第62話宿題

♪俺の人生は有頂天変


作詞作曲 上米内願寿



世界で一番好きな人が


俺の目を見て「好きだ」と言った


天にも登るたぁこの事よ


俺はお前が好き


お前も俺が好き


なんにもおかしくないよね?


イエスセンチメンタルダンジョン


オーマイセンチメンタルダンジョン




「はい……?」




 あまりにもあっけらかんと、そして意外すぎるタイミングでそんなことを言われて、俺の脳の思考回路は一瞬、妙な部分と妙な部分がバラバラに連結され、俺は間抜けに聞き返してしまった。


 だが、ふふっ、と実に魅力的に笑った藤堂アイリは、俺の鼻頭に人差し指を置き、完璧な美少女のポーズで言った。




「ザンネン、一回しか言いません」




 小首を傾げ、いたずらっぽくそう言いつつも、しかし少しだけ桜色に色づいた藤堂アイリの顔が、今の言葉がやっぱり聞き間違いなどではないことを示していた。


 そういう理解が浸透してくると、俺の全身も数秒かけてぐわーっと赤くなり、血圧が急上昇して気分が悪くなった。


 急激に増した胃酸の分泌により、何か苦酸っぱいものが食道を駆け上がってきた。


 オエッ、とえづきたくなるのを我慢しながら、俺はかなり間抜けな一言を発した。




「とっ、藤堂さん。あの、それは……マジすか?」

「正確に言えば、惚れ直しました。最初に会ったときにドラゴンをステゴロで倒したときから気になってはいましたけど……徳丹城ダンジョンの配信アーカイブを見直したら、やっぱりそういうことなんだって……」




 藤堂アイリは潤んだ目で俺を見つめてはにかんだ。




「そっ、そりゃあ、好きにもなっちゃいますよ。あんなに血反吐まで吐きながら私のこと助けに来てくれたんですもん。あぁ、この人、私のことがこんなにも好きでいてくれるんだ、こんなにもボロボロになりながら私のところに来てくれたんだ、って……そう思ったら――ますますガンジュ君のこと、好きになっちゃいました。……あっ、二回も好きって言っちゃいましたね、今」




(Bメロ)


狭い穴蔵に生まれ落ち


歩き始めた途端に蹴飛ばされて


それでも這いつくばって生きてきた


誰彼構わず噛みついた


俺は野良犬 汚い野良犬


誰も俺を手なづけられねぇ


首輪なんかつけられねぇ


そう考えていた時期が俺にもありました




 俺は頭を抱え、身を捩り、唸り声を上げた。


 もう、幸せすぎて頭がどうにかなりそうだった。


 人は受け止めきれないほどの幸福感を感じるとそのようになるものなのだと――初めて知った。




「う……あう……あっ……ヤバッ、死ぬ、しししし、死ぬほど嬉しッ……!!」

「あはは、ガンジュ君の顔、赤い通り越して赤黒いですよ? 落ち着いてください。しっかり呼吸してホラ」




 藤堂アイリが俺の背中に手を回し、サスサスと擦ってくれた。


 それだけで俺の全身に、経験したことのないような幸福感が満ち満ちる。


 じゅう、と頭蓋骨の中に音が聞こえ、オキシトシンとかエンドルフィンとかエストロゲンとかイソフラボンとか、そういう脳内汁が物凄い勢いで増産され、血流に乗って俺の全身に行き渡っているのを感じた。




 背中をさすられて、ようやく気分も落ち着いてきた。


 口内に大量に湧いてきた唾を飲み込み、汗を拭い、今すぐ服を全部脱いで裸でソーラン節を踊りたくなる自分を叱って、俺は握り拳を握り締めた。

 

 


「あっ、あの、と、藤堂……! おっ、おおおお、俺も……!!」

「待った」




 俺も好き。


 思えば俺が一番最初に口にすべきだった言葉を慌てて口にしようとした途端、鋭く制止の声が飛び、俺は言葉を飲み込んだ。




「ダメですよ、ガンジュ君。それはフェアじゃない。私が最初に勇気出して告白したんですから」




 ええっ!? と俺は情けない悲鳴を上げた。


 普通ここって、「俺も好きだ!」と返答して一件落着になるところじゃないの!?


 藤堂アイリはフルテンションでパニックを起こしている俺の顔に自分の顔を近づけ、俺を威圧するように見つめた。




「ということで、ガンジュ君にはひとつ宿題を課します」

「し、宿題……!?」

「そうです、宿題です。今の私の告白に、頑張って返答するという宿題です」




 藤堂アイリはニヤニヤと笑いながら俺を見つめた。




「まぁ、この間みたいにファミチキを齧りながら、っていうのもガンジュ君らしくてそれはそれでいいかなと思ってましたけど、もうそれはナシです。結局は私の方が早かった。だから――ガンジュ君にはこれから、私を最高に喜ばせるようなシチュエーションを考えた上で、今の告白の返答をしてほしいんです」




 そ、それって、どういう……?


 意味がわからず俺がキョトンとしてしまうと、もう、と藤堂アイリが頬を膨らませた。




「私だって女の子ですよ? 好きな男の子から告白される時はロマンチックで素敵なシチュエーションがいいんです。だから、これからガンジュ君はそのロマンチックで素敵なシチュエーションをどう作ればいいか考えてください。そしてそのロマンティックで素敵なシチュエーションの中で――私に今の告白の返答をしてください」




 つまり要するに、ぷ、プロポーズするときみたいな感じにしろ、ってこと?


 俺が激しく戸惑い、なおかつ困っていると、藤堂アイリの表情がふっと曇った。




「まぁもちろん――ガンジュ君が私をフりたいなら、フッてくれてもいいですけど……」

「なっ――ないない! 絶対にそれだけはない!!」




 俺が藤堂アイリをフる。それだけはありえないし、口にしてすらほしくなかった。


 俺は思わず真正面から大声を浴びせた。




「お前と知り合ってから俺の人生がどんだけ変わったと思ってるんだ! つまんねぇ人生、一生バズらない人生だとばかり思ってたのに、お前はそんな俺を変えてくれたし、死ぬほどいろんなものをくれた!! そんなお前のことを俺がフる!? ないないないない絶ッッッ対ない! おっ、おおおお、俺、俺だって、お前のことが世界で一番――!」

「はい、その先はダメですよ?」

「あ、うう……!!」




 俺は真実、野良犬のような唸り声を上げ、言わせてくれ、と懇願したのだけど、この飼い主様はどこまでも意地悪だった。


 かなり本気で泣きそうになっている俺の顔を楽しそうに見つめてから、そこで藤堂アイリはスッと視線を逸し、ボソボソと言った。




「もっ、もう、世界で一番とか……ガンジュ君、そんなに私のこと好きなんですか? ま、まぁ、私も似たようなもんですけれど……」

「もう要る!? 告白の返事要る!? 俺、もう九割九分答えてるよな!? そっ、それじゃダメなの――!?」

「えぇ、ダメです」




 藤堂アイリはあくまでダメだと言い張って、俺の唇に人差し指を置いた。




「私、ガンジュ君が必死に頑張ってるときの表情が好きなんですよ。血だらけの泥だらけになって私を助けに来てくれたときのガンジュ君、凄くカッコよかったから――だから、想いを伝え合うときには、その表情でいてほしいんです。だからこその宿題です。これから頑張って考えて、凄く必死になって、今の私の告白に返事をしてください、ね?」




 うぐ、と俺が再び唸ると、藤堂アイリは俺の唇から指を離し、ハァ、とため息を吐いた。




「それじゃあ、私はここらへんで。ガンジュ君、また明日」

「あ、うう……と、藤堂……!」

「それと、もうひとつ」




 藤堂アイリは俺を見つめた。




「もし告白に返答できて、私たちがそういう仲になったときには――私のこと、アイリ、って呼んでくださいね?」




 藤堂アイリが痛いところを突いてきた。


 本当は、もっともっと前から、そう呼ぶタイミングを見計らってきていた。


 だけど――それをしてしまうと、俺たちの何かが変わってしまうことも、俺はわかっていた。


 だから考えないようにしていたのだけれど――やはりこの人にはそんな俺の葛藤など見え透いていたようだ。




 藤堂アイリは最後に、少し恥ずかしそうな表情で俺を見てから、くるりと踵を返し、俺の家とは反対方向にある駅に向かって走っていった。




 俺はどうしようもなくドギマギとしながらその背中を見送った後――大きな大きなため息をひとつ吐いて、自分の家に向かって歩き出した。







更新が遅れてすみません……。

しばらく頑張って更新速度上げます。



「面白い」

「続きが気になる」

「先に言われた!!」


そう思っていただけましたなら


「( ゚∀゚)o彡°」


そのようにコメント、もしくは★で評価願います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る