ホワイトカプセル・サテライト

綾沢 深乃

「第1章 灰色のフィルターがかかったような毎日」

「第1章 灰色のフィルターがかかったような毎日」 (1)  

(1)


 成瀬 日向は夜に紛れるようにじっと、始まりの時間を待っていた。


 大学近くにある住宅街。そこには学生向けにアパートやマンションが建ち並んでいる。その中の一戸、最近建てられた比較的綺麗なマンションの四階角部屋で日向はiPhoneのディスプレイを見続けていた。


 現在の時刻は二十二時五十七分。あと三分で二十三時。

 買ったばかりのiPhoneは、彼の手の中で時間を表示し続けていた。まだ完璧に使いこなせていると言い難いが、焦げ茶色のケースの中にある高級そうな黒いボディが格好良くて、気に入っている。

 今では高校時代から愛用していたスライド式の携帯電話に戻れない。


 そんな事を考えている間に表示時刻が二十三時になった。


「……よしっ、」


 日向は小さく声を出して指をタップして、沢山のアプリが並ぶホーム画面から一つのアプリを起動させる。


 アプリの名前は【ホワイトカプセル・サテライト】


 アイコンは真っ黒でその中心に丸くて白い満月が描かれている。ホワイトとサテライトが“月”を表しているのはすぐに理解出来たが、カプセルの意味は今も分かっていない。


 アプリを起動すると、iPhoneのディスプレイは真っ白になり、IDとパスワードを入力する項目。それとログインボタンのシンプルな画面になる。


 一度入力してIDとパスワードを記憶するに✔︎を入れると、次回以降は入力の必要はないので、そのままログインを行う。

 ログイン中、彼の心臓の鼓動は自然と速くなる。

 この時の為に自分は一日頑張ってきたのだと実感する。


 ログインすると右上に残り2h58とタイマーが表示される。


 ホワイトカプセル・サテライトは、二十三時から翌日二時の間だけ使える。

 それ以外の時間に起動してもDM機能を除いて、絶対に利用出来ない。日向自身が何度か試して検証済みである。


 ログインすると、画面上に沢山の白いドアがサムネイルになって並んでいる。

 ドラえもんに出てくるどこでもドアのようなシンプルなドアで、色ぐらいしか違いはなかった。日向はその中で、唯一点滅しているドアをタップする。すると彼がタップしたドアがゆっくりと開くアニメーションが始まって、ディスプレイが真っ白になり中央に【接続中……】と表示される。

 接続が完了すると表示が切り替わり青い背景に白い横文字のコメントが上から並んでいる画面に辿り着いた。


 もう皆、来てる。今日こそ一番だと思ったのに。

 少し悔しく感じつつ日向は『こんばんは。“とうふ”です』とメッセージを書いた。


 ホワイトカプセル・サテライトとは、利用時間が限定されている匿名のチャットアプリである。


 明確な志望動機もなく、自分の学力に見合っているというだけで入学した大学生活は、退屈以外の何物でもなかった。

 同じ高校から進学した生徒はおらず、四月のオリエンテーションや履修登録の時に周囲と上手くコミュニケーションが取れなかった彼は、あっと言う間に孤立していった。


 陽気そうなサークルが醸し出すあの独特の空気が日向とは合わない。小学校から激しい運動を避けてきた彼にとって運動部なんて入る訳もない。


 となると、残ったのは文化系だが、幾つかホームページで確認して、どこにも興味が湧かなかった。


 早々に孤立した日向は、名前も知らないボランティアの上級生に教えてもらって履修登録を済ませて、日々講義を受けている。

 彼が誰かと話すのは仕方なく選択したグループワークの講義で、それがない日は一日も誰とも話さず、マンションと大学の往復で終わってしまう。


 灰色のフィルターがかかったような毎日。


 そんな日向にとって、ホワイトカプセル・サテライトの存在は大きかった。

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