第28話 本妻のドヤ顔!
里崎優枝は、来栖夜斗のことが好きなわけではない。
「来栖と倉敷、放課後になっても結局来なかったね」
「揃って休みかあ。今まで遅刻はあっても休みはなかったのに」
「もしかして、二人で遊んでんじゃない?」
──放課後。
ホームルームが終わるなり、優枝に話しているわけではないが周りの生徒たちが噂話を始めた。
西門サヤやその取り巻きが休むことが多いこのクラスでは、元からクラス全員が揃うことは少なかった。
誰かが休んだとして、そのことを話す者は誰もいなかった。
ただ今回だけは、夜斗と雨奈が揃って休んだことに数名が勘繰りをしていた。
「二人三脚のペアになって意気投合して、まさか……?」
「ありえそう。それに前、倉敷が先輩に言い寄られてるときに助けたって噂あったじゃん?」
「ああ、あったあった。もしかして、そのときから二人ってできてたの?」
そこまでを耳に入れて、優枝は立ち上がる。
「あれ、優枝ちゃんもう帰るの?」
「うん、ちょっと用事があるから」
本当はもう少し教室に残ってやりたいことがあったが、こんな状況で作業してもはかどらない。
優枝はクラスメイトに別れを告げ、一人帰宅する。
相変わらず実家とは違う彼の家へと帰って行く優枝。
学校では優等生の優枝が、毎日クラスメイトの不良の家で寝泊りしていると知られたら、どんな噂が広まるのだろうか。
雨奈の時以上の人が、この噂に興味を示すかもしれない。
誰にもバレたくはない。
そう思っているのに心の何処かでは、バレたら”二人の関係”はどう変化するのだろうかと興味があった。
父親に知られて連れ戻されて終わるのか、それとも優枝がクラスメイトに軽蔑されて孤立するのか。
もしも孤立したら、夜斗はどうするのだろうか。
気を使って、これからは学校でも側にいてくれたりするのだろうか。
優等生と不良の恋。
漫画では定番のシチュエーション。
そういう未来も、もしかするとあるのかもしれない。
「まあ、ありえない未来だけど」
里崎優枝は、来栖夜斗のことが好きなわけではない。
間違っても、そんな未来は訪れない。はずだ。
「……」
周囲を警戒して家に帰ると、学校をサボった男は気持ち良さそうに寝ていた。
何処で誰と何をしていたのか。
そんなの、部屋に広がった空気を吸っただけでわかった。
「匂い消してから帰ってきなさいよ」
普段は香水なんて付けない夜斗から、甘ったるい女の香水の匂いがした。
この香水を付けている人物を優枝は知っている。
『倉敷の香水ってさ、めっちゃ甘ったるい匂いするよね』
『わかる。小学生の時に流行ったねりけしみたいな匂いする』
『いや、あれよりはまだマシでしょ』
刺激的でもなく不快感もないから優枝もいい匂いだと思っていたが、今はただただ臭いとしか思わない。
前にこの匂いを付けて帰ってきたことで優枝が不機嫌になったことを、どうやら彼は気付いていないらしい。
父親と何かあったと勘違いしている。
鈍感なのか、それともそういう思考を持ち合わせていないのか。
おそらく後者だろう。浮気する旦那の方が、まだバレないように頭を使う。
きっとバレるバレないとか、そういうことを気にしていないのだろう。
──私のことなんて、どうせなんも意識してないんでしょ。他に女がいることがバレても、なんの問題もないって。
ということだろう。
二人は付き合っているわけでも結婚しているわけでもないのだから、罪悪感なんてなくて当たり前。当然と言えば当然だ。
だが。
何の意識もしていないのは、腹が立つ。
優枝は寝ている夜斗に向かって、無言でファブリーズをかける。
一回、二回、三回。優しさから、顔にはかけないであげた。
微かに甘ったるい匂いが残っていたが、幾分か緩和された気がする。
「ふん」
満足すると、優枝は着替えて趣味に没頭しようとした。
作業しやすいようにと夜斗が買ってくれた座椅子に座り、ゴムで髪を縛る。
だが、
「ん……」
「ちょ」
後ろで寝ていた夜斗に引っ張られた。
振り返ると、彼は眠ったまま、寝ながら優枝を求めた。
「……」
上半身を引っ張られるから、仕方なく優枝はベッドで横になる。
すると、唸っていた彼は落ち着いた。抱き枕が欲しかったのかと、優枝はため息をつく。
──さっきまで、私より胸の大きい抱き枕とよろしくやってたくせに。
そう思うと、せっかく直ったのにまた腹が立った。
夜斗の鼻を指で摘まむと、苦しそうな声を発する彼を見てクスクスと笑う。
横になりながら、優枝は夜斗を見つめる。
こうしてじっくり顔を見るのは初めてかもしれない。
普段の目を開けている彼と目が合うのは、少し照れくさいから。何よりベッドで横になりながらだと、いつもアレをしていることが多い。
顔はお世辞抜きにいい。
身長も高くて、筋肉もそこそこ付いている。
見た目だけだと、モデルなんじゃないかというぐらいだ。
女の一人や二人いても不思議ではない。
「まあ、結局は私のとこに帰ってくるから許してあげる」
まるで妻が、浮気相手のとこに遊びに行っても結局は妻のもとに帰ってくるから許すみたいな言い方だ。
それに気付いて、優枝は目を閉じながら「バカみたい」と笑った。
彼の大きな手を掴むと、指を絡める。
里崎優枝は、来栖夜斗のことが好きなわけではない……と思っている。
こうして約束抜きに一緒に寝るのを嫌がらず、他の女がいることにやきもちを妬いたりしている時点で、意識しないようにしているだけなのは彼女自身も理解していた。
♦
「あ……?」
起きたら部屋が真っ暗だった。
雨奈が疲れ果て眠ったことで家に帰ってきた夜斗。
その時は昼前だったので、おそらく6時間以上は寝ていたのだろう。
そして、起きたらなぜか優枝が隣で寝ていた。
休んだことに怒っているだろうなと思っていたのに、なぜ彼女は一緒に寝ているのだろうか。それも物凄く気持ちよさそうに。
夜斗は彼女の頬を摘まむ。
眉を寄せるが、起きる気配はない。
今度は無防備な胸を揉んでみると、珍しく高い声で鳴いた。
「お前、普段は声を出さないように我慢してやがったな」
いつもは喘ぎ声を聞かれたくなくて我慢していたのだとわかった。
新しい発見。それに、普段のツンツンした喘ぎ声とは違う今の喘ぎ声が意外とかわいいと思った。
「んっ、あ……はぁ」
手が、止まらない。
優しさは変わらないが、段々と激しく揉んでいた。
優枝も気持ち良さそうな声を漏らすが、次第と口を閉じるようになった。
それに普段の彼女の喘ぎ声に戻ってしまった。
「お前、起きてんだろ」
「……」
「じゃあ、このままセックスするぞ?」
「……」
「生で」
「生はダメ!」
勢いよく目を開けた優枝。
「やっぱり起きてたのかよ」
「……目を覚ましたら、なんか胸触られてて。言い出すタイミングがなかっただけ」
「なんだ。てっきりそういうシチュエーションを楽しんでんのかと思った」
「なわけないでしょ、ったく……。ご飯は?」
「昨日から食べてない」
「ふぅん。……作ってもらえなかったんだ、かわいそうに」
「あ? なんか言ったか?」
寝起きだからか、小さな声で聞き取り辛かった。
聞き返すと「なんでもない」と体を起こした優枝は大きく伸びをする。
「やっぱり、私の手料理が好きなんだ」
「なんだよ、そのドヤ顔。まあ、お前の料理は好きだけど」
「ふふん、仕方ないから作ってあげる」
いつもとは違う反応が、なんとなくかわいかった。
気づいたら、立ち上がろうとした優枝を押し倒していた。
「もしかして……?」
「男はな、眠りから覚めたときが一番興奮してんだよ。覚えておけ」
「知らないわよ、まったく。私もお腹空いてるんだから、一回だけにしてよ……?」
満更でもなさそうな表情の優枝。
夜斗が寝ている間に何かいいことでもあったのだろうか。
そんなことを考えたが、まあ、今はどうでもいいかと楽しむのだった。
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