第36話 私が一番でしょ!!



「じゃあ、後は任せていいかな?」


「はい」




 違和感だらけの作り物の笑顔だと一目でわかるが、それは夜斗だけだ。

 学校での優等生キャラの彼女──優枝は、担任がいなくなると夜斗を見ていつも通りのクールな顔付きに戻る。




「なんでお前がここに」


「決まってるでしょ、あなたのペアを組みによ。で、本番はいつ?」


「あと4つ後ぐらいだけど」


「そう。かけ声とかはあなたに任せるから。あっ、1,2でお願いね」




 何食わぬ顔で夜斗の隣に人一人分を空けて立つ優枝。




「いや、だからなんでお前がここにいんだよ」


「は? さっき言ったでしょ。……ああ、なんでペア組むこと了承したかって聞きたいの?」


「ああ」


「倉敷さんが熱中症で参加できないって聞かされて、担任の先生が誰かあなたのペアを組んでくれる人はいないかってみんなに聞いたの。誰か立候補したと思う?」


「いや」


「いたにはいたのよ」


「なに? お前以外にか?」


「そう、誰か心当たりある?」




 彼女の他に立候補する変わり者がいたとは思わなかった。

 でも、サヤならやってくれる可能性はあった。彼女なら「仕方ないなー、貸し1だよ?」とか言って。




「いや、わからねえけど」




 だがすぐにその想像は風に流れて消えた。

 そもそも、サヤがクラスの輪の中にいる可能性の方が低い。彼女ならクラスから離れて兄たちとバカ騒ぎしていて、雨奈が出れないことすら気付いていない気がした。

 だから夜斗は「わからない」と答えた。すると優枝は「ふぅん」と含みのある相槌を打つ。




「なんだよ」


「別に。で、立候補したのは、あなたが騎馬戦で組んだ三人よ」


「三人って……」




 あの、クラスでも静かな三人のことか。

 本番まで夜斗に敬語で脅え続けていた三人。

 こういう人前で手を挙げるようなタイプではなかったはずだ。




「騎馬戦から、あなたを見る目が変わったってことじゃない? 話せば思っていたよりもいい人だってわかったとか」


「脅して働かせただけだが」


「最低ね」


「うるせえよ」


「でも、何かしら考えが変わったんでしょ。ただ二人三脚は男女ペアだから却下されたわ」


「だろうな。それで、他に誰もいないからお前か」


「そういうこと」




 そこで、夜斗たちの順番が近付き待機するよう言われた。




「周りから反対されたんじゃねえのか?」


「ええ、もちろん。それはもう、ヤクザの事務所に行くのを止めるぐらいにね。あなた、なんでそんなに怖がられてるの?」


「こっちが聞きてえよ」


「……話せばわかるのにね」


「あ?」


「なんでもない。でも、こういう誰もやらないようなものに立候補すれば担任の先生からのポイントも上がるから、私としては有難いけど」




 そうだ、学校での優枝は打算的で性格が悪いんだった。いつも周りからどう見えるかを気にして生活している。

 ただこれは市長の娘として、父親に迷惑をかけないようにという考えからくるものでもあるのだろう。




「お前、その生き方して疲れねえのか?」


「別に、もう慣れたから。それに家では素に戻れて息抜きできるから平気」


「へえ、お前は俺との同棲に居心地の良さを感じていると」


「ネットカフェ以上、ビジネスホテル以下ね」


「ビジネスホテル以下かよ、チッ」




 二人の前の組が走り始め準備を始める。

 夜斗は互いの足にヒモを付け、優枝は「痛い、もう少し優しくして」と小言を漏らす。




「うるせえな。いつもより優しくしてやってんだろ」


「は? いつもってなに」


「それはほら、ベッドで──」




 と、しゃがんでいた夜斗は、横から優枝に勢いよく押されて転んだ。

 しかも周りから気付かれないよう膝辺りだけを曲げて、あたかも夜斗が一人でバランスを崩したように見せている。




「あっ、ごめんね来栖くん。大丈夫?」




 ぶりっこよりも質の悪い演技をかまされ、ベッドの上だったら絶対泣かせてると心の中で舌打ちをしながら立ち上がる。




「お前、マジで性格悪いよな」


「お陰様で。あなたと一緒に暮らしてから捻くれた性格になったの」


「俺のせいみたいに言うな。元から才能あったんだろ、男をからかうドSの才能がな」


「あれ、もしかしてあなたはベッドの上ではからかわれたいドМだったの? ごめんなさい、気付いてあげられなくて」


「……帰ったら覚えておけよ」


「嫌よ、今日は夜遅くまで友達とカラオケに行くんだから」




 減らず口が止まらない。おそらくこのままだと永遠に悪口を言い合っていられるだろう、それはもう家でするときのように。

 だが夜斗たちの順番になり、二人の会話を止めてくれた。




「足引っ張んなよ」


「そっちこそ」




 空砲と共に一気に駆け出す。

 二人三脚はペア競技だ。どんなに足が速い者同士でも息が合わなければ勝てない。そんな競技で即席の二人が勝てる可能性はない。息が合うわけがない。

 夜斗は優枝が転ばないよう1,2と口にしながら彼女の様子を確認して、歩幅を合わせる。

 順位は下から数えた方が早い。




「遅い!」


「は?」


「もっと真面目に走りなさいよ! その無駄に長い脚は飾りなの!?」


「テメェ!」




 そういえば、優枝も夜斗に劣らないぐらい負けず嫌いな性格だったのを思い出した。

 気を使ってやった自分が馬鹿らしいと歩幅を広げる。

 それでも無意識に、優枝の可能な範囲内に抑えてはいた。




「転んだら引きずるからな!」


「そっちこそ!」




 ブレーキが壊れた自転車が坂道を走るように、どんどんペースが上がっていく。

 後方から一組二組と抜いて行く二人の走りに見る者の歓声が湧く。おそらく二人三脚を走るどのペアよりも歓声を浴びただろう。

 当の本人たちは、いつの間にかかけ声を忘れて言い合いを始めていた。




「おい、もうバテたのか!?」


「は、はあ!? 私が、あなたに合わせてあげてるんでしょ!」


「嘘つけ! ほんとお前はいっつも体力ないよな!」


「いっつもって、こんなとこで変な想像しないでよ、バカ!」




 学校では絶対にできないような、誰にも聞かれてはいけないような会話をする二人。

 表情は楽し気で、似た者同士の言い合いという表現が正しかった。


 そして、二人はあっという間にゴールした。

 ペースを落として後ろを確認すると、二位のペアに数秒の遅れを付けていた。




「マジか。練習でも勝てなかったのに、まさか本番で勝てるなんてな」




 雨奈との練習で走ったときも、夜斗は一度も勝てたことはなかった。

 それがまさか即席のペアで、しかも二位と大差を付けて優勝できるとは思わなかった。




「はあ、はあ……当たり前、でしょ」




 無駄に声を出して体力を消耗した優枝は、ドヤ顔を浮かべながら言う。




「あなたみたいな男と息の合う女、私以外にいるわけないでしょ」




 そう言い切った優枝を見て、夜斗は「なんだそれ」と笑って返す。

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