第8話タイムアタック

「はぁ、タイムアタック――?」

『そうだよガンちゃん! 物凄く気前のいいお客様からの注文だよ!』




 電話の向こうの冬子さんは興奮を抑えずにそう言った。


 俺は今、必死こいて自転車を漕ぎ、街のラーメン屋から――この街の郊外にあるダンジョンの入り口に立っていた。


 ダンジョンの入り口はもやもやと向こうの景色が揺らいでおり、魔素が色濃く噴出している。


 十二年前の大神災の影響で、




『晴れる屋さんで煮干しラーメンは受け取ったでしょ!? それを一時間以内に配達してほしいんだって! お客様はそのダンジョンの10階層にいるらしいから、一時間以内に配達してくれたら追加報酬として倍の料金を払ってくれるってさ!!』

「――なんでまたそんなことを? よっぽどハラ減ってるのか? なら呼ぶべきは俺じゃなくて救助隊だ。ホントに大丈夫そうなお客さんでした?」

『うん、喋り方とかは全然普通。遭難中とかではなさそうだったよ』

「なら大丈夫ですけど――」




 ちなみに、晴れる屋とはここらへんでは行列店である家系のラーメン屋の名前で、前回俺がラーメンをお客様に配達しそこねた店でもある。


 今日、あのケンコバみたいな体型の店主のおっさんには、あのお客様はダンジョンで死んだと伝えておいた。


 ケンコバのおっさんは残念そうに大きくため息を吐いた後、君もダンジョンで稼ぐのはやめときなさい、とアドバイスをくれた。


 俺は手首に巻いたカシオ社製の腕時計を見た。先代の社長の形見である。




「今は十一時、そんで10階層か――」

『イケる? ガンちゃん』

「イケるどころか、一時間はかかりすぎッスね」




 俺は平然と言い放った。




「ラーメンは汁を吸って伸びますからね。一番いい状態で食べてもらうなら、半分の三十分以内が理想かも――」

『ということは、何分ぐらいでイケる?』



 このダンジョンは政府指定外ではあるがCランク指定のダンジョンで、階層も五十階まである、ここらではそこそこ大きなダンジョンだ。


 この間のダンジョンとは違い、出てくる魔物も数段は強くなる。


 俺は様々な要素を考慮し――こんなもんか、と頭の中で算盤を弾いた。

 



「10分あれば大丈夫です」

『よくわかんないけど、それって凄いの?』

「多分、割と凄いんじゃないかなと」

『なら大丈夫だね! 頼むよガンちゃん、今後もリピーターさんになるように、対応はフレンドリーで紳士的に!! もし成功したら今日はハンバーグ食べに行こう!』

「オッ、ハンバーグ、いいッスね。久しぶりに納豆じゃないタンパク質が食える。……じゃあ、切りますよ、冬子さん」

『頑張ってね!』




 通話を切った俺は、コキコキと首を曲げ伸ばした後、ニヤ、と笑った。


 10階層まで一時間とは、随分とナメられたものだ。


 一時間もあったなら、俺はこのダンジョンの最下層である50階まで余裕で到達できる。


 ましてや10階層なら――瞬きする間のようなものだ。




「よっしゃ、じゃあ配送開始。『肉体強化エクステンド』、30%解放! 重力操作――!!」




 重力操作――俺がどんなアクロバットを決めても、背中に背負ったラーメンが決してひっくり返ることがないよう、会得した技。


 それをデリバリーボックスの中に限定できるようになるまでには物凄く苦労したし、親父殿は来る日も来る日も俺に練習させたっけ。




 俺の宣言と同時に、ブン、と音がして、デリバリーボックスの中の重力が増加した。


 俺は肉体強化を最大にして――渾身の力で地面を蹴った。




 途端に、ドン! と音が発し、俺が踏ん張った地面が抉れて消し飛んだ。


 俺は空間に開いたダンジョンの入り口に飛び込み、猛然と疾走を開始した。







 薄暗いダンジョンの中を、強化された肉体で駆け抜ける。


 最高速度が時速数百キロにも達する今の俺は走る凶器そのものなので、常に魔法敵感知野を広げ、他の【潜入者ダイバー】がいないことを確かめつつの疾走であった。


 踏み込む度に、床の石畳が割れ、捲れ上がり、散弾となって背後に飛び散ってゆく。


 あっという間、時間にして三十秒ほどで第1階層を駆け抜けた俺は、階段を丸ごと跳躍し、2階層へと飛び込んだ。


 よし、今日は魔素の流れも落ち着いていて、モンスターもいない。


 これなら最速記録が叩け出せそうだ――と思いながらあっという間に5階層まで到達した瞬間、感知野に異変を見つけた。




 8階層にC級モンスターの反応あり。


 この規模のダンジョン、この階層なら――おそらくは。




「バジリスクか――」




 8階層に降りても全力疾走をやめない俺の前に、巨大なニワトリのような姿が見えた。


 ニワトリと異なるのは、そのニワトリが例えるならヒグマぐらいの大きさで――その尻尾からこれまた丸太ぐらいはある、ヘビの頭がついていることだ。




 鎌首をもたげたヘビが、猛然と疾走してくる俺を見るなり、シャーッ! と咆哮した。


 コイツのニワトリの部分はそれほど脅威ではないが、このヘビの頭はなかなかに厄介で、素早いし、硬いし、一度打ち込まれれば身体がドロドロに溶けてしまう毒を持っている。


 俺は全力疾走のまま、右拳を構え――魔力を集中させた。




 途端に――バチバチバチバチッ!! と、アーク放電のように俺の右手に青色の光が迸った。


 それと同時に、バジリスクのヘビの頭がぐっと身体をたわめた後、砲弾のようにこちらに飛びかかってきた。




「『重力操作』、拡大――!」




 瞬間、俺はデリバリーボックス限定でかけていた重力魔法の影響範囲を限界まで引き上げた。


 途端に、ドン、という身体が突き飛ばされるような感覚があって――目の前に迫ったヘビの頭の時間が止まり、バジリスクの動きがまるでスロー動画のように緩慢になった。




 俺ぐらい熟練の【配達者デリバラー】ともなると、重力と密接な関係を持つという時間の流れを遅くすることぐらい朝飯前だ。


 まぁ、ぶっちゃけた話、親父殿がやっていたことを見様見真似で真似していたら出来ただけで――相対性理論がどうのこうのなどという小難しい理屈は全く知らない。


 とにかく、俺にわかることは重力操作魔法を最大級に展開すると時間の流れが限定的に遅くなるということだけで、なおかつ、これは配達中には物凄く重宝する発見なのであった。




 ほぼ静止したようなバジリスクのヘビ頭の横をすり抜ける瞬間――俺は渾身の力でヘビの頭を横薙ぎに殴りつけた。


 メリ……と、ゆっくりとめり込んだ拳がヘビの頭蓋を叩き割る感覚を手に感じたその瞬間、俺は重力操作魔法の範囲をデリバリーボックス限定に戻した。




 途端に時間の流れが正常に戻り、ズドォン! という轟音とともに、ヘビの頭がニワトリの部分を巻き込みながらダンジョンの壁に吹き飛んだ。


 バジリスクはニワトリかヘビ、どちらかの脳を破壊されると生きられない魔物である。今の一撃で即死したのは確実だ。




 バジリスクをあしらったところで腕時計を確認すると――ダンジョンに飛び込んでからまだ五分少々だ。


 これはいい、最速タイムだと笑ったところで――。




「あっ――!?」




 そこで俺はあることを思い出し、ぎょっと身体に急制動をかけた。




「しまった、ここは9階層だ――!! やべぇ、やべぇぞ!!」




 しまった! このダンジョンは7階層の時点で枝分かれしていて、なおかつフロアスキップがあるのだった!


 7階層にいた時、俺が通ったのは右の通路だから――このままだと10階を飛ばし、9階層から一気に下の15階層に到達してしまう。


 もっと下層階に配達することも多いので、無意識にウッカリいつも通り近道を選んでしまったのである。




 俺は腕時計を見た。


 俺が目標としている10分のうち、残り時間は2分を切っている。


 今から7階層まで戻ったら、目標タイムの10分を確実に超過してしまう。




 タイムアップは一時間だから全然余裕ではあるのだけれど――10分もあれば余裕と言った手前、タイムオーバーするのもなんだか癪である。




 俺は足元の、ダンジョンの床を見つめた。


 この真下に、目標の10階層があるのだ。


 これは――やるしかない。


 よっぽどの緊急事態でない限りやるなと親父殿には禁止されていた裏技だが――これはもう、よっぽどの緊急事態であるからやむなしであろう。




「お客様、お願いだから避けてくれよ――」




 そう言って、俺は右手に魔力を集中させた。


 バチバチ……! と、鋭い音で右手に結集した魔力を感じながら、俺は大声で叫んだ。




「『肉体強化エクステンド』、30%解放――!」




 途端に、俺の魔力によって強化された全身の細胞がざわっと励起する。


 俺は右手に集めた魔力をメリケンサック替わりにして――。


 渾身の力でダンジョンの床を殴りつけた。




 瞬間、ボン! という音が発し、俺の足元に大穴が空いた。


 と同時に、ふわ――と全身に薄気味悪い落下の感覚があり――俺は崩れ落ちた瓦礫ごと、下層階の10階層の床に墜落した。




「きゃああああああああああああっ!!?」




 途端に、意外なほどすぐ横に女の悲鳴が発した。


 尻から落ちた痛みにまずうめき声を上げ、ゲホゲホ……と咳き込みながら、俺は腕時計を確認した。




 九分ジャスト。よし、最速記録更新だ。


 そしておそらく、この悲鳴の主がお客様なのであろう。


 俺はもうもうとダンジョン内に立ち込める土埃を手で払いながら立ち上がった。




「【Dダンジョン Eatsイーツ】でーす……『晴れる屋』さんの味玉煮干しラーメン大盛り背脂マシふたつ、お届けに来ました、け、ど……」




 そこまでいいかけた俺の言葉が尻切れトンボになったのは――。


 なんだか見覚えのある、物凄く輝くような銀色が目に入ったからだった。




「あ、ああ……! ひ、人!? び、びっくりした……!!」




 D Live社長令嬢にして、大人気【配信者ストリーマー】、藤堂アイリ。




 その藤堂アイリが――頭から埃にまみれた俺を、恐怖の視線とともに見つめていた。







この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ下の方の★から評価をお願いいたします。


よろしくお願いいたします。



【VS】

この作品も面白いよ!!


魔剣士学園のサムライソード ~史上最強の剣聖、転生して魔剣士たちの学園で無双する~

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