「第4章 ソウ」(3-2)
(3-2)
『どうだ?』
『第一印象は大丈夫。向こうは緊張してるみたい、まずは話してみる』
『了解』
兄と短い往復を終えると、彼がコーヒーを購入して帰って来た。
お互いに注文した物を見せ合う。コーヒーの話題だけでは、すぐ会話が途切れそうになる。すると、彼の方から「そう言えば」と話題を変えてきた。
「ソウさん、女性だったんですね。ずっと男性だと思ってました」
「あー、ごめんね。別にとうふ君を騙すつもりがあった訳じゃないの」
「何か、理由があるんですか?」
理由を尋ねられて、困ったように「うーん」と唸ってから、栞菜は兄と決めたやり取りの通りに返した。
「やっぱりさ、ネットで自分の性別をそのまま話すのは、危険だと思ったから。実際に何かされた事はないんだけど、自衛策だと思ってくれれば」
「なるほど」
栞菜の説明に彼は納得して頷いた。変に追及されなくて良かったと心の中で安堵する。
それから彼と様々な話を展開した。
ストラップを目印にして、正解だったという話から始まって、そこから本や映画の話をした。向こうにどういった経緯でホワイトカプセル・サテライトを知ったのかと聞かれた時は内心焦ったが、偶然App Storeで見つけたと当たり障りのない言い方で難を逃れた。
話をして分かったのは、彼とは趣味が合うという事。
それは向こうも感じているようで最初はあった緊張も解けて自然体になっていた。
話が弾んでいる内にお互いのカップが残り四分の一まで減った。ここで大分時間を消費出来たけど、そろそろ次に出掛ける場所を決めないといけない。
栞菜が「さて」と、会話に区切りを付けて店を出る事にした。栞菜が残りのカップを一気に飲み終えると、彼が捨てて来ると言ってくれたので先に外に出た。
スターバックスを出たとろで、ショートメールを受信した。
『栞菜、今から出掛ける? ご飯?』
『ううん、ご飯はまだ。多分、本屋かヨドバシカメラに行くと思う』
『了解。本屋だったら東口にある紀伊國屋書店がいいんじゃないか』
『そうなんだ。分かった』
新宿初心者の栞菜に紀伊國屋書店という選択肢を兄から教えてもらう。
丁度その時、「お待たせしました」と店から出た彼に声を掛けられたので、反応して栞菜はiPhoneの操作を止める。
「うん。それじゃ行こっか」
「大丈夫ですか? 何か用事があるなら待ちますよ」
まさか彼自身が用事の大元であるとは言えず、栞菜はちょっとメールしていただけでもう済んだと答えた。
彼の意識をこれ以上、iPhoneに向けさせない為に栞菜は強引に話題を変換して、どこに行くかを尋ねた。選択肢はやはりヨドバシカメラか本屋だった。
向こうがヨドバシカメラはいつでも行けるという事になり、紀伊国屋書店へと行く事に決定した。
二人して紀伊国屋書店へと向かう。兄が気を利かせてさりげなく二人の前を歩いてくれたので、栞菜は行った事のない場所でも、いつも行っている足取りで向かう事が出来た。
紀伊國屋書店で本を購入して、次は昼食を食べるという事になった。
そこで元々、上京したら行ってみたいと思っていたお店を選択肢に挙げた。個人経営の喫茶店でスターバックスとは違う雰囲気を纏っている。
調べながら彼に見られないように兄に『次はこの喫茶店』と店のリンク付きでショートメールを送った。『了解』と返事がきて二人は、向かう事になった。
今度は彼も知らないお店という事で、栞菜がiPhoneで地図を見ながら進むという形となった。しかし実際にはこれも前方に兄が歩いてくれて、ふりをするだけだった。
二人で新宿を歩いて幾つかの横断歩道を渡り、と交差点を曲がるとレンガ造りの喫茶店に到着した。新宿のオフィス街から外れた住宅街の一角にあるその喫茶店はグリーンドアという名前の通り、店の緑色のドアがあった。
先に兄が入ったのを確認してから、栞菜は「あったあった」と声を出して無事に見つけた事を喜んだ。
「入ろうか」
「はい」
店の前で短く確認して、栞菜は緑色のドアを開けた。
カランコロン。
緑色のドア上部に取り付けられたカウベルが優しい音を鳴らした。
落ち着いた店内で優しい雰囲気の女性の店員に二名である事を伝えて「はい。お好きな席へどうぞ〜」と言われたので、せっかくだからと赤い窓枠があるソファ席へと座る。
店内の奥にある特等席と言っても過言ではない。二人が入るより少し前に入った兄はカウンターでメニューを見ていた。
写真付きで紹介されているメニューを眺めて栞菜がクラブハウスサンド。彼がオムライスを注文していた。注文したクラブハウスサンドはパストラミビーフが挟まれて美味しかった。マスタードもよく効いている。
オムライスを注文した彼も美味しいと言ってくれているので、このお店は正解だ。二人は食べ終えて一息つく。
自然とこれからどうしようかという話になる。時間にはまだ余裕があった。
「どこか行きたい所とかありますか?」
「うーん」
栞菜は考えるふりをしながらこの後の展開を考える。
元々、夕食は食べない事になっていたから、残りは約二時間。
極論だがずっとこの喫茶店にいても構わない。
新しい飲み物かデザートでも注文して、スターバックスの時のように話をしていれば時間は流れてくれる。栞菜がそう考えていると、目の前で新しい場所を考えていた彼がどこかを思い付いたようで口を開いた。
「そうだ、新宿御苑とかはどうですか?」
「新宿御苑!? 良いかも。実は行った事なくて行ってみたかったんだ!」
予想外の彼の提案にそれまで考えていた選択肢が吹っ飛んでしまった。
行った事ないと答えてしまったのは、悪手だったかもち焦ったが、向こうは気にしていない様子だった。
行き先も無事に決定して二人は新宿御苑へと向かう事になった。
先に会計を済ませて店を出ると、ショートメールが届く。
『次はどこに? もう帰るか?』
『新宿御苑に行く事になった』
『大丈夫か? 無理に付き合ってるなら断ってもいいぞ』
こちらを心配してくれている兄。
確かに自分は、実際に彼に会うまで基本的に面倒だったけど、いざ会ってからは意外と気分良く付き合えている。
『平気。私も新宿御苑には行きたいから。それに彼とは話も合うの』
『分かった。道順はさっきみたいにすると怪しまれそうだな』
『平気。行った事ないって話したから、多分案内してくれると思う』
「ソウさん?」
兄とのショートメールに集中していると、彼から声を掛けられる。いつの間にか会計を済ませた彼が不安気な顔を向けていた。
慌ててiPhoneから視線を外す。
「あ、ごめん。うん、それじゃ行こうか」
「大丈夫ですか? 何か急ぎの用なら、」
「ううん。全然大丈夫。ちょっとメールを返してて」
一人になった時を見計らって兄とやり取りしているが、毎回彼に見つかってしまう。あんまり続くと余計な不信感を生んでしまいそうだ。
栞菜は彼の肩に手をポンと置いて、「大丈夫だって、」と安心させるように言った。若干、戸惑いつつも安心してくれた彼と新宿御苑に向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます