第26話くすぶる炎
分厚い遮光カーテンを締め切った、光の届かない部屋の中で。
ガリガリガリガリ、と爪の先を血が出るほど齧ってむしりながら、堂島健吾は頭から毛布を被って震えていた。
もう一週間以上、部屋の外に出られていない。
そもそも、出ることが出来ない。
あの時の配信で、本名と顔をバラされてしまった今、堂島健吾にとって道ですれ違う人間全てが、自分の敵である気がしたのだ。
【
それに、ダンジョン内には警察権力が介入することが容易ではないため、往々にしてその中で起こったことは事件になりにくい。
それはつまり、自分のような迷惑系D Liverが存在し、小銭を稼ぐことが出来る余地があるということでもあるが、その反面、もし自分がダンジョン内で恨みを買った連中に袋叩きにされるようなことが十二分に有り得る、ということにもなる。
それはつまり――自分はもう二度とダンジョンに潜ることが出来なくなったことをも意味していた。
「ちくしょう……なんで俺がこんな目に……」
ガリガリ、と、血の滲んだ指先で、堂島健吾は頭を掻き毟った。
マスコミ経由で自分がダンジョン内でやっていたことを知った両親は激しく怒り、親子の縁を切る、家を出ていけとまで言われて冷戦中だ。
学校側からも、今までダンジョン内で働いていた悪事を咎められ、無期限の自宅謹慎という厳重処分を申し渡されてもいた。
今までは自分をチヤホヤと持ち上げていた学校の取り巻きも、謹慎となってからは、尋ねてくるどころかLINEの一本も送ってこない。
数は多くはなかったものの、ネット系のメディアが複数家に押しかけ、玄関で繰り広げられる両親とマスコミの押し問答がこの部屋にも聞こえてくる。
今や、自分を取り巻く全ての環境が、自分の敵に回っていた。
堂島健吾は、一夜にして手に入れた全てを失うことになったのだった。
「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょうめが……! みんなみんな、あのクズのせいで……!!」
目が眩むほどの怒りと憤りのまま、堂島健吾は憎き人間の顔を思い浮かべた。
だが――奴は自分とは比較にならない高レベルの覚醒者、日本に十人も存在しないレベル5の覚醒者で、しかも今や全ダンジョン界隈を震撼させているダンジョンイーツその人だったのだ。
そんな高位の覚醒者が、今まで自分にやられっぱなしだったという事実――つまりそれは、最初から自分など相手にされていなかったことをも意味していた。
見下していたはずの人間が圧倒的に恵まれた人間であることを知ってしまい、逆に今まで見下され、脅され、嗤われ、蔑まれていたことを知り――今や堂島健吾のプライドと情緒は、見る影もなくズタズタになっていた。
ああそうだ、確かに自分はクズだ。
明らかに格上相手のモンスターと戦っているパーティの影で反転魔法を唱えて戦闘を妨害し、パーティがあたふたと慌てるところを配信したり、【隠密】スキルで転移魔法陣を仕掛け、何も知らない【
だが、それがどうした?
世の中にはもっともっとあくどい方法で荒稼ぎしている連中はいる。俺のやっていることなど可愛いものではないか。
それに、俺のような特別な才能や頭脳がない人間が成り上がるには、正攻法でやっていてはとてもじゃないが頂点は取れない。
だから自分は邪道で行く他なかった。
才能も、頭脳も、容姿も、なにひとつ恵まれなかった人間が、圧倒的に恵まれた人間の足を引っ張って転ばせ、それを見てゲラゲラ嗤って溜飲を下げて、一体何が悪いのか。
しかも世の中にはそれを面白がって見る奴もいる。全ての人間が正義の側ではない。俺の配信が収益化を達成している時点でもそれは明らかなことじゃないか。
ダンジョンは全ての人間の夢を叶えてくれる場所――もしそれが真実なら、俺のようなクズが、俺たちのようなクズどものやることだって、許されて当然じゃないか。
「ちくしょうちくしょう……! あのクズ、あのクズが俺の、俺の人生を……!!」
堂島健吾は怒りに震えながら歯ぎしりした。
復讐。堂島健吾の濁った頭の中に浮かんだのは、その一語である。
あの上米内ガンジュにやり返さないことには、自分の人生は否定されたままだ。
あのままキラキラした世界に駆け上がっていってしまうかもしれない上米内ガンジュのアキレス腱を引きちぎり、再び俺と同じどん底の泥沼に引きずり込まないことには、とてもではないが収まりがつかない。
だが――どうやって?
どうやってあのレベル5の覚醒者と対峙する?
覚醒者レベルが単純に強さの指標にはならないとは言え、レベル5ともなれば、その放出する魔力量はもはや一種の災害とまで言われるレベルなのだ。
事実、あの夜の配信で上米内ガンジュが見せた、もやは人外と言える《肉体強化》の凄まじさは、その通説を肯定して有り余るものであった。
せいぜいレベル2――ソロでD級のダンジョン、5人以上のパーティを組んでやっとC級のダンジョンを攻略できると言われるレベルの覚醒者でしかない自分など、パンチ一撃を喰らっただけで血煙となってしまうだろう。
怒りと迷いに濁った頭のままの堂島健吾の耳に、机に置いたままのスマホが甲高い電子音を奏でたのは、その時だった。
ふと――何故かその音が気になった堂島健吾は、スマホを手に取るなり、目を見開いた。
『大人気D Liveインフルエンサー・藤堂アイリ、「あの」ダンジョンイーツとコラボを表明! 数日中にコラボ配信チャンネルにてダンジョン配信決定』
――それは、Googleからのパッシブ通知。
あの上米内ガンジュがダンジョンイーツであると知ってから、いつかはするだろうなと予測していた内容のニュースであった。
藤堂アイリ――それは日本のダンジョン【
圧倒的に恵まれた家柄、頭脳、才覚、魅力――そして何より、男の夢を全て兼ね備えたかのような、まさに完成された容姿を持つ女。
男なら……いや、たとえ女であっても、一目見れば誰もが好感を抱いてしまうだろう、圧倒的輝きを持つ女が、あんなクズとコラボするとは。
あんな、夢も希望もカネもない、死んだ魚のような目をした男が。
ただ、圧倒的に強いというだけの、つまらない男が。
まさに神に愛されたものしか足を踏み入れる事ができない世界に――一気に駆け上がっていってしまう。
許せねぇ――。
堂島健吾の頭の中に、信じられないほどどす黒い嫉妬が渦巻いた。
許せねぇ許せねぇ許せねぇ。
何故、その世界に行くのが俺ではないのだ。
何故、あんなクズが選ばれるのだ。
俺と同類のクズなのに。
俺はこんなにも恵まれていないというのに――!
堂島健吾は立ち上がり、自分の部屋の机の引き出しにしまっていたものを手に取った。
かつて潜入したダンジョンで拾った、赤黒い結晶。
こんなものは使い道がないからと、買い取り業者にも申告せずに死蔵していたそれ。
だが――たった今、最高の使い道を思いついた。
これを使えば、これさえあれば、夢の世界に昇ってゆくあのクズを引きずり下ろせる。
あいつが、あいつらがいる世界を破壊し、自分が堕ちた地獄まで引きずり落とすことが出来る。
その確信に、堂島健吾は一週間ぶりに笑い声を上げた。
もうなりふりなど構っていられない。
たとえダンジョン内で袋叩きの憂き目に遭おうとも――自分はあのクズを許さない。
足首を掴んで引きずり倒し、土と泥とに塗れた上に馬乗りになり、逃がすものかと耳元で囁いて嗤ってやる。
堂島健吾は、久しぶりにケンゴーとしてのTwitterアカウントにアクセスし、たった一文、ツイートした。
『数日中に配信再開します』
◆
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びっくりするぐらい読まれております!
このまま駆け上がれああああああああ
書籍化打診お待ちしております!!
【VS】
この作品も面白いよ!!
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