第27話徳丹城ダンジョン
「それでは今日の配信はこれで終わりです。皆さんおやすみなさい!」
そう言って、藤堂アイリがカメラに向かって手を振った。
配信が終わるらしい。モニターの画面が暗くなった時点で、藤堂アイリが俺に向かってアイコンタクトをした。
終わった――人生二回目の配信を終えた俺は椅子の背もたれにぐったりと背を預け、あー、と天井を見上げながら嘆息した。
「うぇ、疲れた……ずっと普通の表情してるのってこんな疲れんのかよ……」
「いや、全然普通の表情じゃなかったように思いますけどね」
藤堂アイリが苦笑した。
「ガンジュ君、途中から完全に飽きてたでしょ? 私がどんな話振っても返答が一言二言だし、カメラ睨みつけてたし。まぁ、それが逆にダンジョンイーツらしいって視聴者は喜んでましたけど……」
「俺は他人とこんな長く喋ったこと自体が久しぶりなんだよ……しかもこんな長い間カメラに映されたこともない。しかもほとんどが俺への質問攻めじゃねぇかよ……」
ブツクサとグズる俺に対して、藤堂アイリは流石に配信に慣れているらしく、約一時間の配信を終えても済まし顔だ。
配信と言っても、今回はいよいよ明日に控えたコラボでのダンジョン配信を予告するものなので、あくまでも本番は明日なのだが、これが疲れた。
俺はぐったりと瞑目してから、高い天井を見上げた。
「やれ本当にダンジョンでメシ配達してるのかとか、やれ今まで闘った中で一番強かった魔物はどれかとか、やれ彼女はいるのかとか……そんなもん、お前ら視聴者には関係のねぇ話だろうが。なんでお前ら相手にプライベート暴露せにゃならんのだ?」
「いきなり配信を全否定する発言しないでください。あくまで配信っていうものはそういうものですよ」
「けれどもあくまでアイツらが見たいのは俺のダンジョン探索だろ? それなのにまだダンジョンに潜ってもいないのにこうもアッサリとTwitterのトレンド埋め尽くすとか……なんかバカバカしくもなるだろ」
俺は藤堂アイリの勧めで取得したTwitterアカウントからTwitterを見た。
トレンド欄は「ダンジョンイーツ」「コラボ配信」「ドラゴンステゴロ」「ムカデステゴロ」「アホみたいな赤髪」など、明らかに俺関連の話題で埋め尽くされて……オイ、「アホみたいな赤髪」ってなんだよ。
これ、もはや俺がなにか将来的に不祥事でも起こしたらど偉いことになるんじゃないだろうか。
「仕方ないですよ。ガンジュ君はただでさえ日本に数人しかいないレベル5の覚醒者で、ダンジョンはいまや日本の生命線なんですから。要するにダンジョン界の大谷翔平選手みたいなもんです。そりゃ一挙手一投足が話題になって当たり前ですよ」
「……物凄く不安になるような一言を言うなよ。誰がオオタニサンだ、誰が。俺は断るぞ。それに俺は別に魔物討伐してるわけでも、新しい魔石の鉱床を見つけてるわけでもねぇ。ただただダンジョンでメシを配達してるだけであってな……」
「それ、そんな卑下することじゃないと思います」
「えっ?」
俺が思わず驚いてしまうと、ふっ、と藤堂アイリが微笑んだ。
「だってガンジュ君は、昔、親父殿――夏川健次郎さんに、それで助けてもらったんでしょう? 私だってガンジュ君が運んでくれるラーメンに救われた一人です。たった一杯のラーメンで人生が変わる人だっています。なら、ガンジュ君のやってることはやっぱり凄く尊いことだと思うんですけど」
それは――その通りだった。
俺が思わず押し黙ってしまうと、藤堂アイリは声を出して笑った。
俺は押し黙ったままなのが癪で、話題を変えることにした。
「しっかし、この学園は本当に大丈夫なのか? まさか【
「何をおっしゃいます。芸能科のある学校だと思えばそれほど不思議でもないでしょう?」
藤堂アイリはクスクスと笑った。
「それに何度も言いますけど、ダンジョンでの配信はそれ自体が貴重な資料ですからね。ダンジョン内部を映した映像には、政府系の資源開発企業や、ダンジョンを研究している研究機関にとっては喉から手が出るほど欲しい情報が山盛りです。なおかつ、それは如何に配信者の間で注目されるかにもかかってますから」
そんなもんかなぁ、と俺は首を傾げた。
「せっかく物凄く貴重な映像が撮れても、見逃されてしまっては何にもなりませんからね。実際、我々【
「え……マジかよ。そんなのでもカネになるのか。もう世の中ってそんな感じになってるのかよ」
「なっていますね。もともとダンジョン内での配信文化は、自分が撮影した映像が埋もれてしまわないよう、少しでも目立とうとしたところから発祥した文化だと言われてますから」
「すげーな。全然知らなかった。まいったなぁ、俺もあのダンジョンにいた三年間、全部撮っておくべきだったな。それなら今頃オオタニサンクラスの大金持ちだったろうな」
へへっ、と俺が軽口を叩くと、ふふっ、と藤堂アイリが笑った。
「ガンジュ君、変わりましたよね」
「は?」
「なんというか、前はそんな軽口とか冗談とか、間違っても言わなかったのに……今は自分の過去をネタにしてひと笑いを取ろうとするところまで来てます。くだけてきてる証拠じゃないですか」
……ああもう、なんなの、この人。
なんでこんなに目敏いのかね。
確かに、今の俺は明らかに、藤堂アイリを笑わせようと洒落にならない自虐をしてしまった。
俺は多少赤面して、再び押し黙った。
そんな俺を何故なのか楽しげに見て、さて、と今度は藤堂アイリが話題を変える一言を発した。
「いよいよ、明日アタックするダンジョンの情報についてですけれど……」
おっ、いよいよ本題か。
俺が顔を多少引き締めると、藤堂アイリがスマホに一枚の地図を出して示した。
「明日アタックするダンジョンは、北にある大型ダンジョン、通称『徳丹城ダンジョン』と呼ばれるダンジョンです」
徳丹城ダンジョン。その名前は配達の際の世間話などで聞いたことがある。
この辺りで最近確認された、比較的大型のダンジョンである。
「徳丹城ダンジョン、って……確か現段階ではC級クラスかもっと上、って話じゃなかったか? そんなところで配信を……?」
「もちろん、ダンジョン配信は低難易度のダンジョンでするのがいわば鉄則ですけど、ガンジュ君の強さを加味すればC級程度が妥当かと」
買いかぶってくれてるのはそれなりに嬉しいが、それってそっちが辛くなるだけでは?
俺が懸念すると、大丈夫ですって、と藤堂アイリはいたずらっぽく笑った。
「私が危なくなっても、ガンジュ君が助けてくれるんでしょう?」
「時と場合によるだろ、そんなもん。俺だって無敵じゃないんだぜ」
「それはそうですけど、物凄く心強いのは事実ですからね。……そこでは一応、可能であるならば、まだ確認されていない30階層まで降りて、深層階に繋がる中層階のフロアボスを撃破するところまでやりたいんです」
藤堂アイリがとんでもないことをサラリと言う。
「お、おいおい、ダンジョン配信でフロアボス撃破? そこまでやるのかよ」
「普通はやりませんねぇ。でも、ダンジョン配信で深層階への扉を開けたなら大手柄です。そのダンジョンの踏破にも大きく貢献できますし、映像も高く売れるでしょう」
確かにそれはそうだろうが……俺は少し懸念を持った。
ダンジョンは低層階、中層階、深層階と分かれていて、中でもそのダンジョンの「底」に当たるのが深層階だ。
普通の【
だが、徳丹城ダンジョンは口を開けてまだ日数が少ない故、深層階への道はまだ開けていないはずで、それをイチ【
俺は腕組みしてしばし考え、藤堂アイリを見た。
「危険だぜ?」
「わかってます。でもその分、ドキドキはします」
「参った……俺はとんでもないドキドキジャンキーのお嬢様と知り合っちまったらしい。スリルも食べすぎると身体に毒ってもんだぜ」
「それもガンジュ君のラーメンから教わりました。多少身体に悪いものの方が美味しい……そうでしょう?」
このお嬢様、言うなぁ。
俺は思わず、ふふふと笑ってしまった。
「よっしゃ。じゃ、やるか。その徳丹城ダンジョン」
「ええ。世界一ドキドキワクワクする配信にしましょう」
俺たちは拳を突き合わせ、明日の配信の成功を誓い合った。
――まさかその配信が、あんなことになってしまうなんて。
その時の俺は、俺たちは、全く想像していなかった。
◆
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