第48話ホタルとお星様

 俺たちの配信が途絶してから、約一時間。


 後で聞いた話によれば、日本中、否、世界中が、大騒ぎになっていたそうだ。


 何しろ、チャンネル登録者数260万人を誇るインフルエンサー、日本のダンジョン【配信者ストリーマー】の中でもトップクラスの人気を誇る藤堂アイリが、ダンジョンで起こるイベントの中でも最悪クラスであるメルトダウンに巻き込まれ、それを俺が助けに行く様が数時間に渡って配信されたのだ。


 しかもその配信は、ダンジョンをクローズすべくSランクモンスターである無肢竜ワイアームに挑もうとしたところで途絶し――一番知りたかった結末が丸ごとお預けになったのだから。




 そのたった数時間で、世界は大きく変わっていたそうだ。


 俺はよく知らないけれど。




 まず、国会が紛糾した。俺たちの事故にかこつけ、やはり未成年のダンジョンへの立ち入りは法律で禁止するべきだ、とかねてから繰り返していた野党側の議員の息子が未成年で【探索者ダイバー】をやっていたことがマスコミによってリークされ、その野党議員は終始脂汗を流しながら国会で言い訳していたそうだ。




 D Live社の株価が上がったり下がったりした。D Live社の社長令嬢である藤堂アイリが遭難した時は驚くほど下がったのに、俺が配信中に藤堂アイリのもとに辿り着いた瞬間、今度は凄い勢いで株価が上がり始め、その後も取引終了まで天井知らずに上昇を続けた。俺は結果的に藤堂アイリの親父さんを相当儲けさせたと思う。




 次に、晴れる屋さんが混んだ。俺たちがダンジョンの底で食べた煮干しラーメンは配信から数時間後には特定され、ただでさえ行列店であった晴れる屋さんは空前の人混みに湧いた。俺と藤堂アイリは後に店主であるケンコバのおっさんよりその功績を讃えられ、終生大盛り無料、煮玉子二つオマケ、という捨て扶持を勝ち得た。




 藤堂アイリの配信チャンネル『Airi★のダンジョン日記』のお気に入り登録者数が300万人を超えた。これは日本の全ダンジョン配信者の中でもトップの数字となり、藤堂アイリは名実ともに日本一のダンジョン【配信者ストリーマー】となった。




 そして、これはずっとずっと後になって風の噂で聞いたことであるが、前の学校で俺の担任だった国語教師が、教師間での不倫を咎められ、離婚した上に十ヶ月の減給となったのも、奇しくもこのあたりのことだそうだ。あの七三の元奥さんは、もう二度とあのようなチンケで不誠実な男に引っかかったりしないことを祈る。




 メルトダウンで地殻変動を続けるダンジョンのように、俺を取り巻く世界も、少しずつ変動していた。


 変わらないはずだった世界が、少しずつ、少しずつ、俺たちの頑張りに呼応して、良い方へと変化していた。




 そして、遂に――。


 数百人の公安警察、そして迷宮統括省より派遣されてきた役人が固唾を飲んで見守る中――徳丹城ダンジョンのワープゲートが、ジジッ! という音と共に揺らいだ。


 周囲の大人たちがどよめく中――ワープゲートから放たれていた青白い光の揺らぎが急速に萎み、虚空に吸い込まれてゆく。


 そしてすっかりと大気の揺らぎが消えた後、そこには、お互いに肩を支え合って立つ俺と藤堂アイリ、そしてどうにかこうにか生き長らえていたらしい、失神した状態の堂島健吾の姿が残された。




「きっ、君たち! 大丈夫か!?」




 警官、そしてスーツ姿の大人たちが、血相を変えて俺たちに殺到してきた。


 無肢竜ワイアームとの戦いでボロボロになっていた俺たちは、それでも倒れることなく、しっかりと応答した。




「まぁなんとか、無事です。ふたりとも、大きな怪我はありません。すみません、ご心配をおかけしました」




 俺が答えると、スーツ姿の中年男性がほっと一安心したように眉尻を下げ、次に振り返って周囲をどやしつけると、近くに待機していた救急車からストレッチャーが運ばれてきて、まず堂島を救助――否、連行していった。


 堂島は全身血だらけの泥だらけで、白目を剥いて奇妙に硬直したまま、ストレッチャーに載せようとする救助隊員を苦戦させている。


 たった一日と数時間で、その顔は十も老けたように見える。ダンジョンの深層で余程恐ろしい目に遭ったに違いなく、もうアレでは二度とダンジョンに立ち入ることなど出来はしないだろう。




 俺は、周囲を見渡した。


 空には、既に夕闇が落ちてきていた。


 公園として整備されている徳丹城は、おそらく千年前の造成時以来の賑わいに湧いていた。


 警官、役人、救助隊員、規制線の向こうに多数詰めかけるマスコミ関係者、そして野次馬……ざっと見渡しただけで、千人近くもいただろうか。




「お前ってやっぱすげぇなぁ、藤堂」




 その光景を見ながら、俺は呆然と、俺に肩を支えられている藤堂アイリに言った。


 藤堂アイリは、不思議そうな表情で俺を見上げた。




「これみんな、お前のこと心配して来てくれてるんだぜ。何も出来ないってわかってるのに、それでもお前を死なせたくない、お前を助けたい一心でさ。普通の人間じゃこうはならねぇよ、きっと」




 ああ、やっぱり、この人は凄い人なんだ。


 きらきらと輝いていて、一度その姿を見れば、誰もが彼女を好きになる。


 死なせたくない、守ってやりたいと、誰にでも思わせる人。


 それが――藤堂アイリという人なのだ。




「俺……いいのかな。お前と一緒に配信なんかしてさ。俺とお前じゃ生きてる世界が違う気がやっぱするよ。お前がお空の上のお星様だとしたら、俺は――そうだなぁ、ホタルの光みたいなもんだ。しかも羽化する前の、カワニナ食ってる時の幼虫の光だよ」




 俺は妙な例え話をした。


 ホタルは成虫になる前は川にいて、芋虫のような醜い姿をしており、カワニナという巻き貝を喰って成長する。ちなみに幼虫の状態でも尻が光るのだ。


 そしてたとえ美しく光る成虫になって空に舞い上がったとしても、ホタルは一週間も生きてはいられない。


 運命の相手を見つけ、子孫を残したら――ポトリと川に落ち、その短くて儚い命を終えるのだ。




 お星様に導かれて、僅かな光をお供に夜の空に舞い上がった俺は――結局、好きな人も見つけてしまった。


 そうなれば、後は落ちるだけなのかな。


 俺がぼんやりと考えた、その時だった。




「ダンジョンイーツ! 配信見てたぜ、よくやった!!」




 俺がぎょっとして声のした方を見ると、知り合いではない若い男が、野太い声とともに俺に呼びかけてきていた。




「アイリを助けてくれてありがとうな! お前、最ッ高にかっこよかったぞ!!」




 え……? と俺が戸惑ってしまうと、規制線の向こうの人だかりから、歓声と共に万雷の拍手が沸き起こった。




「ダンジョンイーツ、お前は最高の【潜入者ダイバー】だ! 次の配信楽しみにしてるぞ!」

「ダンジョンイーツ! 最高に狂ってて最高にイカした配信だったぜ! 俺も見てた!!」

「アイリも可愛いけどお前もカッコよかった! ダンジョンイーツ、お前マジでいい男だ!!」

「これからもアイリと末永くお幸せに! 誰が許さなくても私は応援してるからね!!」

「クッソォ、カメラの前でイチャイチャしやがって!! 羨ましいぞ畜生が! リア充爆発しろ!!」

「おいダンジョンイーツ、次の配信ではしっかりデバイス充電しとけよ! また充電切れ起こしたらマジ怒るからな!!」

「ダンジョンイーツ! ダンジョンイーツ最高!! ガンちゃん! ガンちゃんは最高だよ!! おかえりガンちゃん!!」



 

 最後に一際大きく響き渡った声、それは俺の帰りをずっと待っていてくれた、冬子さんの声だった。

 

 それからも、藤堂アイリではなく、俺を称賛する声が鳴り止まぬ拍手とともに続々と上がり、俺は――俺は、呆然としてしまった。




「ダンジョンイーツ!」

「ダンジョンイーツ!」

「ダンジョンイーツ!」

「ダンジョンイーツ!」

「ダンジョンイーツっ!」




 その大歓声を聞き、その場にいた制服姿の警官たちが呆れたように俺を見たが、俺を見つめる目はどれもが笑っている。


 誰もが、この場にいて、俺を見つめる誰もが、俺のことを認めてくれている気がした。




「――ほらね、ガンジュ君。ガンジュ君はホタルなんかじゃないじゃないですか」




 不意に――そんな声がして、俺は藤堂アイリを見た。

 

 藤堂アイリははにかんだ表情のまま、目にうっすら涙を浮かべて俺を見上げた。




「ここにいる人たちは、私じゃなくて、ガンジュ君のファンのようですよ。ガンジュ君はホタルなんかじゃない、今夜、宇宙の中で一番輝いているお星様です」




 宇宙で一番、輝いてる星――。


 どんな賞賛の言葉より、この人が掛けてくれたその言葉が、俺には何よりも嬉しかった。




「やっぱり……ガンジュ君は私の見込んだ通りの人でした。上米内願寿君、あなたは、凄い人、素晴らしい人です。すごく、とっても、すごい人――」




 ようやく助かった安堵、かけられる声の温かさ、ここまで至るまでの苦難の時間――。


 様々な思いがこみ上げてきたのか、それ以上は言葉にならないようだった。


 藤堂アイリは俺の肩に顔を埋めるようにして、そのまま沈黙してしまった。


 ダイバースーツ越しに伝わる藤堂アイリの体温が火傷しそうに熱く感じて、思わず俺も俯いて涙を堪える羽目になった。




 ずっと、暗がりばかりを歩いてきた人生。


 ずっと、差し伸べられる手に怯えるばかりの人生。


 ずっとバズることのない、沈むばかりで、浮き上がることのない人生。


 そんな俺の世界は――いつの間にか大きく大きく、変化していたようだ。




「さぁガンジュ君。今日はもう、ゆっくり休みましょう。配信、お疲れ様でした!」




 藤堂アイリが顔を上げ、弾けるような笑顔と共に言った。


 俺は涙を堪えて笑い、ボロボロの右手で藤堂アイリの頭を滅茶苦茶に撫でてから、お互いの肩を支え合いながら歩き出した。




 どんなに乞い願っても、お星様には手が届かない。


 俺たちはずっと、この薄汚れた地面の上から、物欲しそうな目でその輝きを見上げるしかない。




 けれど、たとえ手に入らなくっても、綺麗だ。


 そう、この人と同じぐらい――。




 徳丹城を囲む世界の上、コーラを薄めたような色の空に、きらきらとお星様が輝いていた。







第一章、ようやく完結です。


この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ「( ゚∀゚)o彡°」とコメント、

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