第47話No signal
95階層まで降りた時――どうやらここが現時点でこのダンジョンの最下層だと確信するに至った情報がいくつかあった。
ひとつは、肌に感じる魔素の量。今まではメルトダウンの真っ最中ということもあり、流動的だった魔素の流れが、ここでは落ち着いている、否――重く停滞していた。
2つ目は、そこかしこに魔物の骨が散乱していること。ボスモンスターが餌として喰らった魔物たちの成れの果てだ。
「皆さん、ここがおそらく徳丹城ダンジョンの最深層階と思われます。何が起こるかわかりませんので、覚悟しておいてください」
:ゴクリ……
:深層階は異世界だからなぁ。文字通り魔物の強さの次元が違う
:やべぇよ、最深層階で配信とか聞いたことない……
:世界初クラスの貴重な映像になるかもしれないな
:しかしデカいダンジョンだな
:もう映像からしてヤバい世界なのがわかる
:アイリ気をつけて! ダンジョンイーツは……まぁ、うん
:アイリ「は」無事帰ってきて!
:ダンジョンイーツは少し油断気味に頼むわ
:ダンジョンイーツはボスにやられてくれてもいいのよ?
「なんで俺はやられなきゃいけねぇんだよ……ったく、いくら藤堂のチャンネルだからって俺への風当たりキツくねぇか?」
:まぁアレだけ発狂させてくれたからな
:公開イチャイチャの代償だ
:俺のアイリとあんだけイチャコラしやがって◯ね
:コメント欄をアイリ病患者の糞だらけにしといて何を抜かしてけつかる
:月の出てない夜は背後に気をつけろ
:ダンジョンイーツの上履きに画鋲入れとこ
:後で実弾送りつけてやる
:封筒にカミソリの刃を入れて送りつけてやる
:人骨送りつけてやる
:ボスに食われちまえ
:とにかく◯ね
「あーもー、はいはいわかりましたよ。俺はボスにやられりゃいいんだろ? 最大限努力はするさ。まぁボスが俺より弱かったらその限りじゃねぇけどな」
俺は次々と流れてくるコメントを読むことをやめてため息を吐いた。
いよいよこの後、このダンジョンで最も強いモンスターと、俺たちは戦うことになる。
俺は隣を歩く藤堂アイリに話しかけた。
「ところで藤堂。お前、ダンジョンクローズってやったことあるか?」
「そんなこと、考えたことすらありませんよ。そんなものは政府系の【
「そうか、やっぱりそうだよな。俺もだ」
俺たちはそこで無言になってしまった。
これから起こることへの懸念が、俺たちの足取りを重くしていた。
俺は気を紛らわせるつもりで、ずっとしてみたかった質問をした。
「藤堂はさ、なんで【
その質問に、藤堂アイリが少し考えるような表情になり、口を開いた。
「私の父が興したD Live社はね、今ではそこそこ優良企業とか言われてますけど、出来た時にはまだまだ弱小の配信サイトでしかなかったんですよ。サイト名も今とは違いました」
まぁ最初は当然ですけどね、と藤堂アイリは付け加えた。
「そんな時、神災が起こって、世界中にダンジョンが出現した――。その時、私はまだ小さかったけれど、日夜ニュースなんかで流れてくるダンジョンの映像に、すごく興奮したんですよ。こんな不思議な世界があるんだ、行ってみたいなぁ、って」
藤堂アイリは昔を懐かしむように虚空を見上げた。
「小学校に上がるか上がらないかぐらいの歳から、私は小さなダンジョンに出入りするようになりました。魔石のかけらを拾ったり、スライムと遊んだり……父はその映像を気まぐれに配信に流した。そしたら凄い反応があって……父は私をきっかけにしてD Liveのアイディアを思いついたんだそうです。父はそこでダンジョンでの配信事業を本格化して――D Live社の今があるんです」
なんと、ダンジョン配信は、もともとは藤堂アイリとその親父殿の気まぐれがきっかけで始まったというのか。
俺が驚いていると、藤堂アイリが微笑んだ。
「私や私の家族は、ダンジョンに恩があるんですよ。それに危険で怖いけど、ダンジョンには未知の感動がある。ダンジョンで配信を続けるうちに、私もいろんな経験をさせてもらえた。いろんな人と出会い、いろんな仕事もさせてもらえるようになった――」
藤堂アイリは楽しそうに言う。
「だから、私は配信で私が感じたドキドキやワクワクを、色んな人におすそ分けしたいんですよ。私だけが囲っていたんじゃ面白くない。色んな人に、ダンジョンという場所が持つ魅力を伝えたい――私が【
あぁ、この人はやっぱり凄いなぁ。
俺は素直に尊敬する気持ちでその言葉を聞いていた。
俺なら自分が感じた感動を他人に分け与えようなんて思えない。
でも、この人はその喜びや楽しさを、率先して他人と分かち合おうとする。
こういう人だからこそ、多くの人から親しまれ、愛されるのだ。
そして遂には、俺のような人間でさえ、その虜に――。
少し気恥ずかしいような嬉しいような、なんだか不思議な気持ちになって、俺は俯いて笑ってしまった。
「えっ、何を笑ってるんですか? ガンジュ君」
「いや――今の話、如何にもお前らしいな、って思ってさ」
「アッ、どういう意味ですか!? なんか馬鹿にしてません!?」
「してないよ。むしろ凄いなぁ、って思ったんだ。わかってたけど……やっぱりお前は凄い人だよ、藤堂アイリ」
俺が真正面から称賛の言葉をかけると、藤堂アイリは少し赤面し、顔を逸してしまった。
「……ガンジュ君って、たまにそういうことしますよね。なんというか、時々理不尽に素直な言動をするというか……心臓に悪いからやめてくださいよ、もう……」
:あああああああああああ!!!!!!!!!!
:イチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャ
:ああああああああああ!!!!! ……あれっもう糞出ねぇや
:ホントこいつらは恥ずかしげもなく……
:カメラ回ってんの理解してんのか?
:見てるこっち聞いてるこっちが恥ずかしいわ
:もうアイリこれ完全にメスの顔してんな
:こんなんカップルやんけ
:アイリも普通の女の子やんなぁ
大量に流れてくるコメントを、俺は丸ごと無視した。
260万人もの人間に愛されている存在と、今俺は肩を並べて歩いている――。
数週間前の自分に言っても信じないだろう現実を嬉しく感じつつ、それからの俺たちはしばらく無言でダンジョン内を歩いた。
不意に――狭い天井が、遥か上に消えた。
まるで体育館のような広い空間が現れ、周囲の気温が急に二、三度も低下したような気さえする。
これは――俺が拳を握りしめるのと同時に、藤堂アイリが腰のホルスターから魔導製拳銃を抜いた。
「藤堂、来たな」
「えぇ、ここが徳丹城ダンジョンの最下層――ダンジョンボスの玉座の間らしいですね」
俺たちが短く確認しあったその瞬間――それは始まった。
ダンジョンの壁、床、そして空気そのものが細かく震動し、凄まじい量の魔素と殺気とが俺たちの横を吹き抜ける。
オオオオオ……という低い唸り声とともに、闇に塗りつぶされた奥の院から、常軌を逸した巨体が這いずり出てきた。
分厚い鱗に覆われた赤褐色の蛇体。
その一本一本が人間の腕ほどもあると思える、ぞろりと生え揃った牙。
その巨体を宙に浮かせるための、背中に生えた一対の巨大な羽根。
暴君の冷酷さを持った、爬虫類科動物の縦に裂けた瞳。
この徳丹城ダンジョンの生態系の頂点として君臨する魔物は、俺たちを視界に入れると、ぐいっと鎌首をもたげ、鋭く咆哮した。
「
そう、
その生態は謎に包まれているが、俺がかつて藤堂アイリと初めて出会った時に叩き潰したドラゴンの、そのまた祖先であると考えられる魔物。
無論、こんな魔物に出くわして無事逃げおおせた人間の話も聞かないし、そもそもこんな馬鹿でかい魔物が映像に残されること自体、世界的にも極めて稀なことではなかろうか。
:うわああああああああああああ!!!
:ワイアーム!? こんなん初めて見た!!
:うおおおおおおおおおおお
:これは……! 無理だろ……!
:デカっ!!!!!!!!!
:えええええええええええ
:こんなん人間に倒せるレベルじゃねーぞ!!
:もう俺はさっきから何を見せられてんだろう
:これはムリ! ムリだから逃げて!!
:アイリもダンジョンイーツもにげてえええええええええええ
「……へっ、最近はなんだか妙にドラゴンと縁付いちまったな。けれど、感謝するぜ。あのクソトカゲはお前の親戚なんだろ? 後であの世で礼を言っといてくれよ」
俺は蛇体をくねらせるワイアームに向かって語りかけた。
「お前のいとこか甥っ子をステゴロで叩き潰したお陰で、今の俺、なんだか人生が楽しくなってきたんだぜ。そんで――素敵な人とも出会えた。お前らには感謝してるよホント――」
俺は、ゆっくりと拳に魔力を集めた。
バチバチッ!! と、回復した魔力が色濃く右手から迸り、辺りを青白く染め上げた。
「そしてもう一発、今度はお前を叩き潰して、俺は地上に帰る。お前には恨みはねぇけど……悪いな。俺らにアッサリと倒されてくれ」
言葉は通じなくても、馬鹿にされたことは伝わったらしい。
ワイアームががぱっと口を開き、涎を噴き散らしながら再び咆哮する。
耳を聾するどころか、その一声で魂魄さえかき消されてしまいそうな威圧感を死ぬ気になって堪えながら――俺は隣に並び立つ相棒に言った。
「藤堂、絶対生き残ろう」
「はい」
「こんなトカゲ早いとこ叩きのめして、メシを食おう」
「はい」
「さぁ始まるぜ――覚悟決めろっ!!」
「はい!」
瞬間、藤堂アイリがワイアームに向かって拳銃を構え。
俺は《肉体強化》で強化された筋力を総動員し、地面を蹴ってワイアームに飛びかかった。
「うらああああああアアアアアアアアアアッツ!!!」
――と、そのとき、俺の預かり知らないところで。
藤堂アイリが遭難してからまる30時間以上、最初の配信から通算すると40時間以上も放っておかれていた俺の配信用デバイスの充電が――遂に切れた。
それ自体がカメラとマイク、そしてコメント確認用のディスプレイも兼ねている配信用デバイスは、きゅう、と小さな断末魔をあげて燃料切れを起こし――。
その瞬間、固唾を飲んで俺たちのラストバトルを見守っていた100万を越える視聴者の前に、以下の文字が表示されたのだそうだ。
《No signal デバイスを充電してください》
:おおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいい!!!!!
:えっ? 配信終わり?
:はあああああああああああああああ!?
:ぎゃああああああああああああああああ
:草
:なんでこうなるんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!
:wwwwwwwwwwwwwwwwww
:ふざけんなああああああああああああああああああああああ!!
:デバイス充電しとけバカああああああああああああああ!!
:ああああああああああああああブリブリブリブリビチチチィィイイッ!!!!!!!!!
:おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいい!!!
:なんで最後映さねぇんだよ◯ね!!!!!!!!!!!!!!!!!
佐々木鏡石: ¥50,000
:草草草草草草草草草草草草草草草草草草
:糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
:オチこれかよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
◆
「面白い」
「続きが気になる」
「オチこれかよおおおおおおお」
そう思っていただけましたなら
「( ゚∀゚)o彡°」
そのようにコメント、もしくは★で評価願います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます