第38話絶望
《――人気ダンジョン【
冬子さんがため息を吐いて、テレビを消した。
消した後、少し何か沈黙があり――その後、遠慮がちに冬子さんは声をかけてきた。
「ガンちゃん……」
布団の上に寝転がったままの俺は、答えなかった。
答えることなど出来なかった。
このクソ暑いのに真上から布団を被り、一切の視界を遮断して殻に閉じこもる。
俺が猛烈に落ち込んだ時の常である。
永遠に続くかに思われた公安警察と迷宮統括省の役人による事情聴取から開放されて、まる一日。
自宅に帰された俺は、ニュース速報を見て心配する冬子さんを無視し、布団を引き出して頭から被り、メシも食わずトイレにも行かず、今や完全なる貝と化していた。
そんな情けなさ全開で布団内に引きこもる俺に、冬子さんが近づいてくる気配がした。
「ねっ、ねぇっガンちゃん! もうまる一日も引きこもってるよ! そろそろ外に出てよ!」
ゆさゆさと、膝を抱えて丸まる俺を、冬子さんが揺さぶった。
「そんなところに引きこもってる場合じゃないでしょ! アイリちゃんを助けに行かないと、ねぇっ! ガンちゃんなら出来るでしょう!? レベル5なんだし、父さんが鍛えてくれたんだしさ!」
そんなこと、出来るはずがないじゃないか。
俺は腐りきった気持ちで考えた。
冬子さんは覚醒者ではないから、ダンジョンのことなど何も知らない。
何も知らないからこそ――俺が藤堂アイリを救い出すなどという大それたことが平然と言えるのだ。
「ガンちゃんガンちゃん! ガンちゃんはいいの!? アイリちゃんがダンジョンに閉じ込められちゃってるんだよ! きっとお腹も減ってるし、くたくたに疲れてるんだよ! ガンちゃんが助けに行かないとアイリちゃん死んじゃうよ!!」
うるさいうるさいうるさい。そんなことはわかっている。
ダンジョンの深層に放り出された人間が生きていられる時間はそう長くはない。
ダンジョンの深層は魔物も強力だし、魔素も濃い。
いくらレベル3の覚醒者である藤堂アイリであっても、かなり厳しい環境であるのは間違いない。
藤堂アイリは覚醒者だから魔法が使えて、墜落死だけは免れていたとしても――深層でレベル3の覚醒者が生きていられる時間は、長く見積もっても三日ほどだろう。
「救助隊の派遣も目処が立ってないって言ってるよ! ガンちゃんなら絶対になんとか出来る! あの父さんが鍛えてくれたんだし! 深層階への配達も何回もやってきたでしょ! この状況をなんとか出来るのはガンちゃんだけだって私もわかるから――!」
「どうやって?」
あまりにしつこく、軽薄な希望を語る冬子さんに、俺はつい苛立って答えてしまった。
「どうやって藤堂アイリのいる場所を特定するんです? 徳丹城ダンジョンは今もリアルタイムで構造を変えている。階層も何階層に増えたかわかったもんじゃない。ダンジョンは広いんです。闇雲に探してもこっちが迷って餓死するのがオチだ」
「だからガンちゃんじゃないと助けられないんでしょうが! なんかこう、あるでしょ!? 仲良くしてくれたアイリちゃんとのテレパシー的なもの!」
「あんまり冗談ばっかり言われると俺も怒りますよ」
俺はますます苛立って反論した。
「テレパシーだぁ? んなもんが使えるなら苦労しません。俺たちは魔法は使えるが超能力者じゃない。いい加減なこと言わないでくださいよ、ぶっ飛ばしますよ」
俺の捨て鉢な言葉に、「でも……!」と反論しようとした冬子さんに、俺は先回りした。
「いいですか冬子さん、無理、なんですよ。無理無理無理無理。俺には何もかも無理。無駄。無謀。俺の人生の座右の銘は『無理』です。あれも無理、これも無理。世の中には理不尽がまかり通りすぎてます。だからこうやって引きこもってるんですよ。俺は世の中の一切の理不尽に背を向けてやるんだ。こうやって布団をかぶってれば何も見えやしない。これを見る全員にコイツは無理だって思わせてやるんです。どうだまいったか、ざまぁ見やがれ――」
俺の意味不明な腐り方に、キィーッ! と冬子さんがいきり立った。
ボスボス! と俺の布団を叩いた冬子さんが、俺が頭からかぶった布団を引っペ返しにかかった。
「とにかく! この暑いのにそんなもん被ってるからいけないんだよ! どうしても出てこないなら私が引きずり出してやるッ!」
冬子さんが布団をふん掴み、傍らに投げ飛ばした。
俺は抵抗しなかったし、抵抗できなかった。
丸一日ぶりに陽の光を浴びた俺はしばらく顔をしかめ、結局、むくりと布団の上に胡座をかいた。
「もうッ! イジけるのもいい加減にしてよ! 確かにガンちゃんでも今の状況は厳しいかもしれない! でも、アイリちゃんの今の状況は母さんが死んだときと一緒で、父さんは二度とダンジョンで家族が死なないようにガンちゃんを鍛えたんでしょうが! ガンちゃんはその父さんの思いまで無視するの!?」
冬子さんが痛いところを突いてきた。
そう、その通り。親父殿が俺といた四年間、俺は親父殿によって、ダンジョンで死ぬほど鍛えられた。
不器用で不精な親父殿の、それが俺への愛情であることもよく理解していた。
もう二度と自分の身内をダンジョンで失いたくない――親父殿はそう考えていたに違いなかった。
冬子さんは俺の前に座り、俺の肩を掴んで揺さぶった。
「なにか、なにかまだ方法はあるんだよ、きっと! 腐ってる暇なんかない! 私はダンジョンのことなんか何にもわからない! ガンちゃんじゃないとわかんないんだよ! そのガンちゃんがいの一番に諦めてどうするの! 逆にガンちゃんだけはアイリちゃんが生きてるってことを信じてあげなきゃ!!」
その説得に、俺の中の何かが、遂に途切れた。
不貞腐れ続けることもできなくなり、俺はなす術なく項垂れた。
「……冬子さん、俺、どうしたらいい? 正直、わかんねぇんだ」
俺は遂に白旗を上げ、布団に手をついた。
「俺、俺、藤堂アイリに助けられた。俺を庇って代わりに藤堂アイリが落ちた。アイツが……落ちそうになった俺を突き飛ばしてくれたんだ。あのとき、重力魔法でも肉体強化でも、何とかする方法はたくさんあった。なのに俺、あの一瞬、頭が真っ白になって、何も出来なかった……」
俺は崩折れたまま、血を吐く声で絞り出した。
「俺が悪いんだよ。俺が、俺なんかが藤堂アイリと友達になったから――。もう一度だけ、冬子さん以外の人を信じようとしたから藤堂アイリは不幸になった。俺はやっぱり誰の手でも握れない。俺は、俺は、疫病神だから――」
疫病神。その言葉に、はっと冬子さんが息を呑んだ。
俺は胡座の姿勢すら維持できず、布団に四つん這いになって、布団に顔を押し付けた。
「俺、本当は今すぐにでもアイリを助けに行きたい。でも無理なんだ、ダンジョンは広くて、暗くて、怖くて――闇雲に助けに行っても、きっとアイリのところまで辿り着けない。……畜生、こんなことに、こんなことになるなら、いっそアイリを追いかけて俺も一緒にダンジョンに落ちるべきだったんだよ……!」
俺はあまりの無力感に、突っ伏して布団を拳で叩いた。
不甲斐なさ過ぎる自分への怒りと焦りとで、頭がおかしくなりそうだった。
早く助けに行かなければ、という思いと、俺なんかが助けられるはずがない、という思いがぐちゃぐちゃになり、どうしたらいいのかわからなかった。
藤堂アイリが、あのダンジョンに口を開けた奈落に堕ちていった時。
自分の胸に着実に出来かかっていたものが――すっぽりと消えてしまっていた。
暗がりばかりを歩いていた俺の人生を照らしてくれた星なのに。
俺の手を取り、きらきらと、燦然と星が輝く世界にまで引き上げてくれた人なのに。
俺も藤堂アイリのようになりたい、ずっとその星の輝きを間近で見ていたい。
藤堂アイリという輝きを、一番間近で見ている人になりたい――。
それが――それが俺の夢になりかけていたのに。
自分の愚かさと無力に絶望する俺の肩を、冬子さんが叩いた。
俺が虚ろな顔を上げると、冬子さんは何も言わず、俺を抱きしめてくれた。
犬のように浅く息を繰り返しながらされるがままになっていると、冬子さんがぽつりと言った。
「……ガンちゃん、大きくなったんだね。すっかり大人の男の人だよ。この家に来た時はやせっぽちのひょろひょろだったのに……」
ぽんぽん、と、安心させるように俺の背中を叩きながら、冬子さんは言った。
「父さんがね、一回だけ、母さんの最期を教えてくれたことがある。ダンジョンで遭難した母さんを救うために、父さんがダンジョンに潜れたのは、母さんが遭難してから2週間後のことだった」
それは――俺も聞いたことがなかった。
俺は黙ってその話を聞くことにした。
「母さんはダンジョンの深層で、綺麗なまま見つかったって。魔物に食べられたり、苦しんだ形跡はなかったって。死因は自殺――母さんは自分で自分の運命に始末をつけた。餓え死にするよりマシだと思ったんだろうって、父さんは言ってた」
それを口にすることは冬子さんにとっても辛いはずなのに、冬子さんは語り続けた。
「その日、父さんと母さんは、ダンジョンから帰ったら、父さんと母さん、そして私で美味しいものを食べに行こうって言ってたんだって。私が好物のハンバーグ屋さんに、だよ。でも、約束は守れらなかった。父さんはそのことを死ぬまで後悔してた」
そう、そこは、俺も聞いたことがある。
親父殿――夏川健次郎が、ダンジョン内でのフードデリバリーなどという事業を始めたきっかけとなる話だ。
「母さん、最期にハンバーグ食べたかっただろうなぁって。父さんは母さんのお葬式で、棺に突っ伏して泣いてた。母さんはあの暗い穴の中で、何回も何回も、私と父さんとでハンバーグ食べる夢を見たんだろうな、って……」
それは――三年という期間をダンジョンで暮らした俺も同じだった。
俺はあの暗い穴の中で、俺の父さんと母さんが生きているのではないかという妄想に取り憑かれ、何回も何回も、また一緒に食事する光景を夢想した。
夢想して夢想して、夢想に飽きれば疲れて寝付き――再び起きて、それが幻だったことを思い知らされて、絶望する。
俺はあの三年のダンジョン暮らしで、すっかりと「絶望」という言葉とお友達になっていた。
「だから父さんは迷宮統括省をやめた。有り金はたいて事業を起こした。それが今、ガンちゃんが継いでるダンジョンイーツなんだよ。ダンジョンで頑張ってる人たちに、今日死んじゃうかもしれない人たちに、美味しい料理を届ける……そしてまた何度でも食べたい、だから今日も生き残ってやるんだって、そうやってダンジョンで頑張る人たちを応援するんだって、生きるための希望を誰かに与えるんだって……」
美味しい料理。その一言に、俺の眼の前に星が弾けた。
はっとした俺の顔を冬子さんが見つめ、ゆっくりと言い聞かせた。
「ガンちゃん、ガンちゃんは今までたくさん頑張ってきた。でも、今回だけはいつもよりもっと頑張らないでどうするの。アイリちゃんはガンちゃんの恩人でしょう? やっと出来た友達なんでしょう? 友達が困ってるなら、意地を張ってでも助けてあげないと。それがガンちゃんっていう男の子だって、私、そう思うから……」
冬子さんが俺の身体から身体を離し、頭を撫でてくれた。
撫でられながら、俺の頭の中で、何かが繋がった。
そうだ、俺のスマホ。
まだ世界で、俺と藤堂アイリ、その二人しか持っていないテレパシー。
俺と藤堂アイリの奇妙で数奇な出会いを象徴する、小さいけど、確実な繋がり――。
そうだ、今ダンジョン内を彷徨っている藤堂アイリが、俺と同じ結論に達しているなら。
俺にだけ伝わるメッセージで、自分の居場所を伝えてくれているなら――!
俺は慌てて冬子さんの身体から離れ、枕元に置いてあったスマホを取り上げた。
「えっ!? が、ガンちゃん――!?」
俺は震える手でアプリを起動し、画面に『D Eats』のロゴが踊る数秒の間、祈るような気持ちでスマホを握り締めた。
数秒後、アプリのホーム画面に表示された文言を見て――はっとしてした俺は。
一瞬後に気が抜けて、なんだか笑ってしまった。
「がっ、ガンちゃん!? どうしたの!?」
「――へへっ、冬子さん、ありがとうな」
藤堂アイリは生きている。これで確実になった。
そして、俺に助けを求めている。
世界の他の誰でもない、俺に――助けに来いと言ってくれている。
「神様、アンタはいい人だ……! よかった! これで、これでアイリを助けに行けるぞ――!」
わけがわからん、とキョトンとする冬子さんに、俺は『D Eats』のアプリ画面を示した。
そう、まだβ版でしかない、D Eatsの受発注アプリ。
それには、昨日夜の日付と時刻で、たった今藤堂アイリがいるダンジョンのGPS画面と、以下の注文とが表示されていた。
『藤堂アイリ さんからのご注文内容
① 晴れる屋 にぼしラーメン 大盛り 背脂マシ ✕2
配達者へのメッセージ:
ガンジュ君へ。私は無事です。生きています。
それと、お願いです。
どうか私を助けに来てください。』
◆
ロシデレだってアニメで頑張ってんだ、
私だって頑張って毎日更新するぞ……!
アーリャ先輩や政近君に負けるものか……!!
ここが踏ん張りどころと弁えてなんとか毎日更新したいと思います。
皆さん頑張りますのでなんとか下の方の評価欄から
★、ないし「(゚∀゚)o彡゜」とコメントして応援よろしくお願いいたします。
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