「第1章 灰色のフィルターがかかったような毎日」(6-2)
(6-2)
彼らとの繋がりを切っ掛けとして、日向のコミュニケーション力も上がっていた。今まで大学には講義を受けに行く場所という意味しかなかった。
それが大学に行く事自体が楽しみと思えるようになっていた。
朝、起きて大学に行く途中、道を歩いている時にふと、日向は自分が変わってきている事を実感した。自然と笑みがこぼれる。自分は頑張れているからだ。
変われた日向は早速、DMでソウに報告する。頑張って前に進んでいる自分を彼女は褒めてくれた。褒めてくれた事が嬉しくて。これまで自分がした事が無駄じゃないと分かってとても嬉しかった。
彼女の就活の様子を聞くと、苦戦しているらしく内定を一つは取れたが、本命ではないとの事。滑り止めのような事かと思ったけど、仕事と受験ではちょっと考え方が違うかもねと言われた。
まだ一年生の日向にはソウの大変さが共有出来ないけど、少しでも寄り添ってあげらればと、気晴らしになればと彼女を映画に誘った。
丁度、彼女が好きな作家の作品の映画化なので、きっと喜んでくれると思った。しかし、予想に反して彼女からは忙しいと断られてしまった。
一度断られると、こちらから再び誘う事は難しい。目の前に見えないドアが出現してガチャリと強固な鍵を掛けられたような気がした。
そして、ホワイトカプセル・サテライトのチャットメンバーにも就活で忙しくなると言って、ソウがログインする頻度が減っていった。
チャットに一週間も現れないと次第にソウの名前が話題に上がらなくなる。
代わりに普段、沈黙していたあのメンバーが参加してくれるようになったのも大きいかも知れない。参加してくれるようになったのは、勿論嬉しい。
それでも話題に出なくなってくソウの最終ログイン日時だけが取り残されたように表示されているのが寂しくて、メンバーにからかわれても日向は自分から話題に出していた。いつ、ログインしてもいいようにDMは送っておいた。
そして、それから数日が経過したとある日。
ソウが再びチャットに現れてくれた。
ソウ:『こんばんは皆さんお久しぶりです。ソウです』
少しぎごちない挨拶でログインしてくれたソウ。メンバーが彼女のログインを口々に書き込む。彼女が来なかった期間中にずっと書き込まなかったメンバーであるポーが、とある書き込みを境に書き込むようになったのだ。(これは、結構な衝撃で今でもメンバーの話題に上がる程だ)
ソウがログインした事で全員のチャットメンバーが揃って、話題が盛り上がりあっという間に利用時間の午前二時に到達した。
皆がログアウトしていく中、日向はDMを書いた。
とうふ:『ソウさん、来てくれて嬉しかったです。就活が忙しいと思うので無理せず自分の都合が良い時にログインして下さい。就活の愚痴でもあればいつでも聞かせて下さいね』
ソウを労うDMを送ると、彼女からすぐに返信が届いた。
ソウ:『ありがとう。来れる時にまた顔出します。あと来れなかった時もDMも送ってくれてありがとうね』
いない時に送っていたDMも読んでくれたんだ。それが分かった日向は安心してその日は眠る事が出来た。その日からソウは再び、ログインするようになった。と言ってもやはり、頻度は少なく週に二、三回程度のログインだった。
だがDMは頻繁にしてくれるようになった。自由度がある方が彼女にとってやりやすかったようだ。出来るだけ彼女の負担にならないように風が吹けば、すぐに飛んでいきそうな話題をDMしていたある日。
日向は意を決して再度、ソウを誘うDMを送った。その勇気の動力源は映画に誘った時よりも多かった。
とうふ:『もし良かったら、今週の土曜日の夜。食事に行きませんか?』
それまで軽快にやり取りをしていたのに流れが止まってしまう。“✔︎”は付いているのでソウの目には入っている。今日は月曜日。土曜日までまだ日数はある。日向は彼女から返信が届くまでじっと待つ事にした。
ソウから返信が届いたのは水曜日の朝だった。
ソウ:『いいよ。夕食を食べに行こう』
「やった!」
水曜日の朝。朝食の準備をしていた日向はソウからのDMに声を上げて喜んだ。食パンをトースターに入れて、タイマーを回して焼いている間、彼女に返事を書く。
とうふ:『やったありがとうございます! お店、探しておきます。色々、リンク貼っておくので行きたいお店を教えて下さい』
ソウ:『うん、分かった。ありがとう』
ソウとDMが終わり日向は食パンが焼ける間に、テレビを点けて流れるニュースを耳で拾いながら、iPhoneで早速お店を調べる。調べれば調べる程、お店は出て来る。自分で探しておくと言った手前、根は上げられない。
普段、行かないような居酒屋やお洒落なレストランを検索する。日向はまだ未成年だけどソウは違う。以前にDMでお酒を飲むと言っていたから、調べて損はない。
朝食を食べ終えてiPhoneではなくMacBook Airでもお店を調べた。レビューサイトで評価が高く、かつ二人でも行ける範囲のお店を何件か、ピックアアップした。調べた結果をリスト化してメモアプリに貼り付けておく。
まるで大学の課題をやっているようだった。すぐにソウに送りたいのはやまやまだが、張り切っていると思われると恥ずかしいので時間を置いた。
大学に行って講義中でも机の下でコソコソとお店を調べていた。彼らに何をしているのと聞かれたので、人と夕食を食べる約束をしたからお店選びと正直に答えた。すると、彼らは自分達が知っているお店を日向に教えてくれた。
彼らに感謝しつつ、お店選びを続けた。
夜になって、もう大丈夫だろうと判断した日向は、ソウにお店の情報をリスト化したものを送った。DMだと文字制限があるので何件かに分けて送った。
とうふ:『土曜日の件ですが、ざっとこれぐらい調べました。こんな感じで大丈夫ですか?』
ソウ:『凄いね。もうこんなに調べたんだ』
こんなに調べたと言われた事が恥ずかしくて、耳がまた熱くなってくる。彼女から行けると言ってくれた途端、お店をリスト化して送ったのはやり過ぎたかも知れない。
ソウはそんな人じゃない。それは分かっているけど、一度芽生えてしまったネガティブ思考は止められない。それを忘れるぐらいに更にお店を探し続けた。
それから数日DMを送り合い、お店のプランがようやく決まる。
とうふ:『では場所は新宿で。お店は和風の個室居酒屋にしましょう』
ソウ『うん、いいね。送られたリンクのお店?』
とうふ:『いえ、実は隠し玉があるんです』
ソウ:『隠し玉?』
とうふ:『はい。貼ったリンクと同じ系統で美味しいお店があるんです。そこに行きませんか?』
我ながら強引な事を言っている自覚はあった。ソウはおそらく困惑しているだろう。だが、これぐらいしないと羞恥心から解放される術はなかった。日向がDM送ってから彼女に“✔︎”が付く。
とうふ『あ、でも無理にとは言わないので……』
不安になった日向がそう書くと、ソウから返事が届いた。
ソウ:『隠し玉って事はお店の名前も内緒?』
とうふ:『はい。お店の名前を知っちゃうと、調べられるじゃないですか。そういう先入観がない方が楽しめるかなって』
また少し、返信まで間が空いた。日向はじっとソウからの返事を待つ。
ソウ:『了解。そういう事なら当日楽しみにしてるね』
「ふぅ〜」
日向の口から安堵のため息が自然と口から出た。
とうふ:『はい。楽しみにして下さい』
こうして無事にお店が決まった。ソウの了解を得てからすぐに電話をして予約を済ませる。何もかもが順調で少し怖いぐらいだった。
あとは当日までに具体的な待ち合わせ場所と時間を決めるだけとなった。
この時点での日向は、とても幸せだった。
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