第58話持久戦
「全く、だいたい予想はしてましたけど、ガンジュ君は想定以上になんというか、指導が大味ですね。もっとちゃんと彼女に手取り足取り教えてあげる感じじゃなきゃ」
「ぬ……す、すまんって。今度はちゃんとするよ。弟子も、悪かったな。次は気をつける」
「い、いや、気にしないでください」
西園寺睦月は健気にもそう言ってくれたが次の瞬間、瞬時般若の面の視線を地面に落とし、つぶやくように口にしたのを、俺は聞き逃さなかった。
「……全部、私が弱いのが悪いんですから」
途端に、俺の中に人生で一度も感じたことがない感情が湧き上がってきて、俺はキリキリと万力で心臓を締め付けられるかのような自責の念に苛まれた。
おそらく、仮面の下ではしょげ返っているのだろう西園寺睦月の落胆の表情を想像するだけで、俺は先程の不適切指導を激しく後悔する気持ちになった。
元々、俺という人間は人間力が皆無で、話しかけられても気の利いた冗談やおべっかなど使えないし、そもそも他人と会話を盛り上げるという発想がない。
「なんだか今日は寒いですね」と言われたら「別に俺が寒くしてるわけじゃねぇし」と喧嘩腰で返すような、そんな人間だと自分でもわかっていた。
ましてやそんな自分が人を指導し、厳しいところは厳しく、優しくすべきところは優しく、などというメリハリのある対人接遇など出来ないと――理解しているつもりだった。
けれど……せめてもう少し。
弟子ではない、後輩の女の子にこんな表情をさせてしまうことがないぐらいには、男の子として頑張らなければならないと思ったのである。
「……そう言えば、弟子って魔法は使えるの?」
俺がなんとなく口にすると、藤堂アイリが露骨に緊張したのがわかった。
わかっている、わかっているんだ。
俺という男が、いい年して世間話や雑談もいまだ勉強中の男であることを、この人ならわかっている。
けれど……俺はこれ以上、この無言の空間に耐えられなかったのだ。
案の定、えっ? と声に出して驚いた西園寺睦月は、少し考える表情に――まぁ見た目は般若なのだが――なってから、小さな声で答えた。
「とりあえず、四源魔法は学校でならったので……なんとか使えます」
四源魔法とは、火、水、雷、風という、魔法反応の根本となるもっとも基礎的な魔法のことで、これが使えないのは魔法が使えないのと同義だ。
よかった、それは使えるんだ、と多少安心した俺は続きを口にした。
「おお、そりゃよかった。さっきは俺がアレなせいで使えなかったけど、いざとなったら魔法で魔物を倒せるのは重要なことだぜ。ホーンテッドハウンドは厳しいかもしれないが、ゴブリンぐらいだったら余裕か?」
俺が言うと、スッ、という感じで再び西園寺睦月が視線を下に落としてしまった。
え? と俺が少し驚くと、長い沈黙の後、西園寺睦月が口を開いた。
「……ないんです」
「うぇ?」
「あの、私、まだ魔法で魔物を倒したことがないんです」
「え? え?」
「魔法はなんとか使える、って言っても、あの、それはいいとこ焚き火に火をつけられるとか、ちょっとビリビリするとか、手品程度で……。あっ、あのっ、その、すみません……!」
別に自分は悪くないのに、西園寺睦月が本当に申し訳無さそうに俺に頭を下げ、俺は絶句してしまった。
頭を下げられた俺はどうしていいかわからず、藤堂アイリに視線を振ると、藤堂アイリはもう何も言わないであげて、というように小さく首を振った。
参った――元気づけるつもりで言ったのに、レベル1の覚醒者とは本当に厳しい世界に生きているらしい。
無論のこと、それでも諦めずにダンジョンに潜っていれば身体が魔素に適応し、覚醒者レベルは上がっていくのだが、根本的にダンジョンへの潜入自体が厳しいなら話は別だ。
それ故、世の中にはパーティの中で【
励ますつもりの雑談が、却って物凄く深い墓穴を掘る羽目になってしまった。
もう何があっても無言でいようと決意する俺とは裏腹に、配信デバイスのコメントは俺たちを冷やかすかのように盛り上がった。
:なんか喋れよ
:無言wwwwwwwwwww
:お通夜ムードwwwwwww
:配信事故じゃんこんなん
:会話苦手部
:ここまで静かな配信がかつてあっただろうか
うるせー、今は俺が何を言っても地雷にしかなりそうにないんだよ。
その後、俺たちは魔物に出会うこともなく黙々と歩みを進めて――遂に、中層階のフロアボスの部屋に到達した。
「よっ――よし! とりあえず中層階の最深層に到達です! 今からフロアボスの撃破に移っていきますので――ガンジュ君、そしてお弟子さん! 頑張っていきましょう!」
「う、うん……」
「はい……」
藤堂アイリが声を張り上げたのに、俺と西園寺睦月は気まずく視線を逸して頷いただけだった。
俺たちがそんななのを見て、藤堂アイリが一層焦ったように声を張り上げた。
「ほっ、ほら! そんな表情してると勝負が始まる前からなんか負けた空気になっちゃうじゃないですか! 戦闘は気から! ……ちょっとぉ、そんな顔しないでくださいよ! ホラ、そうこう言ってる間にフロアボスが……!」
藤堂アイリがなんとか雰囲気を盛り上げようとしているのに呼応したように、奥の暗がりに二つの赤い光が灯った。
シャカシャカと細い脚を動かしながらやってきたのは――体長が2メートルほどある、大きな大きなカマキリ型のモンスターである。
「ロックマンティス――! この大きさならばCランクのモンスターですね! 直接的な戦闘力は低いですが、動きが素早くて防御力が高い! 初級パーティなら苦戦確実のモンスターです!」
ロックマンティス……レベル5の覚醒者の俺ならば、一撃で叩き潰せるレベルのボスだ。
だが――俺は西園寺睦月に視線を走らせると、西園寺睦月は命綱であるブロードソードを構えることもなく、カタカタと小刻みに震えているのがわかる。
Cランク――それは出逢えば死亡する可能性がある、という危険度で、神災前の世界にもその程度の脅威を持つ野生動物はたくさんいた。
ましてや魔法が使える上、ダンジョン産の魔法資源で作られた魔道具で武装した覚醒者ならばほぼ命の危険はないと言い切れるレベルだが、武装も何も持たない一般人ならその限りではない。
武装しているとはいえ、西園寺睦月の覚醒者レベルは1、そしてほどんど魔法も使えないと来れば――このロックマンティスでさえ十分に脅威となり得る。
どうする、この状況で西園寺睦月によりよく経験を積ませるには――と俺が少し困っていると、藤堂アイリが急に俺の肩を掴んで引き寄せてきた。
えっ急に何? あっ、藤堂アイリの髪が揺れていい匂いがする……。
一瞬前の懸念も忘れて少し幸せな気持ちになった俺に、藤堂アイリが小声で耳打ちしてきた。
「いいですか、ガンジュ君。ガンジュ君はこれから囮になってください」
「えっ、囮――?」
「そうです、囮です。肉体強化魔法で飛び回ってあのロックマンティスの注意を引きつけて。なるべく長く、です」
説明しながら、藤堂アイリは魔導製拳銃を引き抜いて構えた。
「その上で私が最大限、お弟子さんを援護します。そうすればお弟子さんは回避や防御に気を取られることなく攻撃のみに徹する事が出来る。彼女に経験を積ませるにはそれが最良の方法です」
「え? あ、ああ、なるほど……! 確かに、とりあえずフロアボスのモンスターを倒したってなれば自信がつくかも……!」
「そうでしょう? 作戦はそれで行きます。いいですね?」
「わ、わかった。なるべく長く注意を引きつける、だな?」
「よし、それじゃあ戦闘開始と行きましょう――」
藤堂アイリが俺から顔を離すと、ロックマンティスが鎌を振り上げ、この中では一番小柄な西園寺睦月に向かって咆哮した。
キシャーッ! という奇妙な吠え声を聞いただけで、西園寺睦月がびくっと震え、足が竦んだのがわかった。
俺は足元に転がっていた石ころを拾い上げると、肉体強化魔法を発動させ、ロックマンティスに向かって投擲した。
鋭い音とともに石はロックマンティスの顔を直撃し、短く悲鳴を上げたロックマンティスが鎌で顔を覆うようにした。
「おい、カマキリ野郎、お前の最初の相手は俺だ! その鎌で切り刻んでみやがれ!」
俺がわかりやすい挑発のセリフと共に手を伸ばし、カンフーマスターのように手招きすると、おそらく短気な性格であるらしいロックマンティスは面白いぐらいに激昂した。
大上段に振り上げられた鎌が目にもとまらぬ速さで振り下ろされた瞬間、俺は地面を飛び退って攻撃を避けた。
「おい、弟子!」
「はっ、はい――!?」
「俺が囮になってコイツの注意を引きつける! その間になんとかしてこのカマキリを倒せ! 出来るか!?」
「はっ、はい! 頑張ります――!」
俺の大声に頭を蹴飛ばされたかのように、西園寺睦月はブロードソードを引き抜き、かなり鯱張った構えで鋒をカマキリに向けた。
よし、なんとかなりそう――俺は横目でそれを確認し、視線を目の前の大カマキリに戻した。
「さぁ――こっからは持久戦だ! 死ぬ気で頑張らねぇと俺は殺せねぇぞ!」
気合の怒声とともに、俺は再び地面を蹴った――。
◆
「面白い」
「続きが気になる」
「がんばれ弟子ちゃん」
そう思っていただけましたなら
「( ゚∀゚)o彡°」
そのようにコメント、もしくは★で評価願います。
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