第9話お願い

「と、藤堂アイリ……!?」




 俺が思わず名前を口にすると、銀髪のお嬢様改め藤堂アイリは物凄く意外そうな表情をした。




「私の名前知ってたんですか?」

「い、いや、あのときは知らなかった。あの後教えられたんだよ。知らなくて悪かったな、アンタ、物凄い有名人だったんだな」

「いえいえ、D Live関係の有名人なんて知らない人は知らなくて当然です、改めて――この間はありがとうございました、ガンジュ――上米内かみよない願寿がんじゅ君」




 ぺこりと頭を下げられたことよりも、俺の名前を口にされたほうが驚いた。


 思わず俺はぎょっと後ずさった。




「お、俺の名前、どうして――!?」

「そりゃあ、恩人の名前ぐらい調べますよ。私の父が経営している企業のことは聞きました?」

「な、なんとなくは……」

「ならそれが理由です。その気になればこのぐらいのことは調べられますから」




 そう言って屈託なく微笑んだ藤堂アイリの顔には、俺に黙って俺の氏素性を調べたことへの罪悪感など全く感じられなかった。


 おっ、おう……などと中途半端な反応をしてしまった俺に、藤堂アイリは再び微笑んでスマホを見つめた。




「しかし、まさか10分で10階層まで到達するなんて……これは予想以上に予想以上ですね。最後の登場の仕方はもっと予想以上でしたけど」




 藤堂アイリは頭上の大穴を見上げてから、俺の顔に視線を戻し、呆れたように笑った。




「こ、この間も言ったけれど、俺は配信には出たくないんだ。配信を切ってくれ」

「大丈夫です、今日は配信じゃありません」

「は――? じゃ、じゃあ、なんでダンジョンにいるんだよ?」

「目的はあなたと煮干しラーメンを食べることだからですよ、ガンジュ君」




 はぁ? と俺が間抜けな声を発すると、藤堂アイリが振り返り、「ついてきてください」と恐ろしく簡潔に言って歩き出した。


 なんだか得体の知れない事態になってしまったが――煮干しラーメン、と言ったことはつまり、間違いなくこの人が今回のお客様だということだ。


 お客様であるならば――その言う事は聞いておいたほうがいいだろう。


 俺は若干気後れしながら歩き出した。




 暫く歩くと――不意に視界が開け、なんだか真っ白い空間が現れ、俺は目を見開いた。


 なんだ――ここは。ダンジョンの中なのに部屋がある。


 さっきまで石壁と発光性の地衣類コケばかりだったダンジョンの中に、真っ白い壁に囲まれた、海の見える部屋が現れた。


 なんだこれは。魔法か、それとも魔素異常で違う場所と接続されてるのか……!? と目をこすった俺を、藤堂アイリが振り返った。




「凄いでしょう? ダンジョンの中なのに本当に海の見えるコテージにいるみたいで」

「な、なんなんだこれ!? あっ、アンタの魔法か……!?」

「そうとも言えるし、そうとは言えないとも言えます。タネ明かしをすると、アレですよ」




 藤堂アイリが上を向くと、撮影用のドローンではない、なにか中型のドローンが小さなモーター音とともに浮いていた。




「アレは藤堂グループが研究・開発中のプロジェクタードローンです。大気中の魔素を操作して幻を見せる最新技術……ただ、魔素で構成されてますから、実際に触れられるし、このように椅子には座ることも出来ます。まぁ、流石に海は映像ですけどね」




 藤堂アイリは部屋の真ん中、椅子が二つしか置かれていない椅子に座り込み、すらりと長い脚を組んだ。




「座ってください、ガンジュ君。一緒にお昼にしましょう」




 お昼? 俺はその言葉に混乱した。




「お、俺がアンタと一緒にメシ? なんでだ?」

「あなたに積もる話があるからですよ。だから料金は倍払うと言ったでしょう? それにちゃんと私の奢りです。心配しないでください」

「だ、だけど、俺この後も仕事が……」

「それは大丈夫です。あらかじめ前払いで君の時間を買っておきましたから」

「は――?」




 俺が間抜けな声を発した、その時。


 俺のスマホが軽妙なメロディを――具体的に言えば、夢の国のエレクトリカルパレードの曲を奏で始めた。


 その着信が冬子さんから――【D Eats】からの着信であることを示す曲である。




「は、はい……」

『ちょっとガンちゃんガンちゃんガンちゃんガンちゃん! 大変だ大変だ!!』




 鼓膜をブチ破るかのような冬子さんの大声に、俺はうわっとスマホを耳から離した。




『たっ、大変だよ! 今銀行に来てるんだけど、とっ、ととと、藤堂さんって人からウチの口座に、いっ、1000万円も振り込まれてる!!』




 ぎょっ、と、俺は目を見開いて藤堂アイリを見た。


 藤堂アイリは何も言わずに笑みを深くしただけだ。




『こっ、こここ、これ、明らかに銀行のミスだよね!? こっ、これって使っちゃったらやっぱり犯罪になるよね!? なるよね!? ああ、あああ、どうしよう! さっきPayPayチャージしたから犯罪成立したかも……!!』

「……冬子さん、落ち着いて。落ち着いてくれ。それはおそらく、銀行の間違いじゃない」

『えっ、えぇ……!?』




 素っ頓狂な声を発した冬子さんに「落ち着け」と繰り返し、俺はよく言い聞かせた。




「いいか冬子さん、俺、ちょっと用事が出来た。夕方までには帰る。それと、その1000万円のことは警察とか銀行には絶対に言うな」

『どっ、どういうこと!? この藤堂さんって人ガンちゃんは知ってるの!? 心当たりがあるの!?』

「その心当たりが今、目の前にいる。いいから俺の帰りを待ってくれ。絶対に変なことはするなよ、わかったな?」

『う、うん……じゃ、じゃあ待ってる。早く帰ってきてね、ガンちゃん』




 それを最後に、通話は切れた。


 俺はゆっくりと、椅子を引いて座り、藤堂アイリの真向かいに陣取った。




「……まず一体、どういうつもりだよ、お嬢様。俺に何をさせるつもりだ?」

「何も。これはこの間のお礼と、私と一緒にラーメンを食べ、これからの話を聞いてもらうためのお給料です。返却は不要ですよ」

「1000万円も振り込んでおいて涼しい顔だな、ったく……。最初に聞いとくが、この金額のカネだ、今から食べるメシは普通の会食じゃないんだろ?」

「そりゃまぁ、もちろん。さぁさ、早く煮干しラーメンを出してください! もう一週間もお預けされてるんですから!!」




 本当に待ち遠しそうな声で、藤堂アイリは手を叩いて催促した。


 俺がデリバリーボックスを開け、二杯のラーメンをテーブルに置くと、今度は藤堂アイリが本当に拍手した。




「おっ、おおお……! これです、まさにこの匂い! これです! まさにこれがあラーメンの匂い!」

「注文受け取った時点で思ったけど、大盛りでよかったのか? しかも背脂マシとか……」

「はい! 私の場合、食べた栄養は全部胸に行きますから!」

「それを自分で言うやつは初めて見たぞ……」




 まぁ確かに、藤堂アイリという女はパッと見でも、確かにそういう生理になっていそうではある。


 俺は藤堂アイリの巨大に膨らんだ胸元ではなく、顔を見るよう心がけて、自分の分であるらしいラーメンの蓋を開いた。




「それじゃあ、いただきます!」




 きちんと手を合わせて宣言してから、ズズズ、と藤堂アイリはこの間よりも随分こなれた動きでラーメンを啜った。


 一口、慎重に咀嚼してから――顔を上気させ、ほう、と熱いため息を吐いた。




「おおおおお……! 五臓六腑に染み渡る脂の濃厚さ、脳髄に突き通る苦みと風味――! これだこれだ、これがラーメン……! 思い出した……!」




 俺としては早く本題に入ってほしかったのだが、この様子だと催促するのも酷だ。


 やれやれ、まずは俺も腹ごしらえをするか……と、俺も麺を箸で持ち上げて啜った。




 このガツンと舌に来る、濃厚な煮干し感、そしてとろとろに煮込まれたチャーシューの肉感。


 如何にも滋養の味といえる脂の強さがグイグイ箸を進める原動力となり、それを上手に絡め取る縮れ麺の喉越し。


 このところ金欠で袋ラーメンは毎日食べているが、袋ラーメンにはない煮干し出汁がインスタント麺に慣れた舌に嬉しかった。


 一口二口食べて本題を催促する気だったのに、随分久しぶりに食べたような煮干しの味に、ついつい俺も無言で箸を進めてしまう。




 三分の一ぐらい食べたところで、藤堂アイリが口を開いた。




「ガンジュ君、ガンジュ君はこういうの結構食べる人なんですか?」

「――俺の氏素性調べてるなら、俺ん家の家計簿の中身も当然知ってるんじゃないのか?」

「いいから素直に答えてくださいよ」

「ああ、毎食食ってるよ。インスタントラーメンだけどな」

「そうですか、羨ましいです」

「なんでだよ。一袋百円ぐれぇの安メシだぞ? お嬢様なら一皿三百円の回転寿司だって躊躇なくレーンから取れるんじゃないのか?」

「まず回るお寿司屋さんに行ったことがありませんから」

「ああ、これは失敬。ちくしょう、そっちの方かよ――」




 まぁ、俺も回らない寿司屋には行ったことはないから、人生経験としてはトントンなのだろう。


 そう納得することにして、俺は黙々とラーメンを食べ続けた。




 あらかた半分を平らげたところで、俺は水を向けることにした。




「それで……そろそろ1000万円分の話をしてもらえないか。味がわかんなくなりそうで損なんだよ」




 俺が言うと、藤堂アイリがまずどんぶりから目線を上げ、ちゅるちゅるっと上品に麺を啜りきり、んむっ、とセクシーに唸りながら、薬指で唇を拭った。




「ああ……そうですね。こんな美味しいものの味がわからないのは可哀想です。それなら、いよいよ本題に移りますかね」




 そこで藤堂アイリは箸をテーブルに置き、改まった態度になった。




 断る、断る、断る、断る……。


 俺は何度も「断る」と頭の中に念じた。




 何を言われても、何を頼まれても、とにかく断る。


 俺はこんな美少女とお友達にはならないし、まして配信なんかに絶対出ない。


 十中八九、前回の一件で俺に興味が湧いた彼女は「私の配信に出演してください!」とか、そういうことを頼みに来たことは幾ら何でも予想がついていた。




「実はガンジュ君にお願いがあるんです。お願いっていうのは……」




 断る! 俺が開口一番にそう叫ぼうとする、それより一瞬前。


 藤堂アイリが思いがけないことを口走った。




「ガンジュ君。ガンジュ君のバイト先――【D Eats】の経営権と商標を、我がD Live社に10億円で買い取らせていただきたいんです!」







この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ下の方の★から評価をお願いいたします。


よろしくお願いいたします。



【VS】

この作品も面白いよ!!


転生・櫻井◯宏 ~最後に裏切って殺される乙女ゲームのCV:櫻井◯宏キャラに転生した俺、生き残るためにこの魔性の声を武器に攻略キャラ(男)とフラグ立てまくります~


https://kakuyomu.jp/works/16817330657915304338

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