第6話 しちゃった



「いや、見ればわかるけど」




 断れなさそうというより押しに弱そうなタイプだ。

 それはこの数日、誰とも関わらず教室の端にいただけの夜斗でもすぐわかった。

 男子から言い寄られれば苦笑いを浮かべて話を聞き、女子から「掃除当番代わって!」と強く言われれば文句を言えず頷く。

 根は大人しい感じなのだろう。だから言われなくてもわかっている。




「そっか、そうだよね。わたし、ずっとこうなんだ」


「嫌なのか?」


「え?」


「自分の断れない性格を嫌がっているように聞こえたから」


「うん、嫌だよ」


「俺は他人に左右されたこととかないからわからないが、そういうのは直そうと思っても直らないものなのか?」


「何か頼られたり言われたりする前に「絶対に自分の意見を言う!」って心に決めても、気付いたら流されてて……あはは」




 余計なことに首を突っ込んでしまったと思った。だがここまで話を聞いて「そうか、まあ頑張れよ!」と一方的に突き放すことができなかった。

 かといって夜斗が何かを助言して好転する問題でもない。彼女の本質な問題なのだから。




「来栖くん、帰り道こっち?」


「ああ」


「良かったら、一緒に帰れないかな。今まで来栖くんと一度も話したことなかったから」




 そもそも、夜斗はクラスメイトの誰一人ともまともに会話したことがない。あるとすれば優枝だが、家では話しても学校で話したことは一度もなかった。




「俺と一緒にいたら変な噂に巻き込まれるぞ」


「噂? ああ、うん。いいよ。どうせわたし、元から変な噂流れてるから」


「元から?」


「知らない? わたしの噂……」




 と言われて、クラスメイトたちがしていた噂を思い出す。




「ああ、お前がヤリマンだって噂か」


「……」


「いや、ちょっと遊びまくってるって感じか」


「それ、どっちも意味は一緒だよね」




 気を使って言い直したが役立たずだったらしい。

 優枝にもよく「なんでそんなにデリカシーないの!? あと、真顔で気持ち悪いこと言うのやめて!」と言われる。

 もしかして本当にデリカシーがないのかもしれない。




「でも、そう。その噂」


「あれ本当なのか?」




 少し躊躇った後、雨奈は自分の髪を撫でながら頬を赤らめる。




「嘘では、ないよ……」


「ほお」


「ほおって何!?」




 こういう下世話な噂は、基本的に間違いなことが多い。

 誰かが誰かを貶める為に嘘の噂を流し、それを聞いた誰かが誇張する。

 だが今回は事実の噂らしい。




「……軽蔑、した?」




 隣を歩く雨奈は悲し気な表情で問いかける。




「いいや」


「あっ、ごめんね。別に気を使わなくていいよ。慣れてるから」


「いや、マジでしてない。つか正直、どうでもいい」


「どうでも、いい……そっか」




 夜斗の発言であからさまにがっかりしてしまった雨奈。

 言い方はあれだが素直な意見だ。

 なにせ夜斗だってまともな人間というわけではない。まともな人間だったら、付き合ってもいない同級生と毎日のように肌を重ねてはいないだろう。

 だから他人がいろんな男とやりまくっていたとしても何とも思わないし、正直なところどうでもいい。




「あー、まあ、なんだ。ちなみにその噂、全部が全部本当なのか?」


「わたしの噂が今どこまで大きくなってるのかわからないけど、だいたい合ってるよ」


「七人を同時に相手したって噂も?」


「七!? それはさすがに嘘だよ!」


「嘘なのか」


「え、なんでちょっとがっかりしてるの?」


「別に。じゃあ付き合ってない相手とでも?」


「……そもそも誰とも付き合ったことないから」




 流されやすく押しに弱いと思っていたが、かなりの重症らしい。




「人にすぐ流されちゃう性格なのもあるんだけど、その人に何かをしてあげて喜んでくれるのが嬉しいの」


「なるほど。ちなみに聞くが、セックスは好きなのか?」


「えっと、その……」




 真面目な顔でセクハラすると、雨奈は瞳をうるうるさせながら小さく頷く。




「……うん。気持ちいいから、好きかな」


「そうか。じゃあいいんじゃないのか」


「え?」


「求められるのが嫌なわけでもなく行為自体も好きなんだろ? だったら噂なんて無視してそのままでいたらいいだろ」


「……」


「何かあるのか?」


「噂が広まりすぎて最近、学校で普通に過ごしていても誘われるようになっちゃって」




 そういえば一昨日も同じクラスの男連中に誘われていたことを思い出す。




「そうしたら、入学した頃は仲良くてくれた女の子たちにも無視されるようになっちゃった」


「まあ、同性から見たら、いい印象を持たないかもしれないな」


「うん。それでこのままじゃダメだなって思って、最近は誘われても断れるように頑張ってるんだけど……。やっぱり断るの、苦手で」




 今さら男子と距離を置いたところで全て解決するとは思えないが、変わるきっかけにはなるかもしれない。

 とはいえ思っただけで性格が変わるのなら誰も苦労しない。

 このままであれば何も変わらないんだろうなと、夜斗は思った。




「じゃあ、もし流されそうになって困っているようだったら助けてやるよ」


「えっ、来栖くんが?」




 意外な人物からの意外な提案に、雨奈は目を丸くして驚いていた。




「ああ。教室限定だけどな。俺が間に割って入ったら、クラスの男どもも昨日のナンパ野郎みたいに逃げていくだろ」




 自分で言っていて悲しくなるが事実だ。

 もちろん根本的な解決にはならないが乗りかかった船。

 夜斗が今できる助けなんてこの辺の荒業しかない。




「まあ、どうするかはお前に任せる。本気で変えたくて、もし助けてほしかったら俺の方を見ろ」




 夜斗はそれだけを伝えて雨奈に手を振る。




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