第3話インフルエンサー

「い、依頼人死亡――!? マズいよガンちゃん! また赤字だよ――!」




 俺のバイト先――【D Eats】の創業者の娘であり、現社長でもある夏川冬子とうこさんは、素っ頓狂な声を発して頭を抱えた。


【D Eats】の本社――というか、俺と冬子さんが共同で住まいを為すボロアパートの一室で、冬子さんは今どき大学ノートに直書きの帳簿を前に真っ青になっている。


 俺は傾きかけたニトリ社製の靴箱の上にデリバリーボックスを置きながら答えた。




「だって――仕方ないじゃないですか冬子さん。ダンジョンってそういう場所でしょ? まぁユニークモンスターの出現なんて滅多にないことですけど、諦めるしかないでしょ」

「諦めるしかないでしょ、じゃないでしょ! ただでさえ注文数減ってるのに結局タダ働きなんて! ……あああ、これで四期連続の赤字だぁ……!」




 冬子さんは情けない声で嘆き声を上げた。


 全く、この間までただの大学生でしかなかったとはいえ、曲がりなりにも経営者ならばもっと度胸とか胆力とかいう言葉を身に着けてほしいものだ。


 俺は頭を抱えて、机――布団を取っ払っただけのコタツ――に突っ伏してしまった冬子さんの肩をさすった。




「ほっ、ほら……そんなに落ち込んだって仕方ないッスよ。元気出して。それに仮に注文数が増えても、配達人は俺ひとりじゃないッスか。今じゃ手一杯ですよ」

「あああ、もう八方塞がり……! 注文が増えても対応できない、かといって配達人を増やせるほど儲けもない……。また父さんの貯金崩さなきゃだ……」

「それがあるならまだ大丈夫ですよ。しばらくは俺も大車輪で稼ぎますから。だから冬子さんはまたビラ配り頑張って、ね?」

「またビラ配り……? こんな東北のド田舎のダンジョンにバラ撒いたって誰も見ないよ……」




 冬子さんは机から顔を上げ、恨めしく俺を見つめた。




「ただでさえダンジョンの内部は定期的にゴミが一層されるし。だいたい今の時代にローテクすぎるんだよ。くっそー、父さんのやつ、せめて公式サイトぐらい立ち上げてくれてたらこんなことにはならなかったのに……!」

「ま、まぁ、先代の社長はアナクロ人間でしたからね……確かに、今どき公式サイトもない商売なんて時代遅れもいいとこなのは否定しませんけど……」

「あああ、今のままじゃ絶対ダメだぁ!」




 冬子さんは大学ノートの上にボールペンを放り出し、再び頭を抱えた。




「もっとこう、私たちのやってることを大々的に宣伝する手段を見つけないと! そもそもみんな私たちがこんなことやってるなんて絶対知らない! ガンちゃん、私たちのことを宣伝するいい方法、なんかない!?」

「そ、そりゃあ――」




 そう言った俺の脳内に、あの銀髪の顔が浮かんだ。


 ダンジョン配信。そんな言葉が喉元から出かかって――俺は慌てて口を閉じた。


 そんな俺を、冬子さんは不審そうに見つめた。




「――何? なんか思いついてない?」

「い、いや――何でもないッスよ。ちょっとせかけただけですから」

「そういやガンちゃん、今日はなんか様子が変だなぁ」




 冬子さんは半眼で俺を見た。




「そもそも、お客さんに届けるはずだったラーメンどうしたの? まさか自分で食べたんじゃないでしょうね?」

「そ、それは流石に……!」

「じゃあどうしたの? なんで帰ってきたときデリバリーボックスが空っぽだったの?」

「ああ……もうわかりましたわかりました。ハッキリ言います。あげたんですよ、ダンジョン内で出会った人に」

「あげちゃったの? 誰に?」

「名前は聞きませんでしたけど、【配信者ストリーマー】の女でした。ユニークモンスターに襲われて死にかけてたから、安心させようとラーメンを……」

「なにそれ? ガンちゃんみたいな人が笠地蔵とか似合わなッ。ウケる」




 冬子さんのいうことはその通りだ。


 俺のようなクズが他人に食料を施すなど、いくら事情があったとは言え、天変地異に等しい行いであることは俺自身も否定できない。


 案の定、冬子さんはぶすっとした表情で俺を睨んだ。


 


「何? ガンちゃんが思わず奢りたくなるほど可愛い女の子だったの?」

「どんな女も見方による、そうでしょう? けど、あんなアホみたいな銀髪で【配信者ストリーマー】やってるんだから、俺はともかく、世間的にはそれなりに見られる見た目なんじゃないでしょうかね」

「はぁ、銀髪――!?」




 その瞬間、素っ頓狂な顔と声で冬子さんが立ち上がり、俺はうわっと仰け反った。


 冬子さんは信じられないものを見る目で俺を見つめた後――スマホを取り出してなにかポチポチと操作を始めた。




「ガンちゃん、ガンちゃんが出会った【配信者ストリーマー】って、まさかこの人!?」




 俺がスマホに顔を寄せると、数時間前、人生初めてのラーメンをアホ面で啜っていた、あの銀髪の顔があった。




「おお、そうですそうです、間違いなくこの人――」

「ガンちゃん、Airi★に会ったの?!」




 途端に冬子さんが俺にぐっと顔を近づけてきて、俺はうわっと声を上げた。


 仰天している俺の顔をしげしげと見つめた冬子さんは、あああ、と声を上げて項垂れた。




「知らない、知らないんだ……くっそう、なんでAiri★に会うのがガンちゃんなんだよ……! 私だったら絶対連絡先とか聞いたのに……!!」

「え、ええ? 誰なんですこの銀髪? そんな有名人なんですか?」

「もう、ガンちゃんという男は本当に、おカネを稼ぐ以外の機能が死んでる男だなぁ……。こんな可愛い女の子の生命を救うという確変を経験しておいて、しかもラーメンを奢るという幸運に浴しておいて、よくも名前も連絡先も訊ねずに帰ってこれるね……」




 冬子さんは俺を憐れむような視線で見た後、スマホに表示された銀髪を指差して示しながら、俺に滔々と説教を始めた。




「この女の子の名前は藤堂アイリ! 通称Airi★――ダンジョン界隈ではかなりの超有名人なの!! いわゆるところのインフルエンサーだよ!!」




 俺が首を傾げると、冬子さんは説明を続けた。




「この人はただのダンジョン配信者ってだけじゃない。モデル兼グラビアアイドル兼タレントで、巨大企業コンツェルンである藤堂グループの社長令嬢でもある、肩書が何個あるかわからない美少女なんだよ! マジで知らないの?!」

「その藤堂グループからして知りません。藤堂グループって?」

「そこも知らないの!? 要するに『D Live』の運営企業だよ!! それだけじゃない! ダンジョンが出現していち早くその可能性に着目して急成長した超優良企業! 藤堂アイリはそこのお嬢様なの!!」




 D Live――。


 それは奴ら【配信者ストリーマー】がダンジョン内部で撮影した動画をUPするための、ダンジョン配信専門の動画サイトの名前だ。


 今やYoutubeやNetflixと肩を並べうる規模に急成長を続けているらしい純国産の配信サイトとして、ネットをほぼやらない俺も名前ぐらいは知っていた。




「それだけじゃない、数年前に話題になったでしょ!? 私立聖凰せいほう学園――全国初のダンジョン関係人材育成のための私立校が創設されたって! アレも新設された藤堂グループの教育事業部が立ち上げた学校だよ!」

「ああー……そう言えばそんなこと言ってましたね。あの銀髪はそれの社長のお嬢さんってことですか?」

「アッ、さてはその顔はAiri★の活躍は親の七光りのおかげだと思ってるな?」

「違うんですか?」

「全ッ然違うよ! 彼女はアレでもレベル3の覚醒者で、あの通り見た目も超美少女でおっぱいもむっちゃデッカい! あの子のダンジョン配信チャンネルは登録者数が260万もあって、ダンジョン配信界隈ではかなりのインフルエンサーなんだよ!! 凄い美少女なの! ちなみにタレントとしてなら私もそれなりにファン!」




 レベル3。それは【覚醒者】としてはなかなかの高レベルで、Bクラスダンジョンならパーティを組まずにソロでの活動が可能なレベルだ。


 もちろん俺には及ばないけれど、そんな実力者がよりにもよって【討伐者ハンター】でも【探索者シーカー】でもなく【配信者ストリーマー】か――。


 少々落胆した気持ちでいる俺を見て、冬子さんは顔を輝かせた。




「それで、そのアイリがダンジョンの中でユニークモンスターに襲われて死にかけてたから、ガンちゃんがそのドラゴンをボコって、ラーメンを奢ってあげたってこと?」

「まぁ、そうなりますね」

「なにそれ、大チャンスじゃん!!」




 一転して冬子さんは顔を輝かせた。







本日17:00にもう一話投稿します。


この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ下の方の★から評価をお願いいたします。


よろしくお願いいたします。



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