第35話 タイミングが良すぎる彼女



「おい、どうした?」




 午後の部が始まるということで再びグラウンドへ向かおうとしていると、夜斗は廊下でサヤとすれ違った。

 空き教室を見たり廊下をキョロキョロと確認する彼女は誰かを探しているようだった。




「あっ、ヨルっち。んー、ちょっと雨奈探してて」


「雨奈?」




 雨奈というのは、あの雨奈だろうか。

 いや、二人の仲が良いというのは聞いたことなかった。もしかしたらあの取り巻き連中にもあまなという名前の子がいるのかもしれない。


 だがそもそも、あの取り巻き連中は体育祭を休んで今日はいないはずだが……。




「雨奈って言ってもわかんないよね。同じクラスの倉敷雨奈」




 なんだ、やっぱり雨奈だったのか。




「いや、わかるけど」


「なんで?」


「二人三脚のペアだからな」


「あー、そっか。じゃあどこ行ったか知らない?」




 そう聞かれ、女子トイレがある方向を指差す。




「そっち歩いて行ったぞ」


「ほんと? ありがと、じゃあ二人三脚頑張ってねー!」




 仲良いのか?

 それを聞く前にサヤは走り去ってしまった。




「なんだったんだ?」




 まあ、今度思い出したら聞いてみるか。

 そう思った夜斗だが、いつも時間が経つと忘れてしまうことが多かった。



 そして午後の部が始まると円滑に競技が進んでいく。

 一年の何組が一位だとか、誰々がめっちゃ活躍しているとか話題に出るが、夜斗は興味なかった。

 基本的に自分の出る競技のことと、自分の成績にしか興味がない。

 チームの団結力がー、とか言われると困るが、クラスで浮いた存在の夜斗にチームへの愛なんてない。


 勝負には負けない、ただそれだけだ。




「お腹、減ったなあ……」




 二人三脚の待機場所。その端の方で出番を待っていると、雨奈がお腹を抑えながら悲しそうな表情を浮かべていた。




「もしかして、ご飯食べてなかったのか?」


「あの時はあんまり食欲なくって。それに」


「それに?」


「ううん、なんでもない! あっ、夜斗くんのせいとかじゃないからね、うん!」


「そうか」


「でも、心残りがあると言えば最後までできなかったこと……かな?」




 上目遣いで言われた。




「人が来たんだから仕方ないだろ」


「だね。遠くから足音が聞こえた時の夜斗くんの慌てっぷり、面白かったなあ」


「お前だって同じだろ。あたふたして、何度も口拭って」


「バレちゃうかと思ってドキドキしちゃった。でも、こういう体験も学生ならではでいいよね!」


「ほとんどの学生はこんな体験しないだろ、普通」


「かな? ねえ、今度は最後までしたいな。学校で」




 今日の雨奈は随分とグイグイ来るなと思った。

 暑さでやられたのかと心配になるほどだ。




「残念だったな、今日みたいに校内に生徒がいない日は他にないぞ」


「えー。じゃあ、深夜の学校……は、怖いからダメか」


「あ? お前、怖いの苦手なのか」


「うん、苦手というより一切ダメなんだよね。ホラー映画とかも全部見れたことないもん」


「へえ、いいこと聞いたな」


「あっ、怖いとこに連れて行ってえっちなことする気だ!」




 やっぱり今日の雨奈はおかしい。

 というより午後からの彼女は変だと思った。




「お前テンション変だぞ。熱中症とかじゃないのか?」


「えっ、大丈夫だよ!」


「水分補給してるか?」


「うん、飲み物もほら……あれ」




 何も持っていない手を前に出して首を傾げる。




「持ってきてなかった」


「ったく。ほら、これ飲んで座ってろ」




 雨奈をパイプ椅子に座らせると、スポーツドリンクを差し出す。




「これ、夜斗くんの飲みかけ」


「今さらそんなの気にするのか?」


「うん、間接キスは間接キスだもん。えへへ」




 間接キスよりずっと先のことをこれまでしてきた。なんならついさっきしていたことの方がハードルが高い。

 やっぱりおかしい。

 顔色はいつもより白い気もするし、いつも通りの気もする。

 見た目から違いはわからないが、大丈夫だと言う彼女の言葉を信じた。




「それじゃあ、二人三脚が始まるので参加者は準備を始めてください!」




 運営のかけ声と共に移動が開始された。




「行くぞ」


「うん!」




 だが、立ち上がった雨奈はふらつき大きく体勢を崩した。




「あれ……」


「おい、大丈夫か?」




 抱きかかえるが、雨奈は自力で立てる様子じゃなかった。

 そんな夜斗たちの様子に気付き、教師や保健委員がすぐさまやって来た。




「大丈夫ですか?」


「は、はい、少し休めば……」




 とは言うが、明らかに視点が合っていない。

 その場に座り込んでしまった雨奈。夜斗の手を掴んだ彼女は何度も「大丈夫です」「走れます」と言うが、教師は首を左右に振った。




「熱中症かもしれません。保健室に移動しましょうか」


「大丈夫ですから、わたし、その……」




 夜斗の手を掴んで離さない雨奈。

 その目にはうっすらと涙が流れていて、夜斗と走りたかったことが伝わった。

 そんな彼女に、夜斗は「休め」と優しく言う。




「このまま無理して途中で倒れて、もし怪我したら大変だろ。もうすぐ夏休みなんだぞ」


「夏休み……」


「一緒に遊ぶんだろ。約束、無しにする気か?」




 誰にも聞かれないよう小さな声で伝えると、雨奈は何度も頷く。




「うん、うん……遊ぶ。夜斗くんが喜びそうな水着買って、いっぱい褒めてもらう」


「だったら今は休め。いいな?」


「ごめんね、練習したのに」


「いや、元はと言えば俺があんなことさせたから」


「ううん、それは違うの! 実は、その……」




 言いにくそうにしていた雨奈だったが、夜斗が珍しく優しそうにしていたから懺悔した。




「最近、ダイエットしてて」


「は?」


「海は水着で、お祭りは浴衣で、体型を気にするシーズンだから、少しでも見栄えを……夜斗くん?」




 休憩中にあんなことをさせたから、お昼ご飯をまともに食べられなかった。それで体調を崩した。その罪悪感があった。

 だが理由が違うとわかり、握っていた手を離した。




「ああ、手っ、手っ」


「保健室で休んで飯を食え。ったく……。前にも言っただろ、お前はそのままでいいって」


「えへへ、嬉しい。だけど、女の子は少しでも良く見せたいの」


「ったく。次、ダイエットなんてしたら二度と会ってやらねえからな」


「がーん」




 とにかく、重症とかではないとわかって安心した。

 雨奈は保健委員に連れられて保健室へ。

 残された夜斗はペアがいなくなり、そのまま棄権になると思った。




「来栖、一応いま代役を募っているところだ」


「代役ですか」




 担任に言われたが、本番数分前に代役を募集されても見つかるとは思えない。

 というより、組む相手が夜斗なので走りに自信があっても受けようと思う変わり者はいない。




「ああ、来たみたいだ」


「は?」




 担任と同じ方を向くと、彼女は普段の夜斗に見せる表情とは違う余所行きの表情でこちらに向かって走ってきた。




「すみません、先生。お待たせしました」 

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