第20話学友

「よーし、じゃあ午前中の授業はここまでだ。午後も気合い入れろよ~」




 小山先生の声と同時にチャイムが鳴り、昼休みがやってきた。


 俺が机の上の教科書を片付けていると、藤堂アイリが話しかけてきた。




「ガンジュ君、ガンジュ君はお昼は学食ですか?」

「うーん、それなんだけどなぁ……」




 俺は密かに悩んでいたことを打ち明けようかと思った。


 この学校にはワンコインで利用できる学食があるとは事前に聞いていたのだが、生憎、今の俺には知り合いらしい知り合いが藤堂アイリしかいない。

 

 学食には一人用の席もあるのだろうが、来て早々にぼっち飯というのも結構これが寂しい。


 仕方なく俺は購買でパンか何かを買って済ませることを想定していたのだけれど……と考えたところで、藤堂アイリの方が先回りしてきた。




「ガンジュ君さえもしよかったら、私と学食をご一緒しませんか?」




 え……と、俺は藤堂アイリを見た。




「……誘ってくれるのはありがたいけど、いいのか?」

「いいのか、って、どういう意味で?」

「そりゃ……お前って結構人気者なんだろ? 俺なんかと飯喰っていいのか?」

「なぁにを言うんですか、ガンジュ君らしくもない」




 藤堂アイリは呆れたように笑った。




「ただちょっとご飯を一緒したぐらいでつまらない噂を流すような生徒はこの学校にはいませんよ。それに、ご飯ならもう二回ぐらい一緒したじゃないですか」

「で、でもよ……」

「それに、ガンジュ君に関しては、一応この学校でも記者会見の場を設けないと収まりがつかなさそうですからね……」




 はぁ? と俺が気の抜けた声で首を傾げた、それと同時だった。




「ダンジョンイーツ! 一緒に昼飯食おうぜ!」




 そんな野太い声をかけられて、俺は振り返った。


 まだ名前も知らない大柄な生徒がこぼれんばかりの笑顔を浮かべてそんな事を言うので、俺は少し戸惑った。




「え――? い、一緒に、って……?」

「なんだよその顔。あんな強いんだもの、色々と話も聞いてみたいじゃないか! その強さの秘訣とか!」




 俺が驚いていると、生徒たちが次々と俺の机の周りに集まってきた。




「ダンジョンイーツ! 学食でメシ食うなら俺も一緒していいか?」

「私も私も! いいでしょダンジョンイーツ君!?」

「なぁダンジョンイーツ、俺が奢るから色々と質問させてくれよ!」

「ダンジョンイーツ、あの肉体強化魔法ってどうやって鍛えたんだ!?」




 ――続々と、まだ名前も覚えていないクラスメイトたちに取り囲まれ、俺はこの学園に来て何度目なのか、またまた驚いてしまった。


 集まってきたクラスメイトの目はみんなキラキラと輝いていて、俺に興味津々、という感じである。


 何度も言うことだが、俺は口が上手い方ではないし、ぶっきらぼうだし、基本的な社交辞令などというものも弁えていない。


 なにより、希望とか努力とか将来とか未来とか若さとか、そういうものによってキラキラ輝いている目が――俺は大の苦手なのである。


 あ、あう……などと、二、三度喘いだ末に、俺は結局、情けなく藤堂アイリに助けを求めた。




「い、いや……あの、な? その……なぁ、藤堂さん?」

「いやはや、スターというものは辛いですねぇ。皆さん、ガンジュ君にお話聞きたいですよね?」




 藤堂アイリの言葉に、複数の生徒がうんうんと首肯した。


 恨めしい俺の視線を柳に風と受け流して、藤堂アイリは立ち上がった。




「さぁ、新たな学友と楽しいおしゃべりをしながらの、楽しい昼食と行きましょうか、ガンジュ君」







 聖鳳学園の学食というものは――広かった。


 これが教育機関の食堂であろうか、と首を傾げたくなるぐらいの規模の学食は清潔感と活気に満ち溢れており、多少気分を良くした俺は奮発してカツカレーを頼んだ。


 俺は俺に興味津々の十数人の生徒に囲まれながら、藤堂アイリの対面に着席し、スプーンでカツカレーをかき混ぜて食べ始める様を、大机にずらりと居並んだクラスメイトたちは何がそんなに面白いのか、じっとりと見つめていた。




「ああっ、美味しい……! ガンジュ君のお陰ですっかりとラーメンにハマってしまいました! 美味しい、心から美味しい……!」




 藤堂アイリは本当に、心から美味しいと言うような声を発しながら、大盛りのチャーシュー麺を啜っていた。


 いや、チャーシュー麺だけではない。傍らには一人前サイズのチャーハンと餃子皿までもが並べられており、パッと見藤堂アイリの細い身体にはどう工夫しても入らなさそうな量に見える。


 いつぞや「食べた栄養は全て胸に行く」と本人は嘯いていたが、あの胸はいつもいつもこんな尋常ならざるカロリーで養われているのだなぁ……と少し感動しているところで、俺を取り囲んだ生徒たちの中でもかなりがっしりとした体躯の男子生徒が口を開いた。




「ところでさぁダンジョンイーツよ……」

「ちょ、流石に学校でその名前はやめてくれないか。あんまり連呼されると落ち着かないんだよ……」




 俺が嗜めると、ああ、と男子生徒は苦笑した。




「これは悪かった。上米内、でよかったよな? 上米内って本当に料理配達のためにダンジョンに潜ってるのか? 採取とかはしないのか?」




 その質問に、俺は首を振った。




「基本的には全部無視だなぁ。たまに有力な魔石鉱床とか見つけることもあるけど、基本的に次の配達を優先してる。魔物を倒しても基本打ち捨てだな」

「うわ、もったいない……魔物を倒しても魔石も拾わないのか? なんで拾わないんだ?」

「うーん、なんていうか、あんまり興味が湧かねぇんだよな」




 俺は基本的に、魔物を倒したらそのまんま、魔物の死体から素材を採集したりはしない。


 プロの【討伐者ハンター】なんてそれで生活が成り立ってしまうものだが、勿体ないとは思いつつ、俺は基本的には魔物から分捕りはしないことにしていた。


 俺が答えると、次は大柄な男子生徒の隣に座った女子生徒が口を開いた。




「配信で見たけど、上米内君はダンジョンに武器は持ち込まないの?」

「え? ――あ、ああ、持ち歩かないな」

「なんで? 絶対あった方がいいでしょ? 素手でのダンジョン探索なんて聞いたことないんだけど」

「これは俺を育ててくれた親父殿からの教訓なんだよ」




 俺はカツの切れ端を口に運び、咀嚼しながらモゴモゴと答えた。




「いざとなったらダンジョン内で頼れるのは己の身体だけだ、ってな。だから持ち歩かねぇ。それに、デリバリーボックスを背負ったまんまで、例えば剣とか槍とかを振り回すのはなかなか大変なんだよ」

「だからってそうアッサリとステゴロ一本に絞れるもんなの?」

「別に素手一本に絞ってるわけじゃない。親父殿からの教えを守ってたら必然的にそうなったんだよ」

「どういうこと?」




 俺は多少得意げになって説明した。




「じゃあ逆に、そちらさんはダンジョン内でどう考えても敵わない敵に遭ったらどうする?」

「え? そりゃ逃げるでしょ」

「そうだ、逃げるんだ。戦うこと、採取すること、警戒すること――パーティを組んでたら、それらは誰かに代わってもらえる。けれど、逃げるのだけはたとえ仲間が何人いても誰も代わっちゃくれない」




 そう、それは親父殿が口を酸っぱくして俺に教えた教訓。


 鍛えるべきは戦闘の腕でも、探索者の目でもない。


 いざとなったら一目散に死から遠ざかるための逃げ足の速さなのだと。




「だから【潜入者】をやるなら、一番最初に、そして一番必死に鍛えるべきは逃げ足なんだよ。逃げて逃げて生き延びればいくらでも再挑戦はできるけど、死んだらそれっきりだ」




 そう、逃げる。動物なら誰でもそうする、最も手軽な自己防衛手段。


 人間はとかく「逃げない」ことを美徳とするが、そんなものは人間同士でゴチャゴチャやってる狭い世界に限られる。


 人間という生物が狩られる側の餌でしかないダンジョンにおいては、逃げないで立ち向かう、という美徳など何の役にも立たないのである。




「だから俺は俺の親父殿に肉体強化魔法を使って死ぬほど逃げ足を鍛えさせられた。それこそ何年もな。その逃げ足は配達にも役に立つ。冷めないうちに料理を届けることにも都合がいい。だから俺は肉体強化魔法を死ぬほど磨き抜いたんだ。あくまでステゴロはその余禄……って言ったらいいのかね」




 俺の説明に目を点にした女子生徒は、一瞬後には物凄く輝いた顔になった。




「なにソレ面白ッ……! 聞いたことない理論すぎてウケる!! それじゃあ何!? 逃げ足を鍛えまくってたらドラゴンも素手で倒せるようになったってこと!?」

「え? あ、ああ、そうなるかな……」

「スゲェスゲェ意味わかんない! あのステゴロはあくまでオマケってことかよ! どんなオマケなんだよ! ガンジュ君はやっぱりダンジョンイーツだな! スゲェ! 意味わかんなすぎてスゲェよ!!」




 バンバン! と、興奮した女子生徒は両手で机を叩きながら、何故なのか猛烈に喜んでいる。


 あはは……とその熱量に圧倒されていると、斜向かいに座っていた眼鏡面の男子生徒が口を開いた。




「でも、上米内ってあのデリバリーボックスを背負ったままで戦ってるんだよな? 中身はどうして漏れないんだ?」

「ああ、そうならないように常に重力魔法で重力操作してるからな」

「は――?」




 その瞬間、眼鏡の男子生徒が怪訝な表情を浮かべ、俺は口に持っていきかけていたスプーンを持つ手を止めた。


 同時に、机に着席していた面々が、そして俺の隣の藤堂アイリまでもがぎょっとした表情を浮かべる。




「え――何?」

「じ、重力操作だと!? 上米内、君はそんな高位魔法が使えるのか!?」




 ガタタッ、と、眼鏡の男子生徒が椅子から腰を浮かせたので、俺はちょっと驚いた。



「え――使えるけど……」

「バカな……! そっ、そんなアッサリと肯定する奴があるか! いいか上米内、重力や熱量保存の法則のような力は魔法でも好き勝手に操作できるもんじゃないんだ! いわば物理世界におけるルールを破ってることになるじゃないか!」




 くいっ、と銀縁の眼鏡を押し上げながらその男子生徒は熱弁した。




「そ、そんな大魔法、どうやって会得したんだ上米内!?」

「え――? 親父殿がやってたから、なんか真似したら出来たんだよ。まぁ、その範囲とか威力を調整するのには物凄く苦労したけど」

「な、ならやってみせてくれ! 本当にそんな魔法が使えるなら見てみたいんだ!!」

「そうそう! 私にも見せて!!」




 眼鏡の男子生徒と、先程やたら興奮した女子が肩を組んで俺に詰め寄ってきたので、俺はその熱量に押されて思わず頷いた。


 テーブルの上にある水の入ったコップを手にとって、俺は重力魔法のための魔力を、ほんの少しだけ手に伝わせた。


 途端に、液面が震え、コップの中にあった水がプルプルと一塊になって虚空に浮かび上がり、俺の目の高さまで上った。




 まるで悪趣味なマジックを見せられたかのように、その場にいた全員が呆気にとられた表情でそれを見ている。




「これが重力魔法だ。今は無重力だけど、逆に重力を強化することも出来る。こういうふうに――」




 俺が少し魔力の流れを変えると、水の塊はコップの中に落ちた。


 そのまま、また魔力の流れを微妙に変えて、コップを逆さまにすると、無重力となったコップの中で水はこぼれることなく中に留まった。




 テーブルに座った連中だけでなく、学食内の生徒のほとんどが、絶句して俺を見つめていた。


 俺がコップをテーブルの上に戻すと、ほう、と眼鏡の男子生徒が大きな大きなため息を吐いて、浮かせた腰を椅子に落ち着けた。




「嘘だろ……!? わかってはいたけど、やっぱりダンジョンイーツはダンジョンイーツ、なんだな……」




 男子生徒は眼鏡を中指で押し上げて、重く言った。




「幾らなんでも規格外過ぎる……自然法則さえいとも簡単に捻じ曲げる魔法を、こんな狭い範囲限定で実行してみせるなんて……しかもそんな高等魔法でやってることがフードデリバリーとは……」




 驚愕半分、呆れ半分という声で言ってから、いや、と眼鏡の男子生徒は首を振った。




「……いや、そんな言い方は失礼だな」




 やっぱり呆れられるかと思った矢先、眼鏡の男子生徒が今の一言を否定するかのように首を振った。




「思えば【採集者キャプター】だってダンジョンで同じことをしているんだよな。運んでいるのが資源か、料理か違いと言うだけだ。むしろ物凄く大切なことだ。食べなきゃ誰だって死ぬんだしな……」




 その一言に――俺は驚いてしまった。


 ダンジョン専門のフードデリバリーサービス、そんなもの、誰が聞いたって馬鹿にされるに決まっていると思っていたのだけれど、ここの生徒たちはそうではないらしい。




 誰だって食べなきゃ死ぬ――その原則は、確かにダンジョンでも一緒だけれど、それを心の底からわかっている【潜入者ダイバー】は、実は少ないのではないだろうか。


 ダンジョンに少ない食料を持ち込み、目減りしてきたら地上へ脱出しているような、いわば半エンジョイ勢のような【潜入者ダイバー】は、そもそもダンジョンで食料が尽きることなど想定していない場合が多い。


 泣かず飛ばずではあるものの、D Eatsが細々とでも商売を続けてこられたのは、ダンジョン内での食料確保という問題が結構厄介な問題であることの証拠でもあるのだ。


 なおかつその問題の重要性がわかるということは、彼らにはダンジョン内での食糧問題に直面したことがあるということであり、彼らが決して素人に毛の生えたような人々ではないということをも示しているのだ。




 コイツら、ただの学生に見えて、実は結構凄い【潜入者ダイバー】なのかも……。


 少々感動している俺に向かって、眼鏡の男子生徒は引き締まった表情で質問を重ねた。




「これは恐れ入った。いつかその魔法を僕にも教えてくれると助かる。それで上米内、他にフードデリバリーで使う魔法はあるか?」

「え? ああ、攻撃魔法はあんまり使わないな。けれど探知魔法はよく使うな。何しろ凄い速度で配達してるから、他の【潜入者ダイバー】を撥ね飛ばしたら洒落にならないし――」

「そ、そんな速度で配達してるのか……やっぱり規格外……」

「ガンジュ君! ガンジュ君の探知魔法って、あの大ムカデの攻撃避けたのにも使ってたの!?」

「ああ、それはな……」




 次々と繰り出される質問に答えながら、俺は前の学校と今のこの状況の違い――環境の違いというものを痛感していた。


 前の学校はほとんどの生徒が非覚醒者だったし、ダンジョンの話なんてしている奴は皆無だった。


 けれど、ここの生徒たちは俺の話を嫌がらずに聞いてくれるし、むしろ尊敬と期待の目を向けてくれる。


 ダンジョンでバイトしている俺に白い目を向けるばかりだった前の学校の連中とは、何もかもが違う。


 


 結局俺はその後もクラスメイトたちの質問に答え続け、カツカレー一皿を食べ終わるまでに三十分以上の時間がかかってしまった。


 あらかた質問も尽きて来たところでカウンターに食器を返すべく立ち上がろうとすると、ふふふ、という藤堂アイリの笑い声が聞こえた。




「ガンジュ君、随分楽しそうでしたね?」

「へっ?」

「ガンジュ君が楽しそうに人と会話しているところ、初めて見ました。自分では気づいてないんでしょうけど、ガンジュ君って普段は死んだ魚の目なのに、ダンジョンの話になると目が輝くんですよ?」




 うふふ、と再び笑われた俺は気恥ずかしくなって「うるせぇ」とだけ返答し、なんだか面映い気持ちのままカウンターへと向かった。







現代ファンタジー日間ランキング1位、感謝!!


このまま総合週間でも1位取りたいのでガンガン★入れてください。

もう直球でお願いします。

ここまで来たらイッパツ1位取りたいです。


あと、書籍化打診お待ちしております。


よろしくお願いいたします。



【VS】

この作品も面白いよ!!


『転生・櫻井◯宏 ~最後に裏切って殺される乙女ゲームのCV:櫻井◯宏キャラに転生した俺、生き残るためにこの魔性の声を武器に攻略キャラ(男)とフラグ立てまくります~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330657915304338

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