追って歩き始めた。
◆
「それじゃあ転校生を紹介するぞ! みんな彼の正体はすでに知っていると思うが、今をときめく大スターだ! ……ほら上米内、挨拶!」
先生、先生、自己紹介もまだなのに期待値上げないでください。
俺は恨めしく隣の若い女性教師を見つめた。
この小山という女性教師、今日から俺の担任になる人らしいが、パッと見にはどこかの歓楽街で多数の男に囲まれている夜の蝶ような妖しげな雰囲気がある美人で、服装も露出が多く、羽織った白衣がなければとても教師には見えない。
いくら自由な雰囲気の学校とは言え、思春期の男子生徒に対してこれはどうだろう……と思いながら、俺はクラスメイトとなる生徒たちに頭を下げた。
「……上米内ガンジュです。どうぞよろしく」
何度も言うことだが、俺は基本的に世辞や社交辞令というものが苦手だ。
ただただぶっきらぼうに挨拶して頭を下げただけなのに、クラスの反応が物凄く好意的なのがわかってしまって、俺はどぎまぎした。
「知っての通り、彼は数日前の配信で世界的な大バズリを記録した超期待の有望株だ! 将来【
「えっ、えぇ……」
俺は「はい」とも、ただの困惑とも取れる「えぇ……」の発音をした。
と――そこで、一人の生徒が手を挙げた。
「ダンジョンイーツ……おっと、上米内君は【
その質問に、俺は少し困ってしまった。
そう、わざわざダンジョン内で配達などしなくても、地上に這い出る危険のある魔物を専門に狩る政府系の【
だけど――俺は敢えてダンジョン内でのフートデリバリーにこだわっていた。それが親父殿の遺した夢だったし、俺の代でそれを潰したくないという思いも確かにあった。
俺が困ってしまったのを見て、小山先生が俺の両肩に手を置いた。
「まぁ、質問は後にしてくれ。これから上米内と交流する時間は、お前たちにはたっぷりある。まずは授業だ。これから何者になるにしても、今のお前たちの本分は学生なんだ、わかってるな?」
はーい、と気の抜けた返事がクラスから複数返ってきたのを見ると、このクラスメイトたちは基本的に善人であるらしい。
よかった、前の学校とは大違いだ……と嘆息したところで、もう一度小山先生が俺の肩を叩いた。
「さぁ上米内、自分の席に着け。……藤堂、上米内はまだこのクラスに慣れていない。ここに連れてきた張本人であるお前がキッチリとサポートしてくれよ」
はい、と、藤堂アイリの涼しい返答が返ってきた。
俺が窓際に用意された自分の席に着席して嘆息すると、つんつん、と横から服の袖を突かれた。
横に座っている藤堂アイリを見ると、藤堂アイリは小首を傾げながら微笑んだ。
「今日からお隣さん、ですね。よろしく、ガンジュ君」
前々から思っていたことだが、どうにもこの女、人タラシのケがないだろうか。
ただ微笑みかけるだけで人にいっぺんに好感を持たせてしまうこの雰囲気は、流石はトップクラスのダンジョン配信者と言えた。
おっ、おう、とその笑顔に気後れして答えながら、俺は少し不安になる自分を発見していた。
笑顔ひとつで人を魅了するこの人のような人気配信者に、本当に自分はなれるのだろうか。
今までまともに他人に微笑みかけたことなどない俺が、本当に配信などというだいそれたことが、出来るようになるのだろうか……。
「はーい、じゃあ、期待の超新星君と一緒に授業を始めてくぞー。気合い入れろよ、お前ら」
そんな俺の不安は、小山先生のそんな大声で掻き消された。
まぁ、今は不安に思っても仕方ねぇよな……。
俺は心の中にそう吐き捨てた。
◆
現代ファンタジー日間ランキング1位、感謝!!
このまま総合週間でも1位取りたいのでガンガン★入れてください。
もう直球でお願いします。
ここまで来たらイッパツ1位取りたいです。
あと、書籍化打診お待ちしております。
よろしくお願いいたします。
【VS】
この作品も面白いよ!!
『転生・櫻井◯宏 ~最後に裏切って殺される乙女ゲームのCV:櫻井◯宏キャラに転生した俺、生き残るためにこの魔性の声を武器に攻略キャラ(男)とフラグ立てまくります~』
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