第39話覚悟の配信
それから、数時間後。
俺は冬子さんが運転するスズキのハスラーに送ってもらいながら、一日ぶりの徳丹城に降り立った。
徳丹城ダンジョンは現在、迷宮統括省と公安警察により封鎖されていて、幾重にも警備の人垣や規制線で厳重に封鎖されていた。
晴れる屋の店主であるケンドーコバヤシみたいな店主に事情を説明すると、酷く人情家らしいケンコバのおっさんは厳つい髭面に涙を浮かべ、それでこそ男だ、もし生きて帰ってきたら死ぬまで大盛り無料にしてやる、と気前の良いことを言ってくれ、煮玉子を4つもオマケしてくれた。
二人分のラーメンが入ったデリバリーボックスを背に担いだ俺は深呼吸をし、一度だけ徳丹城ダンジョンの入り口を見た後、運転席の冬子さんを振り返った。
「じゃあ冬子さん、行ってくる」
「うん。ガンちゃん、アイリちゃんを頼んだよ。絶対に助け出してきてね」
「わかってる」
俺は大きく頷き、「それと……」と口を開いた。
もし俺が戻らなかったら、そのときはどうか悲しまないで……。
そう続けようと思った俺を、冬子さんは「いいから!」と強めに遮った。
「ガンちゃんが帰ってこないはずがない。父さんと母さんがついてるんだもん。いい? 必ず、必ず帰ってきて。帰ってきたら、洋食屋のみずのさんでチーズハンバーグ食べよう。アイリちゃんも一緒に……」
その言葉に、俺は再び頷いた。
そして、だいぶ迷った後……俺はずっと、この六年、どうしても言えなかった言葉を口にした。
「じゃあ、行ってくるよ、冬子さん。……いや、姉ちゃん」
姉ちゃん。冬子さんとは血の繋がらない俺が、遠慮故なのか照れ故なのか、そう呼ぶのがずっと憚られていた一言。
その呼び方に、冬子さんがはっとして――数秒後、右手の親指を立て、サムズアップして笑った。
ダサいなぁ、今どきそれ――俺は苦笑して、同じくサムズアップで答え、助手席のドアを閉めた。
ノシノシと、俺は迷いなく、封鎖された徳丹城ダンジョンワープゲートに近づいた。
D Eatsのロゴが入ったキャップ、ウインドブレーカー、ハーフパンツ、デリバリーボックスで完全武装した俺が近づいてきたのを見て、警備の警官たちがちょっと慌てた。
警官たちのうち、数人が「君は……」と俺の姿を見て少し驚いた表情をした後、俺の意図を察して集まってきた。
「おい、君……。君のことは報道で聞いてる。だが、今ここは立入禁止だ。帰りなさい」
ここは封鎖中だ、帰れ! などと頭から罵声を浴びせて来ないところに、なんだか物凄く、配慮と、大人の優しさを感じた。
ああ、俺が前にいた高校の教師とは大違いだ。人間は前世、悪いことをしたら教師に、いいことをしたら警官に生まれ変わるのだろう。
俺は前に居並んだ警官たちを見つめてから――瞬時、動いた。
「《
俺は地面を蹴り、宙に飛び上がった。
警官たちの頭上遥か上を跳躍し、集まってきた警官たちを飛び越えた後、俺はワープゲートまで一目散に走った。
突然、規制線を突破した俺に、居並んだ警備の警官が慌て、駆け寄って制止しようとしたが、いずれも強化された肉体とともに駆ける俺を捉えることはなかった。
そのまま、俺は強く強く地面を蹴り――青白い光が渦巻くワープゲートの中へ、一息に身を躍らせた――。
◆
まる一日ぶりに潜入した徳丹城ダンジョンは――昨日と変わらない黴臭さと静謐さに満ちていた。
だが、肌に感じる魔素量は段違いに上がっていて、ただここにいるだけでも肌がひりつくほどだった。
この魔素量、少なくともAランクダンジョン、いや、Sランク相当にハネ上がっている……とあたりをつけて、俺はため息を吐いた。
ポケットから、配信用デバイスとスマホ、そして藤堂アイリがくれた配信用ドローンを取り出し、飛ばした。
配信用デバイスとスマホを連動させ、俺は藤堂アイリが用意してくれた俺とのコラボ配信チャンネルにアクセスし、配信を開始した。
宙に舞うドローンを両手で掴み、俺はカメラの前にいる視聴者に、慎重に語りかけた。
「……おい、お前ら。突然配信始めちまって悪いな、ダンジョンイーツだ。この配信を見てくれてる人がいるなら、答えてくれ」
:え!?
:なんだ突然
:ダンジョンイーツが配信!?
:え、これマジで?
:なんか突然始まったぞ
:どうした?
:え、これリアルタイムのこと?
:え、ダンジョンイーツ?
俺が配信デバイスで確認すると、既に数十人単位で接続があった。
「……ありがたい、何人か気づいてくれたみたいだな。配信者がAiri★じゃなくてすまねぇ。それと、前回の配信では不甲斐ないところを見せちまってすまなかった」
俺は最初、前回の反省を口にした。
「ニュースで聞いてるだろ? 俺が無能だったばかりに、今、藤堂アイリが大変なことになっちまってる。これに関しては一切、言い訳するつもりはない。今の状況は全部、俺が――俺が情けなかったから起こったことだ。言い訳はしねぇ、どんなお叱りも甘んじて受ける。すまなかった」
:え? 今ホントに配信やってるの?
:これマジ?
:ダンジョンイーツ気にするな
:あの状況なら仕方ないよ! 誰だってそうなるよ!
:責任取れクズ
:お前だけ逃げたって聞いてるぞ
:アイリを返せよこの野郎
:ふざけんな死ね
:死ね
:↑黙れ
:ダンジョンイーツ気にすんな!
:気にすんな気にすんな気にすんな気にすんな
「……これからする配信は、娯楽やカネ、自己顕示欲のための配信じゃない。俺は今から徳丹城ダンジョンに潜って、藤堂アイリを助けに行こうと思う。この配信は、少しでも外部の人間に、徳丹城ダンジョンが今どうなってるかを伝えるための配信だ。俺がもしくたばっちまったときのために――。だから、頼む。ハッキリ言って、俺はこれから死ぬかもしれない。この配信を見るつもりなら、それだけは覚悟して見てくれ」
:マジか
:ダンジョンイーツまさか徳丹城ダンジョンにいるの!?
:え!?
:助けに行くって!?
:うおおおおおおおおお
:死ぬかもしれないって……
:マジで!?
:やめろ! 自殺行為だぞ!!
:正気か!?
:え、これ通報した方がいいの?
:無茶するな考え直せ
「……詳細は言えねぇけど、俺、藤堂アイリがいる階層がわかったんだ。藤堂アイリは今、徳丹城ダンジョンの86階にいる。生きてる。繰り返す、藤堂アイリは今、徳丹城ダンジョンの86階に、生きて今もいる。これは確定だ。まぁ、数時間後には地殻変動で階層が変わっちまうかもしれないが……これは拡散頼む。藤堂アイリは、死んでない。だから、今から俺が助けに行く」
ごくっ、と喉を鳴らして唾を飲み込み、俺は立ち上がった。
「……わかってると思うけどな、お前ら。俺、藤堂アイリに配信に誘われて、人生が変わったんだ。今までは単なる配達屋でしかなかった俺を、藤堂アイリが素敵な世界に誘ってくれた。その結果、お前らとも出会えたんだよ」
俺はゆっくりと、藤堂アイリを飲み込んだダンジョンの奥を睨みつけた。
「だから俺は――俺は、藤堂アイリを死なせたくない。絶対に、死なせたくねぇんだ。だから、命に換えても助けに行く。お前ら、悪いけど応援頼む。一度は逃げちまった俺だけど――だからこそ、俺が藤堂アイリを必ず助ける。見守っててくれ」
:わかった
:りょ
:よくわかんないけど覚悟完了した
:うおおおおおおおおおおおおおおお
:来たああああああああああああああ
:気をつけて!
:マジかマジかマジかマジか
:お前らこの動画拡散しろ!
:鳩しまくれ
:動員かけて拡散しろ
:同接8000!!
:気をつけてダンジョンイーツ!!
佐々木鏡石:頑張れガンジュ!! ¥10,000
「……ハハハ、スパチャまでしてくれた奴がいる。ありがとうな。……じゃあお前ら、行ってくる。 《肉体強化》、50%――!!」
瞬時、俺は全身の魔力を掻き集め――肉体強化魔法とともに地面を蹴った。
ドン! と凄まじい衝撃波が発し――俺の身体が砲弾のように前進を開始した。
:うおおおおおおおお!?
:なんだ!?
:これ走ってんの!?
:えええええええええええええええええええ
:うわ
:なんじゃこりゃ!?
:ドローン頑張れ!
時速数百キロに達する俺の速度にも、配信ドローンはちゃんとついてきてくれているようだった。
俺は風を切って疾走しながら、一階層、二階層……と階数を重ね、あっという間に十階層までを征服した。
そのまま、深層階を目指して駆ける俺の魔法感知野に、十数体の魔物の反応があった。
俺は数百メートル向こうの暗がりの中にゆらりと現れた複数体の魔物を見つめた。
「オークロード……! しかもこの数か……!」
緑色の肌をした、筋骨隆々の巨体――。それが手に手に金棒や錆びついた斧を持ち、俺を待ち受けていた。
ただでさえ普通の【
やはりメルトダウンの最中にある徳丹城ダンジョンは不安定な状況にあり、普通のダンジョンの常識は通用しないらしかった。
:うわわわわわわわ
:オークロード!?
:こんな数見たことねぇよ!
:オークロード群れてる!?
:ええええええええええええ
:初っ端から偉いもん出てきた!!
:ダンジョンイーツムリだよ死ぬぞ
瞬時、俺は大きく息を吸い、両腕に魔力を掻き集めた。
地面を蹴りながら、まるでダンジョン内の空気すべてを消費するかのように、大きく息を吸い込んで――。
瞬間、俺は、ありったけの声量で叫び散らした。
「どけぇぇぇぇぇえええええええ―――――――――――――――――――――――――ッツ!!!!」
気合いの怒声とともに、俺はオークロードの群れに突っ込んでいった。
◆
無双乱舞開始です。
ここが踏ん張りどころと弁えてなんとか毎日更新したいと思います。
皆さん頑張りますのでなんとか下の方の評価欄から★、
ないし「(゚∀゚)o彡゜」とコメントして応援よろしくお願いいたします。
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