「第1章 灰色のフィルターがかかったような毎日」 (3-1)

(3-1)


 誰とでも仲良くして周囲の人達の"ひなた"となれるように日向と名付けた。


 小学校の名前の由来を調べる授業で、両親は照れながらもどこか満足気にそう話す。二人の願いには応えられなさそうだと悟ったのは日向が中学二年生の時だった。


 人には生まれながらに適材適所がある。自分がクラスの中心にいるような人物ではないのは分かっている。二、三人の小さなグループですら、控え目なポジション。それが成瀬 日向という人間なのだ。

 だから残念ながら人が集まってくるような”日向”にはなれないと思った。


 ――ピピピピッッ。


 脳の奥まで直接届いてしまうような電子音で日向は目が覚める。まだ眠っていたいと訴える体に逆らって、ゆっくりと体を起こす。iPhoneで現在時刻を確認して、枕元に置いたリモコンでテレビを点けた。


 いつもの情報番組が始まり、キャスターが昨日から起こったニュースを読み上げる。

 それをBGMにベッドから出て、洗面所で歯ブラシと洗顔をして残りの眠気を追い払った。冷蔵庫から食パンを一枚取り出して、チーズを置いてトースターで温める。温めている間にケトルでお湯を作る。


 家電がそれぞれ仕事をしている間に部屋着から着替えた。丁度、お湯が湧いて、冷蔵庫の上に置いているインスタントコーヒーの粉をマグカップに入れる。


 固形物となっているコーヒーの粉がお湯を注がれる事でコーヒーの形を成していく。最後に少しミルクを加えて完成。焼き上がったパンに適当に胡椒を振って、皿に置いた。数メートル先のデスクまで持っていくのが面倒でその場で食パンを口に運ぶ。


 二、三口連続で食べてインスタントコーヒーを啜る。美味しいというより体を動かす為のガソリン感覚で食べる朝食に日向は、思い入れがない。


 食べ終わった食パンの皿を流しに置いて、半分コーヒーが残っているマグカップを持ってデスクへ向かう。イスに座りテレビに目を向けた。ニュースは終わり、特集のコーナーがやっていた。


 女性のモデルが、苺がたっぷり乗ったパフェを美味しそうに頬張っていた。感情もなく、それをボーッと見つめてからコーヒーを全部飲み切る。


 テレビを消して上を向き僅かな間、目を閉じた。いつも出発前に行うこの動作は二分程度だが、これをするかしないかでは一日に大きな差があった。


「ふぅー」


 口を小さく開けてゆっくりと息を吐き出す。吐き出された息には、インスタントコーヒーの風味が混ざっていた。

 日向は立ち上がりクローゼットに入っている上着を羽織り、前日に用意していた講義資料一式が入ったリュックを持って、玄関へ。


 遮光カーテンが閉められて、微かな朝日しか通さない部屋に向かって「行ってきます」と言ってから、玄関のドアを開けた。


 ガチャリと実家とは違う音がする鍵をかけて、階段を降りていく。


 日向が通う大学は、彼のマンションから歩いて、約十五分程度の距離にあった。大学自体が住宅街に建てられているので、夜中でも学生の騒音はない。


 大学に到着して、日向は講義室へと向かう。今日は大教室での講義。正直、三十人程度の講義室の方が静かで好みだが、全て好みの講義を選択する事は出来ないので仕方がなかった。


 講義開始十分前。大教室に入り、入口横のカードリーダーで出席を取ると日向は、前列へと足を進ませた。後列になればなる程、講義に対して関心が薄い学生が集まっているので、自然とそうなる。


 前列に座り、講義が始まるまでリュックに入れていた読みかけの文庫本を取り出した。高校生の頃は電車通学だったので通学中に読書の習慣があったが、大学になってから、能動的に読書の時間を作らないと、どんどん読まなくなり、それが怖かった。

 家にいる時は、パソコンやiPhoneを触ってしまうので講義前のこの時間が貴重な読書の時間の内の一つだった。


 物語の世界に逃げる事で周囲の喧騒をやり過ごしていた。


 チャイムがなって講師が入って来る。喧騒が静まり。日向は文庫本をリュックへしまう。

 今日も退屈で面倒な大学生活が始まった。


 全ての講義を終えると、時刻は十七時を超えていた。夜の講義は履修登録していないので、もう大学に用はない。日向はすぐに大学の敷地を出る。

 学食にも売店にも用事はなかった。代わりに近くのスーパーに寄り道して適当に惣菜を購入。疲れが出た足取りでマンションへと向かう。


 マンションに帰ると、買ってきた惣菜数品と昨日炊いて冷凍していたご飯を解凍して夕食を済ませた。掃除、洗濯は今日はしなくていい。


 あとは、アプリの時間を待つだけだ。イスに座ってMacBook Airを起動。

 時間まで適当にネットを巡回する。自分と関係性の薄いニュースをボーッと眺めていると、デスクに置いていたiPhoneが軽快な音楽を鳴らした。


 メール? 着信音に反応して日向がiPhoneに手を伸ばす。ロックを解除して詳細を確認すると、届いたのはメールではなかった。


 ホーム画面にはメールアプリではなく、ホワイトカプセル・サテライトのアイコンに①と新着の数字が表示されている。こんな事は今までなかった。

 初めての展開に日向の体が緊張して固くなる。


 不安を抱えつつ、日向はアプリを起動した。いつもの白い画面。ログインボタンはない。だが、右上に①と数字があった。これがホーム画面にあった①の正体。

 日向はそっと、そこをタップする。


【ダイレクトメッセージが届いています!】


 とポップアップが表示された。

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