第57話最初の戦闘
「うーん、久しぶりのダンジョンの空気、やっぱり格別ですねぇ……! こういう日は早めに強いモンスターと遭遇してパーッと倒したいモンですが……!」
「こら藤堂、あんまりフラグ立つようなこと言うな。ゴーレムにでも出られたらコトだぞ」
「わかってます! それでもよりドキドキを求めてしまうのは【
とりあえず、今のところこのDランクダンジョンで魔物には遭遇していない。
潜入して約十分、俺たちは恙無く五階層まで降りてきていたが、ここらぐらいから明確に魔素の流れが変化したのを感じた。
モンスターに遭遇するならここらへんからだな、と想像していると、藤堂アイリがなおも言った。
「何しろ、この間の徳丹城ダンジョンでは
「お、おい! もうその話はいいから……!」
:はいはい惚気惚気
:はぁー見なくてよかった
:ああああああああああ(脱糞略)
:ワイアームのツノを素手で!?
:相変わらずダンジョンイーツ無茶苦茶だな
:視聴者の前でイチャイチャしやがって
:ダンジョンイーツはアレから無事だった? アイリファンに刺されたりしてない?
:とりあえず今回は充電大丈夫か?
「ああもう……あの時はホント悪かったと思ってるよ。まさか充電切れ起こすなんて思ってなかったし。今回は充電は大丈夫だ。しっかりやってるよ」
「あはは、ガンジュ君は配信に不慣れですからねぇ。まぁ、惜しいことは惜しかったですけど、今は逆にそれでよかったのかもしれない、っていうか……」
「はぁ? なんで?」
「だって……あの時の配信は同接が百万人を超えてたんですよ?」
え? それっていいことじゃないの?
俺が視線で尋ねると、そこで藤堂アイリは少しだけ、何かを言い淀む気配を見せ、それからカメラが拾えるかどうかという声で、ぼそぼそと言った。
「ガンジュ君のあんなカッコイイところ、流石に私としても、あんまり他の人に見せたくない、というか……」
少し顔を紅潮させながらそんな事を言った藤堂アイリに、俺もドキッとした。
おっ、おう、などと野良犬の唸り声のような声を上げたきり、俺は口を閉じた。
自分でもそんなことを口走ったことが信じられなかったのか、藤堂アイリも負けじと沈黙してしまった。
前々から思ってたけど、と、俺は少し考えた。
前々から思ってたけど、このお嬢様、なんでこんな小っ恥ずかしいこと平然と言っちゃうの?
配信だぜ? 今現在同時接続が何万人いるか知らないけど、みんな見てんだぜ?
その前でそんなこと言うなんて、それって――。
「あっ! な、なんだか魔物がいます!」
ピンク色としか言えない色に色づき始めていた雰囲気を、甲高いアニメ声が一掃した。
エロゲこと西園寺睦月が、俺たちの進行方向の薄闇を見つめながら足を止める。
惚気話としか言えない会話になんだか気が抜けかけていた俺たちも警戒しながら待つと――暗闇から複数の唸り声が聞こえた。
「おおっ、ホーンテッドハウンド……! しかも複数、群れですね……!」
頭にツノが生えた狼、と、一言で素の外見が説明できる影が、ゆらりと俺たちの前に現れた。
ふむ、ホーンテッドハウンドか。Dランクの魔物で、【
単体ではそれほど脅威のない魔物と言えるが、それが群れとなると話が違う。ボス狼を頂点とした群れは動きが統率されており、集団で襲い掛かってくるとこれが厄介なのだ。
「いっ、いよいよ戦闘ですね……! 頑張らなきゃ……!」
西園寺睦月が気張った声で言い、腰に帯びた両刃の剣の柄に手をかけた。
その小柄に見合わないブロードソードは引き抜くのも一苦労なようで、二、三度、鞘に引っかかったのをようやく引き抜いた西園寺睦月が、物凄くしゃちほこばった構えで鋒をホーンテッドハウンドの群れに向けた。
「ダンジョンイーツさん、作戦はありますか!? 私、これでも結構突進力には自信があるんで、露払いぐらいは全然……! あ、それとも連携攻撃を仕掛けますか!? 私がアイリさんの援護を受けて突っ込んで、ダンジョンイーツさんがボス狼にトドメを刺す感じとか……!」
「作戦? んなもんねぇよ。それに連携もしねぇ」
なんでそんなことを聞くんだろう、という感じで俺が言うと、えっ? と驚いたように西園寺睦月が振り返った。
「お前が全部倒すんだよ。そうでないと修行になんねぇだろうが」
うぇっ? と、西園寺睦月だけでなく、藤堂アイリも驚いたように俺を見た。
「えっ、えぇ……!? 私が全部、ですか……!?」
「がっ、ガンジュ君、いきなりスパルタすぎません!? 十頭はいるんですよ!?」
「大丈夫大丈夫。死にはしない。死にそうになったら俺か藤堂が助ける。そうならない限りは自分でなんとかする、これが基本だ」
:ひゃーwwwwwwwwwwww
:予想通りだな
:スパルタwwwwwwwww
:ダンジョンイーツ鬼畜wwwwwwwwww
:Dランクの魔物って群れになるとCランクぐらいの危険度なんですがそれは
:大丈夫じゃねええええええええええええ
:お弟子ちゃん逃げてー!!
なんだろう、たかがホーンテドハウンドの群れ如きに、なんでこんな大騒ぎするんだろう。
俺なんかダンジョンで暮らしていた時は、腹が減ったら素手でホーンテッドハウンドのツノを毟り取り、それをしゃぶって飢えを満たしたものだった。
俺は血反吐を吐きながらダンジョンで親父殿に鍛えられたときのことを思い出し、なおも言った。
「こういうときにパーティとか他人を頼るのがまず間違いだ。まず自分がなんとかする、これがダンジョン戦闘の鉄則で、パーティからの援護や救援を前提に戦っちゃいけねぇ。頼れるのは常に自分だけだと思え」
「だっ、だからって、彼女一人でいきなり戦闘というのは……!」
「相手は魔物だ。待ってもくれねぇし事情を汲んでもくれねぇ。ダンジョンは常にフルコンタクトでそれに慣れろ。……ほら、そんなこと言ってるうちにあちらさんはやる気になってるぜ」
俺の言葉に、西園寺睦月がはっと前を向いた。
がり、がり……と前足で地面を掻き、ホーンテッドハウンドが身を低くする。飛びかかってくる前の予備動作だ。
「大丈夫だ、死なない限りは全部かすり傷だ。……おら、来るぞ!」
途端、ホーンテッドハウンドが咆哮し、一斉に西園寺睦月に飛びかかった。
うわぁっ! と悲鳴を上げた西園寺睦月が剣を振り上げようとするが、その小柄には見合わない重量の剣を振る動作はあまりにも鈍い。
ああ、これはマズいなぁ、と俺が頭の片隅で思った途端、戦闘のホーンテッドハウンドの額に閃光が弾け、ギャン! と悲鳴が上がった。
「よっ、よかった、当たった……! がっ、ガンジュ君! やっぱり私はお弟子さんを援護します! いいですか!?」
「ん? ああ、まぁそうしたいならいいけど……」
「おっ、お弟子さん! 私が援護します! 頑張って!」
「はっ、はいぃ……!」
魔導製拳銃を構えた藤堂アイリに西園寺睦月も応じたが、その声は限りなく自信がなさそうに聞こえた。
ようやく剣を振り上げた西園寺睦月が、近くにいたホーンテッドハウンドに向かって横薙ぎに剣を振り抜く。
だが――予想通り飛び退ってそれを回避したホーンテッドハウンドに、二撃目を想定していない大振りが外れ、西園寺睦月の身体が大きく揺らいだ。
「うわわっ――!?」
なんだかさっきから思ってたけど、あの小柄であの大剣は正解なのだろうか。
頭の片隅で思う間にも、ホーンテッドハウンドはすぐさま体勢を立て直し、西園寺睦月に飛びかかろうとする。
瞬間、藤堂アイリが再び引き金を引き、ホーンテッドハウンドの頭が赤い霧となって弾けた。
「がっ、ガンジュ君! やっぱり無茶っぽいですよ! ……あああ、もうすっかり囲まれちゃって……!」
今の一撃を外したことで、どうやら戦闘能力がゼロになったらしい西園寺睦月が、半ば放心の表情で立ち尽くした。
棒立ちになった西園寺睦月を、ホーンテッドハウンドがゆっくりと取り囲み、桃色の舌をひらひらさせながら睨みつけた。
これは――勝負あり、だ。ホーンテッドハウンドに取り囲まれたら一巻の終わり、一斉に飛びかかってくるうちの一匹を叩き落としても二匹目が首に、三匹目が背中に……という感じで寄って集られ、結局八つ裂きにされてしまう。
潮時、か。
俺はふん、と鼻を鳴らし――口を開いた。
「おい、弟子。今から俺がみっつ数える。いち、にの、さん、だ。さん、で、死ぬ気でこっちにジャンプしろ。いいなー?」
「えっ、えぇ……!? どっ、どうするんですか……!?」
「いいから、いち、にの、さん、でこっちに飛べ。いいなー?」
「うぇ、うぇぇぇ……!?」
「いくぞー。いち、にの……」
俺がカウントダウンを開始すると、西園寺睦月が剣の鋒を下に向け、震える足をぶっと弛めた。
ホーンテッドハウンドが一斉に飛びかかろうとする構えを見せた、その一刹那前――さん、と俺が号令すると、西園寺睦月が渾身の力で地面を蹴った。
囲みを破られたホーンテッドハウンドが西園寺睦月に飛びかかろうとする前に――重力魔法展開、と俺は脳内に諳んじて、右手を前に突き出した。
瞬間、ブゥン、という低い音とともにホーンテッドハウンドたちがいる空間が歪み、一気に数倍にも跳ね上がった重力がホーンテッドハウンドに襲いかかった。
そのまま、容赦なく重力レベルを上げていくと――一匹、また一匹……とホーンテッドハウンドが崩折れて地面に縫い付けになり、遂にはゆっくりと押し潰され始めた。
徐々に圧殺された肉の塊と化してゆくホーンテッドハウンドの群れを見て、地面に尻から墜落した西園寺睦月が硬直した。
「ひっ、ひぃ……!?」
メリメリ……! という身の毛もよだつ音と共に、遂に全てのホーンテッドハウンドが形を留めなくなったのを見て、俺は重力魔法を解いた。
「うーん、流石に最初からこの頭数はハードルが高かったな。悪い悪い、立てるか? 弟子」
俺が近寄って肩を叩いてみても、西園寺睦月は地面にへたり込んだまま、なんだか呆然とした表情のままだった。
「おい弟子、どうした? 大丈夫か?」
「大丈夫か、って、ガンジュ君……」
呆れたような声が背後に発し、藤堂アイリが魔導製拳銃をホルスターに戻しながら言った。
「ま、まさか、重力魔法で全部一気に倒しちゃったんですか……!?」
「ん? だってこんなん一頭一頭相手にしてたら日が暮れるし腹も減るし……」
「ちょっと! こっち来てください! あと、音声をミュートして!」
腕を引かれて少し離れた場所に連れて行かれた俺に、藤堂アイリは少し怒ったような表情で俺に耳打ちした。
「ちょっと……アレじゃなんの教えにもならないじゃないですか! 西園寺さんはまだ剣を振り回すのがやっとなのに、ガンジュ君は欠伸混じりで平然と一気に倒すなんて! こんなんやられたら西園寺さんじゃなくても自信なくしますよ!」
「えっ、えぇ……!? そ、そうかな? 俺は別にそんなつもりじゃ……!」
「いいですか! 今度助太刀するなら、ちゃんとアドバイスとかしながら倒してください! あの子が可哀想ですよ!」
「あ、え、ご、ごめんなさい……」
「全くもう! 謝るなら西園寺さんに謝ってください! いいですか、次はちゃんとお師匠さんらしくしてくださいよね!」
チャキチャキと俺に説教をかまして、藤堂アイリは西園寺睦月に駆け寄り、その肩に手を置いた。
「大丈夫ですか、お弟子さん? 立てます?」
「え? あ、ああ……す、すみません、さっきは援護してもらっちゃって……」
「いいんですよ、それに今の戦闘は最初ですから誰でも戸惑います。仕切り直して、次に行きましょう、次!」
敢えて何も考えさせないような口調で言って、藤堂アイリは西園寺睦月を立たせた。
立たせはしたけれど――西園寺睦月の身体からは、明らかに最初の威勢が削がれ、膝頭が少し笑っているのがわかる。
般若のお面を被っているために表情だけはまさしく鬼気迫ったもののように見えるが、その下にある素顔は、今頃少し青ざめて生気が消えていそうだった。
これは――本当に大丈夫だろうか。
俺は少し不安にかられながらも、俺はようやく立ち上がった西園寺睦月を藤堂アイリと挟むようにして歩き、更にダンジョンの深部へと歩いていった。
◆
更新が滞っておりすみません……。
しばらくフラフラしながら更新続けていきます。
「面白い」
「続きが気になる」
「がんばれ弟子ちゃん」
そう思っていただけましたなら
「( ゚∀゚)o彡°」
そのようにコメント、もしくは★で評価願います。
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