第61話突然の告白!!
十分後。ホットミルクが兼ね備える温かさ、甘さ、そして人情によってどうにかこうにか落ち着いたらしい西園寺睦月は、まだ小刻みに震えているものの、とりあえず穴を掘って埋まって死にます、などとは言わなくなっていた。
寄って集って西園寺睦月を励まし、なだめ続けた俺、藤堂アイリ、そして水野の奥さんはそれだけでヘトヘトの有り様になり、ようやく来たハンバーグをフォークとナイフでチビチビ割って食べていた。
「……落ち着いたか?」
「は、はい。さっきはすみません。思わずネガティブになっちゃって……」
「い、いや、さっきのは単にネガティブってレベルじゃなかったけど……」
「ちょっと、ガンジュ君!」
「あ、ああ、その話はもうよそうか。どうだ、ハンバーグ美味いだろ?」
「はっ、はい! とても美味しいです!」
とりあえず気を紛れさせるように言うと、西園寺睦月は大きく頷いた。
ちなみに、西園寺睦月は藤堂アイリと同じ、手ごねチーズハンバーグを注文して食べている。
洋食屋みずので十年以上人気No.1メニューで、厳選された合い挽き肉ととろけるチーズのまろやかさは、遠く県外からも食べに来る人がいるという逸品だ。
「相変わらず、みずのさんのチーズハンバーグは絶品ですねぇ! 普通のチェーン店のハンバーグとはなんでこんなに味が違うんでしょうか。ほとんど同じものを食べてるのに、チェーン店で食べるハンバーグとは何かが違うんですよねぇ」
藤堂アイリは切り分けられたチーズハンバーグを口に運んで目を輝かせた後、フォークを右手に持ち替え、すでに二皿目の白米を豪快に口に掻き込んでいる。
お嬢様であるならフォークとナイフを器用に操って優雅に食べそうなものだが、相変わらずそんなお洒落さなど微塵もない食べ方だ。
ちなみに、俺は藤堂アイリのその食べ方が結構嫌いではない。この作り物のような見た目のお嬢様がただメシを食べることに全力を傾け、しかもおかわりまでしている……なんだかそれって、藤堂アイリという人も人間なのだと感じがして安心するから……などというのは単なる建前で、要するに、メシを喰ってる時の藤堂アイリはそこはかとなく色っぽいように、少なくとも俺の目にはそう見えるのだ。
んむっ、と唸って、藤堂アイリが薬指で唇についた肉汁を拭った。ただそれだけで、俺はなんだかとても幸せで満たされた気持ちになり、思わず手を止めてぽーっと見惚れてしまった。
「ん? ガンジュ君、どうかしました?」
そこで藤堂アイリが俺の視線に気がつき、俺は気まずく視線を逸らした。
視線を逸らしたところで、「あ、あの」と西園寺睦月が口を開き、フォークとナイフを置いて手を膝に置いた。
「あの、今日のダンジョンのことなんですけど……お二人の目から見て私、やっぱり全然ダメでした、よね?」
さっきのネガティブとは違う、事実を確認したいというような声で、西園寺睦月が切り出した。
頭の上に乗った猫耳がくたっと横に垂れているのを見ると、西園寺睦月はやはり相当に自信を失っているのだとわかった。
「やっぱり……レベル1の覚醒者、しかも魔力錬成が苦手な獣人と混交してる私って、ダンジョンではかなり厳しいんですかね……。ロックマンティスもほとんどお二人に倒してもらったし、一時間近くもトドメをさせなかったし……」
まぁ、それはその通りだろう。魔物一体倒すのに一時間以上もかかっていたならば、ダンジョンでは冒険にならない。
俺と藤堂アイリが目配せすると、西園寺睦月が一層沈んだ表情になった。
「私、本当に聖鳳学園なんかに来て大丈夫だったんでしょうか……。私って見た目がこれだから、普通の学校に行ったらイジメられてたかもしれません。だから聖鳳学園に来た事自体は後悔してないんですけど、その、あまりにも周りとレベルが違いすぎる、っていうか……」
しゅん、と、西園寺睦月の猫耳が一層萎れた。
それと同時に、西園寺睦月の表情も一層沈んでしまった。
「頑張ってダンジョンに潜っていれば覚醒者レベルも上がっていくっていう理屈はわかるんですけど、私、本当にそれまで生き残れるんでしょうか。もし仮に今後、私が誰かとパーティを組んだりしたとしても、お荷物にしかならないと思うんです。やっぱり、私はダンジョンなんかに夢を見ないで一般人として生きていった方がいいのかなって……」
「……俺が俺の親父殿に鍛えられてたときは、三十階層のフロアボスのドラゴンの前に一人で置き去りにされたよ」
西園寺睦月の言葉を遮り、俺は口を開いた。
えっ? と驚いた表情の西園寺睦月が顔を上げた。
俺は他人からじっと見つめられるのがあまり好きではないし、自分の話をするのはもっと苦手だ。
けれど、今は頑張らないと――俺は内心脂汗をかきながら続けた。
「俺の親父殿は本当にえげつない方法で俺を鍛えたんだ。中学に入る前から俺は親父殿の配達を強制的に手伝わされた。最初の方はほとんど思い出したくねぇ記憶ばっかりだよ。ゲロ吐いたり、ストレスで血尿出たり……。信じられるか? 血尿が出る小学生とか洒落にもなんねぇだろ?」
俺の言葉に、西園寺睦月が驚いて口を半開きにした。
そう、俺の親父殿であり、師匠であった夏川健次郎の指導――否、シゴキは、それはそれは過酷なものだった。
俺は中学に上る前から毎日のように親父殿にシゴかれており、なんとか様になるまで、当時は本当に酷い目にあったと、今も思う。
「でもよ、親父殿は一度も声を荒げたり、俺を殴ったりはしなかったよ。物凄くシゴきはするけど、それなりに俺のことを信頼してくれてたんだと思う。コイツは大丈夫だ、ついて来れる奴なんだってさ。俺もそのことがなんとなくわかってたから耐えられた。ダンジョンに潜るのがつらいとは何度も思ったけど、嫌だと思ったことはないな」
俺はしばし言いたいことを纏めてから、ゆっくりと口を開いた。
「西園寺も、今そのレベルでダンジョンに潜るのは辛いのはわかる。けれど――ダンジョンに潜るのは、嫌か?」
俺が静かに問いかけると、西園寺睦月はしばし考える表情になった後、首を振った。
「嫌――では、ないです。まだ……」
「そうか、それなら大丈夫だよ」
俺は精一杯励ますような口調で断言した。
「嫌だと思ったら離れてもいい。ダンジョンは追っては来ないからな。でも、まだやれる、またダンジョンに潜りたいって少しでも思えるなら、それだけ見返りがあるのもダンジョンだよ。焦ることはねぇ、西園寺は西園寺のペースで成長していけばいいんだ。まだ中学生なんだからさ」
俺の言葉に、ぴょこん、と西園寺睦月の猫耳が立ち上がった。
それを見て、フフ、と藤堂アイリが忍び笑いを漏らした。
俺は最後の最後、重要なことを口にした。
「心配すんな、俺はお前の師匠だぞ? お前がなんとか様になるまで、とことんつき合ってやる。絶対に見捨てたりはしねぇ。だから元気出せよ、な?」
俺の言葉に、ぐすっ、と西園寺睦月が洟を啜る湿った音が響いた。
話が佳境に差し掛かったのを察知したのか、水野の奥さんが店の奥からやってきて、アイスクリームが乗った皿を西園寺睦月の前に置いた。
えっ? と、西園寺睦月が戸惑ったように水野の奥さんを見上げた。
「あ、あの、これは……?」
「これはウチからのサービス。ガンジュ君にも昔はよくサービスしてたの」
水野の奥さんは昔を懐かしむかのように笑った。
「ガンジュ君もダンジョンから帰ってきた後、よくここでボロボロの有り様のままハンバーグ食べてたのよ。泥まみれのままなんてまだいい方。血だらけになってたり、粘液まみれになってたり……粘液まみれだったときは店の中じゅうが生臭くて大変だったのよ?」
「ああ……あのときはホント、俺と親父殿がすみませんでした。ゴライアストードに丸呑みにされまして……」
「えっ!? ゴライアストードに丸呑み!? ガンジュ君、そんなことがあったのにそのままここでご飯食べたんですか!?」
「ウチの親父殿に一般常識を期待してはいけない。どっかでシャワー浴びさせてくれる甲斐性はもっと期待してはいけない。親父殿はそういう奴だった」
親父殿という男の人間性を悟りきった俺の言葉に、藤堂アイリがまず笑った。次に水野の奥さんが笑い、最終的に、西園寺睦月もつられて笑った。
西園寺睦月がアイスの皿を手にとって一口食べ、美味しい、と笑った。
ようやく笑顔らしい笑顔が浮かんだことで、俺も安堵した。
「さぁ、反省会もぼちぼち終わりだ。残りのハンバーグを冷めないうちに食べようぜ。そしたら今日はもうおしまいだ。家帰って風呂入ってぐっすり寝て、明日のことは明日考えよう。覚えとけ、【
俺の言葉に、はい! と応じた西園寺睦月が、猫耳をぴょこぴょこさせながら頷いた。
◆
西園寺睦月と分かれて数分後、俺は藤堂アイリと二人きりで駅までの道を歩いていた。
なんだか、今日はいつもの配信より、いつものダンジョン潜入より疲れてしまった。
まぁ、西園寺睦月の実力や性格やどうのこうのというより、今まで俺は基本的に、ダンジョンには一人で潜っていた。
つまり、誰かと助け合ったり、庇い合ったりするパーティ戦闘というのに不慣れなわけで、それが肉体の疲れとはまた異なる疲れを生じさせていたのだ。
「西園寺さん、今日はちゃんと眠れますかねぇ」
と、藤堂アイリが少し気遣わしげな声で言ったので、俺は少し考えてから答えた。
「ああ言って励ましはしたけど……今日は色々考えちまって眠れないかもな」
「やっぱり、ガンジュ君もそう思いますか」
藤堂アイリの声に、俺も正直、ため息をつきたい気分になった。
ハッキリ言って、西園寺睦月は、今の状態だとかなりダンジョンに潜入することはかなり厳しいと言わざるを得ない。
現状の西園寺睦月を、なんとか使い物になる状態に持っていくには、それなりの努力をさせなければならないことは明らかだ。
だが、そのちゃんとした努力というものを、俺はちゃんと西園寺睦月にさせることが出来るだろうか。
特に俺――師匠となった俺だって、毎回毎回藤堂アイリにフォローを頼むわけにも行くまいし、あの人が今後、ちゃんと成長していけるかどうかは、あくまで俺の責任であることだった。
おい上米内願寿。お前はちゃんとあの人の師匠になれるのか?
こりゃ思った以上にちゃんと考えてやらないといけないらしいぞ――。
俺が自分自身に言い聞かせると、藤堂アイリが改まった声を発した。
「まぁ、今日のことはもういいでしょう。ガンジュ君が言ったように、明日のことは明日考えるとしましょう。それで」
「うん?」
「そう言えば、ガンジュ君に言い忘れていたことが二つあるんですよ」
「お、おう……?」
「ひとつは、今のところ宙ぶらりんになっているダンジョンイーツの経営の話です。いよいよD Live社の方でも事業継承について話がまとまりつつありましてね」
あ、そうだった。俺は今後、このお嬢様に十億円で買われる身なのだった。
ここ一ヶ月ぐらいはお得意様に断り、ダンジョンでのフードデリバリーもご無沙汰させてもらってるが、いずれ俺は俺の方でやらなければならないことがあるのだった。
「今のところ、ダンジョンイーツ社の社長はガンジュ君のお姉さん、冬子さんなんですよね?」
「そうだけど」
「色々こっちでも話はしたんですけど、できれば今後も冬子さんに関しては社長に留任してもらう方向で話を進めてるんです」
えっ? と俺はその言葉をかなり意外に思い。
次に俺は顔をしかめて藤堂アイリを見つめた。
「……あの、本当にそれでいいのか? 俺が言うのもナンだけど、冬子さん、俺に負けず劣らずのクソザコナメクジ人間だぞ? 異常にお人好しだし、頭もよくないし、性格はあの通りのお花畑だ。本当にあの人が社長でいいのか?」
「もちろん、あのままでいてもらっては困ります。ウチの傘下に入ってもらう以上、ちゃんと経営者としてのイロハは学んでもらわないと」
ピシャリと言って、藤堂アイリは俺を見た。
「ということで今日、事後報告になってしまいますけど、ウチの方から生え抜きの精兵を送り込みました」
「は? 送り込みました、って――?」
「今夜、帰ったら驚くかもしれません」
藤堂アイリは不思議なことを言い、にひひ、と意味深に笑った。
「でもあの人は百戦錬磨、ウチのD Live社が誇る逸材です。たとえガンジュ君のお姉さんであっても、しばらくあの人に鍛えてもらえば見違えるようになるでしょう。まぁ、それまではそれなりに苦労することになると思いますけど……まぁ、帰ってのお楽しみ、ってことで」
滅多になく、藤堂アイリがお茶を濁すような、というより、覚悟しとけ、と脅すような事を言ったので、俺は少し不気味なものを感じた。
え? これって、もうすでにその人物はウチに来て、冬子さんと接触しているということだろうか。
なんだろう、俺が帰ったら誰がいるというのだ――? 俺が莫大に懸念していると、「それと、もうひとつ重要なことがあります」と藤堂アイリが言った。
「おっ、おお……まだなんかあるのか?」
「ええ、とっても重要なことです。いいですか、一度しか言いませんよ?」
「な――なんだよ?」
俺が身構えた、それと同時に。
トットット、という感じで藤堂アイリが俺の数歩前に歩いていき、それから手を後ろ手に組んで、じーっと、俺の顔を覗き込むようにした。
藤堂アイリの不思議な色の目に至近距離から覗き込まれて、俺が少し気圧されるものを感じた、その瞬間。
藤堂アイリの色素の薄い唇が蝶のようにぱたぱたと動き、俺が聞いたところ以下のような言葉を、はっきりと口にした。
「上米内ガンジュ君。私は――あなたのことが好きです」
◆
更新が遅れてすみません……。
しばらく頑張って更新速度上げます。
「面白い」
「続きが気になる」
「先に言われた!!」
そう思っていただけましたなら
「( ゚∀゚)o彡°」
そのようにコメント、もしくは★で評価願います。
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