「第4章 ソウ」(6-1)
(6-1)
昔、読んだ誰かの小説に書いてあった。
この世界の九割の問題は、時間が解決してくれる。
たとえどれ程だろうと、人生という途方もなく莫大な時間は、問題をゆっくりと薄くしていき、次第には限りになくゼロにしてくれる。
そう書かれてあって、それは本当だった。
ホワイトカプセル・サテライトを消した事で栞菜の中で、何かが薄くなり始めたのは明らかだった。でもいくら考えても正体は分からなかったし、考えている内に人生の時間によってどんどん薄くなり、やがて彼女の心からも薄れていった。
大学生活は順調に進んで、二年、三年と進むと今度は就職活動が本格化した。
友人達と情報を共有し合って、説明会や面接。SPIなどの勉強を行った。最終的に第一志望ではないが、同じ業種の会社に内定が決まった。
三年の終わり、就活も終わって落ち着いた頃、由香の紹介で彼氏が出来た。
初めて会った時から楽しい人で話していて波長が合う人だった。
由香と相手の二人の四人グループで居酒屋に行き、就活の愚痴で盛り上がっていたけどグループLINEではなく二人でLINEをするようになって、次第に大学生らしい水族館や映画に行った。
仲が深まっていく程に彼との波長がより合っていく気がした。互いの就職先が決まると彼から大学生らしくない少し高めの料理屋に誘われた。来年から社会人として頑張ろうと言うのが彼から誘われた名目だったけど、その本当の意味が分からない私ではなかった。
彼の心地良い優しさに体を預けて、栞菜は彼と付き合う事になった。
お互いに東京の会社に勤めて、土日に会う生活。
毎日大学で無条件で会えていたあの生活がどれだけ尊かったか、時間を合わせる度に実感した。会っている時間も会社の愚痴とストレスの発散に費やされ、段々と合っていた波長がズレていった。
そんな時、彼から同棲をしないかと誘われた。
その方がお互いにとって都合が良いから。
それが誘い文句だった。
新宿駅の総武線のホームでお酒に酔って頬を赤くした彼から誘われた。
その提案をされた時の口の動き、こちらを見る眼球の動きも栞菜には耐えられなかった。ああ、そっか。もうとっくに波長は完全にハズレていたらしい。
考えたい。と答えると、即答で了承されると思っていた彼は意外そうに眉をひそめたが、それも嫌だった。彼と別れて一人自宅マンションに帰った。
そしてその一週間後、彼と別れた。
LINEの通話で申し訳ないとは思いつつも金曜の夜に彼に伝えた。会って話そうと言われたくないので、今週は実家に帰るからと嘘をついた。
二時間を過ぎる通話で彼に理由を教えてくれと言われて、栞菜は一言。
もう波長が合わなくなったから。と答えた。
数秒の沈黙が流れて、彼が分かった。と返した。これだけで伝わったのが、栞菜が彼の事で喜んだ最後の出来事だった。
彼と別れると栞菜は由香に軽く話して、(彼女は「そっか。しょうがない、栞菜ならすぐに次が見つかるよ。また時間合わせて飲みに行こ」と慰めてくれた)引っ越しをした。新しい自分になるなんて言い方は大袈裟だけど、一度まっさらになりたかった。
由香が話してくれた「次」はまだ見つかっていないけど、友達とは会う頻度が増えたので、充実していた。
兄は職業訓練校を卒業して、地元の会社に就職していた。
最低の時期を見ている両親は、兄が就職した時、とても喜んで地元の寿司屋に食べに行ったらしい。その話を兄本人から聞いて、自分の時よりも下手をすると喜んでいたのでは? と笑ってしまう。
性格もかつての明るい兄に戻り、就職当初は実家から会社に通っていたが、数年経ってマンションで一人暮らしをしていた。職業訓練校に行って、資格を得た事、そこから仕事を見つけられた事を本人は喜んでいた。
今はお金を貯めて夜間大学へ通い直したいと新たな目標が出来ているとの事。
そんな兄からは、もうホワイトカプセル・サテライトの話は出なかった。
栞菜は大学を卒業後、就職先もそのまま東京になった。大学に入学した際に上京した東京は、何回かの引っ越しを得て今ではかなり住みやすい。
実家には年末年始には帰省して顔を見せるようにしている。東京にも地元にも両方に友達がいるので友人関係は広がった。
栞菜のiPhoneも何回か機種変更をしてアプリや写真が整理されていく。
大学生、社会人になってからと、彼女を取り巻く環境は年月と共に変化していった。
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