第4話配信者嫌い

「ということはガンちゃん、アイリのダンジョン配信に出ちゃったんでしょ!? それでユニークモンスターを素手でぶっ飛ばすところを全世界に配信されちゃったんだよね、しかもウチの企業ロゴが入ったキャップとボックスごと! アイリはインフルエンサーだし、ウチらも【Dダンジョン Eatsイーツ】も激バズリ確定じゃん!!」




 その一言に、あはは……と俺はよそよそしい笑いを返した。


 その反応に、えっ? と冬子さんがキョトンとした表情になる。




「何その反応? アイリは配信中じゃなかったの?」

「配信中、だったんですけど……あの、俺、そのアイリって人に配信切らなきゃ会話しないって言って、配信終わらせちゃったというか……」

「はっ――はぁぁぁぁぁ!?」




 冬子さんは素っ頓狂な声を発して俺に詰め寄り、俺の首に両手を回した。




「なっ――なんでそんな千載一遇のチャンスを棒に振っちゃうの!? 馬鹿なの!? 死ぬの!? っていうか私がこの手で殺す! 絞め殺してやる!!」

「ちょ――や、やめてください社長! いくら義理の弟相手だからってパワハラ、パワハラですよ!!」

「何がパワハラよ、ガンちゃんの馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿ッ!! 永久に私にビラ配りさせる気なの!? 上手く行けば世界中に私たちの名前が轟くところだったのに!!」

「仕方ないでしょ、そんな有名人だって知らなかったんですから! それに俺は【配信者ストリーマー】の配信に出るどころか、お友達にすらなりたくないんすよ!!」




 いきり立つ冬子さんに向かい、俺も遠慮なく口を尖らせた。




「あいつらは親からもらった身体を遊び半分で危険に曝すクズどもです! どいつもこいつも人生片手間に生きてるからダンジョンで一発逆転、みたいな甘い夢見るんですよ! 人間の風上にも置けないでしょうが!!」

「それとこれとは全然別でしょ! ただでさえウチらの商売ボロボロなのにそんなチャンスをフルスイングでブチ壊すなんて! ガンちゃんじゃなかったら懲戒免職モノだよ! 怒られるぐらい何よ!!」

「ああ、ああもう! わかりましたわかりましたッ! 次からは気をつけますから!」

「こんな幸運に次があると思ってんのか、この唐変木ッ!!」




 怒鳴るだけ怒鳴ると、ようやく冬子さんの憤りも落ち着いてきたようだった。


 冬子さんは俺の鼻頭をデコピンで弾くと、フン、と鼻を鳴らした。




「でも一応、あのアイリを助けてくれたんでしょ? それは合格。それに免じて今回のことはギリギリで許してあげる」

「あ、ありがとうございます……あー、くそっ、やっぱり助けるんじゃなかったなぁ、あの銀髪……。おかげで俺が怒られたっての……」




 俺が項垂れると、俺の顔を睨みつけていた冬子さんが、はっ、となにかを思いついた表情になった。




「あ、そうだ! 配信だ!」

「えっ?」

「そうだそうだ、なんでこんなことに気がつかなかったんだろ! 私たちも【配信者ストリーマー】になればいいんだよ!」

「えっ、えっ」

「ガンちゃん、今度配信機材揃えに盛岡行こうよ! 私たち【D Eats】のチャンネル作って、ガンちゃんが料理を配達中の動画を撮影すれば宣伝になるじゃん! それに動画そのものの収益で懐も潤うし!」

「えっ……えええええ!? かっ、勘弁してくださいよ! なんで俺がそんなことを……!」




 配信なんてとんでもない、と俺は断固拒否の構えを取った。




「俺はイヤですよ! なんで俺が寝転がりながらダンジョン配信見てる暇人どもの相手しなきゃなんないんですか! まともにデリバリーで稼ぎましょうよ!」

「それじゃ勿体ないじゃないの! そのデリバリーの様子を配信さえすればボロ儲け、いや、丸儲けじゃん! これは社長命令、ね!?」

「イヤです! 絶対イヤです! 第一、配信者は俺ですよ!? 俺は全然そういう楽しい雑談とか出来ない人だし!」

「あ、それは……そうだよね」




 盛り上がりかけていた興奮が急激に萎んだ様子で、冬子さんは肩を落とした。




「そうだよね、ダンジョン配信がいくら楽しいったって、配達するのはガンちゃんなんだもんね……。ガンちゃんは強いことは強いけど、サービス精神もなけりゃユーモアもないし口も悪いし語彙も貧弱だしスター性もない、私だって付き合っててこんなつまんない人間いないかもって思えるぐらいだし……」

「ひっ、ひっどいなぁ……悪しざまに言うのも程があるでしょ。まぁ、当たってますけど……」

「あーあ、ダメかぁ、いい着眼点だと思ったんだけどなぁ」




 冬子さんはコタツに座り直し、ハァ、と大きな大きなため息を吐いた。




「でも、なんか見つけないと、今のままじゃジリ貧どころか地獄確定だよ……。ガンちゃんもなにか考えてよ。ガンちゃん、ここ潰れたらマックでポテト揚げたりスマイル売ったりする仕事とかできるの?」

「冬子さんだって社会人としてのスペック的に俺と同レベルじゃないですか。頭もよくないしすぐパニックになるし、俺が隣りにいて制止してなきゃ今頃コロリ誰かに騙されて借金の山でしょ」

「だからなんとか潰さないように頑張るしかないじゃないの。私もガンちゃんも人間力無さすぎのクソザコナメクジなんだから。ここ潰れたらお互い間違いなく野垂れ死にだよ、わかってる?」




 わかってますって、と俺は曖昧に頷き、黄色く焼けた畳に座り込んだ。


 ハァ、と最後のため息を吐いて、冬子さんは立ち上がった。




「もういいや、怒ったらお腹減ったからご飯にしよ。ガンちゃん、塩と味噌どっちがいい?」

「もう二週間連続で同じもの食ってるからどっちでもいいッスよ。茹でモヤシ多めで」

「ハァ、姉に作業させておいて自分は大盛り希望かよ。嫌な弟だな――」




 憎まれ口を叩きつつも、冬子さんは油染みたキッチンに立って作業を始めた。




 俺が先代の社長に引き取られ、一緒に暮らすようになった時には、まだ高学生だった冬子さん。


 ずっと弟が欲しかったんだよ――親父殿に連れてこられた俺の委細など何も聞かず、笑顔とともに俺の手を取ってくれた冬子さんの笑顔を見て、俺は神災以後初めて、人間というものをまた信頼してみようかという気になったのだっけ。


 そして、ものぐさで人間力皆無ではあったものの、とりあえず熟練のダンジョン探索者だった親父殿が立ち上げた【D Eats】の配達員として親父殿を手伝うようになって、もう六年が経過していた。




 その親父殿は、二年前、急な病で死んでしまった。


 あの当時は曲がりなりにも企業体として数人いた【配達者デリバラー】も、引退したり辞めたりで、今や俺一人しかいない。


 もうこの【D Eats】は商売として成立していないとすら言える経営状態なのだ。




 だが、親父殿に似てしまったのか、俺たち義姉弟には、人間力というものがまるで存在しない。


 口も態度も目つきも悪く、ぶっきらぼうで乱暴で、しかも冬子さん以外の人を信用する気が全くない俺。


 お人好しで警戒心皆無でどんくさくて、頭も身体もだらしがなく、ものぐさでパニック性分の姉。


 こんな俺たちがこの【D Eats】という最後の殻を失い、社会という荒波に放り出されたが最後、お互いに枕を並べて野垂れ死にするのがオチなのだ。




 だから稼がねばならないのだけれど――それにしたってたかが知れている。


 俺たちはもう事実上詰んでいるも同じなのだ。




「ラーメン、か……」




 思えば俺が先代の社長と出会った時、初めて食わせてもらったのもラーメンだったな。


 俺はタバコのヤニが染み付いた、アパートの天井を見上げた。


 あの銀髪も俺が差し出したラーメンを食べていたとき、凄くニコニコしていたけれど、あの時の俺もあんな顔をしていたのだろうか。




 あの時、俺にラーメンを振る舞ってくれた先代の社長――つまり、俺の義父だった人。


 あの社長が夢と情熱をかけて作ったこの【D Eats】を潰したくない――その思いも、確かに俺の中にある。


 だが――俺も冬子さんも単なる子どもで、やれることには限界があった。




「どうすりゃいいんだろうな、親父殿――」




 俺は二年前に死んでしまった親父殿の顔を思い浮かべながら嘆息した。






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