第6話夢の国

「はい、ケンゴーのダンジョン配信チャンネル、今回は特別編で~す! 今回は友人のK君に俺の開発した新技を体験してもらいたいと思いま~す!」




:888888888


:出たぞ番外編イジメ


:これ通報した方がよくない?


:特定簡単だよな?


:でもK君自身が自発的にって言ってるからいいんじゃね?


:流石に無理


:よくこんなもん配信するよな




「ちょちょ、皆さん言っときますけどね、イジメじゃなくてこれはK君本人が自発的に協力してくれてるって言ってるじゃん? そうだよな、K君!?」




 薄気味悪いマスクで顔を隠し、例のカメラデバイスを耳に装着している堂島が、馴れ馴れしく俺と肩を組んできた。


 そういう俺も堂島の命令によって被り物をさせられており、俺がどんな表情をしているか視聴者からはわかるまい。


 俺は「こんなクズは友達などではない」という表情で、「そうです!」と唸るような声を上げた。




「まぁ、前フリはこんな感じで……さぁ、新技をご披露していきたいと思います! 今回俺が開発した新技は――雷撃魔法!」




:雷撃か


:ダンジョンでは結構使ってる人いるよね


:まぁ動きも止められて一石二鳥だしな


:大丈夫? 人に向けて撃っていいの?


:レベル2の覚醒者の攻撃って人殺せるぞ




「コメントで心配してくれてる人がいますけど、威力はちゃんと調整します! この番外編では友人が死なないように俺もちゃんと配慮はしてますんで! ――な、K君!」




 合わせろ、と、堂島の目はそう言っていた。


 俺は再び不機嫌に「そういう設定です!」と噛みつくように言ってやった。




 後で覚えとけよ、というような流し目をよこし、堂島は再び正面に向き直った。


 こちらからは配信画面が見えていない故、キョロキョロと虚空を振り返る堂島の姿は物凄く滑稽だった。




「それじゃ、早速実戦に移ってきます! ――さぁK君、出番だ!」




 堂島に肩を叩かれ、俺はいつもの位置――壁際へと移動した。


 途端に、カメラデバイスに向かって何か一言二言前フリした堂島が――さっと俺に右手を掲げた。




 それと同時に、淡くオレンジ色に発光した堂島の右手から雷としか言えない光の奔流が迸り――俺に着弾した。




「ぐっ……ぐおおおおおおおっ!!」




 今のは、死にはしなくても三日ぐらいは昏睡しそうな威力であった。


 堂島の奴――手加減とかなんとか抜かしておいて、加減なしで本気で来やがったな。




「おおっ、これは凄い! K君が! K君が苦しそうだ!」




 堂島は俺ではなく、画面を見つめながら大はしゃぎした。

 

 俺は全身に走る激痛を堪えながら瞑目した。




『肉体強化エクステンド』、30%解放――」




 途端に、雷撃によって焦げた全身の細胞がカッと熱くなり、徐々に痛みが引いていった。


 肉体強化魔法による自然治癒能力の増強――これがなければ、俺は今の雷撃によってしばらく入院することになっていただろう。




 ようやくのことで俺が身体を起こすと、堂島が半笑いの顔で俺に走り寄ってきた。




「K君! K君どうだった!? 痛かった!?」

「――凄い威力でした。ケンゴー君の魔力は凄いです」




:棒読みwwwwwwwww


:なんか効いてなさそうじゃね?


:でもレベル2覚醒者の攻撃だぞ


:打たれ強いなK君


:コレK君の方が強いんじゃね


:毎回だよなこの流れ




「オゥフ……! コメント欄が辛辣! 俺、一応これでもレベル2ッスから! K君、本当はめっちゃ効いたよな!?」




 その一言とともに、ドスッ、と俺の尻に堂島が蹴りを入れた。


 もっとちゃんと演技しろ、という意味らしいが、実際痛くもない攻撃を痛いと叫ぶのには結構努力が要る。


 堂島はカメラに映っていないところで俺を睨みつけた。




「じゃ、じゃあもう一回! 今度はちゃんとK君にも通用するぐらい魔力込めますから! ……んじゃK君、もう一回頼む!」




:おいおい


:またやんのかよ


:K君死ぬぞ


:この流れ必要? 毎度胸糞悪いんだけど


:何回やっても明らかに効いてねぇだろ




「おい上米内、テメェ次はちゃんと痛がらねぇとマジ殺すぞ。お仕置きで次は本気で魔力込めるからな」




 ドスの効いた声で俺にそう耳打ちしてきた堂島の表情は、これぞ人殺しのそれ、と言えそうな表情だった。




 たかがお遊びの動画配信でこれほどの表情が出来る堂島という男は何者なのだろうか。


 お前にとってこのお遊びはお遊びじゃなくて人生そのものなのか?


 お前は動画の中ですごーいとかやばーいとかうざーいとか常に言われ続けないと死ぬのか?


 世の中の大半の人間は配信なんかやってなくて、このチャンネルを見ている人間なんて世の中から見ればほんの一握りであるはずじゃないのか?


 お前は、お前という男は、こんなたった数十人の人間に称賛され続けるだけの、閉じた世界なのか――?




 俺は真剣に訊ねてみたかったけれど、俺が言えた話ではなかった。


 俺が無言で黙り込むと、堂島は一瞬で人殺しの表情を引っ込めて画面に向き直ってしまった。




 仕方ない、次は本気で来るらしいから、俺も少しは頑張って演技しよう――。


 俺はそう決めて、再びの拷問を受けるべく、小走りで走っていった。







「チッ、同接2000か……上米内、テメェがちゃんと演技しねぇから下がっただろうが。お前、痛がる演技もまともに出来ねぇの?」




 配信終了後、俺たちはダンジョンを出て、近所の河川敷に来ていた。


 スマホ画面を見つめながら呪いの言葉を吐く堂島に、俺はため息交じりに抗弁した。




「うるせぇな、上等な演技してほしいなら劇団員でも雇えよ。だいたい、こんな動画誰が好き好んで見るんだよ。クラスメイトを魔法でいたぶって喜んでる動画なんてそもそもが趣味悪い。逆の立場だったらお前は嬉しいのかよ」

「ケッ、テメェみたいなつまんねー人間にはわかんねぇよ。世の中にはそういうイジメ動画を喜ぶ人間だってごまんといるさ。俺たちはそういう連中のニーズを酌んやってんだよ」




 つまんねー人間。その一言は、意外なぐらい俺の胸に刺さった。




 そうだ、俺は十二年前の震災以来、からっぽになってしまった人間だ。


 人生において、やりたいことがない。


 たとえ今後できたとしても、実現するためのカネがない。


 そのカネさえあっても――人を信用できない俺には、その夢を実現するために、他の人の手を取ることさえ、きっと出来ないだろう。




 やっぱり【配信者ストリーマー】は全員クソだ。


 みんなみんなクソ、クソの塊のような連中だが――。


 彼らは何故か、俺と違って物凄く楽しそうだ。




 思わず無言になってしまった俺の、河川敷に胡座をかいて座り込む太ももを、堂島がつま先で蹴った。




「だいたいな、肉体強化ぐらいしか魔法が使えないお前がカネを稼ぎたいっていうから、俺が実験台にしてやってんじゃねぇか。ようやっと使える肉体強化魔法のお陰でガッポリ稼げて嬉しいだろ?」




 それでも無言の俺に腹を立てたのか、堂島が俺の顔に足の裏を押し付け、グリグリと踏み躙るような動きを与えた。




「お前に払った五千円だってこの配信で稼いでんだよ。テメェみたいな人間には到底わからない世界でバンバン稼ぎまくってる俺みたいな奴がいる。そんでお前らクズは俺みたいなスターのお陰でおこぼれが拾えんだよ」




 どうだ嬉しいだろ? というように、堂島は笑った。




「どうせお前にはダンジョンで稼ぐ才能も、力も、その度胸もないんだからな。多少覚醒者として魔力が使えてもカスみたいなもんだもんな? 俺はお前みたいなクズとは違うぞ。ちゃんと俺が持った能力を活かして、どんどんのし上がってやる。その時はお前を俺ん家の警備員として、時給八百円で雇ってやるよ」




 時給八百円か、悪くないな――と考えてしまったのは、俺がクズだからなのだろうか。


 無言の俺に苛立ったのか、堂島はトンと脚を踏ん張り、そのまま俺を真横に蹴り倒した。


 思わず抵抗できず、そのまま地面に倒れ込んでしまった俺を、堂島は冷たい目で見下ろした。




「とにかく、今回はテメェの責任で動画の評価が下がっちまった。次回は無償で配信付き合えよ。そうでなきゃ次回から実験台は別の奴にする。いいな?」




 俺がそれでも無言でいると、その反応の薄さに苛立ったのか、堂島はケッと吐き捨てて踵を返し、後も振り返らずに歩き去っていってしまった。




 しばらくして身体を起こした俺は――ズボンのポケットに手を伸ばし、堂島から受け取ったバイト代を取り出した。


 そのくしゃくしゃの五千円を見つめて――。


 急に、フッ、と笑いがこみ上げてきた。




「なぁ――俺、五千円も稼いじゃったぜ」




 俺はまるで気触りのような大声で言った。




「たった一時間で五千円だぜ、五千円。物凄い高級バイトだろ? すげぇじゃん、俺。この五千円さえあれば、きっと東京ディズニーランドで一日遊べちまうぞ、行ったことないけどな――」




 うふふふふ、と笑いながら、俺は五千円を手で握り潰した。




「仕方ねぇよなぁ、生きるためには、ミッキーとミニーに会いに行くためにはカネが必要だもんな? 生きていくためにはカネはいくらあっても足りない。この五千円さえあれば、俺はあと一週間は暮らしてけるぞ。すげぇだろ、ざまぁ見ろよ――!」




 俺は立ち上がり、河川敷の向こうに見えるビルを見つめた。


 ここは東北の地方都市であるから、大都会のような高層ビルが立ち並んでいるわけではない。


 それでも――あのビルの連なりの中には、この瞬間も生きるためのカネを稼ぐべく、あくせくして働いている連中がいるはずだった。




「畜生、ざまぁ見ろよ。俺は時給数千円のお前らなんかよりもよっぽど割よく稼いでんだぞ。テメェらがクソつまんねぇデスクワークして時給千円、俺は一時間で五千円だ。どっちがスゲェか馬鹿でもわかんだろ、なぁおい、そうだろ。凄いって、羨ましいって言えよ……!」




 俺がそう問うてみても、遠くのビル群は何も答えない。


 馬鹿はお前じゃないか。


 その無言には、明らかにそういう嘲りが含まれている気がした。


 急に――俺は自分が物凄く惨めな存在に思えて、その場に膝をつきたくなった。




 結局、俺は五千円をポケットに仕舞って立ち上がった。


 やめだやめだ。


 こんなことで惨めな思いを感じていたら、俺の人生はとても生きていけたものではない。


 それに、堂島はクズ、その取り巻きもクズ、そして【配信者ストリーマー】のようなものを面白がり、生み出し続けるこの世そのものが巨大なクソの塊なのだ。


 クソだとわかっているなら――最初から何も感じることなんてないじゃないか。


 


 その諦念だけを頭に念じて、俺は慎ましやかな我が家に帰る一歩を踏み出した。







この作品の連載のモチベーションとなりますので、

もしよろしければ下の方の★から評価をお願いいたします。


よろしくお願いいたします。



【VS】

この作品も面白いよ!!


魔剣士学園のサムライソード ~史上最強の剣聖、転生して魔剣士たちの学園で無双する~

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