第59話反省会

 一時間後。


 そう、これは俺が持久戦を宣言してから、一時間後の俺たちの描写である。




「えいっ! えいっ! たぁっ!! うりゃあっ!!」




 エロゲこと西園寺睦月は、まさにエロゲのヒロインが上げるような甲高い声と共に、ボロボロの有り様になり、倒れたまま動けないロックマンティスの頭の部分に斬りつけている。




「ほらっ、頑張って! だんだん鎧が削れてきました! もう少し! あとちょっと頑張って、さぁ!」




 藤堂アイリは両の拳を握りながら頑張れ頑張れと応援しているが、西園寺睦月の細い腕による斬撃は、攻撃開始から十分経った今でもロックマンティスにトドメを刺せないでいた。


 非常に申し訳ないことと知りつつも、俺はボスフロアの片隅にウンコスタイルでしゃがみ込み、頬杖をつき、欠伸を噛み殺しながら、左目の配信デバイスに流れるコメントを見て暇を潰していた。




:gdgd


:もう可哀想だよトドメ刺してやりなよダンジョンイーツ


:飽きた


:お弟子ちゃん可愛いことは可愛いんだけどなぁ


:魔物虐待じゃん


:なんか変化あったら教えて


:サクッとひと思いにやってやれよ


:まだトドメ刺せないのか


:アイリの可愛さだけが癒やし




 確かに、これは……。


 俺も流石に、目の前で展開されている光景に疑問が生じてきた。



 

 まず、この約一時間の戦闘で思っていたのだけれど、残念ながら西園寺睦月には、根本的にダンジョンに潜入できるだけの力がないようだ。


 そりゃまだ中学生だから成長の余地はあると思うのだけれど、現状では戦力になるぐらいの力を保有できていないのは、幾らなんでも認めさせざるを得ないだろう。


 第二に、西園寺睦月の得物であるブロードソード、あれは明らかに西園寺睦月には扱えない代物だ。


 背丈や膂力の問題で振り回すのにも一苦労という感じだし、力はなくとも俊敏性や瞬発力はなかなかと言える西園寺睦月の良さを、あのブロードソードは却って潰してしまっている。


 


 そして第三。これは俺がもっとも気になっていた部分なのだが――。




 汗だくで息が上がり、フラフラになった西園寺睦月が、それでも健気にブロードソードを振り上げた。


 瞬間、西園寺睦月は、


 それと同時に、西園寺睦月の細い腕に、ぐっ、と筋が浮かんだのを、俺は見逃さなかった。




 そう、西園寺睦月は、明らかに攻撃を手加減してしまっている。


 これまた【潜入者ダイバー】初心者にありがちなことであるが、西園寺睦月は魔物を殺すことに強い恐怖心があるらしいのだ。




 それ自体はとても責められたものではない。大半の人は生き物を楽しんで殺したりはしないし、日常生活でそれを強制される場面もない。


 けれど、ダンジョンではあくまで人間は狩られる側の獲物であり、圧倒的な力を持つ魔物たちの前では、妙な動物愛護精神など尊重される余地がない。


 ダンジョンでは殺さなければ殺されるという鉄則――その鉄則が染みつき、身体がその鉄則の通りに動くのでなければ、その攻撃に本当の殺気は籠もらない。


 ましてや今の状態のように、もはやピクリとも抵抗が出来なくなった魔物を殺そうとするのは――却ってトドメを刺す恐怖を倍増させてしまう。




 ここらが潮時、か。


 ハァ、と俺はため息をつき、そこらにあった小石を拾い上げた。




「ごめん、藤堂。ちょっとカメラをドローン視点にするぞ」




 俺の言葉に、藤堂アイリが何かに気がついた表情で頷いた。


 ハァハァ、と荒い呼吸を繰り返し、フラフラと西園寺睦月が剣を振り上げた。




「《肉体強化》、30%――」




 カメラに拾われないぐらいの声で宣言し、西園寺睦月がロックマンティスに剣を振り下ろしたのと同時に、俺は右手の中に握った小石を親指で弾いた。


 弾丸のような速度で飛翔した小石がロックマンティスの頭を吹き飛ばすのとほぼ同時に、西園寺睦月のブロードソードがそこに振り下ろされる。




「おおっ! 遂にやりました! お弟子さんがトドメを刺すことに成功しました! 拍手!」




:うーん……


:よかった、けど


:これは……


:ちょっとこれはまだダンジョンは無理じゃね?


:弟子ちゃん……


:これが実戦は厳しいな




 コメント欄もやはり、西園寺睦月を懸念するコメントでいっぱいだった。俺は少し気の毒に思い、藤堂アイリに目配せした。


 藤堂アイリも心得たもので、早速配信終了の作業に取り掛かった。




「まぁ――誰でも最初はこんなもんですよ! お弟子さんも、これからガンジュ君や私と一緒にダンジョンに潜っていればきっと強くなれます! ねぇ、ガンジュ君!」

「あ、ああ。そうだな。だからこれから頑張れよ、弟子」




 俺が言っても、まだ息が直らない西園寺睦月は無言だった。


 自分の無力に打ちひしがれているような無言がなんだか辛くなって、俺は西園寺睦月の細い肩をちょっと力強く叩いた。


 もしかして痛かったかもしれないが、とりあえず、打ちひしがれていた西園寺睦月は顔を上げた。


 その般若のお面に向かって、俺は必死になって笑顔を浮かべた。




「大丈夫だって。俺はアレだぞ、今をときめくダンジョンイーツだぞ? 世界に何人もいない【潜入者ダイバー】がついてんだ、きっとお前だってこれからメキメキ強くなれるさ」




 そう言いながら、俺は自分という男に生じた変化に、自分で驚いていた。


 以前ならばこういうとき、俺は藤堂アイリに全てのコメントを丸投げし、後はむくれたような表情のままカメラを睨みつけていただろう。


 だけど、今は違う。それどころか、俺が率先して口を開き、落ち込んでいる様子の西園寺睦月を励まそうと躍起になっている自分がいたのである。




 この人は曲がりなりにも俺の弟子なのだ。


 だったら、弟子の不始末は、師匠である俺がフォローしなければならない。


 ギギギ……と軋むような音を立てる表情筋を叱って愛想笑いを維持しながら、俺は精一杯の軽口を叩いた。




「知ってるだろ? ダンジョンは人間の欲望全てを叶えてくれる場所なんだ。だからお前だってそのうち絶対強くなれる。だから……な? そんな鬼みたいな顔すんなよ」




:ぶははははははwwwwwww


:確かにwwwwwww


:鬼みたいな顔すんなで草


:確かに鬼だわな


:草


:ダンジョンイーツナイスwwww




 俺の放った決死のジョークで、今まで盛り下がり傾向だったコメント欄の空気がなんとか持ち直した。


 よかった、なんとかウケた……俺が内心ドッキドキの心臓を押さえながら安堵すると、ここぞとばかりに藤堂アイリが営業スマイルを浮かべた。




「と、いうことで、Airi★のダンジョン日記特別編、今日の配信は以上で終了となります! それではさようなら! 皆さんよい一日を!」




 またね、と手を降ってから、藤堂アイリは耳元の配信デバイスのボタンを押し、配信を終了させた。




「……ふう、ジャスト三時間ぐらいの配信でしたね。とりあえず、お疲れ様でした!」




 明らかに場を盛り上げようと必死な藤堂アイリの声にも、西園寺睦月の反応は鈍かった。


 般若のお面を両手で外し、大きな大きなため息を吐いた西園寺睦月の愛らしい顔には――しとどに脂汗が滲んでいた。




「……すみません、上手く出来なくて。配信、盛り上がらなかったでしょう?」

「そんなこと、お前が気にすることじゃねぇよ。お前は見られてくれりゃいいんだ。配信の結果を気にすんのは俺たちの仕事だよ」




 俺が敢えてぶっきらぼうな口調で言うと、少しだけ西園寺睦月がほっとしたのがわかった。


 何よりも、頭のてっぺんに生えた猫耳がくたっと緊張を失ったことが、その安堵ぶりを何よりも雄弁に物語っていた。


 その変化が可笑しかったのか、少し藤堂アイリが笑い、自分のスマホを取り出して画面を見た。




「……ふう、もう午後五時ですか。ガンジュ君、西園寺さん、これから少しお時間ありますか?」




 藤堂アイリの言葉に、えっ? と俺たちは少し驚いた。




「ま、まぁ俺はあるけど……西園寺は?」

「私も、まぁ大丈夫ですけど……」

「なら、今晩は一緒にご飯を食べませんか? 西園寺さんの初配信のお祝いもしたいですし。もちろん私たちのオゴリで」




 藤堂アイリの言葉に、えっ!? と西園寺睦月は物凄く尻込みし、恐縮したように両手をブンブン振り回した。




「そっ、そんな、悪いです! ただでさえ特訓してもらって、配信にまで出させてもらっただけで有り難いのに! そこまでお二人にしていただくわけには……!」

「バァカ、こういうときは黙ってゴチになりますって言っときゃいいんだ」




 すかさず俺が言うと、おや、というように藤堂アイリが俺をちょっと意外そうに見つめた。


 俺はその視線に構わずに続けた。




「ちゃんと戦ったならちゃんと反省することも重要だぜ。ということで、これからメシ食いながら反省会だ。……お前、ハンバーグ好きか?」

「はっ、はい! 大好きですけど……」

「じゃあ決定だ。……藤堂も、洋食屋みずののハンバーグでいいか?」

「おっ! いいですねぇ、徳丹城ダンジョンの後、ガンジュ君のお姉さんと一緒に行った時以来ですね! ここからも近いですし、みずのさんにしましょう!」

「よし、じゃあ地上に戻ろう。まだ魔物が出てくるかもしれないから気をつけろよ」




 俺が促し、俺たちはぼちぼち地上に帰る感じになり始めた。


 今まで来た道を戻り始めると、ススス、と隣に藤堂アイリがやってきて、そっと耳打ちしてきた。




「ガンジュ君。なんだかさっきの一言、師匠っぽかったですよ」




 相変わらず、このお嬢様はめざといなぁ。俺は舌を巻いた。


 にひひ、と笑いながら、藤堂アイリは更に言った。




「こういうときは黙ってゴチになるもんだ、って。前はそんなこと絶対言わなかったのに……。西園寺さんだけじゃなく、これからガンジュ君もちゃんと師匠として成長しなきゃダメですよ?」




 ああ、この人に耳打ちされると、耳が幸せだ。


 何より隣からめっちゃいい匂いがする――。


 褒められた嬉しさよりも、そんなスケベな下心を知られたくなかった俺は、その一言にも渋面を浮かべて無言を貫いたまま、黙々と足だけを動かした。







「面白い」

「続きが気になる」

「がんばれ弟子ちゃん」


そう思っていただけましたなら


「( ゚∀゚)o彡°」


そのようにコメント、もしくは★で評価願います。



 

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