第38話 ねえ、なんで?
「えー、雨奈行けないのかあ」
『うん、ごめんね』
打ち上げ前。
集合場所の焼肉屋へ向かう途中、サヤは雨奈と電話していた。
そもそもサヤは、雨奈が熱中症だったことを二人三脚の後に知った。
夜斗と雨奈の雄姿を見ようと兄や客らと目を輝かせていたのだが、夜斗と一緒に走ったのはクラス委員長である里崎優枝だった。
それから雨奈が保健室に運ばれたことを知り、帰りのホームルームが終わってからお見舞いに行ったが既に雨奈はいなかった。
なのでこうして電話すると、打ち上げには出ないと言われた。
「まあ、クラスの連中になんか言われそうだしね。りょーかい」
『ごめんね。あと、心配してくれてありがとう!』
「ううん。お昼に元気無かったように見えたけど、やっぱ体調悪かったんだね」
『えっ、うん……そうなんだよね』
その時に気付いていればと後悔するが仕方ない。
「じゃあ、ゆっくりしてね。また学校で」
『うん。──サヤちゃん!』
「ん?」
目的地に着いたので電話を切ろうとした。
だが名前を呼ばれて、つい立ち止まって雨奈の話を聞いた。
『負けないから』
「え……?」
いきなりのことで困惑した。
だがすぐに『それだけだから。じゃあ、打ち上げ楽しんできてね!』と電話を切られてしまった。
返事を待っている感じじゃなかったので、会話ではなく宣戦布告がしたかったらしい。
「でも、なんで宣戦布告? なんか勝負してたっけ?」
考えてもわからないので、今度会ったら聞いてみようと切り替える。
集合場所である焼肉屋の周りにはクラスメイトがいる。
とはいえ話したことのない者ばかりなので、その輪に入りたくはなかった。
──ヨルっち、早く来ないかな。
サヤがクラスで話せる相手なんて夜斗と雨奈しかいない。
取り巻きも話せるが、自分から話そうとは思わない。
18時45分。
待ち合わせ時間15分前になり、同級生たちは店内へ入っていく。
サヤも声かけられたものの、このまま一人で入ると席順が夜斗と別々になる気がした。
だから待った。
すると、
「こんなとこで何やってんだ」
5分後、やっと夜斗が来た。
普段の制服姿と違った私服姿を見て、思わず声が漏れた。
「おー」
パーカーにジーパンとラフな格好だが、力の入った洒落た感じよりも、こういう『置いてあった服を適当に着てきました』みたいな格好の方が好きだった。
「なんだよ」
「ん、似合ってるなって。パーカーのフード被ったら、コンビニでタバコ買う未成年っぽい」
「どんな偏見だよ。お前は……」
お前と呼ばれてムカッとしたが、夜斗がサヤの格好を見て何か言ってくれそうなので我慢した。
「お前はあれだな」
「うんうん」
「ギャルだな」
「は?」
なんだそのAIみたいな感想。
求めていたのは「かわいい」とか「綺麗」とか「エロいいね!」とか、そういうのだ。
「お前って言うな、この!」
「いてっ! 急になんだよ」
「ふん! 女心をなんもわかってないヨルっちに期待したあたしがバカだった! ほら、もうみんな席に着いてるから行くよ!」
夜斗の背中を押して店内へ。
子供の笑い声、店員を呼ぶ客の声とそれに返事をする店員の辛そうな声。既に他の客で賑わっていた。
席に着くと、夜斗とサヤはクラスの中心生徒たちから離れた端の席に座った。
「向こうは聖域だよ。友達いない組はこっち」
「自分で言ってて悲しくないか、それ」
「別にー。はい、ドリンクのメニュー表」
メニュー表を隣に座る夜斗に渡すと、横長のイスをお尻で移動して近付き一緒にメニューを見る。
相変わらず夜斗のシャンプーはいい匂いだと笑顔になる。
「コーラだな。サヤは?」
「カルピス! テーブルごとに頼んで……良さそうだね」
別々のテーブルでも一組は一組だが、注文なんかはテーブルごとのようだ。
4~5人ほど座れるテーブルには二人の他にも座るらしいが、既に飲み物がテーブルに置かれていた。
「あっ、西門さん。メニューとかはテーブルごとタッチパネルで注文していいみたいだけど、飲み物はドリンクバーだって。そっちで頼むと別料金になっちゃうって」
「そうなんだ、ありがと!」
同じテーブルのクラスメイトに教えてもらったが、どうやら彼女はすぐ別のテーブルに移動するらしい。
他の者も鞄なんかを置いたまま他のテーブルに行ってしまった。
「こうしてこのテーブルには誰もいなくなり、ヨルっちとあたしの二人だけ孤立するのでした……めでたしめでたし」
「それは、めでたいな。この網占領できるからな」
夜斗は立ち上がると、ドリンクバーに行くぞと言われる。
──友達いなくてもこんなにポジティブで、ヨルっち……なんて強い子なんだろ。
我が子の成長を見守るように、サヤは夜斗の背中を追いかけた。
「ヨルっちってさ、いっぱい食べれる系?」
「確実に元は取れるぐらいにはな。なんならサヤの分も元取ってやるよ」
「おー、じゃあ焼く係になろっかな。得意なんだよ、焼くの」
「焼くのに得意不得意なんてあんのかよ」
「んー、どだろ」
「なんだそれ。まっ、俺は焼くのも食うのも得意だけどな」
「食べるの得意ってどういうこと? 急に馬鹿にならないで」
「お前なあ……」
他の人だったら愛想笑いするか適当に流すサヤのふわふわした会話も夜斗はちゃんと聞いてくれる。
そういうところを気に入って、一緒にいるのが楽しい。
「あっ、優枝ちゃんだ!」
「優枝ちゃん、こっちこっち!」
クラス全員がお店の入口に目を向ける。
時間ぎりぎり、おそらく担任の先生よりも遅く来た優枝。
彼女はクラスメイトに「ごめんね」と謝りながらテーブルへ向かう。
サヤの優枝への印象は他のクラスメイトよりもずっと好印象だった。
あまり学校に行かないサヤにも優しく接してくれて、困っていたら手を差し伸べてくれる。
優等生だけど頭は固くないから、会話だって普通にできる。
そんな優枝はテーブルに向かうため、ドリンクバーの前を通った。
──あれ?
サヤと目が合うと優しく挨拶してくれたのに、夜斗を見たときだけ目付きがきつくなったように見えた。
勘違いかもしれないが、彼女が誰かに対してそんな表情を見せるのは珍しい。
「西門さん、もうみんな飲み物用意してる?」
再びサヤと目が合った優枝はいつもと変わらない綺麗な表情をしていた。
気のせいだったのかと思いながら、ドリンクバーを指差す。
「うん、みんなもう用意してるよ!」
「そっか、じゃあ私もこのまま持っていこっかな」
隣に立った優枝はコップを手に取りドリンクを注ぐ。
「へえ、オレンジジュースかあ。いいよね」
「こういうところじゃないと100%のオレンジジュース飲めないから」
「だよねだよねー、あたしも……」
ふと、サヤの言葉が止まった。
100%オレンジジュースは匂いもいいからと、注がれたジュースの匂いを嗅ごうと意識した。
だが、違う匂いがした。
サヤは振り返る。夜斗は既にテーブルへ戻っていた。
「西門さん、どうかしたの?」
大きな瞳がサヤを見つめる。
やっぱり匂いがした。嗅ぎ慣れた、好きな匂いだった。
その瞬間、楽しい気分が一瞬で冷めた。
「ねえ、優枝ちゃん」
「ん、なに?」
「なんで優枝ちゃんからさ──ヨルっちの匂いすんの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます