第23話ハンバーグ

 約40分の電車移動を終え、俺たちは目的の街についた。


 東日本大神災以来、東北地方は関東地方から避難してきた人で人口が膨れ上がり、過疎化と高齢化に苛まれていたうら寂しい地方都市にニョキニョキと高層アパートが林立するような事態になっていたので、その街も在りし日の東京の街のように綺麗に整備されていた。


 俺は藤堂アイリと並んで街を歩きながら、色々とダンジョンの話とか、学校の話とかをした。


 思えば神災以降、こうして友人と呼べる人と親しく話した経験はない。


 一度は冬子さん以外の人間を信頼しないと決めていたはずの俺なのに、どうしてなのかこの藤堂アイリという人の会話は不思議と苦痛ではなかった。


 密かに自分の変化に驚きながら街を歩くこと十分、俺たちは目的の店の前に立った。




「ついた。ここだよ」




 俺が顎で店をしゃくると、ほぉーっ、と藤堂アイリは目を丸くした。




「みずの洋食店……ハンバーグ屋さん、ですか?」

「まぁハンバーグっていうか、街の洋食屋さん、だな。神災以降はめっきり減っちゃったからこういう店は貴重なんだぜ」




 洋食屋だけではない。本屋、文具店、ブティック――そういった個人商店は神災以降押し寄せてきた人々の居住地確保のために締め出され、ほとんどが廃業を余儀なくされたと思う。


 だがこの洋食屋だけはそんな乱開発の波をどうにか乗り切り、こうして商いの灯火を守り続けている。


 それ故、この街の人々にその味は深く愛されているのだ。




「ここは結構雰囲気もいいんだ。店主もいい人だから、あまり大きな声じゃなきゃ打ち合わせぐらいは見逃してくれるよ」

「へぇーっ、ガンジュ君、顔が利くんですねぇ!」

「そりゃ熟練のアルバイターだからな」




 へへっ、と笑ってしまった俺に、おおっ、と藤堂アイリが目を見開いた。




「ガンジュ君が笑った!」

「え?」

「笑った顔、初めて見ました! 意外に可愛い声で笑うんですね、ガンジュ君って!」



 

 ――相変わらず、妙なところで目ざといお嬢様だなぁ。


 そんなことを指摘された俺は当然の如く少し赤くなり、まるで少女漫画に出てくるキャラのように右手の甲で口元を覆うしかなかった。


 そんな俺をウフフフという感じで笑いながら、藤堂アイリは店に続く階段を昇って、ドアを開けた。




「いらっしゃい。――あら、ガンジュ君! それに……あれ、あなた、どこかで見たことあるね?」




 そう言って俺と藤堂アイリに視線を往復させた40代と思しきウェイトレスの婦人は、誰だったっけ、というように藤堂アイリを見つめた。




「お久しぶりです、水野の奥さん。――ほら藤堂、挨拶頼む」

「始めまして、藤堂アイリと申します。ウチのガンジュ君がいつもお世話になっております」

「ちょ、藤堂……!」

「ああ、藤堂! よくテレビとかで見る子じゃないの! ……って、ウチのガンジュ君、って……?」

「あ、ああ、それは気にしなくていいんですよ奥さん。それよりも……」

「見たところ、今日はバイトじゃないのね? それじゃあ食べていくの?」

「そうします。水野の奥さん、少しこれと打ち合わせ、っていうか、相談することがあって。他のお客さんの邪魔にならないように奥の席でお願いできますか?」




 はいはい、と奥さんは朗らかに頷き、俺たちを一番隅のテーブルに通してくれた。


 藤堂アイリは物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回している。




「やっぱり、こういう店には来たことないんだな」

「はい……! でも、こういう雰囲気のお店は素敵だと思います! いいなぁ、雰囲気も歴史もあって……こういうのも料理を美味しくするんでしょうね!」




 大はしゃぎする藤堂アイリを笑いながら見つめてテーブルに水を置いた奥さんは、去り際に俺の耳元にそっと囁いた。




「いい子じゃないの。告白するなら頑張ってね」




 告白。その一言に、俺は目を見開いた。


 俺がなにか反論しようとする前に、奥さんは、わかってますよ、というように嫌らしく微笑み、奥へと引っ込んでいってしまう。


 恨みがましくその背中を睨みつけていると「ガンジュ君、おすすめの料理を教えて下さい!」という藤堂アイリの声がした。




「え? あ、ああ、基本どれも美味しいけど、俺のおすすめはチーズハンバーグかな」

「ち、チーズハンバーグ……! 大好物です! じゃあ私はチーズハンバーグで!」

「じゃあ俺もそれかな。……奥さん、チーズハンバーグふたつ」

「ひとつは大盛りで!」

「はーい」




 奥さんが引っ込んでいった後、藤堂アイリと一言二言話をしながらしばらく待っていると、ハンバーグが運ばれてきた。


 大盛りのチーズハンバーグを前にした藤堂アイリは手を叩いて喜んだ。




「おおお……! 流石はガンジュ君おすすめのお店……! お、美味しそう……!」

「実際ここは美味いよ。さぁ、早いところ食おうぜ」




 俺がナイフとフォークを手渡しながら言うと、いただきます、と藤堂アイリがハンバーグを食べ始めた。


 俺もナイフとフォークを手に取り、分厚いハンバーグを切り分ける。




 ナイフを入れた瞬間、溢れ出てくる肉汁と、良質な脂の芳香が鼻先をくすぐった。


 一欠片をフォークで口に運ぶと、如何にも滋養の味、というような濃厚でまったりとした肉の味が舌を喜ばせた。


 ねっとりと絡みつくような脂の舌触りと、とろりと溶けたチーズの食感が舌の上で複雑に絡み、美味い、と何のためらいもなくそう思えた。




「おっ、おおおお……! お、美味しい……! ハンバーグ美味しいです……!」




 今この瞬間に涙ぐみ始めるのではないか、というような猛烈な感動と共に、藤堂アイリも非常にご満悦な表情で料理を食べている。


 思えば、この人は本当に美味しそうに料理を食べる人だ。


 お嬢様だから一食で数万円するような食事なんか食べ飽きるぐらい食べているはずなのに、一食千円ちょっとのハンバーグを噛みしめるように食べてニコニコ顔だ。


 これなら紹介した甲斐があるな……と思いつつ、俺も黙々とハンバーグを食べる作業に没頭した。




 しばらく食べ進めていると、藤堂アイリが急に改まった表情と口調になった。




「ふう……そろそろお腹も膨れてきましたし、本題に移りますか」

「おう」

「実は、ガンジュ君に渡したいものがあるんです」




 え? と俺がハンバーグを咀嚼しながら首を傾げると、藤堂アイリはスクールバッグの中から小さな箱を取り出して机の上に置いた。




「ぷれぜんとふぉーゆー、です」

「……なんだなんだ。まさか黄金色の饅頭でも出てくるんじゃないだろうな。俺はこれでも曲がったことは嫌いだぞ」

「いいから開けてみてくださいって」




 藤堂アイリに促され、俺は箱を手に取った。


 わかっているとは思うけれど、俺は同年代の女の子にプレゼントなどもらったことがない男である。


 多少ドキドキしながら箱を開けた俺は――中から出てきたものを見て、

はっと息を漏らした。




「これから【配信者ストリーマー】になるなら、必要でしょう?」




 ――中に入っていたのは、藤堂アイリがダンジョン配信の時に使っている片眼鏡のような配信デバイスと、小型の配信用ドローンだった。


 どちらもかなり高価な代物には違いない品に、少し戸惑いながら尋ねた。




「……いいのか?」

「もちろん。ガンジュ君もすぐに使いこなせるようになりますよ」

「悪いよ、こんなものタダでもらうのは。俺もいくらか……」

「いい、仰らないでください。何度も言いますが、これはガンジュ君への投資です。対価は後からたっぷりといただきますよ」




 藤堂アイリは薄く笑いながらそう答えた。




「それで……配信の件なんですけど、いよいよ一週間後、共同では初配信、ということで今、マネージャーさんと相談しています」

「一週間後……」

「厳密には、その前に一応、コラボ前の準備としての配信も予定していますから。その時がガンジュ君の初陣、ということになりますね」

「……今更だけど、本当に俺なんかがアンタの動画に出ていいのか? 藤堂は男のファン多いんだろ? 炎上とかしないかよ?」

「炎上……は、多分それほどしないんじゃないかな、と」

「なんで?」

「炎上してる暇がないでしょう? ガンジュ君の圧倒的な強さの前では」




 へへへ、と藤堂アイリが笑った。




「確かに最初はコラボを快く思わない男性ファンもいるかもしれません。けれど、ガンジュ君が繰り広げる無双乱舞を前にしたら否応なく引き込まれるのでは――マネージャーさんとはそんな結論に達してます」

「いいのかよ、そんな結論に達して。随分安易チックな結論に思えるけど」

「何もかもわかりませんよ。コラボ――というより、元より動画配信なんて、そもそも不確定要素の塊です」




 妙に達観したような口調でそう言われると、実際そうなんだろうな、と思わされる。


 思えばテレビでの配信とは違い、ネット配信などというものは全てがリアルタイムで展開してゆくものだ。


 バズりやすい分、一度一度獲得した人気を失おうと思ったら、それは実に簡単なことなのだろう。


 そんなリスクを背負ってまで、俺のような配信素人を誘ってくれる藤堂アイリという人は、思えばかなり思い切ったことを考える人だ。




 藤堂アイリがハンバーグを口に押し込み、んーっと唸ってから、モゴモゴと言った。




「んふ……現段階では初配信するダンジョンの選定を進めています……んぐ。ガンジュ君の強さを余す所なく視聴者のみんなに見ふぇるにはそれなりに高難易度のダンジョンの方がいいふぉは思うんふぇすけどね……」

「飲み込んでから喋れ飲み込んでから喋れ」

「んぐ……とりあえず、覚悟だけはお願いしますね」




 おう、と応じて、俺もハンバーグの欠片を口に押し込んだ。


 その後は特に打ち合わせもなく、世間話をしながらハンバーグを食べ進め、俺と藤堂アイリはほぼ同時にハンバーグを食べ終わった。


 ごちそうさまでした、と、藤堂アイリに倣って手を合わせて会釈すると、水野の奥さんが満足そうに笑った。




「はい、お粗末様でした。随分美味しそうに食べてくれるから嬉しかったわよ」

「はい! とても美味しかったです! また来てもいいですか!?」

「あなたみたいな素敵なお客さんなら喜んで。……ガンジュ君、ちゃんとこの子を送ってあげてね」




 わかってますって、と応じた俺たちは、支払いを済ませて店を出た。








現代ファンタジー日間・週間ランキング1位、感謝!!

総合ランキング5位!!


書籍化打診お待ちしております!!




【VS】

この作品も面白いよ!!


『転生・櫻井◯宏 ~最後に裏切って殺される乙女ゲームのCV:櫻井◯宏キャラに転生した俺、生き残るためにこの魔性の声を武器に攻略キャラ(男)とフラグ立てまくります~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330657915304338

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る