第22話電車の中で

 何度も言うことだが、俺は前の学校ではロクに学校に通えていなかった。


 そのため、フルで授業を受けた経験があまりない俺は、聖鳳学園でほぼ初めてぐらいに全ての授業をこなしたことで少々疲れていた。


 やれやれ、生活のためにダンジョンで配達した時は疲れたなんて言っていられなかったけれど、学校に通えるようになったら今度は気疲れがする。


 ままならないもんだなぁと思いつつ俺がスクールバッグに教科書などを詰め込んでいると、スッ、と俺の眼前に人が立つ気配がした。




 俺が顔を上げた先に――藤堂アイリが立っていた。




「ガンジュ君。この後少しお時間あったりしますか?」

「はい?」

「少し、学校じゃない場所でお話したいことがありまして。その――後で私の配信チャンネルにガンジュ君が出演することについて、詳しく打ち合わせがしたいんですよ」




 なんだそんなことか、と思ったが、その時の藤堂アイリは何故なのか文字通りに「もじもじ」していた。


 神災の影響でそうなのか、果てまた生まれつきのものか、白い肌が湯上がり色に色づいている。




「なんだ、その顔。打ち合わせ、なんだよな?」

「えっ、えぇ――」

「そりゃ構わないけど、アテはあるのか? どっかファミレスとか」

「それは――そうですね。その――」




 藤堂アイリが少しぼそぼそとした口調で言った。




「できれば、ガンジュ君が一番美味しいと思うお店を紹介してほしいんですよ。そこで打ち合わせができたら素敵だな、と思ってて……」




 なんだよ、メシの話が恥ずかしいからその顔か。


 なんだか拍子抜けした気分になりながらも、俺は少し困ってしまった。




「いやぁ、でも藤堂、俺の家ってあんまり外食とかしない家なんだよ。だからこのへんで美味い店って言われても……」

「そっ、それなら! ガンジュ君がよくデリバリーを頼まれるお店でいいです! そこなら、信頼できると思いますから!」




 急き込んだような声でそう言われて、俺もなんだか妙に気圧された気分になった。




「おっ、おう、それなら何個かあるけど……いいのか? お前、登下校は送り迎え頼んでるんじゃねぇのか?」

「それは今日は断りました。それにあの、ずっと思ってたんです。普通に私もみんなと同じように放課後に色んなとことをぶらついてみたいなって……」

「ああ、そんなもんか。お嬢様にはお嬢様なりの欲ってもんがあるんだなぁ」




 俺は呆れたような気分で頷いてから、複数確認した。




「悪いけどその店、結構遠いぜ。ここからだと電車を使わないと行けない場所にあるんだけど……大丈夫か、電車」

「はっ、はい! あの、あんまり乗ったことはないんですけど……」

「大丈夫だよ、別に危険な乗り物じゃない。けど、帰宅ラッシュでかなり混むかもしれないから、その覚悟はしといてくれ」

「はっ、はい!」

「じゃ、一緒に行くか」




 俺はその一言、「一緒に行くか」という言葉を「打ち合わせするか」という意味で言ったのだが、藤堂アイリの方はなんだかその一言を喜ぶように、えへへ、と笑った。


 俺はその反応を怪訝に思いながら、ごそごそと準備を始めた。







 聖鳳学園から徒歩で十分少々、如何にも地方の寂れた駅という、キオスクも立ち食いそば屋もなんにもない駅から電車に乗って三十分程。


 既に座席は部活や仕事などで疲れ切ったスーツ姿や他校生の制服姿で埋まっていて、俺たちは立ったまま電車に乗ることを余儀なくされた。


 一応、最初はつり革を掴みながら並んで立っていたのだけれど、中央に近づいてくるにつれて乗客は増え、俺たちは遂に開かない方の出入り口付近にまで押しやられてしまった。




「わわ、わわっ――!」




 この反応、本当に電車が初めてなんだなぁ。


 徐々に増えてすし詰めになっていく車内を見ながら、藤堂アイリは目を白黒させている。


 俺は藤堂アイリの制服の肘の辺りを手で叩きながら、奥へ移動しろと促した。




 駅で乗降客の入れ替わりが終わり、電車が進みだした。


 ガタン、ゴトン……という重苦しいレールの音と共に車内が揺れ、俺の背後に立っていた部活帰りの学生のリュックが、思い切り俺の背中をどついた。


 俺は咄嗟に、藤堂アイリを出入り口の真ん前に移動させ、乗客の波から守ろうとした。


 と――再び電車が揺れたことで、また背後の客のリュックに思い切り背中を押され、俺はたまらず電車のドアに右手を突っ張った。




 やれやれ、これだから電車は嫌いなんだよ……と恨めしく背後でシレッとしている学生を睨んだ、その時だった。




「――ガンジュ君、大丈夫ですか?」




 小声で、まるで囁くように言われて、ぎょっとした。


 目だけで下を見ると、藤堂アイリの小柄が俺の顔のすぐ下にある。


 藤堂アイリは心配そうに俺の顔を見つめ上げた。




「かなり混んでますけど、つらくないですか?」

「い、いや、つらくはない。大丈夫だ」

「無理して私のことを守ってくれなくてもいいですからね? もしつらいならもっとこっちに寄って……」




 途端に、藤堂アイリが俺の制服の襟を掴んで、ぐいっと自分に引き寄せた。


 ここまでしつこくしつこく藤堂アイリの「ある一部」の存在を仔細に描写してきたことからも予想できる通り、俺の肋骨と腹部の境目辺りに大きな大きな存在を感じた俺はすんでのところでワッと声を上げるところだった。




「あ、いいって、ホント、ホントつらくないから……」

「だって、ガンジュ君、顔真っ赤ですよ?」

「何言ってんだ、これはお前のせいだろ……」

「え?」

「もういい、もういいからちょっと黙っててくれ」




 しかもこの女、髪のつむじの辺りから、今まで嗅いだことのない物凄くいい匂いが立ち上ってくるから厄介だ。


 この近さ、この体勢だと、不必要なぐらい藤堂アイリという人の存在を感じてしまう。


 俺が必死になって、背中側からの圧力、そして藤堂アイリ側からの圧力にじっと耐えていると、藤堂アイリがふふっと笑い、スッと口元を俺の耳に寄せてきた。




「守ってもらってありがとうございます」




 ――もう、この人は本当に、男子高校生の情緒を無茶苦茶にするのが得意か。


 俺は正面から藤堂アイリを見下ろした。




 260万人の人間を虜にしている存在を、こんな間近にしているなんて、現実味が湧かなかった。


 如何にもあちらの世界と混交してしまった覚醒者らしく、藤堂アイリの不思議な色の銀髪はちゃんと毛穴からその色だ。


 肌は抜けるように白いし、目はどう考えても地上の人間には有り得ない、不思議なまだら模様を描いている。


 俺もそうだが、顔立ちそのものも明らかに普通の黄色人種っぽくない。


 ここまで整った容姿なら、言い寄ってくる男なんてたくさんいるのだろう。


 いや、それ以上に――ここまで強く異世界の何者かと混交して無事でいる人は、思えば初めて見た。


 あの白く、清廉さを感じる魔力の使い方からを考えると、藤堂アイリは異世界のエルフかなにかと混交しているのかもしれない。




 そう、混交――この世界に巨大な厄災を齎した現象。


 あの日。12年前の、2011年3月11日午後2時46分。


 東北地方のある場所に建設された去る粒子科学研究施設で、予てより観測されていたという、この世界とは異なる世界。


 その世界との不用意な接触を図った当時の日本政府の失敗により、一瞬で拡大したワープゲートから迸った青い光は東日本一帯を飲み込み――俺たち覚醒者の血は、異世界の何者かと混交を起こした。


 今まで真っ黒だった俺の髪の毛と瞳は燃え上がるような赤色に変色し、同時に、俺には魔力という異世界の力が備わった。




 だが、運悪く、の末路は――悲惨だった。




 何故、あの日でなければならなかったのだろう。


 何を隠そう、その年の3月11日は、俺の4歳の誕生日だった。


 俺の本当の両親――父さんと母さんは、俺の誕生日祝いとして、サプライズで俺を千葉県にある夢の国に連れて行ってくれようとした。




 俺たちを乗せた車が高速に乗った辺りで――俺はあの、日本を滅茶苦茶に破壊した、あの青い光を見た。


 運転席で悲鳴を上げた俺の父さんの声、俺を抱き竦めて庇った母さんの体温が、俺が神災前に感じた最後の記憶だった。




 気がつけば、車は中央分離帯に衝突した状態で停まっていて。


 俺の、俺の父さんと母さんは――。




「ガンジュ君、どうしました? 顔色が悪いですよ」




 そんな心配そうな声に、俺は現実世界に引き戻された。


 見ると、藤堂アイリの不思議な色の瞳が俺を見上げていた。




「あ、ああ、心配ない。多少電車に酔ったみたいだ――」

「大丈夫ですか? 途中で降りて休みます?」

「そんなことは必要じゃない。大丈夫だ」

「でも――」

「悪いけど、本当にそんな心配されるような体調じゃないんだ。心配してくれてありがとうな」




 俺は頑迷に平気と言い張り、目を閉じた。


 いつもは思い出さないようにしている、運命のあの日のことを、不意に思い出してしまった。


 あの日のことを思い出すと気分が悪くなるのはいつものことで、そんな時、俺は学校にもダンジョンにも行かずに、あの記憶が薄れるまで寝ているのが常だった。




 じっと、瞑目して気分の悪さに耐えていた俺のこめかみの辺りに、ふっと温かい何かが触れ、俺は目を開けた。




「と、藤堂――?」

「気分が悪くなった時は、これに限ります」




 藤堂アイリが平手で俺の頭を押さえ、温めてくれていた。


 驚いていると、藤堂アイリは俺の頭から手を離し、すりすりと掌を擦り合わせて、はぁーっと息を吐きかけてから、もう一度俺のこめかみに触れる。


 藤堂アイリの小さな掌から伝わってくる体温が、過去の記憶に恐れ慄く俺を少しずつほぐしてくれているのがわかる。


 その心地よさに、思わず俺はああ、とため息を吐いた。




「藤堂――本音を言うと、今、割と気分が悪いんだ。悪いんだけどもう少し――」

「何も何も。ガンジュ君が元気になるまでやってあげます」




 藤堂アイリは天使の微笑みで笑った。




「ガンジュ君だって、初めて出会った時、同じことをしてくれたじゃないですか」




 そうだったかな――と過去を思い出そうとして、やめた。


 今はこの温かさと、そして温かさ以上に感じる安らぎに、何も考えずに黙って浸っていたかった。




 チッ、と、斜向かいに立った因業そうな薄らハゲ頭のサラリーマンが、俺たちを見て舌打ちをした。


 思えば、今の俺たちはどう考えてもカップルがイチャイチャしているようにしか見えなかっただろうなと、俺も思う。




 どうだ、堂々と見せつけられて悔しいか。


 今俺が感じている幸せをアンタにも分けてやりたいよ――。




 俺は意地悪く勝ち誇ったような気持ちで、しばらく電車に揺られ続けた。







現代ファンタジー日間・週間ランキング1位、感謝!!


このまま総合週間でも1位取りたいのでガンガン★入れてください。

もう直球でお願いします。

ここまで来たらイッパツ1位取りたいです。


あと、書籍化打診お待ちしております。


よろしくお願いいたします。



【VS】

この作品も面白いよ!!


『グレイスさんはお飾りの妻 〜契約結婚した夫に「お飾りの妻でいてくれ」と言われたから死ぬほど着飾った結果、気がつけば溺愛されてた件〜』

https://kakuyomu.jp/works/16817330668204780237

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