第50話ダンジョンオタク

 その後、約一時間の通学路を、俺と藤堂アイリはほぼ密着して歩いた。


 通学路では藤堂アイリはずっと俺の右手を取っていたし、電車では壁に腕を突っ張って人混みから守る俺を、何故なのかご機嫌で眺めていた。


 流石に学校が近づいて来た辺りで適切な距離感に戻ったのだけれど、次々と校舎に吸い込まれていく同窓生たちは、並んで歩く俺たちを見るなり、ほら、とか、やっぱり、とか言って半笑いの表情になる。


 その声に居心地が悪くなりまくっている俺とは裏腹に、藤堂アイリは普段からそういう声や視線に慣れているのか、実に堂々と……というよりはシレッと、という感じで俺の隣から動こうとしない。




 やっぱり俺は、あの配信でどえらいことをしでかしてしまったのか……。


 俺は多少ゲンナリした気分のまま、自分の教室に入った。




「おう、上米内。今日も嫁さんと一緒に登校とは羨ましいなオイ」




 着席してすぐ、俺に話しかけて来た者がある。


 大柄で、体躯も顎も厳つい、如何にも実直で頼りがいがありそうな青年――。


 この男、峯岸翔吾という青年の印象を一言で表すなら、そんな感じになる。


 その背丈、低く威圧的な声、そしてそのロマンスグレーの髪の色だけ見ると、ともすれば出身はこの国ではなく、もう少し北方の国でありそうな印象を受ける。


 俺は犬の糞を踏んづけた直後の表情で青年に抗弁した。




「峯岸、お前まで何を抜かしてけつかる。嫁さんって何だ? 俺と藤堂は単なる友達だよ。多少距離感が近いのは自覚してるけど」

「だがその友達はお前が血だらけになりながら半死半生で助けに行った友達だ。特別な友達だってことには変わりないだろ」

「俺は友達に特別とか補欠とか決めたことはねぇよ。第一俺、人生においてあんまり友達なんていたことねぇし」

「なんとも、可哀想な事を言うんだな……まぁ、それは今までの話だ。今はいてよかったじゃないか。しかもそのうちの一人は大人気インフルエンサー、あの藤堂アイリであることは自慢していいと思うぞ」




 ああ、そこはわかってるし、感謝もしてるよ。


 俺と峯岸翔吾はへらへらと笑い合ってしまった。




 ここで、これを読む人々に、ささやかながら自慢したいことがある。


 そう、さっきからやたらと親密に俺に話しかけてくる、この好青年だが。


 なんと、驚くべきことに――俺の友人なのである。




 そう、友人。俺にはもう一生手に入らないと諦めていた存在。


 事実、今までの学校生活では俺は常に一人だったし、俺も進んで孤独になりたがるのが常だった。




 だが、この聖鳳学園に転校して以来、俺の周りには絶えず人が寄ってくるようになっていた。


 俺がレベル5の覚醒者で、しかも今をときめくあのダンジョンイーツである、という名声がそうさせたのもあるだろうが、そもそもこの学園の連中は俺が覚醒者であるというだけで物珍しくしたり、遠巻きにしたりしない。


 そりゃ自分も覚醒者であるのだから当然……というわけではないだろう。多分彼らも、この学園が出来るまで、普通の学校生活で大なり小なり同じような疎外感を味わってきたのだろう。


 俺たち覚醒者は見た目が派手だし、魔力もスキルも使えるから、どうしたって普通の人間よりも出来ることが多い。


 だから当然、少しでも弱みを見せると、前の学校で俺が受けていたような陰湿な嫌がらせを受けるのが当たり前のようになってしまう。


 だからって魔法やスキルを使ってやり返せば、それは普通の喧嘩では済まない、一方的なリンチになってしまうし、よりキツく怒られるのは俺たち覚醒者の方だ。


 絶対にやり返してこない相手にならますますつけあがるのが、悲しいかな人間という生物であり、子供という不完全な存在だ。


 だからこの学園にいる生徒たちの間では「平等」とか「対等」、そして何よりも「平和」という概念を絶対的な価値観とする、ある種の筋金が入っているのが、まだこの学校に来て二週間でしかない俺にも感じられていたのである。




「おおガンジュ、それに翔吾も揃ったのか。例の件だけど、今いいかな?」




 そう言って声をかけてきたのは、峯岸翔吾とはまた違う、線の細い男子生徒だ。


 如何にも理論派、と言えそうな細面で、理知的な雰囲気を持つ青髪の生徒は、眼鏡のブリッジを押し上げながら俺の近くに寄ってきた。



「ああ、諫山いさやま。どうだ、重力魔法の習得は? 進んだか?」

「まぁなんとか、消しゴムぐらいなら浮かせられるようにはなったよ。ほら」




 そう言って、俺のもう一人の友人である諫山――諫山玲司は、掌の上の消しゴムをふわりと浮かせてみせた。


 だが消しゴムはその直後、ポトリ、という感じで床に落ちて、諫山玲司はため息を吐いた。




「二週間も繰り返し練習して、いまだに僕にはこれが関の山だ。どうしたら君のように何時間も重力を操作していられるようになるんだ?」

「二週間でそこまで出来たなら上出来だよ。それに、こればっかりは俺だってアッサリ習得できたわけじゃない。努力あるのみだ。むしろ諫山は俺よりセンスあるよ」

「ハァ、君が羨ましいなぁ。あの夏川健次郎氏に直接薫陶を受けられたなら、僕ももう少しまともに強くなれただろうになぁ」

「冗談じゃねぇよ諫山。あんなダメ人間が薫陶なんて出来るわけねぇだろ。アレは拷問っていうんだ、拷問。俺なんか重力魔法を操作する時は冗談抜きで毎日血尿出そうだったんだぜ」




 そう、この諫山という青年は、俺の初登校の日、重力魔法という魔法の存在に仰天していた、あの生徒である。


 成績優秀で、定期テストでは常に二位というポジションの秀才である彼は、この重力魔法という未知の魔法にすっかりと取り憑かれてしまったようなのだ。


 ちなみに、だが、彼が常にテストの成績が二位であるのは、常にその一位の座を藤堂アイリが独占しているかららしい。




「とにかく諫山、重力魔法は練習あるのみ、だ。一朝一夕で出来ることじゃないから、気長に訓練を続けてくれ」

「ハァ、流石はダンジョンイーツ、ってことか。軽々しく言ってくれるなぁ。今この消しゴムを浮かせた時点で結構精密な魔力操作が必要だったのにさ……」

「そのうち感覚で発動できるようになるから安心しろ。なんでも慣れだよ、慣れ」

「全く、本当に軽々しく言うよな。慣れるまでに何年かかるかわからんという話をしてるのに……」




 諫山玲司は呆れたように笑い、俺もなんとなく笑ってしまったところで、輝くような銀髪が近づいてくるのが視界の端に見えた。




「ふふふ、本当にガンジュ君はダンジョンのことになると饒舌になりますね。子供みたいに目を輝かせて……」




 そこで、藤堂アイリが俺たちの会話に混じって来た。


 俺が「と、藤堂……!」と少し緊張してしまうと、峯岸と諫山が俺を見て、ヘヘヘ、とスケベに笑った。




「どうした上米内、急に緊張して。顔が赤いんじゃないか?」

「う、うるせぇよ峯岸。別にそんなことは……」

「峯岸君、ガンジュ君をあんまりからかわないであげてください。わかってると思いますけどシャイなんですよ、ガンジュ君は。しつこく突っ込まれると困っちゃう人なんです」

「と、藤堂も何をわかったようなことを……!」

「そりゃ藤堂さんもわかったようなことも言うだろ。何しろ百万人の視聴者の前であんなイチャイチャしまくってた仲じゃないか。なぁ?」




 へへへ、と、峯岸と諫山は藤堂アイリと俺に視線を往復させ、一層笑った。


 藤堂アイリはその視線や言葉に反論も抗弁もせず、それどころか何故か嬉しそうにニコニコしているだけだ。


 唯一、俺だけが反論に困り、赤面して閉口してしまう。


 黙ってしまった俺を見て、今度は諫山が藤堂アイリに話しかけた。




「藤堂さんはガンジュに魔法を教わったりしてるの?」

「いえ、特には。それにガンジュ君に本格的に魔法を鍛えてもらったら血反吐吐きそうなことになりそうですし」

「まぁ、確かになぁ。ガンジュって人になにか教えるの下手そうだもんな」

「な、何を悪しざまに言ってけつかる、諫山。俺はあのダメ親父と違って至って優しい男なんだぜ。お前もそんな重力魔法鍛えたいなら一緒に山籠もって合宿すっか?」

「それだけは絶対に遠慮する。なぁ峯岸?」

「おう、上米内コーチと合宿なんて絶対にゴメンだな。まぁこんな美人なマネージャーがついてくるなら考えてみてもいいけどな」




 ガハハ、と峯岸は豪快に笑った。


 全くこいつら、意地でも俺と藤堂アイリがそういうことであるように言い張りたいのか。


 俺が何か反論しようとした、その時だった。




 視界の端に、なにかこちらにミサイルのような勢いで飛んで来るものが映ったと思った、その瞬間。




「おはようダンジョンイーツ! そしてその胸板よ! うおおおおおおおお――――!!」




 ドスッ! と首の辺りに重い衝撃が突き抜け、俺は椅子ごと横薙ぎに教室の床に倒れ込んだ。


 倒れた痛みや衝撃、いきなり何かが突撃してきた驚きよりも、首のあたりに感じた柔らかさと、女子特有のいい匂いに思いっきり困惑した俺は、首っ玉に抱きついてゴロニャーゴロニャーと悦に入っている女子生徒を目だけで睨んだ。


 俺が睨みつけると、その女子生徒は、赤いフレームの眼鏡で俺を見つめ、クソムカつく笑みでニヤリと笑った。




「おおぅ、なんだねなんだね? 朝イチの時点から随分敵対的な視線を向けてくれるじゃないか。こっちはまた夜通し君のダンジョン配信動画のアーカイブを観ていて寝不足なんだ。あんなに刺激的で面白いダンジョン攻略を配信してしまった自分の責任を痛感してもらいたいものだな」

毒島ぶすじま……!! テメェ、いきなり人に悪質タックル仕掛けてくるとはいい度胸だな……! おっ、俺から離れろ、早く!」

「いやいやいやいやいや、もう少しこうさせてくれ。……おおぅ、これが今をときめくダンジョンイーツの体臭、そしてあの強制フロアスキップを成し遂げる男の胸板の感触かぁ! 昨晩は想像する度に夜通し身体が火照って大変だったんだ! 私はもう少し堪能するぞ、他ならぬ君の嫁である藤堂アイリちゃんの前でな……!」

「だっ、誰が嫁だ! いいから離れろ! このダンジョンオタクめ、気色悪いんだよ!」




 俺が女子生徒の額に手を突っ張って身体から引き剥がすと、至極名残惜しそうに女子生徒は俺から離れ、これまたクソムカつく小馬鹿にした半笑いで笑った。




「全く、出会ってもう二週間になるのに相変わらず君はつれないねぇ。いくら既に嫁がいるとはいえ、もう少し私に対して友好的であってもいいじゃないかマイブラザー。こっちは隙あらば君のダンジョン配信動画を観て興奮している熱烈なファンなんだぜ? もう少しファンサがあってもいいじゃないか」

「抱きつかれた時点で十二分にファンサしてるじゃねーか! しかも誰が嫁だ、誰が! とにかく、今後はそういう悪質タックルはやめろ! みんな見てんだぞ!」

「おお? 気にするのが怪我でなくて衆目の方なのかい? そりゃそうだろうねぇ、仕方ない。今後は君の嫁さんの前であまり熱烈なイチャコラは控えることにするか」




 カカカ、と女子生徒は腰に手を当てて高笑いに笑った。


 全く、コイツと知り合ってしまったことは、この学園に来て唯一とも言える失敗だ。俺はよく見れば平均以上に整っている女子生徒の顔を睨みながら悔しがった。



 

 この至って常識のない、しかも粗暴で、笑顔が気色悪い女子生徒の名前は、毒島千早。


 人呼んで、天下無双のダンジョンオタク――である。







【ご連絡】

この作品とは別に連載しておりました『魔剣士学園のサムライソード』が

ドラゴンノベルス小説コンテストで最終選考作品に残ったため、

そちらの方の更新もせねばならず、これより今作品も更新がスローになります。

何卒ご了承ください。


「面白い」

「続きが気になる」

「友達できてよかったね」


そう思っていただけましたなら


「( ゚∀゚)o彡°」


そのようにコメント、もしくは★で評価願います。

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