第46話ブラッディポーション
「さて、腹も膨れたところで、今後どうすっかだけどよ……」
ラーメンを汁まで完食した後、俺が話を始めると、藤堂アイリも頷いた。
「ええ、ここから地上に引き返すのは、幾らなんでも無謀すぎますね」
「そうだな。俺も延々ここまでフロアスキップで辿り着いたから詳しくはわからねぇけど、このダンジョンはかなり深いし、魔物も危険らしいからな」
「え……フロアスキップって? まさかガンジュ君、ここまでダンジョンの底を抜いて来たんですか!? この間みたいに!?」
「ん? そうだぜ。だって90階層なんてまともに攻略してたら一日仕事になっちまうだろ。たった三時間ぐらいでここまで辿り着くにはそれしか手段がねぇ」
「む、無茶苦茶ですね……だからそんなに手がボロボロだったんですか……」
藤堂アイリは驚いているというより、若干ヒいている表情で俺を見た。
まぁ、配信を見ていればもっとヒかれるんだろうな、と思いつつ、俺は話を元に戻した。
「まぁ、話を戻すけど、ここのところ地殻変動も落ち着きつつある。なおかつ、ここは魔素の量から言って、かなり底に近いと思う。メルトダウンでは中間の階層は増えるけど、最深層階だけは変わらない。ということは……」
「えぇ、やっぱりガンジュ君もその結論に達しましたか」
藤堂アイリも頷いた。
「私たちが地上に脱出する方法はひとつ。……このダンジョンの最深層階のボスを撃破し、この徳丹城ダンジョンをクローズさせること……ですね?」
そう、ここから生きて出るには。それしかない。
俺はカメラの前の視聴者に説明した。
「ああ、そうだ。ダンジョンは最深層階にいるフロアボスを倒せば、そのダンジョンはクローズされる。それと同時に俺たちも地上に戻れる、ってわけだ。ここから地上に戻るには、それしか方法はねぇ」
:ダンジョンをクローズさせるのか
:なるほど
:しかしAランクとかSランク級のダンジョンだろ? 大丈夫か?
:ヤバすぎだろ
:それで本当に大丈夫か?
:ダンジョンクローズをたった二人でやるの?
「もちろん、パーティも組まないまま、たった二人でダンジョンをクローズさせるなんて、普通は無茶だ。けれど今は他に方法がねぇ。今の状況を考えたら、地上に這い出るよりも、そっちの方が生き残れる確率は高いからな」
俺の言葉に、藤堂アイリも頷いた。
「視聴者の皆さん、これは一種の賭けです。時に却ってリスクを取った方が安全な場合もあります。ダンジョンでは臆病であり続けることが鉄則ですが、必要に応じて大胆になる度胸も必要です」
『ガンジュ、忘れるな。ダンジョンでは常に臆病者が生き残る。というより、羽目を外す馬鹿は往々にしてすぐ死ぬから臆病者しか残らねぇのが【
俺の耳に、懐かしい親父殿の声が聞こえた気がした。
そう、何を隠そう「ダンジョンでは臆病であり続けること」という名台詞を世に残したのは、まだ現役だった時の親父殿なのである。
本人自身も事あるごとに己に言い聞かせていた言葉を他人の口から聞いたことでなんだか可笑しくなり、俺は少し笑ってしまった。
笑ってしまった俺を、藤堂アイリが不思議そうに見た。
「えっ? ガンジュ君、どうしました?」
「いや――なんでもない。ということでお前ら、これからはいよいよラスボス攻略戦に入っていくぞ。って言っても、俺が役に立つにはもう少し時間が要りそうだけどな……」
俺は自分の掌を見つめた。
食事を摂り、少し休んだことで、魔力はほんの少しだけ回復してきたようだが、今の状態ではダンジョンボス相手に戦うことなど夢のまた夢のような状況だ。
あと半日ぐらいは休憩しないとダメか……と俺が思っていると、ちょんちょん、と横から肩をつつかれ、俺は横を向いた。
「そこでガンジュ君、いいものがあります!」
「えっ? いいものって?」
「この深層階を彷徨ってるうちに魔物がドロップしたんですよ! ほら!」
藤堂アイリはダイバースーツのポケットから、小さな小瓶を取り出して俺の眼の前に差し出した。
しげしげとそれを見つめた俺は――うげっ、と声を上げた。
「ぶ、ブラッディポーション……! よく手に入ったな、こんなの」
「大きさが秋田犬ぐらいあるネズミに囲まれた時の戦利品です! これを飲めば一気に魔力回復できるじゃないですか!」
藤堂アイリは鼻息荒く言い張った。
確かに、ブラッディポーションは高い魔力が液体化したものであり、これを飲めば点滴を受けるかの如く、身体に魔力を直接回復させることが出来る。
だがしかし……それにはひとつ問題があった。
「そ、そりゃ有り難いけど、ブラッディポーションって噂に聞けば……」
「はい、大変にマズいらしいですね! 一回飲めば楽しい思い出が十個なくなるぐらいに!」
そう、ブラッディポーションはマズい――【
その味の凄まじいことは筆舌に尽くし難く、一度飲めば生涯忘れないマズさ、飲むぐらいなら飲まないほうがマシ、一度飲めば楽しい思い出が十個は記憶から消える、とまで言われているのだ。
ただでさえ今までの人生で思い出したくない記憶が大半の俺がそんなものを飲んだら廃人になるかもしれなかった。
当然、俺は物凄く尻込みした。
「え、えぇ……ほ、本当に俺がこれ飲むの?」
「飲まないでどうなりますか! ただでさえガンジュ君の魔力、カラカラじゃないですか! そんなんでラスボス攻略なんて不可能です! さぁ!」
「う、うう……! ……わ、わかったわかった、飲む。飲むからそんなキラキラした目で俺を見るな」
俺は例によって藤堂アイリの目の輝きに押し負け、親指大の瓶を手に持った。
「オオオオオオ……」という効果音が聞こえてきそうなほど毒々しく赤黒い液を見て……俺は覚悟を固めた。
俺は無言で蓋を開けると――ぎゅっと目をつぶり、一息に流し込んだ。
流し込んだ瞬間は平和だったものの……数秒後にはこれが「味」という感覚であるのか疑いたくなるほどの悪逆非道な衝撃が舌に駆け抜け、俺は白目を剥いて悶絶した。
「ぐ……ぐええええええ……!! お、オエッ……!! あ、ああ、これはダメだ……! うえ、あああああ……!!」
「ちょ、ガンジュ君大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃねぇぇぇぇぇええええ!! ……あああああああ!! マズい! マズいっていうか、臭ッ……!? 渋ッ……!! い、いや、なんだ!? なんて言えばいいかわかんねぇ! ぐおおおおおおお……!!」
悶絶する俺に、藤堂アイリが心配そうに寄り添ってきて、地面に這いつくばって大騒ぎする俺の肩に触れてくれた。
「ハァハァ……! くそっ、ひでぇ目にあった……! もう二度と飲みたくねぇ……!!」
「が、ガンジュ君、大丈夫ですか? ほ、本当にそんなマズいんですね……。これは楽しい思い出が消えちゃうというのも納得……」
「あ、でも、クソマズい分、魔力は回復したっぽいな……」
俺は目の高さまで右手を掲げて魔力を集めると、今まではあれだけ苦労してかき集めていた魔力が、バチバチッと火花を上げた。本当に、魔力が回復したのだ。
「じゃあ、今までの怪我も回復といくか。《肉体強化》――!」
俺が宣言すると、魔力によって増強された肉体の細胞ひとつひとつがざわめき、皮膚が擦り剥け、血を流していた拳が綺麗に元通りになった。
肉体を強化することで自然治癒能力も強化し、傷を癒やす――堂島との動画配信でやっていたことが今更役に立ったことに感謝して、ああ、と俺は嘆息した。
「ハァ、さっきメシ食ったばかりなのに腹減ったよ。これをやるとやたらと腹が減るんだよな……」
「そりゃあ、普通の人なら数日かかることを一瞬でやるわけですからねぇ。それなりにエネルギーも消費しますよ」
「くそっ、こっから出たらまたメシだな……というわけで、いよいよ行くか、ボス攻略」
俺は立ち上がってデリバリーボックスを背に担いだ。
頷いて最下層へと歩き出した俺に、藤堂アイリも連れ添って歩き始めた。
歩きながら……俺は口を開いた。
「藤堂」
「はい」
「ここから無事に出られたらよ、もういっぺん洋食屋みずのでハンバーグ食おうぜ」
「はい」
俺は更に言った。
「俺の姉、冬子さんが連れてってくれるってよ。あの店はチーズハンバーグだけじゃなく、和風ハンバーグも美味いんだ。今度は和風ハンバーグ食おう。大根おろしとポン酢でさっぱりとな」
「おお、和風もあるんですね……いいですね、楽しみにしときます。約束しましょう。ここから出たら、洋食屋みずのさんでハンバーグ、ですね」
「おう、絶対だぜ」
「はい」
たったそれだけの会話なのに――このとき、俺たちは、重要な約束をしたことになる。
たった二人でこの規模のダンジョンをクローズさせる――それは物凄く大変な話であるとわかっていたし、命の危険があることもわかっていた。
けれど――その時の俺たちが感じていたのは、目前に迫りくる圧倒的な死の予感ではなく、あくまでも明日への希望だったのだ。
この修羅場を生き残り、また美味しいごはんを食べる。
そのために、今日を生き残る。
俺たちはこの状況下において、圧倒的に絶望しかない未来ではなく、圧倒的な希望に満ちた未来を約束したのだ。
食事というものが人間に与える希望のありがたさに感謝しながら、俺たちは最深層階へと降りていった。
◆
作者寝坊のため、明日更新できないかもです。
「面白い」
「続きが気になる」
「もっとイチャイチャせぇよオイ」
そう思っていただけましたなら
「( ゚∀゚)o彡°」
そのようにコメント、もしくは★で評価願います。
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