第24話夢の話

 ハンバーグを食べた後、俺と藤堂アイリは駅までの数キロの道を歩きながら、色々と世間話をした。


 普段は人と楽しく世間話なんか出来ない俺だけれど、この人と話すのは何故か苦痛ではない自分に驚いた。


 そんなわけで、俺は駅までの道をほぼ無言にならずに歩いていた。




「あ、そう言えば、もうひとつ渡しておくべきものがあるんでした」




 会話の最中、突如思い出したように藤堂アイリが言い、自分のスマホを取り出して操作を始めた。


 数秒後、ピロンッ、と俺のスマホから音が発して、俺は自分のスマホを見た。


 スマホには藤堂アイリからのLINEが送られており、開いてみるとなにかのURLが記載されている。




「そのアプリをダウンロードしてみてください」




 俺が言われるままURLをタップすると、ダウンロード中であることを示すバーが徐々に伸びてゆき、直後、俺のスマホの画面に【D Eats】というロゴが踊って、俺は驚いた。




「藤堂、これは――?」

「今、D Eatsは電話とLINEで注文を受けてるんでしたよね? 業務量が増えることを想定して、こちらの方で専用の受発注アプリを開発してみました。まだβ版ですけどね」




 驚いた。まだ出会って一週間とちょっとしか経っていないのに、もうそこまで話が進んでいるとは。


 俺がそのアプリの画面を見つめていると、藤堂アイリがスマホを操作した。


 すると、ピロン、という音と共に俺のスマホに通知が届いた。




『藤堂アイリさんからのご注文内容:


みずの洋食店 チーズハンバーグ 大盛り ✕2』




 それと同時に、アプリ上に俺たちが今いる場所の地図が現れた。


 これは――スマホから注文を受け、そして自動で依頼人の場所までナビゲートしてくれる、ということだろうか。




「アプリにはGPS機能をつけてみました。依頼者のスマホ位置を特定して、その階層まで自動でナビゲートしてくれます。これならいちいちダンジョン内で依頼人を探す手間が省けるでしょう?」

「ま、マジかよ……ダンジョン内でGPSとか、そんなんアリなのか?」

「そのGPS機能はD Live社の最新技術です。周囲の魔素の濃淡を計測して地図を作る……周囲の魔素を媒介した通信方式なので、魔素がある限りGPSはどんな深層階でも機能します。まぁ、私が個人で開発したから現段階では色々粗はあると思うんですけど……」




 その一言に、俺は目を見開いて藤堂アイリを見つめた。




「これ――お前が作ったのか?」

「はい。これでも一応、IT屋の娘ですからね。一種の趣味みたいなもんですよ」




 ニヤリ、と笑った藤堂アイリに、つくづくこの人は才色兼備のお嬢様であるのだと思わされる。


 人望も、人気も、容姿も、才能も、それに見合った実力も、何もかもを兼ね備えている。


 俺は驚きを通り越した、半ば羨望の気持ちで藤堂アイリを見つめた。




「一応、そのアプリの存在は私とガンジュ君しか知りません。まだ外部には漏らさないでくださいね?」

「あ、ああ、わかってる」




 多少気後れしながら頷いて、俺たちは再び駅への道を歩き始めた。



 

 歩道を歩いていると、途中で小さな公園が現れた。

 

 むおっ、と声を発した藤堂アイリが俺を振り返った。




「ガンジュ君、公園がありますよ」

「うん、あるぞ」

「シーソー、最近乗ったことあります?」

「え……ないけど……」

「なら乗っていきましょう。私、これでもシーソー好きなんですよ」




 なにが「これでも」なのだろう……。


 なんだかよくわからない一言を発して、藤堂アイリは公園の隅に設置されているシーソーに駆けていった。


 白いペンキが剥がれかけているシーソーの片方に乗った藤堂アイリは、シーソーの前で佇む俺に「早く」と視線で催促した。


 シーソーどころか公園の遊具で遊ぶことすら数年ぶりである俺は、多少おっかなびっくり、という感じでシーソーに尻を落ち着けた。




「乗りました?」

「うん」

「それじゃ行きますよ――うりゃっ」




 藤堂アイリが地面を蹴ると、ギッコン、という音とともに、俺の身体が宙に浮いた。


 多分、体重は俺の方が重いと思うのだけれど、それでもシーソーというものはちゃんと人を持ち上げるのだと知って俺は少し感動した。




 しばらく、ギッコン、バッタン……と、宙を舞ったり、地面に墜落したりするのを繰り返して。

 

 俺はかねてから隙があればしてみたいと思っていた質問をぶつけることにした。




「藤堂」

「はい?」

「お前さ、夢――ってある?」




 そう、夢。


 俺の中には、全く無い発想。


 俺にはないけれど、こんなキラキラした人にならあるのではないかと思っていたもの。


 これを尋ねること自体、俺には大冒険だったのだけれど、俺は敢えて質問してみることにした。




「ほら、よく言うだろ? 『ダンジョンは人間の夢をすべて叶えてくれる場所だ』ってさ」




 そう、それは【潜入者ダイバー】たちの間ではよく言われる話。


 潜れば、カネ、名声、力、魅力的な異性――その全てが手に入れられる場所、それがダンジョンという場所であると。


 それはダンジョンに潜入し、そしてその中から何かを掴み取って来れる実力、そして度胸があるならば、ダンジョンでなくとも欲しいものは全て手に入れることが出来る、という意味の教訓話でもある。


 けれど俺には――ダンジョンに潜ってはいるけれど、人生において欲しいもの、叶えたいものというものが、いまいちよくわからないのである。




「それ、本当の話だと思うか? ダンジョンに潜れば本当に夢は叶うと思うか? 叶うなら、お前はどういう夢を叶えたいと思う?」




 ギッコン、と、地面に墜落しながら、俺は質問を重ねた。




「俺、夢とか特にないんだよなぁ。ダンジョンに潜ってはいるけどさ。ただメシを配達してるだけだし、もっと深層に潜りたいとか、もっと稼ぎたいとか、特にないんだよな。――これって、考えようによっては物凄く勿体ないことなんじゃないかと思ってさ」




 バッタン、と宙に舞い上がった藤堂アイリが、ふと考える顔つきになった。




「そうですね、夢、ですか……」




 藤堂アイリは虚空で考える顔つきになりながら、ギッコン、と地面に墜落した。

 

 地面に落ち着いたそのまま、虚空にいる俺に向かって、藤堂アイリは思いがけないことを言った。




「敢えて言うなら……世界征服、とかでしょうか」




 世界征服? 


 まるで悪の組織のボスが放ったかのような一言に、俺は地面に墜落しながら驚いた。




「な、なんだよ、世界征服って……」

「そのままの意味ですよ。というか、どんな夢でも、突き詰めれば結局は世界征服ってことになりませんかね?」




 藤堂アイリはへへっと笑いながら、よくわからないことを言った。




「私は、私が配信する動画を、世界のより多くの人に観てもらいたいんですよ。叶うことなら全世界の人に、です。私がダンジョンで配信を始めた瞬間、世界中の人々が手を止めて私の配信を観たならば――それって結局、私が世界を支配してる、ってことになりませんかね?」

「な――なるのかな」

「はい。なると思います」




 な、なんてスケールの話――。


 俺が舌を巻いていると、藤堂アイリが地面を蹴り、再び虚空に舞い上がった。




「この間も言いましたけど、私がダンジョンで配信するなら、一人でも多くの人にドキドキ、ワクワクしてほしいんです。こんなに不可思議で、こんなに危険で、こんなにもドキドキする場所がまだ日本にもあるんだって、そう思ってほしいんです」




 ギッコン。藤堂アイリが地面に落ちた。


 俺はよくわからない気分のまま、虚空に舞い上がった。




「私は、私が凄いと思うこと、素敵だと思うことを、たくさんたくさんみんなに広めていきたいんです。そうすれば、私が素敵だと思うことを素敵だと思ってくれる人が世の中に増える。それを繰り返していけば、やがては私が素敵だと思うことで世の中が溢れかえる――そうは思いませんか?」




 逆に問われて、俺は口を噤んでしまった。


 話のスケールに驚いたのもあるが、それ以上に、俺は俺が素敵だ、面白いと思うことに関して、他人の賛同まで得られる自信がなかった。


 密かに困っている俺を励ますかのように、藤堂アイリは力強く俺を虚空に打ち上げてくれた。




「夢なんてそんなもんでしょ? おカネも名声も塩水と一緒で、飲めば飲むほどもっともっと欲しくなるものです。ならば思いっきり大きな夢を見るのだってひとつの手です。逆に言えば、物凄く小さく設定してもいい。夢は夢ですから」




 バッタン。俺は地面に落ちた。




「ガンジュ君も、焦る必要なんてありますか? 自分には夢がない、ならばその夢を見つけるために自分はダンジョンに潜っているんだ――そう考えたっていいと思うんです」




 自分の夢を見つけるために、ダンジョンに潜る――。


 なんだか物凄く巨大な教えを受け取った気がして、俺ははっとした。


 何かを悟った俺を見て、藤堂アイリは例の如く、天使のように微笑んだ。




「むしろ、ガンジュ君は羨ましい人なのかも知れませんよ。これから自由に目標を定められるんですから。だからそんなに悩まなくてもいいと思いますよ?」




 その笑顔の柔らかさ、そして優しい声に、俺の中の何かがザワザワとざわめいた。


 俺は地面に落ちたまま視線を伏せた。


 伏せて、しばし考え――俺は地面を蹴って虚空に舞い上がった。




「なぁ藤堂、それって――」




 俺が言い終わる前に、俺は憎たらしい重力の作用によって、地面に落ちた。

 

 何故人間は重力などというものに縛られて生きねばならないのだろう。


 俺はその時ばかりは、悔しくて悔しくて、なんだか泣きそうになった。




 地面に落ちたまま悔しさに震えている俺を、虚空に舞い上がったままの藤堂アイリが不思議そうに見つめた。




「ガンジュ君――?」

「――いや、なんでもない、なんでもないんだ」




 俺がその時に藤堂アイリに尋ねたかった一言、それは――。




「もういいだろ? そろそろ帰らないとさ……」

「あ、そうですね。十分ギッコンバッタンしましたもんね」




 俺の一言に、藤堂アイリも同意して、俺たちはシーソーから降りた。


 シーソーから降りた俺たちは、駅に向かって歩き始めた。


 


 駅に向かって歩きながら、ふと、藤堂アイリが声を発した。




「ガンジュ君」

「なんだ?」

「ずっと聞きたかったんですけど……夏川健次郎さんって、どんな人でした?」




 そう、夏川健次郎。ダンジョン探索技術の父と言われる男にして、俺の親父殿。


 俺は少し考えてから、答えた。




「見た目はその筋の人にしか見えない人だったよ。豪快で、乱暴で、ものぐさで、だらしなくて……本人も言ってたけど、この世にダンジョンがなけりゃとっくに懲役に行ってるような人だった」

「そ、そうなんですか……意外、といえば意外ですね」

「あぁ。本人はまるで真面目に生きてるつもりらしいのに、あの人のやることなすことは常にどっか人並み外れてた。たった五年ぐらいしか表舞台にいなかったのに、今はダンジョン探索技術の父なんて言われてる。天才っていうもんはああいうもんなんだと思うぜ」


 


 そう、俺の親父殿は、天才か凡才かで言ったら、間違いなく天才の部類に入る人だった。


 それ故に生きづらく、人に遠巻きにされて、どこか常に孤独な人だった。


 だから俺と冬子さんの存在が、彼にとっての生きがいだったのだと、今も思う。




 藤堂アイリが、少し無言になった。


 俺たちは肩を並べて、しばし無言で歩道を歩いた。


 藤堂アイリが、何かの頃合いを見計らっているのがわかる。


 俺は、ふう、とため息を吐いた。




「あの、ガンジュ君。答えたくないならいいんですけど……」




 ようやっと、俺たちは「本題」に入れそうな雰囲気になってきた。


 俺は苦笑しながら口を開いた。




「いいよ、いい加減、聞きたいんだろ? 俺がどうして親父殿に拾われたか、そんで何でガキなのにレベル5の魔力なのか、とかさ」




 俺が先回りすると、藤堂アイリが無言で肯定した。


 俺が夏川家に引き取られる際、姉である冬子さんや親父殿は、俺の過去をいちいち詮索したりしなかった。


 だから、今回口にする話は、本当に初めて人に話す内容だった。


 俺は大きく息を吸い、吐き出し、人生で初めて身の上話をする覚悟を固めた。




「こっからは長い長い、初めて人に話す独り言だ。聞き流すのも、無視するのもいい。俺と親父殿は、もちろん血が繋がってない。俺は親父殿に拾われたんだよ。……俺がダンジョンで生活してた時にさ」




 俺の一言に、ぎょっと藤堂アイリが俺を見つめた。




「だ、ダンジョンで生活――!? どういうことですか!?」

「そのまんまの意味だよ、そのまんま。俺は三年間、陽の光も浴びずに、ダンジョンの中に引きこもって暮らしてたんだ――」




 俺は三年間、見ることのなかった大空を見上げながら答えた。




「俺、昔は半分ぐらい、人間じゃなかったんだよ」







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【VS】

この作品も面白いよ!!


『転生・櫻井◯宏 ~最後に裏切って殺される乙女ゲームのCV:櫻井◯宏キャラに転生した俺、生き残るためにこの魔性の声を武器に攻略キャラ(男)とフラグ立てまくります~』

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