「第1章灰色のフィルターがかかったような毎日」(9)

(9)


 日向は中学の頃、不登校になった時期がある。


 きっかけは本当に些細な事で友人グループ内での言った言わない発言から発展した事だった。十五歳では理解出来なくても今の年齢になれば理解出来る。

 誰かに指摘されても認められず、自分自身の小さなプライドを守ったのだ。


 その結果、友人グループから嘘つきであるとラベルを貼られて、それが剥がれないまま針のムシロのような教室で過ごした。謝れば許される時期はとっくに過ぎて、休み時間はひたすら寝ているふりをして、チャイムが鳴るのを待つだけになった。


 メガネをかけた短髪の男性担任に相談しようと思ったが、かつてのホームルームで彼がいじめられる奴にも原因があると、清々しい顔で話していたのを思い出して、意味がないのを悟った。


 月日が流れていく中で体が学校へ行くのを拒否し始めた。朝、起きるのが苦痛になり一晩、眠れない夜があったり、起きれても嘔吐してしまったり、自分の意思とは無関係に体が訴えを起こした。

 共働きの両親が朝に仕事に行ったのを見計らって、登校するフリから戻ってくる事を覚えてた。学校には電話を掛ければ担任は、何も言ってこなかった。

 ああ、見捨てられてるなと電話を切った後に考えた。


 最終的にそのフリもしなくなり、両親にも学校には行きたくないと伝えた。

 両親とは何度か話し合い、最終的に認めてくれた。

 一日の殆どを自分の部屋で過ごすようになった。不登校=成績が悪いと見下されるのが嫌で、家では勉強ばかりしていた。自分のペースで教科書を開いて時間を計って勉強をする。そのおかげで別室で受けた定期テストの点数は下がらなかった。

 なので高校にも入学出来た。


 家から通学が一時間以上かかる遠い学校にしたので、中学時代を知られる事がなく、新しく学校生活を送れた。両親はまた学校に行き始めた事を喜んでくれて、自分もこれで良いのだと思っていた。


 しかし、ふとした瞬間。


 疲れてベッドに倒れ込んだ時とか、どうしても眠れない夜とか、そういう時にモヤモヤとしたガスが顔を出す。


 結局、最後まで彼らとは和解しなかった。もう二度と関わらないし、今では彼らの顔だってハッキリと思い出せないのに。


 最初にホワイトカプセル・サテライトにアカウント登録した時、色々な設問の中で【あなたがこれまでの人生で忘れられない程、嫌な事、苦しい事はありますか?】と書かれた設問があり、日向は心の奥底にあった全て書き出した。


 登録が完了して、ハンドルネームがあてがわれた時、『とうふ』という名前が『不登校』からきているのは、すぐに分かった。

 気に入らなければ、変更も可能と書かれていたが、それを選んだ。


「――んっ、」


 渇いた声が口から漏れた。どうやら眠っていたらしい。日向はぼんやりした頭で電気が点いたまま明るい部屋を出て現状を把握した。


 iPhoneで時刻を確認する。二十三時はとっくに過ぎていた。


 ベッドから体を起こして、部屋着に着替える。冷蔵庫から500mlの水のペットボトルを取り出して一口含んだ。


 渇いた体に水が染み渡る。ペットボトルを冷蔵庫に片付けてから歯ブラシを終えて、寝支度を整えると部屋の電気を消す。真っ暗な部屋でベッドまで歩いて、ボスッと倒れ込んだ。今日はアラームは必要ない。


 さっきまで寝ていたけれど、目を閉じればすぐにまた眠れる気配があった。実際、目を閉じて少しすると、彼の意識は沈んでいく。




 日向がホワイトカプセル・サテライトにログインする夜は、もうなかった。

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