第11話聖鳳学園

「これでもあの時、私、本当に死を覚悟したんですよ。あなたがいなければまず間違いなくあのダンジョンドラゴンに殺されてました。でもそこにあなたが割って入ってきて助けてくれた。それだけじゃない、空腹の私にラーメンをごちそうしてくれて、私を慰めてくれて……」

「おっ、おい、何ワケのわからねぇこと言ってんだ!? それに嫁入り前の娘が好きでもない男にこんなにベタベタとするのは……!」

「確かに、今はガンジュ君のことはそこまで好きではないです。……でも今後、そうなる可能性はあの時点で十二分に出来ましたよ?」




 はっ――!? と、俺は正真正銘、絶句してしまった。


 藤堂アイリはいたずらっぽく俺に笑いかけて小首を傾げた。


 それだけで、その天使が手ずから紡ぎ出したような銀色の髪から甘い芳香が漂った。




「だから今回の提案は単純にお互いの利益ってだけじゃありません。もう少しあなたのことがよく知りたいから、というか……。とにかく、これはただのウチの商売のための提案だけじゃない可能性ぐらいは……考えてみてもいいですよ?」




 もとより、同世代の女とは会話するどころか、微笑みかけられたことすら少ない俺である。


 いくらなんでも今の言葉の意味がわからないはずもなく、かといって上手い返答が思いつくわけでもなく――。


 結局、俺は小学生のように真っ赤っ赤になり、無言で藤堂アイリから顔を背けて口を噤むしかなかった。


 そんな情けない俺を、藤堂アイリは心から面白いと揶揄するように笑って――と、そこで藤堂アイリは俺から離れ、俺を正面から見つめた。




「さて、おふざけはこれぐらいにして。実はもうひとつ、あなたの事業を買い取るに際して条件があります」

「は、配信だけじゃないのかよ――?」

「あくまで、それを実現するための条件です」




 藤堂アイリは、ハッキリとした声で言った。




「上米内ガンジュ君、あなたには転校してほしいんです」

「て、転校? どこに?」

「私たちD Live社が新たに設立したダンジョン関連人材育成のための学校――私立聖鳳学園に、です」




 私立聖鳳学園――その名前は冬子さんからも聞いていた。


 転校、という意外な言葉に、俺はゆっくりと口を開いた。




「な――なんでだ?」

「それよりも、まずば聖鳳学園の説明からさせてください。D Live社――私の父が設立した聖鳳学園は民間の教育拠点ではありますが、実態としては国家プロジェクトに限りなく近い」




 藤堂アイリの言葉から茶目っ気が消え、真剣な口調になった。




「ただでさえ我が国は十二年前の東日本大神災ひがしにほんだいしんさいで、200万もの人命と、可住国土面積の二割を失った。疲弊する日本を決定的な衰退から救うのは、ダンジョンです」




 藤堂アイリは端正な顔で断言した。




「十二年前に突如観測された、この世界とは異なる世界――当時の日本政府はその異世界と不用意に接触を図った。その結果、青白い光が世界を飲み込み、現世界と異世界は大規模な混交を起こした――」




 そうだ、それが十二年前、この世界を、そして俺の運命を大きく変えた災いのあらましだ。


 俺は無言でその説明を聞いた。




「結果、我が国だけで200万人という人命が失われ、同時に出現した魔物たちによって東京は首都機能を喪失、魔物がひしめく無人地帯となった――それが、十二年前に起こった東日本大神災、まさに神が齎せし災いのあらましです。ただでさえ少子高齢化や不況によって風前の灯だった我が国の命運はそれで決定的に潰えたかに思えた。しかし――」




 神の齎した災いは、同時に、この国に莫大な恩恵をも齎した。


 それが俺たちが今いる場所――ダンジョンなのだ。




「十二年前の神災で全世界に出現したダンジョンは無限の可能性を秘めています。その中からは、異世界に存在する貴重な資源が豊富に採取できる。赤色の魔鉱石が一グラムあればそれひとつで日本の総発電量の15日分が確保できる……それはまさに打ち出の小槌、ダンジョンはそれ自体が資源と言えます」




 藤堂アイリは熱弁した。




「そして幸か不幸か、東日本大神災の影響で、そのダンジョン出現数は世界でも日本が群を抜いて多い――これは厄災であったのと同時に、日本にとって最後のチャンスでもある。そこで設立されたのが聖鳳学園なんです」




 そこで言葉が区切られ、ここからが本題の本題だ、というように言葉に力がこもった。




「ダンジョンという打ち出の小槌を腐らせることなく、人類にとって最もよい方法で活用する――そのために必要なのは、人材です。ダンジョンに通暁し、ダンジョンを知って知って知り抜いた人間が、その恩恵を最大限に活かす方法を考える……人類に早めにその筋道を与えないと、ダンジョンは単なる資源略奪の場になってしまう。そこで聖鳳学園は……」

「ちょ、ちょっと待て。お題目はもういいよ」




 俺はそこで藤堂アイリの話を静止した。




「俺が気になるのは国家の未来じゃねぇ、今大きく変わろうとしてる俺の未来だ。俺は国を憂えて市ヶ谷で切腹したアホな小説家とは違う、至ってこぢんまりとした小市民だぞ?」

「あら、三島由紀夫――ガンジュ君って意外に教養あるんですね」

「今完全に馬鹿にしたよな?」

「立場が逆でも驚くでしょう?」

「馬鹿にするのはいいから俺が転校しなきゃいけない理由を教えてくれ」

「そりゃあ、単純に言って、あなたがレベル5の覚醒者で、滅茶苦茶に強いからですよ」




 決まってるだろ? というように藤堂アイリは微笑んだ。




「神災から12年、いくら何でもダンジョンドラゴンをステゴロで仕留めた人類なんて聞いたことがないし、後にも先にもそんなことができるのはあなただけでしょう。こんな宝石の原石のような人材、聖鳳学園は決して捨て置かない。ぜひとも特待生として歓迎させていただきたいと……そういうことですよ」




 特待生。それはまるでバラ色に輝いた言葉に聞こえた。


 ごくっ、と喉を鳴らし、俺は慎重に訊いた。




「特待生、って……学費は?」

「全額免除どころか、生活費の援助までさせていただきます。あなたの食費や光熱費、家賃、ノートやペンを買うための雑費、歯ブラシ一本に至るまで、聖鳳学園が面倒見させてもらいますよ」




 俺は生唾を飲み込みながら次の質問をした。




「一応聞いとくけど――今の学校のままじゃダメなのか?」

「それの答えは私よりもあなた自身に聞いてください。学業をやりながらバイトもこなしているあなたへの風当たりは強いんじゃないですか? 現状のその上、配信まで出来ると?」




 その通りだ。


 俺が無言で肯定すると、藤堂アイリは心底うんざりしたというように嘆息した。




「日本の学校組織とはあくまで几帳面な凡人を育てることに特化した機関であって、規格外の天才の才能を更に伸ばすための機関ではありません。だから聖鳳学園が設立されたんです。几帳面な凡人など、危機に瀕している今の日本ではもう需要がない。必要なのは尖った才能を持つ人間と、その才能を更に先鋭化させる教育の現場です」




 この反応――明らかに既存の学校に対して恨みと偏見があるな。


 俺たち覚醒者はとにかく見た目が派手であるし、能力も人と違うから、とかく一般人からは爪弾きにされやすい傾向がある。


 なるほど、私立聖鳳学園という教育機関は、俺たち覚醒者を一般人から保護する組織としての一面もあるわけか。




 俺からしたら魅力しかない提案と言えたが――本当に、俺は新天地でやっていけるのだろうか。


 不安に押し黙ってしまった俺に、藤堂アイリは更に言った。




「ガンジュ君、あなたはあんなところに埋もれていていい人材じゃありません。レベル5の覚醒者が、ドラゴンだって拳ひとつで倒せる人が、どうして周りに白い目で見られながら、凡人のフリをして、生まれ持った高い能力を隠して生きていかなきゃいけないんですか?」




 それは――俺だってわからない。


 ただ、そうしていた方がある意味では楽だし、責任もない。


 能力のある人間は持った能力なりに、行動に責任が伴うことぐらいは、俺にもわかるからだ。




「それに、どういう経緯があるのか知りませんが、ガンジュ君はあんなクズのような男の新技の実験台にされてもいる――あんな男、本当は一捻りに潰してしまえるんでしょう? けれどあなたは彼らに人質にされているものがあるから、逆らえないだけです」




 ぎょっと、俺は藤堂アイリを見つめた。




「し、知ってんのか!? 堂島とのこと!?」

「D Liveの運営企業がどこだかお忘れですか? 一般人には隠れている一切も私たちには丸見えです。あのような恥知らずにまでスターになれる可能性を提供してしまっているのはD Liveの汚辱です。いつか必ず一掃して見せますよ」




 藤堂アイリは真摯な怒りを込めて宣言した。




「あなたが彼らに人質にされているもの、それは『安定』です。おカネ、成績、進路、出世、家族――そんなものは敷かれたレールの上を走るしかない人間の、あなたのような人間に対する精一杯の脅迫です。あなたは本来そういう人じゃない、そうじゃないものになれる可能性は十二分な程にある――」




 藤堂アイリの説得に熱がこもった。


 そうだ、俺に足りていないもの――それは度胸なのだ。


 栄光の未来に繋がる蜘蛛の糸、それを恐れず掴んで登ろうとする度胸。


 ただ差し伸べられた手を掴んで立ち上がればいいだけ、そこまで藤堂アイリは配慮してくれているのだ。



 

 ふう、と息をつき、藤堂アイリの長い話が終わった。




「さて、私からのお願いは以上です。どうです、考えてみてくれますか?」




 藤堂アイリは手を後ろ手に組んで俺の顔を覗き込んだ。




 だが――俺はまだ意地悪く悩んでいた。


 藤堂アイリの手を握るということは、藤堂アイリという人を信頼するのと同義だ。


 本当に、俺は藤堂アイリという人を信頼し切ることが出来るのだろうか。




 十二年前に起きた東日本大神災と、その直後のゴタゴタで、俺は人という人を信頼することをやめた。


 今では俺が曲がりなりにも信頼し、甘えることが出来るのは義姉である冬子さんだけで、俺は基本的に他の誰も信頼していない。


 そんな俺が再び人への信頼を回復し、その手を握ることが出来るのだろうか。




「最後に、質問させてくれ」




 俺は藤堂アイリを見つめた。




「アンタは――なんでダンジョン配信なんかやってるんだ?」




 俺は密かに気になっていたことを、最後の質問とすることにした。




「こう言っちゃナンだが、アンタはお嬢様で、もうカネなんか掃いて捨てるほど持ってるはずだ。D Live社の社長令嬢っていう肩書きもある。そんなアンタは、それ以上に――何が欲しくてダンジョンに潜ってるんだ?」




 俺の質問に、藤堂アイリはふと逡巡する表情になり――俺の顔を見つめた。




「理由は色々ありますけど、それは――多分、ガンジュ君と同じですよ」

「え――?」

「私がラーメンを食べてた時、ガンジュ君は凄く穏やかな顔をしていました。私も、あのときのガンジュ君と同じ気持ちになりたいから、だと思います」




 全く予想外のことを言われて、俺は激しく戸惑った。




「ガンジュ君は美味しくて温かい料理を、そして私は楽しくてドキドキする配信を、みんなに届けたいんだと思います。いくらおカネがあっても、いくら名声や肩書きがあっても――あの表情だけは自分が自ら行動しないと見られないもの、そうでしょう?」




 へへっ、と、藤堂アイリは屈託なく笑った。


 何回も言うが――この人の笑顔には、何故だがいっぺんに好感を持ってしまいそうになる、不思議な魅力があった。


 俺は何故なのか沸き起こってきた猛烈な羞恥心に俯いてしまった。




「さぁ、質問には答えました。今度は、ガンジュ君が答える番です」




 しばらくの逡巡の後、俺はおそるおそる藤堂アイリを見つめた。




「悪いんだけど――」

「はい」

「少しだけ……そうだ、三日間、猶予もらっていいか?」

「もちろん。好きなだけ悩んでください




 藤堂アイリは実に魅力的に微笑んだ。




「三日間、今の自分を取り巻く現状と、私が提供できる未来とを見比べてみてください。――どちらを選んでも後悔がないように。出来ますね?」

「ああ、それぐらいは出来る、と思う。悪いな、度胸がなくってよ」

「誰でもそうです。ガンジュ君のせいではありません」




 ニコリ、と微笑まれて、俺もついついつられて笑顔になりそうになるのを、俺は慌てて押し留めた。


 そんな俺を、心底おかしなものを見るように、藤堂アイリは声を上げて笑った。




「あ、そうだ!」

「へっ?」

「せっかくなんでLINE交換しましょう! この後どう話が転んでも、ガンジュ君とはお友達でいたいですから! 時々連絡してもいいですか!?」

「え、えぇ……!?」




 同性はもちろん、異性とLINE交換などしたことがない俺は大いに面食らったけれど、藤堂アイリはキャッキャと騒ぎながらスマホを取り出し、俺にスマホを出させて大騒ぎをした。




 期限は三日。


 果たして俺は――この人の手を取れる度胸を思い出せるのだろうか?







人生で始めてカクヨムの総合ランキングに乗りました。

このまま遡上できるようにバンバン評価お願いいたします。


この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ下の方の★から評価をお願いいたします。


よろしくお願いいたします。



【VS】

この作品も面白いよ!!


転生・櫻井◯宏 ~最後に裏切って殺される乙女ゲームのCV:櫻井◯宏キャラに転生した俺、生き残るためにこの魔性の声を武器に攻略キャラ(男)とフラグ立てまくります~


https://kakuyomu.jp/works/16817330657915304338

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