第55話強くなるのに理由がいるかい?
「強くならなきゃいけない理由?」
俺の代わりに、藤堂アイリが不思議そうに言った。
藤堂アイリはクソデカ俵ハンバーグを既に半分以上平らげ、二皿目のライスに手を付け始めている。
本人は何を喰っても栄養分は全部胸に行くから太らないのだなどと言っていたが、あの話は冗談でもなんでもないらしい。
否、多分人並外れて育った胸が、その細い身体の必要分以上に栄養素を欲するのだ、きっと。
「はい、理由があるんです。あの、詳しくは言えないんですけど、私、レベル1でもダンジョンでちゃんとやれるんだって、証明する必要があって……。でもそれは自分ひとりじゃ限界がある。だからダンジョンイーツさんに弟子入りしたらなんとかなるんじゃないかって……」
そう言った西園寺睦月ことエロゲは、気の毒なぐらい必死に見えた。
なおかつ、人間力が限りなくゼロに近い俺にもわかる。
エロゲは自分のためではなく、誰か知らないが、他人のために努力しようとしている。そんな気がした。
エロゲはなおも言った。
「レベル1の覚醒者でしかない私は、ダンジョン潜入者としてはかなり厳しい立場だっていうのは覚悟してます。でも、レベル1だからって最初から諦めてたんじゃ何にもならない。私、強くなりたい、強くならなきゃいけないんです。だから――!」
瞬間、エロゲが顔を上げた。
顔を上げた瞬間、俺はウッと呻いた。
溌剌とした若さと未来への希望に燃えるエロゲの目が、七色の輝きを放って俺を見つめた。
「だから、ダンジョンイーツさん! どうか私を鍛えてください!」
グワアアアアアやめてくれ! と、俺は日光に灼かれる吸血鬼のような悲鳴を上げそうになった。
常日頃から死んだ魚の目が常である俺にとって、この世で一番苦手なものが、希望に燃える人間の目の輝きなのである。
藤堂アイリの目の輝きには流石に慣れたが、エロゲの放つ目の輝きには、藤堂アイリのそれにはない、独特の苦痛があった。
いわば藤堂アイリの目の輝きは圧倒的な未来への希望や好奇心が主成分なのに対し、その時のエロゲの目の輝きには、使命感とか若さとかが含まれていた。
その目の輝きに見つめられると自分が一気に二十歳ぐらい老けた気がして、俺はくぐもった悲鳴を上げて視線を俯けた。
「えっ、ガンジュ君?」
「――いや、なんでもない。なんでもないからほっといて」
「まぁ、なんでもないならいいですけど。ガンジュ君、西園寺さんはここまで言ってます。話を聞いてあげましょうよ、ね?」
エロゲこと西園寺睦月の必死さに胸打たれたらしい藤堂アイリが、俺の説得側に回った。
藤堂アイリは俺の肩に触れながら俺を見つめた。
「中等部の子がここまで言うんです、きっと何か凄く大切な理由があるんですよ。それに、ガンジュ君ならきっと彼女を鍛えられる。前向きに検討してあげましょうよ、ね?」
きらきらきらきら、と、藤堂アイリの不思議な色の目が懇願の色を浮かべて俺を見た。
ふ、二人分に増えた――!? 二人分の輝く視線に追い詰められ、俺はますます縮こまった。
「ガンジュ君は強い、それは明らかな事実です。でもその強さは一人で囲ってちゃ、きっとダメなんですよ。価値あるものは人に分け与えて共有するのが人の道です。だから彼女のお願いを聞いてあげるべきです、ね?」
藤堂アイリのこの目の輝きにはある程度慣れたと思っていたけれど、やっぱり苦手なものは苦手だった。
堪らず、俺はスイ、と藤堂アイリから顔を背けたのだけど、逃げた分だけ藤堂アイリは俺に半ば伸し掛かるようにして顔を近づけてきた。
「ガンジュ君ガンジュ君、何を迷ってるんですか? お弟子さんが出来ると言っても、別に重いもんじゃあるまいし、ガンジュ君にとってメリットもあるはずです。女の子がここまで言ったんです。男の子として聞いてあげなきゃ」
いい匂いがするし、とても柔らかいし、藤堂アイリに伸し掛かられるのは決して悪い気分ではなかった。
だが流石にこれ以上、二人分の目の輝きを浴び続けていたら、俺がアスファルトの上で日干しになったミミズと化してしまう。
やんわりと藤堂アイリを手で押し退けてファミレスの椅子に座り直させた俺は、ハァ、とため息を吐いた。
「わかったわかった、わかったって、もう。そんな目で俺を見るな――」
俺は偉そうに腕組みをし、一応悩んでいるんだぞ、ということをアピールしながら、エロゲこと西園寺睦月を睨むように見た。
「言っとくけど、俺は口も悪いしコミュ力も低いし、語彙力に至ってはChatGPTにも劣るレベルだ。効果的なトレーニングや適切な指導なんか望むべくもない男だぜ。それでも俺の弟子になるなんて言うのか?」
俺の言葉に、パッとエロゲの顔が輝いた。
「はっ、はい! 精一杯頑張ります!」
「ハァ、ならわかった。週末の土日、俺に予定がないなら近くのダンジョンで鍛えてやる。その代わり、泣き言は一切ナシで。……わかったか?」
俺の言葉に、エロゲこと西園寺睦月は物凄く輝いた顔で、はい! と返事をした。
結局、その目の輝きに追い詰められて大事な約束をしてしまった俺は、もう何度目かわからないため息を吐いた。
「むおおおお、遂にガンジュ君にお弟子さんが! なんだか格闘漫画みたいで燃える展開ですね! ……西園寺さん、私も姉弟子として可能な限りサポートしますから! 大船に乗ったつもりでいてください!」
「え……藤堂、お前も来るの? マジで?」
「もちろんじゃないですか! それに指導をガンジュ君一人に任せるのは不安です! どうかすれば今日一日一回でも息吸ったら罰ゲームとか言い出しそうなので! 普通の人間代表として私が側で監督してた方がいいでしょう?」
おお、この人は短期間でよく俺のことを理解してくれているなぁ、その通りだ。
俺が少し感動しながらコーラフロートを啜っていると、エロゲこと西園寺睦月が物凄く恐縮した顔をした。
「す、すみません、助かります。本当に有り難いです。ダンジョンイーツさんだけじゃなく、インフルエンサーの藤堂アイリさんまで協力してくれるなんて……」
エロゲこと西園寺睦月は縮こまりながらそんなことを言い、ちらちらと、俺と藤堂アイリに視線を往復させた。
「あの、ところでお二人って――付き合ってらっしゃるんですよね?」
ボフッ、と、俺は物凄く盛大にコーラフロートを噴き散らし、派手に噎せまくった。
エロゲが驚く気配がしたが、俺の呼吸はなかなか元通りにならず、その後リカバリーにたっぷり一分ほどもかかった。
「……付き合ってない、付き合ってない……! ただの友人だよ!」
「ええっ!? そ、そうなんですか!? この間の配信であんなイチャイチャ……あ、違っ……! なっ、仲良くしてたから、てっきりそういうことなのかと……!」
「あっ、あれはホラ! やっと助けに来られたから感情が高ぶっただけだ! ああいう場面ではああいう風にするもんなんだ! お前も俺の弟子になるなら覚えとけ!」
「そ、そうなんですか!? あ、アレもダンジョン内の、なんというか、作法みたいなもんだったんですか!?」
「そうとも! 第一俺みたいな死んだ目の魚の男と大人気インフルエンサーでは、住んでる世界が違うというか、そもそも付き合うとかそういうこと考えられないと言うか……!」
俺の意味不明な弁明は、突如俺の尻に走った激痛によって途切れた。
藤堂アイリがソファから腰を浮かせた俺のケツの肉を
ギャア! と悲鳴を上げると、藤堂アイリが物凄くじっとりとした視線で俺を睨んでいた。
白い頬をぷうっと膨らませ、今のもういっぺん言ってみろ、というような視線で睨まれて、俺は数時間前に自分が言おうとしていたことを思い出し、意気消沈した。
俺と藤堂アイリを交互に見て、エロゲこと西園寺睦月は一層不思議そうな表情を浮かべた。
「……付き合ってない、んですよね?」
「う、うん。まだ……」
「あっ! そ、そういうことなんですか。ごっ、ごめんなさい、プライベートなことを……」
「い、いや、いいんだ。こんな仲良くしてたら……誰だってそうなのかなって勘違いするさ」
にまーっ、と、藤堂アイリが物凄くご満悦な笑みを浮かべたのを、今度は俺がじっとりと睨む羽目になった。
そうですそうなんですよ、私たちは「まだ」付き合ってないんですよ、というようなこってりとしたドヤ顔から目を離し、ごほん、と俺はわざとらしく咳払いをした。
「とっ、とにかく! お前の特訓には藤堂も協力してくれるって言ってる! だから死ぬ気で頑張ってくれよ、な?」
「はっ、はい! 頑張ります!」
「場所はこの近くにあるDランクダンジョンだ。荒療治で行くからな。それと、俺たちに特訓されるってことはお前も配信に出るってことだ。それは覚悟しとけよ!」
「はい! 頑張りますっ!!」
エロゲこと西園寺睦月は、大きく頷いた。
こうして、俺には初めての彼女が出来る前に、初めての弟子が出来た。
それも、後輩でピンク髪でアニメ声で猫耳の美少女という、まるでエロゲのメインヒロインのような弟子が、である。
◆
「面白い」
「続きが気になる」
「弟子ができてよかったね」
そう思っていただけましたなら
「( ゚∀゚)o彡°」
そのようにコメント、もしくは★で評価願います。
【ご連絡】
こちらの作品がドラゴンノベルスコンテストの最終選考に進んだため、
しばらくこちらの更新が低速になります。↓
魔剣士学園のサムライソード ~史上最強の剣聖、転生して魔剣士たちの学園で無双する~
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