第54話クソデカ俵ハンバーグ

「弟子、って……一体全体、なんのことですか……?」




 ありったけの勇気を振り絞ろうとしていた瞬間を邪魔された俺は、びっくりするほどダメージを受けていた。


 半ば放心して白目を剥き、後輩相手に思わず敬語で尋ねてしまった俺に、その猫耳娘は再び口を開いた。




「弟子、ったら弟子です! 私、ダンジョンイーツさんに弟子入りしたいんです! あの、何でもします! ですからどうか、お願いします! 私を鍛えてください!」




 そんなまさか弟子入りって、噺家や力士じゃあるめぇし。


 俺はともすればその場に土下座しかねない勢いの猫耳娘を諌めた。




「おっ、落ち着いてくれ! 今はそんな必死な感じで来られても困る! 弟子、ってなんだ!? 何に関しての弟子!?」

「もちろん、ダンジョン【潜入者ダイバー】としての弟子です! あの、私、本当になんでもしますから! ですからどうか私を弟子にしてくださいっ!」

「あの、その、ホント困る! ゴメンゴメンちょっと意味がわからない! お前は誰でどうしてそんなことを急に!? っていうかその猫耳……!」

「ああもう、ガンジュ君、ちょっと落ち着いてください。そして、そこの中等部のあなたも、ね?」




 藤堂アイリが俺の肩を掌で擦って俺を落ち着かせてくれた。


 この唐突にすぎる状況は、俺のようなコミュ力ゼロの男に乗り切るのは無理だと助けてくれたらしい。


 藤堂アイリはまず俺を落ち着かせてから、全身から一途さを滲ませて立ち尽くしている猫耳娘を見た。




「とりあえず、なんですけれど……ガンジュ君、この近くにファミリーレストランがありましたよね?」

「え? あ、ああ、ココスでいいならあるけど……」

「よかった、今からそこに行きましょう。そこでゆっくりとお話をするってことで。いいですか?」

「おっ、おう……俺はそれでいいけど、お前は?」




 俺が猫耳娘に水を向けると、猫耳娘は大きく頷いた。




「はいっ! ダンジョンイーツさんがそれでいいなら、私は構わないです!」




 なんだかこの猫耳娘、さっきからやたらと、必死だ。


 このリボンが結ばれたピンク色の髪、そして片頭痛の日には絶対聞きたくないような甲高いアニメ声、そして猫耳……。


 まるでエロゲの世界からそのまま飛び出してきたかのような佇まいの人間が、何だって俺の弟子になりたいなどと言い出したのか。


 これはおそらく、物凄く疲れる事態になるのだろうことを察知した俺は、かなりゲンナリとしながら嘆息した。




「そっ、それじゃあ、決まりだ。……言っとくけど、各自支払いは割り勘で頼むぞ」




 俺の言葉に、藤堂アイリは何も答えず、唯一猫耳娘だけが「はいっ!」と、とてもいい声で返事をした。







 その後、近くのファミレスに入り、店員に促されるまま着席した俺たちは――無言だった。


 猫耳娘は相変わらずしゃちほこばるばかりだし、俺はオロオロとしているばかりで、男の威厳も頼りがいも何もあったものではなかった。


 俺は助けを求めるように藤堂アイリを見たのだけれど、藤堂アイリは眉間に皺を寄せてファミレスのメニュー表をガン見したままだ。




「ムムム、こういう場所に来るのは本当に久しぶりですね……! デミグラスソース、ほほう、いいじゃないですか。おろしポン酢でサッパリというのも捨て難い……!」




 いや、こういう場合ってそんなガッツリ食事するもんじゃないんじゃないの……?


 俺はそうツッコもうかと思ったけど、藤堂アイリの顔は真剣そのもので、ツッコんだら可哀想だ。


 仕方なく、俺はテーブルの上のアクリルスタンドのメニューを見て、注文用の端末を取り上げた。




「俺はコーラフロートにするけど、お前は?」

「はっ、はい! じゃ、じゃあ、私はメロンフロートで!」

「よっしゃ。……藤堂、決まったか?」

「はい! 私はこの期間限定のクソデカ俵ハンバーグと牛サイコロステーキのスープサラダ付きセット、おろしポン酢だれのライス大盛りと、別皿で更にライスで!」

「クソデカね。……よし。じゃあそれで注文するぞ」




 俺が手早く注文操作をしている最中、藤堂アイリが「あ、ドリンクバーもお願いします!」と言ったので、俺はドリンクバーも追加した。


 注文が終わると、ようやく話が出来そうな雰囲気になってきた。


 俺はしゃちほこばっている猫耳娘の猫耳をなるべく見ないように気をつけながら話を切り出した。




「それで……まずは自己紹介から始めてくれるか」

「はっ、はい! あの、私、中等部二年の生徒で、西園寺さいおんじ睦月むつきって言います!」




 相変わらず、頭痛がするときには絶対に聞きたくないような甲高いアニメ声で、猫耳娘は自己紹介した。


 西園寺睦月、か。なんだかやっぱり、一昔前のエロゲのメインヒロインのような名前だと思った。


 後輩、アニメ声、ピンク髪にリボン、猫耳で、名前が西園寺睦月……そこにデザイン性が高い聖鳳学園の制服と来ると、眼の前の光景がエロゲの日常パートの切り抜きに見えるから不思議なものである。


 よく目を凝らしたら下の方にテキスト欄出てたりしないかな……と俺が邪な気持ちで視線を心持ち下げた時、エロゲ……否、西園寺睦月が口を開いた。




「あの、もうわかってると思うんですけど、私、異世界の獣人、っていうんですかね? それと混交しちゃってて……この耳はそういうことなんです」


 


 西園寺睦月は耳の上にある猫耳に己の右手で触れた。


 ほほう、と藤堂アイリが嘆息した。




「獣人と混交――無遠慮で申し訳ないんですけど、珍しいですね……世界にもあまり類例がないと聞いたことがありますが」

「はっ、はい! そうです、珍しいらしいです! ……あ、でも、ちゃんと私の場合は人耳も付いてるんで、これは飾りみたいなもんですけどね」

「ひ、人耳って言うんだな。専門用語初めて知ったぞ……」

「そ、そんな褒めていただかなくても……!」




 いや別に褒めてはねぇんだよ、という一言は、ピコピコピコピコ、と生物的な動きで躍動した猫耳によって阻まれた。


 この耳が飾り、ねぇ……。俺は内心で感心した。何よりも雄弁に感情の揺らぎを物語るこの猫耳のせいで、コイツもう二度とポーカー出来ねぇだろうな。




 ……と、そこで、俺たちの注文した料理が運ばれてきた。


 ジュワアアアア、と物凄い勢いで肉汁と脂とを弾けさせるハンバーグを見て、おおおおお! と藤堂アイリは目を輝かせた。




「すっ、凄い! 目の前でハンバーグが踊ってる! さっ、早速いただいても!?」

「まずは紙エプロンあるからそれつけなさい。……それで、いよいよ本題だ。俺の弟子になりたいっていうのはなんでだ?」




 キャアキャアと小躍りしている藤堂アイリから会話の主導権を奪った俺が尋ねると、エロゲ……否、西園寺睦月は少し視線を伏せた。




「あの、異世界、っていうんですかね? 神災でこの世界と混交してしまった異世界では、獣人種はあまり魔力操作が上手な種族ではないようなんです。私も一応覚醒者ってことにはなってますけど、魔力量自体はやっとレベル1っていう程度で……」




 レベル1。それはダンジョンに潜るとしてはかなり厳しいと言わざるを得ないレベルだ。


 レベル1は基本的に、どんな低ランクのダンジョンもソロでは潜入出来ないし、Eランクのダンジョンですら踏破は十人でやっと、というところだろう。


 まぁ、それでも諦めずにダンジョンに潜っていれば、ダンジョン内の濃い魔素によって魔力量もレベルも上がってゆくのだが、そもそもレベル1では潜入自体が厳しい。


 それ故、レベル1の覚醒者は【潜入者ダイバー】にはならず、ダンジョンとは無縁の一般人として生きている人も多い。




 ハァ、と、注文したメロンフロートにも手を付けず、エロゲ……否、西園寺睦月は太いため息を吐いた。




「それなのに私、外見がコレでしょう? 目立つんです、この猫耳。一発で覚醒者だってわかるのに、魔法がほとんど使えない……正直、この学園に来るまで、色々としんどい思いをしてきたんです」

「んむ……なるほどねぇ。確かに、私も神災以後、この髪の色のせいで結構そんな思いしてきたんでわかります」




 早速、という感じでクソデカ俵ハンバーグの攻略を始めた藤堂アイリが、口の周りを肉汁塗れにしながら同情した。


 そう、ここが覚醒者のイヤなところで、俺たち覚醒者は異世界のカラフルな髪色の人々と混交してしまっているため、見た目が派手なのだ。


 別に好きでそうなったわけでもないのに、やれ水色だやれ赤だ白だ黒だどどめ色だという髪のせいで、隠そうと思っても一発でそれとバレる。


 おかげで神災以後、どんなフォーマルな場所においても人の髪色を指摘したり叱責したりする行為はご法度ということになっているのだけど、仲間はずれとイジメがである日本人の考え方や道徳観念がたった十年程度で変化するはずもなく、俺たちはとにかく目をつけられやすいのである。




「この耳のせいで、もう私が生きる道はダンジョンしかないと思うんです。それなのにダンジョンでもそんなに活躍できない。この学園に入学してから色々と頑張っては見たんですが、どうしても努力には限界があって……」




 でも、と、エロゲ……否、西園寺睦月は……。


 ……いや、もういい。俺はこの人を心の中でエロゲと呼ぶことにしよう。いちいち訂正も面倒くさいし。


 エロゲは目を輝かせて俺を見た。




「でも、この間のダンジョンイーツさんの配信を見て思ったんです! 私にもちゃんとした師匠がいればきっと強くなれるんだ、って! ダンジョンイーツさんは肉体強化魔法以外、あんまり魔法を使いませんよね!?」

「え? あ、ああ、そうだな。それは親父殿、夏川健次郎の教えだよ」




 俺は大きく頷いた。




「ダンジョンで一番鍛えなきゃいけないのは逃げ足の速さだ。なおかつ、どんな魔導製の武器を持ってても、どんなに大魔法が使えても、最終的にモノをいうのは自分の身体だしな。それを考えれば、極めるべきは肉体強化、っていうのが俺の結論だな」

「わぁ! 凄い凄い! 流石はダンジョンイーツさんって感じの理論ですね! やっぱり凄い人だ!」

「喜ぶのもいいけどそろそろメロンフロートも構ってやれ。アイス垂れてきてんぞ」

「はっ、はい! じゃあ私もメロンフロートいただきます!」




 そこでやっと、俺とエロゲは自分のジュースに口をつけた。


 俺はスプーンでアイスをかき混ぜ、ドロドロになったコーラを飲むのが好きだ。


 丹念に丹念に俺がアイスを溶かし込み、ストローで啜ると、バニラによってマイルドになったコーラの味が濃厚に舌の上に広がった。




「んむ……西園寺さん。話が見えてきましたよ。そこでガンジュ君に弟子入りして鍛えてもらいたい、と、そういうことですね?」

「はい! 大筋ではそういう感じです!」

「ですって、ガンジュ君。どうします? 早くも師匠か親方になれそうですけど、なりたいですか?」




 藤堂アイリにそう言われて、俺は困ってしまった。


 確かに、俺も伝説の【潜入者ダイバー】である親父殿に四年鍛えてもらったおかげで今がある人間だ。


 ただでさえダンジョン関連人材の育成に力を入れている聖鳳学園の授業に加え、授業以外の場でも俺がコイツを鍛えれば、覚醒者レベルは1でしかなくともそれなりに強くはなるかもしれない。




 だが問題はエロゲ本人より、むしろ俺本人にある。


 俺は口下手だし口が悪いし、おまけにぶっきらぼうだし、とどめに捻くれ者で、挙げ句に人間力ゼロの人間だから、とても人の師匠など務まるわけがないと、俺自身がそう思う。


 親父殿の折檻とも言えるシゴキでも俺はなんとかくたばらずに済んだけど、やりすぎてエロゲに大怪我させてしまったり、もしくは死なせてしまったりしたら、俺が生きていけない。


 そもそもレベル1の覚醒者でしかないエロゲはダンジョンに潜ること自体がかなり負担になるだろうし、俺だって守りきれるかどうか不安だ。




 ぬぬぬ……と、腕を組んだまま、エロゲではなく、自分の心配をしている俺の反応をどう受け取ったのか、エロゲがもじもじと身を捩り、おずおずと切り出した。




「あの、ダンジョンイーツさん。今は全てお話できないんですけど、私、強くならなきゃいけない理由があるんです」




 エロゲが、真剣な口調で話し始めた。







新キャラクター、西園寺睦月ことエロゲちゃんの登場です。


「面白い」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたなら


「( ゚∀゚)o彡°」


そのようにコメント、もしくは★で評価願います。

 

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