第37話 急いでるのにお風呂場で
「うー、夜斗くんと一緒に走りたかったなあ」
二人三脚が終わったことで体育祭は残すところクラス対抗リレーのみとなった。
夜斗の出番はないので、クーラーの効いた保健室へ避難した。もちろん、雨奈の見舞いという名目がなければ保健室なんて来ない。
「お前がダイエットなんて馬鹿なことするからだ」
「はい、すみません。もうしません。……でも一位かあ、里崎さんって運動神経いいよね」
「女子のリレーのアンカーも任せられてるだけあるからな」
「もしわたしが出てたら、一位取れなかったよね」
「だろうな」
「がーん。そこは嘘でも、そんなことないよって言ってほしいなあ」
「だって事実だろ」
雨奈は不満そうに頬を膨らまし、掴んだ夜斗の手に力を込める。
「もう平気そうだな」
「うん、ご飯食べたからね。ダイエット辞めたら体調良くなったよ」
「当たり前だ」
「でも、クラスの打ち上げは参加できないかな。二人三脚お休みしたのに打ち上げ参加したら、クラスのみんなになんか言われちゃうと思うから」
「そうか? 別に気にする必要ないだろ」
「それがあるの。特に女子はこういうの陰湿だから。『あれ、倉敷さん体調不良だったよね? もしかして仮病とか?』『本当はサボって男子と保健室でしてたんじゃないの?』とか、ここまで露骨には言われないけど、そんな風に思われるんじゃないかな」
「そんなにか。めんどくさいんだな、女って」
「そうそう。これ以上の変な噂を流されない為にも、今日は大人しくおやすみしてます。その代わり、後日……二人で打ち上げしたいな?」
上目遣いで言われ「めんどくせえよ」なんて言えない。
「ちゃんと体調治って、ダイエットも辞めたらな」
「ダイエットはもう辞めたの! 体調も、うん、もう大丈夫!」
「一応言っておくが今日はしねえからな。今日は焼肉食べ放題に行くんだから」
「うー、わたしも一緒に行きたい!」
「お前は寝てろ……っと、終わったか」
リレーが終わり全競技が終了したことを知らせる空砲が鳴らされた。
夜斗は立ち上がり、大きく伸びをする。
「今日は大人しくしてろ。治ったら、時間作ってやるから」
「はーい。あっ、夜斗くん」
「あ?」
「お見舞い、来てくれてありがとね!」
「保健室が一番学校でクーラー効いてるから、ただ涼みに来ただけだけどな」
「えへっ、ツンデレ夜斗くん!」
「うるせえよ。じゃあな」
保健室を出て閉会式に参加する。
長ったらしい校長の話も、何年の何組が優勝しただとか誰々が活躍したかという話し声も、眠たくて夜斗の耳に入ってこなかった。
ホームルームも終わり、家に帰ってからも眠気は続いた。
打ち上げまで少し時間があるので制服を脱ぎ捨てベッドで横になる。
どうせ時間になったら学校から帰ってきた優枝が起こしてくれるので、目覚ましもセットしない。
意識を失うように眠るのに時間はかからなかった。
「──ちょっと」
深い眠りの中、体を揺すられる。
「ちょっと!」
「あ……?」
目を開ける。
どうやら彼女も帰ってきたようだ。
起き上がり、よく眠れたと大きく伸びをした。
「あなた、なんで寝てるの……」
「あ? なんでって、ちょっとだけ」
優枝からスマホの待ち受けを見せられた。
集合時間は19時。現在の時刻は18時ちょっと過ぎと、起こすタイミングとしては完璧だった。
「これからシャワー浴びて向かえば丁度いいな」
「……私がシャワー使うから、あなたは私が終わってからよ」
「は? そしたら遅刻するだろ」
「だから、なんで先にシャワー使わなかったのよ! 体育祭の実行委員の手伝いで帰り遅くなるって言ったじゃない」
「いつだよ」
「今朝!」
そういえばそんなこと言っていた気もする。
打ち上げの集合時間ぎりぎりだと嘆いていたのも思い出した。
「忘れてた」
「もう! とにかく、先にシャワー使うから」
荷物を置いて浴室に向かう優枝。
少ししてからシャワーが床を叩く音が聞こえてきた。
「もしかしてこれ、意外と危ないか……?」
湯船に浸かるわけではないが、優枝のシャワーが長いのを思い出した。
夜斗は着ていた服を脱ぎ、浴室へと侵入する。
「ちょっと、なんで来たのよ」
「いや、お前が遅いから一緒に済ませれば早いかなって」
気持ち良さそうにシャワーを浴びていた優枝が振り返る。
日焼けしたのか、細く白い肌には微かに赤くなっている部分があった。
「だからって、はぁ……あなたが寝ないで先に済ませてくれたら良かったんじゃないの?」
「お前の帰るのを待ってたんだよ」
「待ってなくていいわよ、まったく」
狭い浴室に二人。
目の前には艶っぽい肌を晒した裸の優枝。
ただシャワーを浴びるだけで収まらず、つい後ろからイタズラした。
「ちょっと、触んないで」
「つい」
「つい、じゃない。ほんと、怒るわよ?」
「とか言いながら触らせてくれるの優しいよな」
胸を揉んでも拒まない優枝。
優しいというよりも無視されているに近いが。
「そういえば、あなた打ち上げ後はどうするの?」
「どうするって?」
「誰かと遊んだりするのかってこと」
体を洗いながら聞かれ、サヤに誘われていることを思い出した。
「まあな」
「誰?」
「誰だっていいだろ。なんだ、気になんのか?」
「……別に。ただ、鍵はちゃんと持って行ってよね。前みたいに鍵忘れたって言って夜中にインターホン鳴らされたら近所迷惑だから」
「わかってる。お前こそ、どっか行くのか?」
いつも一緒にいる連中とカラオケに行くって話を教室で聞いていたので知っていたが、話しの流れでなんとなく聞いた。
すると彼女は振り返り、意地悪い笑顔を浮かべる。
「なに、気になるの?」
「いいや、別に」
何かを期待したような反応に見えたので即答した。
優枝は目を細め、不機嫌そうにしながら前を向く。
「じゃあ聞かないでよ」
「なんだよ、もしかして男のとこ行くんじゃないかって俺に心配してほしかったのか?」
ただの軽口だ。
いつも通りの冗談の会話。
「別に」
だが、優枝はおかしな間を空けて返事をした。
冗談が冗談で済まなくなったような、そんな空気が浴室に溢れる。
「もう!」
優枝は不機嫌そうな声を出すと、シャンプーのノズルを何度も叩く。
手の平からこぼれそうなほどの量を頭にかけると、そのまま泡立てていく。
「時間ないんだから話しかけないで!」
「なんだよ急に……って、お前それ」
この家には共用で使用するモノもあるが、いくつか別々のモノも存在する。
料理で使うお皿やコップ、充電器やタブレットなんかは共用。
洗濯用洗剤や柔軟剤、歯ブラシや歯磨き粉なんかは別々。
他人に二人の関係が気付かれる可能性のあるモノかそうでないモノかで分けている。それは同棲を始めたとき優枝から提案された。
この関係を誰にも知られたくないという彼女の考えからくるものだろう。
「なに」
「いや、別に」
浴室には、シャンプーとボディーソープがある。それも優枝と夜斗のは別々で計4つ。
ボディーソープは自分のを使った優枝だったが、何度もノズルを叩いて使用したシャンプーは夜斗のモノだった。
けれど本人は気付かず使い続け、お湯で流した。
「それじゃあ、ごゆっくり!」
不機嫌そうに浴室を出て行く優枝。
忠告した方がいいとも思ったが、前に夜斗のと優枝のを一緒に洗濯してしまったことがあった。
その時も特に問題にはならなかったので今回も大丈夫だろうと考えた。
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